攻略の幕開け
シリカ騎士王国
かつてこの国はベリアノス大帝国の支配領域であった。
ガッシュがベリアノスに反旗を翻した際に協力した国の1つなのだが……他の国とは少々毛色が異なる。
何故なら、ガッシュに味方したのはアグィネス教を信仰していた人種、それもベリアノスに忠誠を誓うシリカ家の騎士であったのだから。
裏切った騎士の名はジュール・シリカ。
亜人の救済と称して行われていた悪逆非道の限りを知った彼は、ガッシュと出会い祖国を相手取り戦う決意をした。故に正義を貫く騎士道精神を是とし、主が道を違えたのなら命に換えてもその過ちを正すべし、という国風がある。
その為には世間を知り広い視野を持たねばならない、という考えのもと、この国の王族は成人後に家を出て他国を見聞することが義務づけられている。
男は冒険者となり、女は留学することが慣例である。
現王アクラム・ヴァン・ジュール・シリカの子は2名。
皇太子クロードと王女エリザベスだ。
ヴァンとは古語で正義の心を意味し、ジュール・シリカとは初代国王の名だ。つまりジュール・シリカのように己の正義を誤るな、という戒めの名である。
現在、そんなシリカ騎士王国の王都ハラマダは人で溢れんばかりに賑わっていた。
大通りでは出店が軒を連ね、前に進むのが困難なほどだ。だが、それは歩道に限ったことで車道には人っ子一人いない。
これからパレードが行われるため、歩道と車道との境目に兵が等間隔で立ち、人が立ち入らぬように厳重に警戒しているのだ。
今日この日を以て、クロードとエリザベスが他国へ見聞を広めに旅立つこととなる。その見送りと無事を祈るためのお祭である。
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
鐘の音が青空に木霊し、楽団が一斉に音楽を奏でる――パレードの開始だ。
露店を見回っていた人々がクロードとエリザベスを一目見ようと大通りへと押し寄せ、今まで以上の賑わいを見せている。最早進むことすら叶わず、満員電車の車内の如く押し合いへし合いしている状況だ。
そんな中、フードを目深に被った人物が大通りから外れ裏路地へと飛び込んだ。
「ふぅ、こんなに混むなんて聞いてないよ」
そのまま裏路地を進んだ人物は辺りに人がいないことを確認するとフードを脱いだ。黒髪黒目、ベリアノスの勇者・皇朝人だ。
シリカ攻略を命じられた“輝く剣”のメンバーは既にハラマダに潜入を果たしていた。
とは言うものの、朝人がここにいるのは別に攻略のためではなく、ただの見物だ。リーンハルトへ辿り着いてからというもの計画通りに進まないことが多く、現在は待機中なのである。
不運に見舞われたのは湾岸都市アクラムから。
まず、彼らはアクラムに着くまで汚染獣襲来とカサンドラ滅亡の情報を知らずにいた。
名目上、カサンドラを攻略するために来訪している彼らは、肝心の迷宮がなくなったことで身動きが取れない事態に陥ったのだ。
同じ船でやって来た冒険者の大半は再び汚染獣が現れた時に備え、いつでも逃げられるようにアクラムで静観の構えを取っている。
それ以外の冒険者はそのままとんぼ返りをした連中であり、状況が分からぬ現状で好き好んで荒野に向けて旅立つ者などいない。ここで動くのは余りにも不自然だ。
とは言え、この時点で朝人はそれほど気にしてはいなかった。
何故なら、王であるガッシュが終息宣言及び神獣の到来を発表しており、直ぐに落ち着くだろうと予測できたからだ。現に、アクラムの住人の表情も明るく、とても危機に瀕しているようには見えなかったのも理由の1つだ。
だが朝人は所詮は異邦人。
彼は物事の本質を理解してはいなかった。
ドマノフが最も警戒したのは汚染獣でも神獣でもなく、2百年ぶりに姿を現したとされる竜王ヴィルヘルム。
