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明かされし過去の傷跡・下

 ――助けてっ!!


 ――ヴィー!痛いよぅ


 ――ヴィー、ヴィー……ヴィ…………



 何度も何度も自分の名を呼ぶルーファの声に、為す術無くヴィルヘルムは拳を握る。それは彼がどんなに望もうと変えることの出来ぬ過去。

 ヴィルヘルムが見つめる中で、弱々しく抵抗を繰り返していた身体が徐々に動きを止める。自分を呼ぶ声も……いや、すすり泣く声すらもう届くことはない。大地へと投げ出された手足はピクリとも動かず、藤色の目から一筋の涙が零れ落ちた。



 ――ごめ……ん、なさ……ぃ



 震える唇が最期に紡いだ言葉は誰に向けてのものなのか。命を捨ててまでルーファを助けようとしたレイナへか……それとも愛する家族へか。

 


 ――沈黙。



 その目は何も映さない。その口は何も紡がない……それ即ち“死”だ。



 ガシャーン!



 画面に拳を叩き付けたヴィルヘルムは(おこり)のように激しく震える己の身体を抱きしめた。

 キチキチと音を立てて伸びた竜爪が皮膚へと食い込み鮮血が大地を穢すが、ヴィルヘルムは(うずくま)ったまま動こうとしない。


 異様なほどの静けさが神域を覆いつくす。


 風が翔け抜ける音も、水が奏でる澄んだ音色も何1つ聞こえはしない。まるで時が止まったかのような静寂の中で、赤い血だけがただただ流れ続ける。


 ゆらり、とヴィルヘルムが立ち上がり、それを合図に世界が変わる。静止の世界から激流の世界へと――


 

 ガアアアアアアアアアアアア!!













 ドオオオオオオオオオオオン!!



 激しい衝撃にルーファはピョーンと飛び起きた。


『な、なななな何!?地震!?』


 キョロキョロと辺りを見回すルーファの藤色の目が赤い目と交差する。


『おぉ!我が息子よ!!』


 眠る前に見たロキは卵の姿であったが、ルーファは一目見ただけでそれが自分の子だと分かった。

 嬉しさに我を忘れ、ロキの顔面に張り付くと猛烈に尻尾を振るルーファ。これが子狐(ルーファ)流・子供の抱きしめ方である。


 一方、ロキはと言うと……初めての対面に緊張していた。

 一度ルーファに拒絶されたことは、ロキにとって最大のトラウマだ。自分はルーファの望み通りに生まれてこれたのか、失望されるのではないか……湧き上がる不安に自然とロキの表情が強張る。


 だがそれも嬉しそうに顔面に張り付いたルーファにより、あっという間に霧散した。

 驚きで一瞬動きを止めたロキであったが、その温かくふわふわな感触に励まされ、恐る恐るルーファへと手を伸ばす。傷つけぬよう両手でそっと小さな身体を掴み、優しく引き剥がす姿は残忍な悪魔とは程遠い。

 ペロペロと顔を舐めるルーファに応え、ロキはぎこちない動きでその頭を撫でる。傍から見ると、それは感動の親子対面ではなく、ペットを可愛がる初心者飼い主そのものだ。


 心温まる物語が展開する中、常人であれば立つことも(まま)ならぬほど激しさを増した揺れが建物を襲い、天井の破片がパラパラと2人の上に降り注ぐ。(ようや)く現状を思い出したルーファがハッとして上を仰ぎ見ると……



 ピシリ!



 天井に大きく亀裂が入った。


『ロ、ロキ!大変なんだぞ!地震なんだぞ!早くテーブルの下へ潜って!!』


 ルーファの言葉に逆らうことなく、自分より遥かに(もろ)いであろうテーブルの下へと潜ったロキの頭にヘルメットが被せられる。ルーファが〈万物創造〉を使って創ったものだ。

 自らもヘルメットを装着したルーファが携帯のバイブレーションの如く高速で震えながらも、尻尾をロキへと巻き付けると結界を張る。


『だ、大丈夫なんだぞ!オオオオオレがついてるからな!』


 正直言って屋敷が全壊した程度でロキが傷つくことは無い。

 いくらヴィルヘルム相手に手も足も出なかったとは言え、彼もまた世界最強の一角だ。そんなロキを怯えながらも必死に守ろうとするルーファの姿は滑稽(こっけい)だと言っても良いだろう。


 だが……ロキがそれを愚かと思うことはない。


 むしろそこに自分に対する確かな愛情を感じ、彼の胸が熱く高鳴る。今まで心の中に巣くっていた昏い感情が霧散し、漆黒に染まっていた眼球が白へと戻る。


「ルーファは何も心配しなくていい。オレが守るから」


 ルーファを抱き寄せ微笑んだロキの顔は戦う男の顔だ。その自信に満ちた姿にルーファは感動に目を潤ませる。


『ロキ……立派になって』


 ロキが生まれてから僅かに1日。

 彼の姿は全く変わってはいないのだが……卵から(かえ)ったという観点から見れば立派になってはいるのだろう。



 ドーン!ドガガガン!!



