表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/127

変貌を遂げる迷宮

 ガッシュは今、猛烈に後悔していた。

 扉を開けるなり飛び込んできた衝撃の光景――何故か自分のベッドに横たわる裸の2人に。





 時は少し前まで遡る。


 ガッシュは再び迷宮へと向かっていた。ルーファとラビ……ついでにロキの様子が気になったためだ。

 迷宮に辿り着くなり魔道具を発動させたガッシュが転移すると、そこには変わり果てた屋敷の姿があった。

 昨日までの壮麗さは見る影もなく、至るところに生じた亀裂と崩れ落ちた壁が物悲しさを誘う。垣間(かいま)見える屋内も瓦礫に覆われ、正に廃墟といった風情(ふぜい)を醸し出していた。

 

 巨大な何かに襲われたのか、はたまた天変地異なのか……明らかに異常な光景だと言えるだろう。だがそれを見つめるガッシュの目は、僅かの動揺も感じさせぬ達観したものであった。


「……(しつけ)、か」


 静かに呟いたガッシュは束の間目を閉じ、ロキの冥福を祈る。

 目を開いた彼は半壊した玄関の扉を横へずらそうとしたところで、その動きを止めた。今にも崩れ落ちそうな惨状に恐れをなしたのではない。この崩落寸前の屋敷にヴィルヘルムたちが本当にいるのか疑問に思ったためだ。


 ガッシュが気配を探ると巨大な魔力のうねりを感じる――ヴィルヘルムのものだ。

 どうやら今は力を隠してはいないようだ、とガッシュはその気配を目指して階段を上っていく。


 ヴィルヘルムとは逆にルーファとロキの気配は感じられない。寝ているルーファは集中しなければ何も感じられないほど気配が弱く、ロキに至っては故意に隠しているため余程近付かない限り捉えることが出来ないのだ。辺りにヴィルヘルムの強い魔力が充満していることも原因の1つだろう。

 まあ、ヴィルヘルムの側には必ずルーファがいる筈なので何も問題はない。ロキは……無事でいて欲しいものである。

 

 そしてガッシュが行き着いた先が……何故か自分の部屋だ。


 この辺りは余り崩壊しておらず、比較的まともなことに安心したガッシュは扉を開けて室内を見回す……が、誰もいない。自然と彼の目はその奥――寝室の扉――へと向けられた。


(自室が壊れて避難してきたのか?)


 首をひねりながらも、ガッシュは躊躇(ためら)うことなく後悔と言う名の扉を開けた――ところで冒頭へ戻る。








 ガッシュのベッドに横たわる裸の2人――その正体はヴィルヘルムとロキだ。



 バタン!!



 反射的に扉を閉めたガッシュは充血した目をギョロギョロと左右に動かす。


「お、落ち着け!(しつけ)か!?(しつけ)なのか!?」


 強敵と死闘を繰り広げた時より尚激しく(したた)り落ちる大量の汗を乱暴に拭ったガッシュは覚悟を決め、今一度扉を開く。


「そなたは先程から何をしておる」


 どこか呆れたようなヴィルヘルムの台詞に、ガッシュは思う――それはこっちの台詞だと。一体オレのベッドでナニをしていたのかと!

 だが……ここで文句を言う訳にはいかない。いや、決して(しつけ)が怖いわけでは……コワイ、(しつけ)マジコワイ。


 ガッシュの精神が崩壊の危機に瀕した時、もぞもぞと布団が動き、救世主が現れる。


『あっ!ガッシュだ!おはよー』


 そう、見た目は男2人で仲良く寝ているように見えたが、実は真ん中にはルーファがいたのである。ただ小さすぎてパッと見……男同士のアヤシイ世界に見えただけの話。



 事の真相はこうだ。


 あの後、(下心満載な)ヴィルヘルムにベッドへと運ばれたルーファだったが、ここで問題となったのがロキの存在だ。ルーファの中でロキは生後1日。ズバリ赤ちゃんである。果たして赤ちゃんを放っておいて2人で寝ることが出来るのか……答えは否だ。


