動き出す歴史
『ロキ、大丈夫?』
横たわるロキの顔を除き込み、ルーファは心配そうに藤色の目を曇らせた。
ロキの調子がどうにも悪いようなので、ルーファの部屋で休ますことにしたのだ。ヴィルヘルムとガッシュはまだ話があるとかで、先にお暇した形だ。
「大丈夫だ」
そう言いながらも、ロキの顔色は悪い。
どうしたものかと思い悩むルーファは、とある本を思い出し〈亜空間〉より取り出した。
その本のタイトルは――「男の好感度を上げる方法百選」
◇◇◇◇◇◇
ルーファとロキが去って行ったのを見送ったヴィルヘルムは本題へと入る。
「さて、ガッシュよ。禍津教について知っていることを申せ。所在地も含め全てだ」
切り出された質問にガッシュは首を傾げた。何故なら、その情報は疾うにヴィルヘルムも知っているものと思っていたからだ。
「アカシックレコードを見れば分かるだろ?」
ガッシュがそう尋ねたのも無理のないことだろう。ヴィルヘルムはガッシュと違い、アカシックレコードを完璧に使いこなしているのだから。
これはガッシュが無能だという意味ではない。
アカシックレコードの情報量が莫大に過ぎるのだ。
何せ世界の情勢といった大きなものから小さな虫の一生まで、有りとあらゆる情報が記載されているのだから。これらの有象無象の情報の中から目当てのものを引き出すことの難しさを分かっていただけるだろうか。
例えば、「禍津教支部の位置」で検索しても位置だけが出るとは限らない。位置を決めた理由、位置決めに関わった人物・会議の内容まで様々だ。それは過去に廃棄された支部の情報であろうと例外ではない。
その苦労を身をもって知っているからこそ、ガッシュはヴィルヘルムの質問の意図を掴みかねたのだ。ヴィルヘルムの金の目が何処と無く冷たい気がして、ガッシュは慌てて言い換えた。
「悪い!質問の意味が分からない。何かアカシックレコードで見れない情報でもあったのか?」
ガッシュなりに考えての質問だったのだが……返ってきたのは深々としたため息だ。
「……そなたはもっと頻繁にアカシックレコードを確認すべきだな。開いてみよ」
言われるがままガッシュはアカシックレコードを開き、禍津教を検索する。
――ザ、ザ、ザザザザザ!
聞こえてきたノイズにガッシュは反射的に狼耳を塞ぐ。
「馬鹿な!この間までは普通に検索できたぞ!?」
「そなたが最後に検索したのはいつだ?」
ヴィルヘルムの問いにガッシュは過去を思い起こす。ガウディから禍津教支部の位置を聞き、その確認を行った時だ。
「確か……リーンハルトにある支部を潰す前だ。魔物暴走が終わってからだな」
つまり魔物暴走を終えてから今までの間に何かがあったということ。いや、その何かは明白だ。
「……ゴードン・デルビエルか?」
「それ以外考えられぬであろう。見よ」
今度はヴィルヘルムがアカシックレコードを展開した。
それはガッシュのものとは違い不愉快な音もなく、ただインクを溢したような黒い斑点が広がっている。
この違いはヴィルヘルムがアカシックレコードを完全に掌握しているからこそ出来る芸当だ。
「黒く塗り潰された箇所が中部へ……いや、東北諸国にも広がっておる。このノイズが異世界人の影響だとすれば、奴らは世界各地に散らばっている可能性が高い。ゴードン・デルビエルを連れ去ったのも異世界人が関与しているのであろう」
ノイズ発生の原因は解き明かせてはいないが、ヴィルヘルムはこの要因に異世界人が関与していることを確信していた。
何故なら、彼が生きてきた気が遠くなるほど永い年月において、アカシックレコードにノイズが発生したことなどないのだから。
異常と重なるように異世界人が現れたことを考えれば、その関連性は明白というもの。
「世界各地で知恵ある汚染獣が誕生する可能性があるということか……」
その可能性に思い至ったガッシュの顔が強張る。
もしそれが1体ずつであれば、自分達が動けば問題はないだろう。今ではロキという新たな超越種が加わったのだ。知恵ある汚染獣如きに負けはすまい。
だが……もし同時に発生したのなら、果たしてそれはどれほどの犠牲を生むのか。
「早急に手を打つ必要があろう。西部だけでなく世界全体にな」
ヴィルヘルムは手を組むと椅子へと凭れ掛かる。
「我が名において各国の代表者を招集する――1人残らず全てだ」
ヴィルヘルムから溢れる覇気に、ガッシュの背がゾクリと粟立つ。
それは恐怖からでも寒さを感じたからでもない。身の内から沸き立つこの感情を彼は知っている。200年前、初めてヴィルヘルムと会った時に感じた感情そのもの。
それは――畏敬の念だ。
ガッシュは自分が今、時代の転換期にいるのだと強く感じた。
人の世から退いて久しい竜王が、表舞台に舞い戻る――それは人の手に負えぬ事態が起こったことの証左。
歴史が……動く。
激しい時代のうねりがリーンハルトを……否、世界を呑み込む情景を彼は幻視した。
「それで……禍津教の支部は全て潰したのか?」
ヴィルヘルムの言葉にハッと我に返ったガッシュは事実を淡々と伝えていく。
「オレが潰せたのはリーンハルト、フォルテカ、シリカの3国のみだ。ベリアノスとアンセルム……それに中部諸国は手が出せん」
英雄王として絶大な影響力を誇るガッシュだが、それは西部諸国の3か国に過ぎないのだ。いや、神の意に背く神敵としてベリアノスでは恐れられているので、ある意味影響力は絶大だと言えるのだが……今回は役に立たないので置いておく。
「ふむ。では知っている限りの支部の位置を申せ」
その言葉にサッと視線を逸らしたガッシュは小さく呟く。
「…………覚えてマセン」
瞬間、ヴィルヘルムの姿が消えた。
神速でガッシュの横へと移動したヴィルヘルムがその頭を片手で掴む。
「そなたに頭は必要ないようだな」
ミシっ……ミシミシ!