朝人は竜王ヴィルヘルムの力を知らない。その絶大なる力も、かつて大国クマラの民を1人残らず皆殺しにした冷酷さも。
ただ希望があるとすれば、過去を紐解いてみてもヴィルヘルムが国同士の戦争に介入したことはない、ということだろうか。いや……当時は国ではなかったが、リーンハルト独立に関与したことを考えれば可能性が皆無とは言い切れない。
ヴィルヘルムが介入した時点でこの作戦は失敗に終わるどころか、逆にベリアノスに被害が生じる可能性すらあるのだ。
カサンドラ大迷宮がメイゼンターグへ移動したという驚くべき発表があったのは、それからすぐのこと。
朝人たちはその日の内にアクラムを発ち北へ向かって移動を開始した……が、不運とは大挙してやって来るものである。
予定では迷宮に向かう途中で盗賊に襲われているシリカの貴族――当然この貴族は朝人たちの協力者で名をセオドリク・マリオット伯爵という――を助け、気に入られることで怪しまれることなく入国する筈であったのだが……ここでも想定外の事が起きた。
肝心のセオドリクから汚染獣のごたごたで行けなくなったと連絡が入ったのだ。
どうやらシリカでは国防を固めるために連日会議が行われ、各貴族も汚染獣が来た時の対策を講じている状況だという。そんな中、遊興に他国へ訪れる貴族……ハッキリ言って非難轟々であろう。
このまま1度メイゼンターグへ行くべきか思案していた彼らの元へ、再びセオドリクから連絡が入った。その情報こそ、近々クロードとエリザベスが見聞の旅へと旅立つのに合わせ、大々的なお祭りが開催される、というものだ。
暗い話題が多い昨今、祭りを見物しようとシリカへ向かう人は多く、朝人たちもそれに紛れて何とか疑われることなくシリカへ入国を果たしたのだ。
その後、無事(?)に盗賊に襲われていたセオドリクと合流した朝人たちは、現在彼の屋敷にお世話になっているのだが……残念ながら不運はそこで終わりではなかった。
シリカには女将軍がいる。
名をジェーン・サンライト。彼女は情報系最高峰の力を有する固有魔法士だ。
――全知魔法
それは文字通り全てを知ることが出来る魔法だ。相手の名前、所属国、魔法どころか権能の詳細までも。そしてこの力は状態異常をも看破する……そう、朝人の支配魔法も例外ではない。
ただ幸運な事に齢50を超えており、引退する予定だったのだが……汚染獣の襲撃のせいで未だに現役で働いていた。
お陰で朝人は身動きが取れず、ドマノフたちはジェーンを排除するための工作にかかりきりになっているのだ。
朝人が今日ここで暢気にパレードを見学しているのも、その所為である。
大通りから離れて裏路地を進む朝人は、近くに誰もいないことを確認して塀を伝い屋根へと登る。
大通りが見える位置まで屋根伝いに移動した彼は、ハンカチを広げてその上へと腰かけた。先程購入したサンドイッチとジュースを取り出し、それらを買うまでの苦労を思い出して乾いた笑いを洩らす。あれは紛うこと無き戦場だった、と。
頭を振り、悪夢を追い出した朝人が再び大通りへと目を向ければ、目当てのモノは探すまでもなく彼の目に飛び込んできた。
「ふうん、あれが皇太子殿下と王女殿下か」
特別にあしらわれた豪奢な魔獣車の上に立ち、にこやかに国民に手を振る美男美女が見える。太陽を反射して光輝く金の髪は、それだけで王冠のようだ。
「おおう、金髪ドリル!まさか本当に実在していたとは……」
楽しそうな言葉とは裏腹に彼の目に浮かぶは獲物を見定める狩人のそれだ。
国を出る今となっては、朝人があの2人を相手取ることは無いだろう。2人が帰ってくる頃にはシリカはベリアノスに支配されているのだから。
