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深淵の支配者・下

「うわあああああああああああん!!」


 悲鳴を上げたルーファは抵抗すら許されず、あっという間に球体の中へと吸い込まれ消えて行った。


「ルーファ!」

「動くな!!」


 助けに向かおうとしたガッシュを押しとどめたのはヴィルヘルムだ。

 〈神竜ノ眼〉が輝き、彼はルーファを視続ける。

 一体何が視えているというのか……ヴィルヘルムの顕現せし角からは雷が縦横無尽に走り、苛立たし気に地面を穿つ尾が彼の精神状態を如実に表している。

 だが……それでも彼が動くことは無い。


 ただ見守ることしか出来ぬ彼らを他所に、異変は着々と進行していく。


 




 燦燦(さんさん)と輝いていた太陽を闇が侵食し、瞬く間に空が闇色に染まる。その変化は200階層だけに留まらず、迷宮全体を……否、荒野全域を覆いつくした。

 

 それは夜ではない。

 いつも地表を優しく照らす双子月も、その周りを彩る星々の輝きも、何一つ見えはしないのだから。

 

 闇だ。純然たる原初の闇。


 人を眠りへと(いざな)う優しい闇ではなく、全てを呑み込む深淵たる深き闇。

 迷宮にいる魔物の足音も、要塞にいる人々の息遣いさえも、全てが闇へと沈み、恐慌に陥った人々の悲鳴までもが闇へと捧げられた。



 チカリ



 音と光を奪われた世界に紫色の光が奔る。



 バチバチバチバヂヂヂヂヂヂヂイイイイイイイィィィィィィィィ!!

   

 

 次いで(とどろ)く轟音。

 竜の如く闇色に染まりし空を奔り抜ける幾百、幾千と言う紫雷が空を明るく染め上げ、それに照らし出された地表では瘴気が濁流の如く迷宮へと呑み込まれていく。


 その人知を超えた光景は、神の怒りか……(ある)いはこれこそが神の奇跡だとでもいうのだろうか。いや、奇跡というには(いささ)か猛々しい。だがそれでも、その中に心を揺さぶるほどの美しさを感じる。

 まるで神聖なる山の頂から見渡した純白に染まりし大地の峻厳(しゅんげん)さの如く、まるで大海原の只中(ただなか)で知った雄大にして玲瓏(れいろう)たる果て無き水の千尋の如く、人々は恐ろしくも美しい光景に圧倒される。

 

 彼らはただ祈ることしかできない――それは人が決して触れることを許されぬ領域なのだから。







「ふええええええん!ヴィー!ガッシュー!」


 真っ暗な闇の中に閉じ込められたルーファは泣きながら2人の名を呼ぶ。されど一向に返事はなく、助けが来る気配もない。


 ルーファの魔力は凄まじい勢いで吸収され続け、既に魔力を使う事も身体を動かすことも出来ない。

 このまま全てを吸いつくされ、自分の存在そのものが消えてしまうのではないか……恐ろしい想像にルーファの目からはボロボロと涙が零れた。

 幸いな事と言えば、最近の戦いを通して魔力の急激な減少に慣れたために魔力酔いの症状が無くなった事くらいか。いや、以前であればとっくに気を失っていたことを考えれば、果たしてそれは幸いだと言えるのか……。



【……ファ、ルーファ!】


 突如、脳裏に響いた声にルーファの狐耳がピンと立つ。

 ヴィルヘルムがラビの〈眷属通信〉に干渉し、自らの声をルーファに届けたのだ。


【ヴィー?こ、怖いよぉ。助けて……】 

【落ち着け。ルーファの目的は何ぞ?何を為すべきかを思い出すのだ】

  

 冷静なヴィルヘルムの言葉にルーファは幾ばくか正気を取り戻す。


【迷宮の守護者を創りだすの……】


 小さく呟いた自分の言葉に、ルーファはハッとする。恐怖の余りすっかり本来の目的を忘れていたのだ。


【そうだ。迷宮の守護者とは謂わばルーファの子よ。人であれ魔物であれ、子を産むためには己の力を子に与える必要がある。それはルーファとて例外ではない。恐れるな。それはルーファを傷つけるモノではない】

()の子……】


 今まで感じていた恐怖が嘘のように消え失せ、その代りにほんわかとした温かさが心に宿る。それは“愛しさ”。母が子に向ける“愛”だ。


【ありがとうヴィー。もう大丈夫!】


 ルーファは目を閉じ意識を集中させる。


(探さなきゃ。()()()は何処にいるの?)