 強硬にロキも一緒に寝ると言って聞かないルーファに、ヴィルヘルムが渋々折れた形だ。

 更にルーファのベッドに他の雄の匂いがつくなど言語道断という考えの元、何故かガッシュのベッドで一緒に寝ることになったのである。ヴルヘルムの部屋が完膚なきまでに破壊されていることも原因の1つだろう。


 余談であるが、ヴィルヘルムの超重量級な愛の告白はルーファによって華麗にスルーされた。

 生まれた時から常に愛を(ささや)き続けてきた弊害へいがいである。ルーファにとってヴィルヘルムの愛の告白はいつものこと、ズバリ一山いくらのワゴンセール並みだと言えよう。





 

 一気に力の抜けたガッシュはその場にしゃがみ込み、深くため息を吐いた。

 

『みんなで朝ごはん食べよ!』


 ぐ~と伸びをしたルーファがピョンっとベッドから飛び降り、それを追ってヴィルヘルムがバサァと布団を跳ね上げると……そこに現るは見事な裸体。


「うおおおおおおおい!!何で!何で裸なんだよ!!」

「我は寝る時、全裸派だ」


 詰め寄るガッシュを上から見下ろし、腰に片手を当てたヴィルヘルムが清々しいまでに堂々と(のたま)う――全裸で。一片の動揺も(やま)しさもないその姿をみたのなら、思わず自分が間違っていたのでは、と自問自答することだろう。錯覚だが。

 その後方ではズボン派なロキが我関せずといった様子で着替えている。ちなみにルーファはパジャマ派、ガッシュはパンツ派である。


「いいか!人のベッドで寝る時はせめてパンツを履け!常識だぞ!!」


 勝手に人のベッドで寝ていること自体が非常識なのだが……常識がヴィルヘルムに侵食されつつあるガッシュは気付かない。


 ガッシュは怒りの感情のままに、その指をビシッとヴィルヘルムへ突き付け吠える。その姿からは先程までの(しつけ)に対する恐怖は感じられない。

 いや、それどころか目付きの悪さも相まって一種異様な迫力を醸し出していた。まあ、ヴィルヘルムにそんなものは通じないが。


 案の定、鼻で笑ったヴィルヘルムは魔装で服を整えながらガッシュへ告げる。


「気に入らぬなら実力で排除せよ。それが出来ぬのであれば……何も言わぬ事だな」


 金眼を細めて見下ろすヴィルヘルムに、目元をピクピクさせた半眼のガッシュが応じる。睨み合う2人の耳にグスグスと鼻を啜る音が届いたのはそんな時だ。


『ご、ごめんなさい。グスっ……オレも裸で寝てしまったんだぞ』


 そこには狐耳をぺたんと伏せ、大きな目に涙を溜めたルーファの姿があった。


「あ、いや。ルーファはいいんだよ。毛皮があるだろ?毛皮はほら、服と同じだからな」


 慌ててルーファを慰めるガッシュに 冷たい2対の視線が突き刺さる。


「考えてから言葉を発しろ。この脳筋が」     

「ルーファを泣かすとは……死にたいのか?」 

 