 再び屋敷が激しく揺れ、ドゴン!と豪快な音を立てて落ちてきた天井の塊にルーファの体毛がブワっと逆立った。


『ぴゃあ!お家が壊れちゃうんだぞ!』


 ロキにしがみ付き震えるルーファの狐耳に舌打ちと共に苛立たし気な声が届く。


「あいつ……暴れすぎだ。ルーファがいること忘れてるんじゃないのか」

『あいつって誰?』 


 バッと口を手で押さえたロキが気まずそうに目を逸らし、それを見たルーファの口から無意識に言葉がこぼれる。


『ヴィー?』


 何故そう思ったのかはルーファ自身にも分からない。ただ……何となくヴィルヘルムの姿が浮かんだ。


(行かなきゃ!)


 そう思い、ルーファはヴィルヘルムの元へ行くことを望む。普段であればルーファが望めば好きな場所へ連れて行ってくれる迷宮が、今日ばかりは反応がない。

 それも仕方のなきこと。この崩壊は屋敷のみならず迷宮全体へと及んでいるのだから。崩壊を防ごうと全ての力を注いでいる迷宮に、ルーファの願いを叶えるだけの余裕はないのだ。


【ラビちゃん!ヴィーの所へ連れて行って!】


 ルーファはラビへ〈眷属通信〉を送るが、未だ目覚めていないラビがそれに応えられる筈もなし。


『どうしよう……どうしたら』


 今にも泣きだしそうなルーファの姿を見てロキは思案する。このまま避難させるべきか、それともヴィルヘルムの元へ連れて行くべきか、と。


 迷いは一瞬。

 ルーファの望みはロキの望みだ。


「オレが連れてってやろうか?」


 その言葉にルーファは期待と不安に藤色の目を(またた)かせた。


『でも……きっと危ないんだぞ。ヴィーが凄く怒って……ううん、悲しんでるから』   

「大丈夫だ。逃げるだけならどうとでもなるさ」


 迷宮はロキの領域(テリトリー)。逃げるだけであれば確実に成し遂げられる自信が彼にはある。


『危なくなったらロキだけでも逃げて欲しいんだぞ。ヴィーは絶対にオレを傷つけたりしないから!』


 ロキは自信満々なルーファに微妙な表情で頷いた。

 彼はつい先刻、そう考えて痛い目に遭ったばかりである。





 ◇◇◇◇◇◇




「行くぞ」


 その言葉と同時にルーファの視界が切り替わる。

 ここは神域……その筈だ。だが、果たして本当に神域なのか。いつもの荘厳とした雰囲気は欠片も見当たらず、大小さまざまな岩が宙に浮かんでいる。

 もし異世界人がこの光景をみたのなら、宇宙空間に紛れ込んだかのような錯覚に襲われただろう。


 神域を満たしていた神力は目に見えて減り、代わりに荒れ狂うのはヴィルヘルムの魔力だ。それが意味するところは……この周辺一帯を支配しているのがヴィルヘルムだということ。


 魔力は主の意に従い邪魔者を排除する。





「ガァ!!」


 目に見えぬ何かに弾き飛ばされたロキの声に、ルーファは慌てて振り返る。


『ロキ!!あ、あれ??』


 既にロキの姿は影も形もない……が、ここで慌てるルーファではない。ルーファは様々な経験を得て新生ルーファへと生まれ変わったのだ!

 要約するとロキはルーファの眷属であるため、無事だということが直ぐに分かっただけである。


『我がヘルメットよ。ロキを守り給え』


 ルーファはヘルメットに渾身(こんしん)の念を送り終えると、キョロキョロと辺りを見回した。

 右を見ても左を見ても岩ばかり。目の前にある大きな岩に登ってもそれは変わらない。


(どうしよう……)


 うんうんと悩んでいたルーファだったが、昔からヴィルヘルムは呼べば直ぐに飛んで来たことを思い出し、大音量で〈思念伝達〉を放とうと魔力を集中させる。

 違和感を感じたのはその時だ。


『ん?ひええええええ!!』


 風が優しくルーファを包み込んだかと思えば、猛スピードで発進する。

 器用に岩を避けながら右へ左へ進む姿は、(さなが)らジェットコースター……と言いたいところだが、残念ながらそんな生易しいものではない。その速度は音速に達しているのだから。


 本来であれば音速が生み出す負荷にルーファの小さな身体が耐えれる筈がないのだが……ルーファは元気に悲鳴を上げながら空の旅を楽しんでいる。その理由はルーファが守られているからに他ならない。


『あっ!!』


 被っていたヘルメットが飛んで行き、ルーファは後を追うように背後を振り返った。



 ちゅどん!