 そう思った瞬間、ルーファの目の前には卵があった。

 ほのかに紫色の光を放つ、漆黒の小さな――子狐の時のルーファよりも更に小さな卵だ。ルーファには、それが直ぐに自分の子だと分かった。

 ルーファがソレを胸に抱きかかえれば、怯えの感情を強く感じる。きっと自分が拒絶してしまったから。


「ごめんね。もう怖がらないから。だから、元気に生まれてきて」


 ぎゅっと卵を抱きしめたルーファは今度は自ら魔力を流すが……一向に生まれる気配がない。


(……何が足りないんだろう)


 小首を傾げたルーファはあることを思い出し、〈亜空間〉から迷宮守護者の条件が書かれた紙を取り出した。

 きっとイメージが足りないのだ。そう思ったルーファはその紙を読み上げようとするも、真っ暗で字が読めないことに気付く。


「…………」  


 先程まで焦っていたせいで内容を綺麗さっぱり忘れてしまったルーファは、暫くウンウンと悩んでいたが……やがて致し方なし、と紙を手で掴むと卵に見えるように(かざ)した。


「いい?こんな子になるんだぞ!」


 卵状態であるために目もないのだが、そんなことはお構いなしにルーファはヒラヒラと紙を振りアピールする。完全に卵へ丸投げである……が、どうやら卵はルーファと違って優秀なようだ。


 

 チリチリチリ……



「ふおおおおおお!」


 紫色の炎を上げて燃え始めた紙を慌てて離したルーファは、次いで輝き始めた卵に焦ったように声を張り上げた。


「貴方の名前はロキ!激強(げきつよ)()()()()()なんだぞ!」



 ルーファは可愛い可愛い我が子の誕生を(こいねが)う。



 ――この瞬間、条件が(そろ)った。

 


 術者は世界の理を捻じ曲げる超越種たるルーファ。


 2つの〈万物創造〉にそれを補助する〈自由自在〉。


 莫大な量の魔力と瘴気。


 ルーファが望むは迷宮守護者(けんぞく)ではなく己が子。




 このどれか1つでも欠けていたら奇跡は起こらなかっただろう。だが……幾多の偶然が重なり奇跡は顕現する。



「ひえええええええええ!!」


 今までとは比べ物にならぬ程、ルーファの魔力が吸われていく。いや、よくよく見ると魔力だけではなく瘴気もだ。

 

「クッ!これも子供のため!持っていくがいい!!」


 カッと迷宮核が光輝き、ルーファの魔力が爆発する。小さな卵が今では2メートルを超える大きさにまで体積を増し、そして……

 


 ピシっピシピシっピシリ……パキン



 ソレは生まれた。




 黒に近い紫暗色の髪を(なび)かせ、190センチはあろうかという長身の男が1人。

 褐色の肌に引き締まったしなやかな肉体は黒豹を思い起こさせ、その背に翻るは3対の漆黒の翼。鳥とは異なる蝙蝠(こうもり)の様な翼なれど、そこに柔らかさは微塵も感じられず、触れればズタズタに引き裂かれることだろう。

 


 ジャラララ……ジャララララ……



 音の先を見てみれば、金属片を幾重にも重ね合わせたかのような尾が3本。その長さは5メートルにも及ぶだろうか。

 各々が意思を持っているかの如く(うごめ)くソレは、まるで獲物を狙う蛇のよう。

 明らかに人とは呼べぬ禍々しき異形の姿は、見た者に恐怖を与えることだろう……その容姿を見なければ。



 ――ぞっとするほどの美しさ。



 ヴィルヘルムの冷たく鋭利な刃を思わせる美貌とは異なり、ロキのそれは精悍でいて甘く、危険な色香が漂っている。



 閉じられていた目が……開く。


 

 黒だ。本来白い筈の眼球は漆黒に染まり、その中に於いて最も強い輝きを放つ鮮血の如き瞳孔。


 それは……絶望の色だ。


 彼は人を惑わし、魅了し、堕落させる。

 彼は人を唆し、煽動し、闇へと染めあげる。


 その堕ちた魂こそが甘美なる彼の餌。

 彼のベースは悪魔、魂までも喰らい尽くす美しき魔物なのだから。





 さあ、世界よ言祝(ことほ)げ――新たな超越種の誕生を!!



 強欲に全てを欲し

 貪欲(どんよく)に全てを喰らう


 深淵を従えし絶対者



 彼こそが深淵ノ神



 ――神魔・ロキ――











 その光景は後世へと語り継がれる。


 闇と瘴気が一気に迷宮へと流れた影響で空には青空が広がり、縦横無尽に荒れ狂っていた紫電も嘘のように消え去った。まるで先程の光景が嘘だと言わんばかりに。

 要塞から荒野を見下ろせば瘴気はなく、ただ赤茶けた大地が広がっていた。


「終わったのか……?」


 現在メイゼンターグを預かっている将軍ザナンザ・アインクラインは呆然と呟く。

 ガッシュに異変あらば即座に対応せよ、と命を受けていたもののハッキリ言って人が対応できるレベルの異変ではなかった。強張った身体の力を抜き深く息を吐いた彼は、何事もなく終わりを迎えれたことに安堵の息を吐いた。

 


 ドン!



 そんなザナンザを嘲笑うかの如く、何の前触れもなく大きく揺れた大地に兵たちが次々と床へと投げ出された。

 僅かに体勢を崩したザナンザだったが、さすがは北方軍を預かる将軍。即座に原因を探るべくその目を走らせた。


「何だあれはっ!?」


 白銀色に輝く柱が天と地を結んでいた。いや、それは柱よりも津波と言った方が正しいか。荒野の中央から外縁部へ向けて迫っているのだから。

 逃げる間もなくソレは防護壁へと差し迫る!



