強者故の孤独
しばらくルーファはお休みです。
彼はとある迷宮の守護者として創られた。
彼は叡智ある魔物の一角である竜種、それも進化個体である竜王種として生まれた。
彼こそ世界初の竜種であり、現在いる竜種は彼の魔力の残滓から生まれた眷属に過ぎない。
生まれ落ちた瞬間に彼は自分の事を理解した。力の使い方も、自分に何が出来て何が出来ぬかを。そして……自分がまだ強くなれることを。
故に彼は迷宮の守護者であるにも拘らず、迷宮を飛び出した……敵を求めて。もっともっと強くなるために。
幸いなことに迷宮は彼を支配することなく自由を与えた。
彼は魔物を殺し続ける。幾日も幾日も。
誰も彼を止められない。叡智ある魔物ですら彼を傷つけることが叶わぬのだから。
そして遂に彼は進化の時を迎えた――竜王種から古竜王種へと。
――彼は歓喜した。最強の存在へ生まれ変わったことに。
――彼は絶望した。これ以上強くなる事がないと理解した故に。
それからは退屈な日々が始まった。
王となった彼に、全ての魔物は頭を垂れる。誰も彼に逆らわない、逆らえない。それは魔物の本能だ。
強くなるという目標すら失った彼は、永い時を眠って過ごした。何百万、何千万年という永い時を。
彼は……孤独だった。
それは強すぎたが故の弊害。
自分と対等の存在――友を、家族を彼が得ることは無かった。
彼の側にいるのは忠誠を誓う部下ばかり。時折話しかけてくる迷宮だけが、彼の無聊を慰めた。
だが迷宮は彼の家族たり得ない。彼の支配権は迷宮が握っているのだから。
彼は愛を知らないが故に孤独を知らない。
彼は幸福を知らないが故に不幸を知らない。
それが彼にとって幸いかどうかは分からない。ただ彼は倦んでいた。自身の生に、退屈な毎日に。
どれほどの年月をそうやって過ごしたのか……彼自身にも分からない。そんな時、1人の男が現れた。この出会いこそが彼の運命。
「ドラゴンだ!!マジか!すげぇ!本物だ!!」
眠る彼の耳に騒々しい声が届いた。
誰も近づけぬはずの魔湖へと侵入した男に興味を引かれ、彼は目を閉じたまま男を観察する。
眠っていると思ったのか、男は警戒することなく近寄り彼の鼻先をペタペタと触る。やがてそれにも飽きたのか、男は土足で彼の頭をひょいひょいっと登り始めた。
久しく感情の揺らぎすら忘れた彼も、流石にこれには腹が立った。
立ち上がった彼は男を振り落とすと、ついでとばかりに踏みつぶす。
轟音と共に足元にクレーターが広がり、大地が激しく揺れ動く。
手が汚れてしまったかと魔力を通し、再び目を閉じようとした彼の耳に信じられない声が届く。
「いってぇ!!死ぬかと思ったわ!!」
彼の目がクレーターより這い出る男の姿を捉える。着ている服はぼろ布と化しているが男には傷1つついてはいない。
『そなたは……何者か。何故生きておる』
「うお!喋った!?」
狼狽える 男を〈竜眼〉で解析する……が、何も読み取ることが出来ない。次いで彼はアカシックレコードを開くが、これでも男を読み取ることが叶わなかった。
彼は久しくなかった高揚を感じた。それは強敵にまみえたことに対する歓喜。
『我と戦え!人の子よ!!』
大きく吠えた彼は魔法を男にぶち込むと同時に空へと舞い上がった。
彼に遅れること数瞬、もうもうと立ち込める土煙が左右に別たれ、男が高速で彼へと肉薄する!
それはジャンプだ。ただのジャンプが上空数百メートルに滞空する彼のもとまで男を運んだのだ!
男の小さな拳と彼の巨大な拳が合わさる。
ドガアアアアアアアアアアアアアン!!!
吹き飛んだのは彼の方。本気ではなかったとはいえ、この事実に彼は驚愕する。
『ククク……ハァーハッハッハッハ!!楽しいぞ人の子よ!!その力をもっと見せてみよ!!』
戦いは三日三晩続いた。
魔法は男に全く効果がなく、肉弾戦での殴り合いとなった。初めて自分と対等に戦える存在と出会い、彼は狂喜乱舞した。
自分の全力を出し切り男を潰そうとしたが、男は潰れるどころか逆に彼を吹き飛ばす。それに気をよくした彼は尻尾を、腕を、足を、翼を使い、男を追い詰めようと攻撃を繰り出すも、そのどれもが致命傷を与えるには至らない。
彼は楽しくて楽しくて夢中で男を追いかけた。それは油断だったのだろう。常に冷静沈着な彼が我を忘れていたのだから。
尻尾を男に掴まれた彼はそのまま地面へと背中から叩き付けられた!