ただ……出来得ることなら、あの2人を支配しておきたかった、と言うのが本音だ。王族全てを支配できたのなら、その時点でチェックメイト、より完璧な支配体制を築けたことだろう。
(まあ、無い物ねだりしても仕方がないか)
冒険者という身分の朝人が王族に会う機会などそうそうなく、大掛かりな下準備が必要になるだろうから。
「アシュレイ」
「何だ」
朝人の見張りであり、現在は彼の忠実な僕と化しているアシュレイが影から僅かに顔を出す。
「神獣の情報は集まった?」
「居場所はメイゼンターグだ。移動したとしても直ぐに探し出せるから安心しろ」
ピクリと眉を動かした朝人が無言で続きを促す。
「カサンドラ大迷宮……いや、今は試練迷宮か。とにかく、迷宮を支配しているのがその神獣だ。迷宮の場所は冒険者ギルドで簡単に把握できる。問題はない」
「つまり、迷宮と一緒に移動しているってこと?」
「正確には迷宮を移動できるのがその神獣らしい。まあ、噂レベルだが……カサンドラからメイゼンターグまで移動したことを考えればあながち間違ってはいないだろう」
「迷宮って普通は移動できないの?」
「今までそんな話は聞いたこともない」
この世界の知識が皆無な朝人は、そんなものかと納得する。
アシュレイが集めた情報によれば、神獣がその迷宮の主になったのだとか。神獣には変わった固有魔法があるので、移動の力はその一端ではないかと言われている……あくまで推測にすぎないが。
「神獣に関することが分かったら直ぐに知らせて」
そうアシュレイに命じると、朝人はその場へ寝転がった。暫くは地球と同じ青い空を眺めていた彼だったが、やがて目を閉じるとこれからのことへと思考を巡らす。
(神獣を手に入れることは絶対だ。誰か適当な人物を支配してメイゼンターグに送り込めれば楽なんだけど……)
朝人は頭を振ってその考えを否定する。
支配魔法は遠方であろうと命令は出来るのだが……相手から情報を受け取るには報告してもらう必要があるのだ。支配魔法は支配するための魔法であり、情報を共有するためのものではないのだから。
ドマノフが朝人の動向に目を光らせている現状で、そんな危険な真似を冒すわけにはいかない。
(自分で行くのが一番いいんだけどね)
そう思いながら、朝人は忌々しげに手首に嵌まっている腕輪を見つめた。
アシュレイの話では居場所が分かるように細工されているらしい。
ハラマダと近ければバレずに行動することも考えたのだが……メイゼンターグは余りにも遠すぎた。バレずに行って帰って来れる距離ではない。
朝人は腕輪を見る――徐々に黒く染まっていくソレを。
(大丈夫だ。まだ時間はある。最悪、神獣は居場所だけ把握しておけばいい)
「先にやらなきゃいけないことがあるしね……」
朝人は次なる計画に思いを馳せるのだった……。
◇◇◇◇◇◇
ここはベリアノス北部に位置する防衛都市ガイアス。
その中心に佇むガイアス城は戦うことを想定して作られた城だ。
防御系の魔法を始め多くの刻印魔法がその城壁に刻まれ、出入り口は僅かに一箇所。その城門を閉じれば鼠一匹侵入することは難しく、正に鉄壁の要塞だと言える。
そのガイアス城からやや離れた郊外の森の中に、その建物はあった。
高い塀に囲まれたその場所を守るのは選び抜かれたエリートたち。だが彼らが警戒しているのは敵の襲撃ではなく、中に閉じ込めているモノの脱走だ。
厳重な警戒が敷かれているその場所こそ勇者が住まう屋敷……というよりも寄宿舎と言った方が正しいだろう。広大な訓練場を有し、居心地よりも機能性を重視した無機質な建物である。
ガヤガヤと騒めく食堂に大文字省吾は足を踏み入れた。
その途端、今まであった騒めきが嘘のように引いていく様子は、見慣れた日常の一コマだ。