不吉な音を奏でる頭に、ガッシュは悲鳴をあげる。
「ちょ!?待て!!痛い!マジ痛いから!そもそも、その資料消したのお前だからな!」
禍津教に関する資料は当然のことながら光星城で管理していた。
そう、ヴィルヘルムが転移した際に消滅させた王城である。更に言えば、ガッシュもいちいち敵国にある禍津教の位置など把握してはいないし、カサンドラの禍津教関連の資料も汚染獣の襲撃により失われた。情報源も行方知れずな現在、知る手段がないということだ。
「そうか……」
あっさりとガッシュの頭から手を離したヴィルヘルムは、胸の前でボールを挟むように手を向かい合せた。
バチバチバチィィィィィィ!!
ヴィルヘルムの手と手の間から白く輝く神雷が幾重にも展開し、解放の時を待つ!
「ちょ!何する気だ!?」
ガッシュは慌ててテーブルの向こう側に退避すると、警戒するように狼耳をピンと立てた。
「何。大したことではない。忘れたのであれば脳に直接刺激を与え思い出させるまで」
然も当然と言った様子で応じるヴィルヘルムに慈悲など有りはしない。
テーブルを挟みじりじりと右回りに移動しながら、視線を走らせたガッシュは扉までの距離を測るが……逃げ出せる気がしないため、せめてもの足掻きに説得を試みる。
「そんなピンポイントで思い出すかよ!!」
「心配いらぬ。思い出すまで続ければよいだけの事」
話は終わりだと言わんばかりにテーブルが消滅し、頭部に向かって伸ばされた手をガッシュは両手でガッチリと掴んだ――拮抗は束の間。
ビキッ!バキッ!
それはどれほどの力なのか。ガッシュを支えていた両足の床が捲れあがり、2本の軌跡を残しながら徐々に徐々に後退していく。ガッシュのはち切れんばかりに膨張した腕が震え、ポタリポタリと滴り落ちた汗が床に模様を描く。
それとは対照的にヴィルヘルムはいつもと変わらぬ無表情。無造作に伸ばされた腕は果たして本当に力が入っているのか疑問なところだ。
ヴィルヘルムがフッと短く息を吐いた瞬間、今までにない力に襲われたガッシュは激しい音を立てて壁に叩き付けられた。だがそれでも彼は握った腕を離しはしない。
既に神雷は目と鼻の先。
直に勝負はつくだろう。一気に勝負を決めないのはヴィルヘルムの優しさ……ではなく遊び心。だが、それがガッシュを救った。
「バ、バハルスなら場所を覚えているはずだ!!」
そこに英雄王としての威厳は皆無だが……効果は絶大であった。
ピタリ、と動きを止めたヴィルヘルムがガッシュに顔を近づけ、その目を覗き込む。
「偽りはなかろうな?」
「あいつは一度見たものを忘れない」
キリリとした顔で、他力本願なガッシュはヴィルヘルムを見つめ返した。
暫し睨み合いが続き、やがて力を緩めたヴィルヘルムにガッシュも自然とその手を放す。
ドン!
ヴィルヘルムの左手がガッシュの顔の真横へと叩き付けられ、右手に伸びた竜爪がガッシュの眼帯を引き裂いた。刻まれた傷跡から滴り落ちる鮮血がガッシュの頬を濡らし、ヴィルヘルムの指が優しく傷を撫でる。
「偽りであれば……お仕置きぞ」
耳元で囁いたヴィルヘルムは、ペロリ……と頬から流れ落ちる血を舐めとるとガッシュを解放する。
そのまま背を向けたヴィルヘルムの背後には、尻尾をブワッと膨らまし壁に貼り付いたガッシュの姿があった。
最近、小説が思うように書けません( ノД`)…
申し訳ないのですが、投稿ペースを3日に1回から4日に1回に変更します。また調子が戻ってきたら元に戻そうと思いますので、これからもよろしくお願いしますm(__)m