これが彼の初めての敗北であった。
「まだやんのかよ?」
暫し呆然と空を見つめていた彼は男の言葉に我に返ると、無様にあお向けに寝転がっていることに気付いて慌てて起き上がる。彼が背を地面につけたのは初めてのことだ。
彼は男に向き直り、声を掛ける。
『いや、今はよい。また我と戦おうぞ』
「えっ!ヤダよ、面倒くせぇ」
男は嫌そうに顔を歪め、シッシッと虫を追い払うかのように手を振る。初めて受けるぞんざいな対応に彼は腹を立てるが、同時にワクワクとした面白さを感じた。
『では仕方がない。色よい返事がもらえるまで、そなたに付いて行くとしよう』
「はあ!?ちょ!迷惑なんですけど!?」
『気にするな。我も気にせぬ』
ガクリと地面に手をついた男が何事かブツブツ呟いている。
「ダメだ……言葉が通じない。それともこれが異世界の常識なのか……?そもそもドラゴンを連れて街に入れるのか?無理だ無理無理。ぜってぇ捕まる……」
耳の良い彼は男の言葉を一言たりとも逃さずに聞き取る。
『異世界?そなた異世界から来たのか?』
異世界という存在は知ってはいたが、永き時を生きる彼も異世界人は初めて見る。俗世に興味を失ってから久しい彼は、実に数万年ぶりにアカシックレコードを検索した。
「異世界を知ってんのか!?帰り方知ってたら教えてくれ!!」
『残念だが帰り方は知らぬ……が、そなた自分の状況が分かっておるのか?』
会話をしながらも彼は検索を進めていく。
どうやら世界はかなり不味い状況に追いやられているようだ。だが彼にとって世界が滅びようが滅びまいがどうでもよいことである。彼が興味を持っているのは目の前の男1人。
「あ~実は俺、追われてんだよ」
男はこの世界に来てから今までに起きたことを話し始める。
2月以上前にガリリアント魔法帝国による勇者召喚が行われた。その時偶々、横断歩道で信号待ちをしていた男の足元に魔法陣が浮かび上がり、同じく信号待ちをしていた他5人がまとめて召喚されたのだ。
召喚されてから最初に男がさせられたことと言えば、真実の水晶で力を調べることであった。そこで他の者は強大な固有魔法を保持していたが、男には何の力もないことが判明した。
更に言えば真実の水晶にノイズが走り、魔力量すら読み取れずに終わったのだ。固有魔法どころか特殊魔法すら持っていなかった男の魔力量など高が知れているということになり、帝国はあっさりと男への関心を失った。
それが男にとっての幸いであった。
次に帝国がしたことは、身分証だといって支配の魔法が組み込まれた腕輪を異世界人にはめたのだから。男以外の異世界人は支配され、男には腕輪の代わりに抜身の剣がプレゼントされた。
今まで戦ったことのない男に逃げ切れる余地など無い。その筈であった。
男が逃げるために足を踏み込めば、その身体は神風となりて大地を翔けた……当然、建物の中であったために壁を粉砕しつつ外へと飛び出した。
男は呆然自失。
壁を破っても怪我1つなく、一蹴りで百メートルは移動したのだからそれも当然か。
だが立ち止まってはいられない。男はそのまま城壁を飛び越え……ようとして城壁を粉砕しつつ第一の外壁まで飛び越えた。それからぴょ~ん、ぴょ~んと第二、第三の外壁を飛び越え外へと脱出した男は、帝国の人間を避けるために森へと入った。
だが如何せん敵か味方かもわからぬ中で人里に降りる訳にはいかず、方向音痴も相まって迷いに迷い続けて彼のもとまでやって来たのであった。
話を聞き終えた彼は気になることを質問しようと男に声を掛ける。
『そなたの身の上なぞどうでもよいが……』
「どうでもいいのかよ!?」
『真実の水晶でそなたのステータスが読み取れたのか?』
「え?知らね。だって字読めないし。あいつらがそう言ってただけだし。でも確かに何か書いてあったぞ」
彼が使用しているアカシックレコードは、真実の水晶とは比べ物にならぬ程の情報量を誇るものだ。
というか、真実の水晶に映される情報はアカシックレコードの一部に過ぎない。アカシックレコードですら読み取れぬ男のステータスを、真実の水晶如きで読み取れるはずないのである。
彼は1つの仮説を立てる。
この世界に来たばかりの男は力が定着していなかったために、真実の水晶で映しだせたというものだ。そもそも異世界人自体がこの世界にとっての異物。この世界のシステムであるアカシックレコードで読み取れないとしても何らおかしくはない。
(それにしても愚かな事だ。これ程の力を持つ者を無能と断じるとは)
『先程、状況と言ったが、そなたの身体の現状だ。本当にそなたは理解しておるのか?』
「この力のことか?」
『そうではない。その“歪み”のことだ』
「歪み……?」
どうやらこの男は分かっていないらしい。
どうにか対策を立てなければ、直にこの男は消えてしまうだろう。いや、汚染獣へ変わると言った方が正しいか。
彼としては折角の遊び相手がいなくなるのは、何としてでも阻止せねばならない重要案件だ。
彼は異世界人と汚染獣の関係性を伝えるべく口を開いた。