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褒美

 ここはヴィルヘルムの私室。


 濃い茶色と白で統一されたシックなデザインの部屋は、実にシンプルですっきりとしている。

 家具は必要最低限で、中央に置かれたテーブルも重厚な(おもむき)のある茶色だ。ソファーの色はそれよりも深い色合いで、淡いクリーム色のクッションが重々しい雰囲気を優しく中和している。


 部屋に戻ると同時にヴィルヘルムの姿が変わる。


 フード付きのコートはいつもの黒に近い赤色のコートへ。漆黒の髪には色鮮やかな紅が映える。腕にルーファを抱いたままソファーへと腰かけたヴィルヘルムは、そのままルーファを足の間に座らせた。


 所在無く佇む4名……いや、3名は恐縮したように身体を縮こまらせ、残りの1名はというと……興奮して辺りを見回している。誰かは想像にお任せしよう。


「何をしている。早く席に着け」


 ヴィルヘルムの言葉に顔を見合わせた彼らは、ぎこちない動きでソファーへと腰かけた。

 ちなみに、ヴィルヘルムの隣に座る勇者はおらず、全員が1つのソファーにぎゅうぎゅうに詰めて座っている。


「先程はご無礼お許しください!」

「申し訳ありませんでした」


 席に着くと同時にテーブルに打ち付けんばかりの勢いで頭を下げたバーンに、アイザックも続く。


「構わぬ。そなたらはルーファを守ろうとしただけのこと」

 

 許しの言葉に2人は強張った顔をホッと緩めた。




(……懐かしいぜ)


 変わらぬ金の目を見て、バーンはそう思う。


 あの時、助けられた礼をもう一度言いたい。いや、言いたいことはまだまだある。

 変わる切っ掛けを与えてもらったこと、ルーファによって救われたこと、守りたいものが出来たこと……


 全てはヴィルヘルムとの出会いから始まったのだ。


 だが、感謝を伝えたい思いはあれど、結局バーンがそれを口に出すことはなかった。

 ヴィルヘルムにとって自分は取るに足らない存在だと理解しているためだ。はっきり言って自分達を覚えているかどうかさえ疑問なところだ。

 邂逅(かいこう)も、交わした言葉もほんの僅かであったのだから。


 先程の戦いも……いや、あれは戦いとすら呼べぬ代物であった。

 ただ目の前の虫を払うかの如く、軽くあしらわれたに過ぎない。ヴィルヘルムの名を呼ぶ許可を得るために日々精進してきた彼は、強さを求めて登ってきた道のりの先が、まだまだ長い事を知る。

 それが悔しいと思う反面、嬉しくもある。その人知を超えた強さに彼は憧れてきたのだから。 


 

「名は?」


 ハッとして顔をあげたバーンに金の目が突き刺さる。


「そなたらの名は?」


 それはいつかと同じ問い。


(……まさか、覚えていらっしゃるのか?)


 バーンの心を期待と不安がせめぎ合う。

 震える声で2人は以前とは別の答えを返した――“バーン”と“アイザック”だと。


「……良い名だ。今度は見失なわぬようにせよ」


 いつもは冷たい金の目が、この時ばかりは柔らかく細められた。


 それを見たバーンは、自分たちがヴィルヘルムに気に掛けられていた事を知る。

 いや、きっとヴィルヘルムだけではない。赤鬼と黒鬼に身を堕としてからも親身になって協力してくれた者がいた。

 それを利害が一致しただけだと思っていたが……果たして本当にそれだけだったのだろうか。中には純粋に自分たちを助けてくれようとした者もいたのではないか。


 信じる心も思いやる心も……全てを失っていた。


 どれだけ自分たちの視野が狭くなっていたのかが今なら分かる。人としての心を取り戻してくれたルーファに、変わる切っ掛けをくれたヴィルヘルムにバーンは感謝する。

  

「あり、がとう、ございます」


 再び頭を下げたバーンは、込み上げてくる温かい想いに中々顔をあげることが出来なかった。

     