 シャラララララララン


 

 顔の前で腕を交差させ衝撃に備えていたザナンザは、津波がぶつかったとは思えない涼やかな音に目を開けた。


「あ、あああ、あああああああああああああ!!!」


 ザナンザの口から知らずに咆哮があがり、その目は驚愕に見開かれる。



 ――何処までも続く一面の草の海。



 5000年もの間、草木1本すら生えなかった死の大地に生命が芽吹いたのだ。赤茶けた大地は片鱗すらなく、緑の絨毯の上を色取り取りの花が飾っている。


 

 ザアアアアアアアアアアアアア…………



 一陣の風が吹き抜け、ザナンザは風を追うように上空を見上げた。



 ヒラヒラ……ヒラヒラ……花びらが舞う

 まるで蝶の如く艶やかに


 クルクル……クルクル……花びらが舞う 

 まるで踊り子の如く軽やかに


 空から舞い降りる花はまるで雪のように彼らの心に降り積もる


 それは奇跡という名の花だ 

 






「うおおおおおおおおおお!!」

「すげええええええ!!」

「迷宮神獣様バンザイ!!」


 正気に返った兵たちが歓声をあげる。

 服を脱ぎだす者、踊りだす者、歌いだす者、泣き出す者、様々だが……共通している点がある。それは誰もが歓びに満ち溢れているということ。

 普段であれば職務中に乱痴気騒(らんちきさわ)ぎなど許しはしないザナンザだったが、この時ばかりは目を瞑った。何故なら、一番最初に翼を広げ草原へと降り立ったのは彼なのだから。


 この日の出来事は、迷宮神獣ルーファスセレミィが行った最初の奇跡として歴史書に刻まれることとなる。


 人々は知らない――本当の奇跡が何なのかを。

 彼らが見た奇跡は、ただの余波に過ぎないというのに。

 



   


 ◇◇◇◇◇◇




 ――同時刻



「……何だ?」

 

 牢を見回っていた兵がキョロキョロと辺りを見回す。


「どうした?何かあったのか?」


 相方の様子に異常を感じたもう一人の兵が、腰を低く落とし剣へと手をかけた。


「分からん。何か……こう……チリチリす……ぎゃっ!」


 それが兵の最期の言葉。



 グシャ!ゴキュ……ブシャアアアアアアアアア



 降りかかる赤いシャワーに、もう一人の兵はへたり込みながらも天井を見上げた。


「あ……あ……ああっ……」



 彼が見たのは……漆黒の化け物。  

 幾本もの触手が同僚に絡みつき、巨大な口から垂れ下がる()()()へとその身体を運んでいる。



 ギュリギュリギュリギュリ

    ぐちょぐちょぐちょぐちょ


 

 骨と肉が削られる音が響き、腰を抜かした兵の身体に鮮血が降り注ぐ。

 両目を見開き、視線を逸らすことも声を出すことも出来ぬ彼は、ただただ同僚が喰われていく様を見つめていた。

 やがて全身が()()()に消え失せ……



 グパァっ!!



 再び()()()()()の中に見えるは、奥までギッシリ詰まった歯、歯、歯。


「ひっ……ひっ、ひっ!」


 足を懸命に動かしズリズリと移動する彼の背が壁へと当たり、その目が最期に捉えたのは……愉悦に満ちた赤い眼差しであった。   

 

 



 ギュリギュリギュリギュリ

    ぐちょぐちょぐちょぐちょ……ぐしゅっ……







  

 

 薄暗い地下牢にその男はいた。

 

 薄汚れた囚人服を身に(まと)ったぼさぼさの髪と髭の男だ。落ち窪んだ眼窩がまるで幽鬼の如くぼんやりと宙を見つめている。


 男の名はゴードン・デルビエル。

 禍津教(まがつきょう)の教主だった男だ。


 迷宮が移動するにあたり彼の身柄はメイゼンターグの地下牢に移され、厳重な警備が敷かれている。今まで何千、何万という罪なき人を虐殺し邪神へと捧げてきたのだから。

 だが今ではその残虐性を僅かたりとも感じることは出来ない。幾度も行われた拷問が彼の心を壊しつつあるのだ。



 ギチギチギチギチ……



 何処からか響いてきた謎な音に、何も映していなかったゴードンの目に僅かに生気が宿る。ノロノロと顔を動かした先に在るのは漆黒の悍ましき化け物。


「あ、あ、ああああああああああああああ!!!」


 ゴードンは(もつ)れる足で化け物へと近づき、そのまま(ぬか)ずいた。

 化け物の触手が1本ゴードンへと近づき、彼は躊躇(ためら)うことなくソレに口付ける。虚ろな目は最早見る影もなく、その目には狂おしいばかりの感情が浮かぶ。


 それは……狂信者の眼差し。


 人生の大半を信仰へ身を捧げてきた彼の前に、遂に神が降臨したのだ。

 

 


 この日、メイゼンターグから1人の罪人が消えた。 


  

 






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