 何故か攻め立てられる被害者なガッシュ。今日の運勢は間違いなく大凶であろう。






『いっただっきまーす!』


 テーブルに置かれたクッションの上で、ルーファは元気に声を出す。その首にはヴィルヘルムが魔装で創った涎掛けが巻かれている。


 ルーファの要望に応じ、せっせとその口に食べ物を運ぶヴィルヘルムの姿は、まるで親鳥のように甲斐甲斐しい。

 この行動がルーファに父親だと認識される原因の1つなのだが、恋は盲目を地で行くヴィルヘルムは気付いていない。

 3人と1匹で食べるには遥かに多い食事を綺麗に平らげ、下っ端のロキが食後のコーヒーを淹れたところでガッシュが口を開いた。


「そろそろ城が完成するんだが……ルーファはオレと一緒に移動する予定でいいのか?」


 城を作り始めて1月。恐ろしいまでの速さだ。

 ガッシュは何度か進捗具合を確認しに行ったが、今のところ大きな問題は発生していない。

 何故か、城の屋上に竜種が降りれる大きさの発着場があったり、王であるガッシュよりも豪華な部屋が1つあったが……気にしたら負けである。


『うん!迷宮は何処へ設置すればいいの?』

「冒険者ギルドには話を通してあるからな。地下訓練場の一角を開けてある」


『分かったんだぞ』


 既にルーファが王都リィンへ行くことは周知されており、歓迎ムード一色だ。

 迷宮が来るとなれば、それは商機でもある。旧カサンドラまで行くのに二の足を踏んでいた冒険者や商人たちが集まり、リィンは今までにない賑わいに満ちている。

 未だ行ったことのない王都リィンの美食に思いを馳せていたルーファは、あることを思い出し皆に尋ねる。


『そう言えば、魔物暴走(スタンピード)は大丈夫だったの?』


 真っ先に尋ねなくてはいけなかったのに、色々ありすぎて忘れていたことを反省するルーファ。目を覚ますなりヴィルヘルムが暴れていたのだから、それも致し方ないことだろう。


「ロキ、説明を」


 ヴィルヘルムに促され、ロキが口を開く。


「まず迷宮だが……500階層まで成長した」


『え!?』

「は!?」


 ルーファとガッシュの声が重なった。呆然とする1人と匹を残し、ロキは淡々と続ける。


「更に魔物が爆発的に増え、いつ魔物暴走(スタンピード)が起きてもおかしくない状況だが……」


『ヤバいんだぞ!どうしよう!?』

「何処の階層だ!?」


 外に出る前に倒そうと席を立ったガッシュに、ロキが呆れた眼差しを送る。

 魔物の増加は魔力濃度を見れば一目瞭然であり、今自分達がいる場所は499階層だ。それに気付くことも出来ない無能さをロキは嘲笑う。

 ちなみに、迷宮の主たるルーファが気付いてないことに関しては……そんな抜けたところも可愛いと思っているため、何の問題もない。

 

「話は最後まで聞け。全部各階層に閉じ込めてあるんでな。()()()()()()()


 数日後には()()()()()()()()()のだ。いや、より少なくなると言った方が正しいか。


 ロキは魔物たちにある命を与えた――喰らい合え、と。


 これは魔物の数を減らすことも目的の1つだが、本命は魔物の強化。各階層に閉じ込め、互いに喰らい合わせる事で進化を促すのだ。


 言うなれば、魔物を使った蟲毒。


 勝者だけが力を手に入れ、敗者はすべからく死ぬ。生き残った魔物は進化し、ルーファの力となるだろう。

 本来なら最後の1体まで殺し合わせたいところだが……そこまですれば数が少なくなりすぎる為、ある程度絞ったところで打ち止めにする予定だ。

 ちなみに、ガーオを始めとする迷宮の幹部たちも、既に蟲毒の中に押し込めてある。


 ロキにとって幹部といえど、有益でなければ価値の無いただの“モノ”。

 ただし、彼らが()()()()ルーファが悲しむため、ロキがそうならぬようにギリギリのところで介入している。


 目に見えて安堵するルーファとガッシュを余所(よそ)に、ヴィルヘルムはロキを見つめる。


 迷宮内でロキが何を行っているのかを、正確に把握しているのはヴィルヘルムただ1人。

 現在進行形で魔物たちが血で血を洗うバトル・ロワイアルを繰り広げ、生きたまま喰らい合っている姿は目を背けたくなるほどおぞましい。


 だがヴィルヘルムがこの残虐な所業を咎めることは無い。

 いや、むしろ彼はロキの冷酷さを高く評価している。手を汚すことを躊躇(ためら)わない性質は、取れる手段を増やすと同時に隙を排除することに繋がるからだ。

 ガッシュもいざとなれば悪逆な振舞いも辞さないが、それはあくまでも最後の手段としての話。それでは余りに遅い。その甘さが命取りになる可能性も否定できぬのだから。


 だが……ロキがいればそれも補える。


(取り敢えずは合格と言ったところか)