 コンコン



 話の合間を見計らったかのようにドッペルがカート押して入室し、お茶菓子を並べ終えると無言で一礼し扉の向こうへと消えていく。

 その堂々たる姿は最早プロフェッショナルと言っても過言ではなく、戦闘要員の筈のドッペルがいったい何処へ向かおうとしているのか……疑問が残るところだろう。


 だが既にそれが日常の光景と化しているルーファは、少しの違和感さえ覚えずにお菓子に手を伸ばした。


「バーン君とアイザックと知り合いなの?」

「ああ、以前汚染獣を片付けた時に助けたのだ」


 ルーファは不思議そうな面持ちで3人を交互に見つめた。


 以前、アイザックの記憶を追体験した時にヴィルヘルムの姿を見なかったためだ。とは言っても全ての記憶を見た訳ではなく、アイザックの強い想いが残った記憶に引き寄せられた感じなのだが……流石にヴィルヘルムとの出会いが記憶に残ってないのはおかしいと感じる。

 ルーファが疑問を口にすると、ヴィルヘルムは白銀色の髪を優しく撫でながら口を開く。


「超越種同士は見えにくいものぞ。ルーファはまだ〈時空眼〉をコントロールできてはいまい?故に我を捉えられなかったのだろう」


「そうなの?バーン君の初恋の人は見えたのに……残念なんだぞ」


 

 ゴフゥゥゥゥゥゥゥ!!



 お茶を勢いよく吹き出すバーン。当然のことながら、その対面はルーファとヴィルヘルムである。


「ゴホッゴホッ!す、すみません」


 〈自然ノ化身〉の活躍により被害が皆無なヴィルヘルムは「気にするな」とだけ声を掛け、何事も無かったかのようにお茶を飲む。この力は終焉ノ神より遥かに使い勝手がよく、万能な力だと言える。

 未だに涙目なバーンの隣ではアイザックがニヤニヤと嗤っている。


「その話、詳しく知りたいです~!」


 ミーナがキラキラとした目でルーファを見つめ、普段であれば手段を選ばずルーファを黙らすバーンだったが……流石にヴィルヘルムの膝の上に座っているルーファに手を出すことは出来なかった。その結果……


「バーン君の初恋の相手は……ロビン君なんだぞ!」

「え~!ま、まさか!!」


 ミーナの脳裏に最近ルーファから借りた「禁断の愛」の名が浮かんだ。

 最初はあまり気乗りしなかったミーナだったが、今では大ファンと化している。あれからレイナにお薦めのBL本を教えてもらい買い漁ったほどだ。

 頬を紅潮させたミーナに同士としての共感(シンパシー)を感じたルーファは力強く頷く。


「ロビン……お前のことが好きなんだ。オレと付き合ってくれ!」

「おおおおおおおお!やめろおおおおおおおおお!!」


 ルーファに掴みかかろうとするバーンをアイザックが羽交(はが)い絞めにして耳元で囁く。


「ごめん。僕、普通に女の子が好きなんだ……だったか?」

「ちょ!何でお前が知ってんだよ!」


「隠れて見ていたからに決まってるだろ」


 振り返りざまに殴りつけるバーンの拳を避けながら、アイザックは堂々と(のたま)う。ルーファが知っている時点で、記憶の主であるアイザックも知っているのは当然のことである。


「何も恥ずかしがることはありませんよ。愛に貴賤(きせん)はないのですから」

「そうですよ~。私、応援しますよ~」


 慈しみに満ちた眼差しを向けるゼクロスとミーナの姿が逆に、完全にノーマルであるバーンを更なる絶望へと突き落とす。

 そもそも彼が好きなのはミーナであって、その当の本人から男同士の恋愛を応援される男……何と哀れな事か。


「違う!勘違いしていただけだ!オレはロビンの事を女だと思ってたんだよ!」


 身の潔白を証明しようとするバーンに、鬼畜な狐がしたり顔でバーンの手をぎゅっと握った。


「隠す必要なんてない。オレたちはバーン君の味方だから。いつでも恋愛相談にのるんだぞ!」


 その時、微かにヴィルヘルムの目が(すが)められ、ルーファとバーンの繋がれた手に向けられる。

 普段であれば即座に手を切り落とす程度のことを平気で実行するヴィルヘルムだったが……この時ばかりは寛容な心でバーンを許した。

  