省吾はそんな周りの様子を気にすることなく、お盆を手に取ると次々と料理を載せていく。
その頃になると今度は敵意に満ちた眼差しが省吾へと向けられ、ヒソヒソとした話し声が聞こえる。その内容はどう贔屓目に見ても友好的なものではない。
決して居心地がいいとは言えぬだろう中、省吾は眉1つ動かすことなく空いている席へ着くと黙々と食べ始めた。誰も彼に話しかける者はなく、あるのはギスギスとした空気ばかり。
手早く食事を終えた省吾が席を立とうとした瞬間、彼は床を蹴ってその場を離れた。
それと同時に彼が今まで座っていた場所に熱いスープがぶちまけられ、床に転がった金属製の食器が耳障りな音を立てる。
「ごめんなさい、手が滑ったわ」
一瞬で数メートルもの距離を移動した省吾の耳に、冷え冷えとした声が届く。省吾を冷たい眼差しで見つめるのは、長い黒髪を一本にまとめた真面目そうな少女だ。
彼女の名は青柳凛、省吾の元クラスメートである。
「ちょっと委員長……」
後ろから小声で志藤結菜が窘めるような声をあげるが凛は無視して省吾を睨む。
「食べ終わったならとっとと消えてくれない?裏切者がいると食事が不味くなるわ」
「朝人は裏切者じゃない」
「どこまでバカなの?あいつは私たちを支配してこの国に協力しているのよ?いい加減現実を見なさいよ!見ているこっちが恥ずかしいのよ!!」
「あいつはそんな奴じゃない!!」
省吾は朝人の幼馴染であり、親友だ。
(……あいつが裏切者の訳がない)
省吾は確証を以てそう言える。
彼の知る限り朝人ほど正義感の強い人間はおらず、敵に唯々諾々と従うような男ではないのだから。
かつて省吾が虐められていた時、それを救ってくれたのが朝人だ。他の誰も彼に手を差し伸べてくれなかったというのに!
故に省吾は頑なに朝人を信じ続ける――何か理由があるはずだと。
ギリリと歯を食いしばった省吾は周りを睨みつける。
(こいつらは全員敵だ)
省吾は滅多に心を開かない。
それはかつて虐められた経験故。自分より劣っていると分かれば虐め、省吾の体格が良くなるにつれて手のひらを返すように友好的になる。そんな奴らをどうやって信じろと言うのか。
(朝人だけだ)
昔も今も変わらず接してくれるのは。
省吾も最初は朝人の無実を訴えた。
だが……誰も信じないどころか省吾のことも「親友に裏切られた可哀そうな奴」として同情の眼差しで見られる始末。今では、いつまで経っても態度を変えない省吾のことも裏切者扱いだ。
召喚されて既に1年半。
自分達とは違い朝人には自由が与えられ、住んでいる場所もガイアス城にある一室だ。その上、高額の給料も貰っているという。傍から見れば完全に裏切り者だと、省吾も頭では分かってはいる。
だがそれでも省吾は自分の考えを変えるつもりは無い。
誰よりも長く朝人の側にいたのは自分なのだから!自分が信じずして誰が朝人を信じるというのだ。
省吾は決めたのだ。
例え皆が朝人を裏切り者だと罵ろうとも、自分だけは朝人の味方でいようと。
「大文字君、もう諦めた方がいいと思うよ?皇君は……私たちを裏切ったんだよ」
おずおずと口を開いたのは結菜の後ろにいた相川静流。彼女の目に非難の色はなく、ただ悲しそうに大文字を見つめている。
省吾は静流に目を止めるが……直ぐに視線を逸らすと無言で食堂を後にした。
彼が向かうのは訓練場だ。
隷属させられている他の異世界人は最低限の訓練しかしない。それがせめてもの反抗だからだ。
だが……省吾は違う。省吾の味方は未だ敵に掴まることなく動き回っており、ならば自分のすることは1つだ。いざという時、朝人の足を引っ張らぬように己を鍛えるのみ。
ブオォォォン!ブオォォォン!
彼は剣を振るう。何度も何度も何度も……まるで己の内に在る不安を打ち砕かんと言わんばかりに。