 岩にぶつかって爆散するヘルメットは、ミサイルの爆撃を彷彿させるほど激しいものであった。それを目撃したルーファはというと……白目を剥いて気絶する。それはルーファの防衛本能なのかもしれない。



 …………



 …………


  


 ぽふ~ん!



 何かにぶつかった衝撃で意識を取り戻したルーファは次いで襲ってきた圧迫感にバタバタと手足を動かす。抜け出そうともがくルーファの狐耳が苦しそうな声を拾う。


「すまぬ……ルーファ。すまぬ」


 聞こえてきた声にピタリと暴れるのを止めたルーファは、慣れ親しんだ匂いに(ようや)くここがヴィルヘルムの腕の中なのだと知る。


『ヴィー?』

「すまぬ。そなたが助けを求めた時に我は……我は何も出来なかった」


 それは懺悔だ。


 ルーファが外へ出たいと言った時、頑なにそれを許さなかった。ルーファが冒険者になりたいと望んだ時、その夢を握り潰した。共に外へ出て冒険者になるという道もあったというのに、その選択肢を切って捨てたのはヴィルヘルムだ。


 きつくルーファを抱きしめ何度も何度も謝るヴィルヘルムに、ルーファは胸が痛くなる。


『どうしたの?何があったの?』


 その問いに(いら)えはない。

 不思議に思ってルーファがヴィルヘルムを仰ぎ見ると、後悔と自責の念に苦しむ姿は既になく、髪を逆立たせ憎悪に顔を歪めたヴィルヘルムの姿があった。


「……許さぬ……あの者ら。殺すだけでは生温い。永劫の苦しみを与えてくれる!!」


 終焉ノ神がヴィルヘルムを中心に放射線状に放たれ、それに触れた岩が消滅していく。



 ドガアアアアアン!!



 外縁部まで到達したその力が壁を削り取り、迷宮が悲鳴をあげる。

 「やめて!」そう叫ぼうとしたルーファの目に映ったのは狂気に染まった金色の目。その目に弱さなど欠片もない筈なのに……何故かルーファには泣いているように見えた。


「ヴィー……オレは大丈夫だから」


 人化したルーファはヴィルヘルムをその胸へと抱く。

 何故だろうか……強く雄々しいその姿が、かつてのアイザックと重なった。傷付き途方にくれた魂に。

 ゆっくりとヴィルヘルムの髪を撫でながら、ルーファは何度も同じ言葉を紡ぐ。大丈夫……大丈夫、と。幼子に言い聞かせるように。


 変化は直ぐに現れた。


 ヴィルヘルムの逆立った髪が元に戻り、荒ぶる魔力が落ち着きを取り戻す。

 ルーファの背に手を回したヴィルヘルムは、その身体をきつく抱き締めると柔らかい胸に顔を埋めた。



 トクン……トクン……



 それは生命の証。

 ルーファが生きていることの証明だ。



「オレにはヴィーが何に苦しんでるのか分からない。でも……でもね、例え過去に何があったとしても、それは未来に続いてる。大切なのは今この瞬間。ヴィー、オレを見て」


 ゆっくりと顔を上げたヴィルヘルムにルーファは微笑む。


「オレはここにいる。ヴィーもここにいる。一緒にいられる未来があるのに何を悲しむの?」

「……そなたを守れなかった。そなたを傷つけたモノ全てが憎いっ……!」

  

 禍津教も、近くにいながらその暴挙を許したラビも、カサンドラ王国も……何よりルーファの危機に気付くことすら出来なかった自分自身がヴィルヘルムは憎くてたまらない。血を吐くように内心を吐露するヴィルヘルムの顔を両手で挟み、ルーファはその目を覗き込んだ。


「違う……そうじゃない。今のオレは過去のオレの選択の結果。誰の所為でもない自分が選んだ道。きっとこれから先も色々な事がある。また離れ離れになることだって……」


「許さぬ!許さぬぞ……我と離れる道など!!」


 いきり立つヴィルヘルムを恐れることなく、ルーファはその頭をぽふぽふと叩く。


「聞いて。例え離れ離れになってもオレは絶対ヴィーの元へ帰って来るから。それに……ヴィーはオレを見つけてくれるでしょ?」

  

 悪戯っぽく笑ったルーファの目に不安の色はない。それはヴィルヘルムへの信頼の証だ。それに応えぬという選択肢はヴィルヘルムにはない。男として(自称)夫として。

 

「必ず……そなたが何処へいようとも、必ず迎えに行こう。愛しているルーファ。この世の誰よりも」



 甘く囁いたヴィルヘルムは、そのままルーファを引き寄せると紅く柔らかい唇に己のそれを重ねた。

  

 


    

    


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