「違う、違うんだ……」


 今にも死にそうな瀕死の重病人の如く弱々しいその声は誰の耳にも届かず、そんなバーンを置いて会話は進んでいく。


「ヴィーがSランクだったなんて知らなかったんだぞ!どうして教えてくれなかったの?」


 予定通りのキラキラした眼差しを向けられ、密かに手を握り絞めガッツポーズを取ったヴィルヘルムは、そんな喜びを露ほども感じさせぬ真面目な顔で堂々と偽りを述べる。


「大したことはない。言うまでもないと思ったまでのことだ。だが、ルーファが正体を隠して冒険者として過ごすのなら、我もそれに合わせた方が良いだろう?」


 ルーファのことをちゃんと考えてますよアピールも行い、ヴィルヘルムは自分の株を更に上げにかかった。 


「おお!流石はヴィーなんだぞ!」


 はち切れんばかりに尻尾をぶおんぶおんと振るルーファを愛でながら、ヴィルヘルムは(魂の抜けた)バーン……ではなく他の3人へと目を向ける。ヴィルヘルムが彼らをここに呼んだのは親交を深める為ではない。恩には恩を、牙には牙を……それが竜族の流儀だ。


「ルーファを守ってくれたこと感謝する。何か欲しいものがあれば申すがよい」


「神獣様をお守りすることは神官として当然のことです。いえ、むしろ私の方こそルーファと共に過ごせたことを感謝せねばなりません」


 にこやかに断りを入れるゼクロスに横合いから待ったが掛かる。


「待つがいい、ゼクロスよ。本当にそれで後悔はないのか?」


 厳かな口調でルーファは〈亜空間〉から1冊の本を取り出した。


「こ、これは!?」


 そこには……


 麗しいカトレアが子狐を抱き上げている姿

 麗しいカトレアが子狐と遊んでいる姿

 麗しいカトレアが子狐と眠っている姿……etc


 思わずカトレアの写真集を握りしめ、目を血走らせたゼクロスは震える手で丁寧にページを捲っていく。


「おお!神よ!!」


 いつもの如く滂沱の涙を流しながら祈りを捧げ始めたゼクロスをルーファは満足気に見つめ、次いでミーナの前に1冊の本を置く。


 そこには……


 男らしく服の裾で汗を拭くガッシュ+(すみ)に子狐

 上半身裸のガッシュ+(すみ)に子狐

 無防備に眠るガッシュ+(すみ)に子狐……etc


思わずガッシュの写真集を握りしめ、鼻血を撒き散らすミーナ。


「家宝にします~!」


 未だに止まらぬ鮮血(はなぢ)をハンカチで押さえながらミーナは本日一番の笑みを浮かべた。



  




「それで……そなたらは何ぞ望む物はあるか?」


 バーンとアイザックは目的のために強くならねばならず、そのために必要なモノを先日ラビに教えられたばかりだ。ここで願えば簡単に、そして確実に必要なモノが手に入るだろう。

 だが……と彼らは思う。自分達の弱点をカバーするための魔法武器や魔道具は迷宮の深層に潜れば手に入るのだ。


 ならばここで願うべきは何か。


「……強く、なりたい」


 無意識の内にバーンの口から言葉が零れ落ち、アイザックがそれに続く。


「誰よりも強く。もう2度と大切なモノを失わないように」


 2人の目は逸らすことなくヴィルヘルムに向けられる。


 それはヴィルヘルムの好きな目だ。

 自分の命を捨てることをも厭わぬ戦士の眼差し。その内に秘めし強い意志と覚悟が久々に彼の心を動かす。

 結局のところ彼もまた生粋の戦士なのだろう。


「良いだろう。暇がある時にでも我が直々に鍛えようぞ」

「「ありがとうございます!!」」


 2人は同時に立ち上がり頭を下げた。

 バーンのみならず、いつもは冷静なアイザックの頬も紅潮し、その興奮具合が窺える。その姿を眩しそうに見つめたゼクロスとミーナは先程もらった写真集を取り出し、ルーファの前に置いた。


「竜王様、先程の言葉を撤回してもよろしいでしょうか?」

「構わぬ」


 攻撃魔法を一切使えないゼクロスはこの中で最弱だ。

 どんなに努力をしようとも光魔法士たる彼が強くなることは難しい。いや、肉体の最盛期はとうの昔に過ぎた今、これから衰えていくばかり……いずれ仲間の足を引っ張ることになるのだろう。