 手段を選ばずルーファの守りを固めるその姿勢は評価に値する。だが、ロキはまだまだ知識と経験が足りぬようだ、とヴィルヘルムは口を出すことに決めた。





「進化のタイミングを調整することは可能か?」


 ヴィルヘルムの言葉にロキは警戒するように目を細めた。

 ルーファに知られぬように密やかに行っていた迷宮強化の全貌を、ヴィルヘルムが把握していることを悟ったためだ。


「進化を遅らせるということか?何故だ?進化すれば強くなるぜ?」


「強い力は慢心を生む。力を使いこなしているつもりで、それに振り回される愚者の何と多いことか。先に魔力操作と身体操作、戦闘時における思考能力を養うことだ。基礎を(おろそ)かにする者が力を極めることは不可能と知れ。これはそなたらにも言えること。忘れるでないぞ」


 忠告を受けた2人の反応は対照的なものであった。

 神妙な表情で頷くガッシュと憮然としてそっぽを向くロキ。


 ロキは自分よりも遥かに強く、それでいて頭も切れるヴィルヘルムの存在が気に入らないのだ。だがその感情よりも尚激しく彼の心を揺さぶる思いがある。


(ヴィルヘルムを決してルーファの敵に回してはならない)


 それは絶対の(ルール)だ。ならば折り合いをつけるのは自分の方。ロキはルーファのために存在しているのだから。

 そう思い直したロキはヴィルヘルムへと向き直ると、憮然とした表情そのままに渋々頷くのだった。

 




『あい!』


 先だけ黒い特徴的な前足をあげ、ルーファが自己主張する。


「どうした?」


 ひょいっと抱き上げられたルーファは、そのままヴィルヘルムの膝の上へと運ばれた。


『迷宮はそのままでいいの?それとも200層に戻した方がいい?』

「そのままにせよ。ルーファを守る迷宮ぞ。階層は多い方が良い。ロキ……わかっておろうな?」


 ヴィルヘルムから目配せを受けたロキが残忍に嗤う。

 魔物を閉じ込めてあるフィールドを除き、ロキは今この瞬間も迷宮を変革し続けている――より凶悪に、より悪辣に。


 200階層までは遊びの階層。


 冒険者専用の遊び場だ。そして……201階層からガラリと様相が変わる。溶岩、毒霧、真空……そこは人の生きられる環境ですらないのだから。  

 侵入者は生かして帰さない、それが2人の共通認識だ。

 


「ルーファ、我はまた少し()()で出かけるが、決して1人で外を歩くでないぞ」

『あ~い』


 ルーファは気付かない。

 優しく自分を撫でるヴィルヘルムの目がぞっとするほどの冷たさを宿していることに。その目を見たガッシュの手に鳥肌が立ち、ロキはといえば……



 カチャカチャ!カチャカチャカチャ!



 激しく震えていた。

 その手に握られたカップがけたたましい音をあげ、蒼褪めた顔からは大量の汗が流れ落ちている。


『ロキ!大丈夫!?』


 ルーファから暖かな癒しの光が降り注ぎ、僅かに冷静さを取り戻したロキがぎこちない笑みを浮かべる。


「……大丈夫、だ」


 そう言って深呼吸を繰り返したロキは、水を飲もうと伸ばした手をピタリと止める。


 ――視線だ。


 絡みつくような視線を感じたロキはそっとヴィルヘルムを覗う――微笑みを浮かべ優雅にコーヒーを飲むその姿を。

 ただ……その絶殺の意を宿した金色の目だけが異様に輝いていた。








  



~ルーファとヴィルヘルムの日常~


ヴィ「ルーファ、愛しておる」

ル『そだね~。あっ!このお菓子美味しい!モグモグ』

ヴィ「……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