 だが、それを理解していようとも譲れぬものがある。

 バーンとアイザックが我を忘れることがあれば、それを止めるのが年長者たる自分の役目だ。せめて行けるところまで2人を……いや、3人を支えていきたい。それがゼクロスの願いだ。


「私は見ての通り光魔法士です。強くなることは難しいかもしれませんが……それでもこれから先も皆で歩んで行きたいのです。どうか、私にも修行をつけては下さいませんか?」


「私も!私もお願いします~」


 ヴィルヘルムも仲間のために強くなろうとする心意気は嫌いではない……が、彼は無駄な事はしない主義だ。


「そなたらの伸びしろは少ない。我が鍛えたところで高が知れておろう」


 その言葉に悔しそうに唇を噛む2人を見つめながら、ヴィルヘルムはどうしたものかと思考する。このまま礼もせずに帰すなど竜族の名折れだ。

 ヴィルヘルムは影から4つのネックレスを取り出す。

 シンプルなチェーンに丸い石のついたどこにでもありそうな代物だ。

 だが当然ヴィルヘルムが取り出したモノがそんなものの筈がない。


「これは魔力を溜める魔道具で名を魔力石と言う。溜められる魔力は30万だ」

「「「「30万!?」」」」


 全員が驚くのも無理はない。


 現代に魔力石は存在せず、使われているのは空の魔石だ。これに自分の魔力を注ぎ、予備の魔力として利用しているのだが……込められる魔力量に問題があった。


 普通の魔石であれば300~1,000。10,000以上の魔石は滅多に出回らない上に驚くほど高額となる。そのため、複数の魔石を常備することが戦士としての常識だ。

 但し、元々の魔力量が多い固有魔法士は、予備の魔石を持っていない事の方が多い。魔力操作を鍛えて回復魔力量の増大を図る方が有意義だからだ。


 何故これほどまでに魔力石と魔石との間に開きがあるのか。

 その答えは魔力石に上位格魔法である〈亜空間〉が刻まれているため、保存できる魔力量が桁違いだからだ。

 現在の技術で上位格魔法の刻印魔法化は不可能であり、これは〈大災厄〉以前の技術で作られたものとなる。


「これがあれば、〈浄化〉も問題なく使えよう。あとは……魔力操作を鍛えるべきか。光魔法しか使えずとも直接身体に魔力を圧縮すれば身体強化となろう」


「「「「は?」」」」


 口をポカンと開け間抜け面を晒す4人に、ヴィルヘルムは眉を(しか)めた。ちなみに、大人しいルーファはというと……ヴィルヘルムの膝を枕に夢の住人と化している。


「まさか知らぬのか?戦闘の基礎ぞ」


 ヴィルヘルムは基礎だと言っているが、実は奥義とも呼べるもの。

 マサキやガッシュのように無意識に使っている者もいるが、実際にやってみればその難しさが分かるだろう。


 普通の魔力圧縮は魂の中で行い、圧縮しすぎたとしても器が大きくなるだけで破裂することは無い。仮に圧縮魔力量が危険領域に達すれば、自然と魔力が抜けていくようにできているからだ。魂とは魔力専用の器であり、自分の魔力で傷付くことはあり得ないのだ。

 だが……肉体はそうはいかない。過度な魔力圧縮を行えば身体を痛めるどころか爆散することもあり得る。


 危険が高い故に廃れた技術……それが魔力身体強化だ。

 

「知らぬのならば圧縮する限界値を教えよう。失敗すれば死ぬ故な」


 楽しそうに笑ったヴィルヘルムに4人の背にゾクゾクとした怖気が走る。それは死の予感だが――この時ばかりは全員がその予感に無理矢理蓋をした。


 こうして彼らはヴィルヘルムから教えを乞う権利を獲得したのだった。



 余談だがルーファが目を覚まさなかったため、そのまま写真集を置いて帰ったミーナとゼクロスだったが、後日ルーファから部屋へと届けられた。

 その際に写真集を1冊も持っていなかったバーンのためにヴィルヘルムの写真集が贈られたという。

  






   

  

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