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受付嬢の受難

「ラビ様大変でございます!ルーファスセレミィ様が何処にもいらっしゃいません!」


 慌てて駆けこんできたピピに、ラビは「またか」とため息を吐く。


 ルーファは“迷宮ノ神”を使いこなせてないにも拘わらず、しょっちゅうラビの目を盗んで脱走に成功しているのだ。〈転移〉を使えないルーファが誰にも気付かれることなく、どうやって迷宮から脱走しているのか……その答えはルーファのお願いを聞いている何者かの存在にある。


 ――迷宮、それが答え。


 ルーファが迷宮と融合した際に生まれた迷宮の意思は、ラビへと統合された。では、新たに形成されたのかといえばそうではない。

 力を上手く使えないルーファが無意識の内に創造した人工知能、それこそが現在の迷宮である。よって、ルーファが「あそこへ行きたい」と願えば、それを感知した迷宮が機械の如く自動的に転移陣を発動させているのだ。

 残念ながらルーファに従う忠実なる人工知能は「1人で出かけると危ない」と言った思考は持ち合わせておらず、今日も今日とてルーファの脱走に手を貸していた。 

 

 ヴィルヘルムとの約束は、ルーファの中で忘却の彼方だといってもいいだろう。 

 





「ふんふ~ん♪」


 メイゼンターグの大通りを歩きながらルーファは手に持った串肉を頬張った。

 今日の予定は依頼を受けに冒険者ギルドへ行くことだ。当然、正体がバレぬように旧カサンドラではなくメイゼンターグのギルドである。


 汚染獣襲来のゴタゴタでルーファは1月近く依頼を受けてはいない。これから迷宮守護者を創り出す予定のルーファは再び眠り込んでしまう可能性を考え、ギルドカードが失効する前に常駐依頼の薬草を納品しようと朝から薬草を集めていたのである。

 とは言うもののルーファが望めばわんさか生えてくるため、採取するだけの簡単なお仕事だ。ちなみに、近くに人型の魔物がいれば手伝ってくれるというオプション付きである。

 そして裏路地に迷宮の出口を創り出したルーファは、コッソリとそこから忍び出て現在に至るという訳だ。


「あ~!ルウちゃん!お出かけですか~?」


 自分を呼ぶ声に振り返れば、手を振りながら駆け寄って来るミーナの姿があった。その後ろからはバーン、アイザック、ゼクロスといつものメンバーが続いている。


「今から冒険者ギルドに行くんだぞ」


 走り寄ったルーファは手に抱えていた袋から串肉を取り出し、ミーナたちに渡していく。全員に行き渡っても尚膨らんでいる袋に、一体どれだけ食べる気だったのか、と疑問が残るところだが……そんな疑問も付き合いの長い彼らは、一瞬袋に目を止めただけであっさりと受け流した。


 有難く串肉に食いつきながらバーンとアイザックは素早く周りを見渡す。


「護衛はどうしたんっすか?」


 余所行きの仮面を被ったアイザックがひょうきんな笑顔を浮かべ、ルーファに尋ねる。


 仲間内では黒鬼としての正体が明らかになったが、アイザックは今でも演技を続けているのだ。犯罪者を狩ることを目的とするバーンとアイザックにとって、人という種が存在する限り標的が滅びることはないのだから。


「い、いないんだぞ」


 気まずそうに目を逸らしたルーファへ、にこやかに近づいたバーンが容赦なく拳骨を落とす!



 ゴチン!



 声もなく(うずくま)るルーファの襟を掴み、無理矢理立たせたバーンはその柔らかい頬をムニーと引っ張る。  


「ひたひ!ひたひ!はなひぇ!」

「何が放せだ!少しは自分の立場を理解しろ!」


「ふぇ~ん!ごめんなひゃい!」


 涙目で謝るルーファに(ようや)く留飲を下げ、バーンはその手を放した。

 次いで真っ赤になった頬を摩りながらグスグスと鼻を啜るルーファの口に飴玉を押し込み、乱暴に頭を撫でる。何だかんだ言っても、結局バーンもルーファには甘いのだ。


「きちんとラビ殿に出かけることを伝えなくてはいけませんよ。きっと心配してるでしょうから」


 優しく語りかけるゼクロスにしょんぼりと俯いたルーファは小さく頷く。


「ルーファちゃんも反省していることですし、その位でいいじゃないですか~」


 そう言ってルーファと手を繋いだミーナは、冒険者ギルドへ向けて歩き出した。


 もうすぐ迷宮が封鎖されるとあって、バーン達は探索を一時中断しており、現在は休暇中なのだ。他の者は迷宮から外への引っ越しに追われているが、彼らは宿を取る予定なので何も問題はない。

 ちなみに、旧カサンドラ冒険者ギルドはギリギリまで迷宮内に居座るつもりである。

 

 他愛のない話をしながら、のんびりと歩いていたルーファの様子が変わったのはそれから直ぐのこと。

 ピクリと狐耳を動かし、嬉しそうに目を瞬かせたルーファが勢いよく走り出したのだ。


「あっ!ルウちゃん!急に走ったら危ないですよ~」


 ミーナの制止も狐耳に入らないのか、ルーファは止まることなく扉無き冒険者ギルドの入口を潜る。すると……

 



 

「し、死神セイィィィィィィィィィ!!」 


 大音量で響いた女の声にギルド内にいた全員の目がコートの男へと向けられ、ルーファも驚きのあまり立ち止まる。


「おいおい、マジかよ!」


 ルーファを捕まえようとしていたバーンの目が夢を追う少年のようにキラキラと輝き、ルーファの頭越しにコートの男を凝視する。





 

 その時、ルーファは混乱の極致にあった。


 目の前のコートの男からはヴィルヘルムの魂を感じるのだが……死神セイとはどういうことなのだろうか。冒険者に憧れるルーファは当然のことながらSランク冒険者の名前も熟知している。


 現在いるSランクは2人――死神セイと不動のオストロ。

 

 ルーファは直ぐにピーンときた。

 死神セイとはヴィルヘルムの仮の姿なのだと!変装しているのがその証である。

 という事は、いつもの様にヴィーと呼ぶのはまずい。ここはセイと呼ぶべきか……否、この場でこそあの呼び名を試すチャンス。レイナちゃんからヒントを貰ったあの名を!


 ルーファは両手を広げてヴィルヘルムに駆け寄る。


「パパ~!」


 そう、ルーファにとってヴィルヘルムは育ての親……だが本人が嫌がったために父様と呼べずにいたのだ。

 過去に一度「父様」と呼んだ時、ヴィルヘルムはこう言った。それはマサキの名だと。それ以来、父様と呼ぶことを諦めていたルーファだったが、レイナがアイゼンのことをパパと呼んでいるのを聞いて思ったのだ――パパならいいんじゃないのかと。



「「パパ!?」」


 奇しくも受付嬢とヴィルヘルムの声が重なった。


 動揺のあまり漏れた終焉ノ神の力が受付を消滅させ、悲鳴を上げながら受付嬢が後ろへ引っ繰り返る。それを見た冒険者たちが恐怖に目を見開き、血の気の引いた顔をヴィルヘルムへと向けた。

 まるで時間が停止したかの如く、誰もがヴィルヘルムとそれに駆け寄るルーファを見ていた。彼らはこれから起こるであろう血塗られた未来を幻視した。あの子供は死神セイの怒りを買ったのだから。


その緊迫した空気の中、動く者がいた。


「ルウ!!」


 〈疾風〉を発動させたバーンがルーファへ手を伸ばすが、他の男が竜玉へ触れるのを許すヴィルヘルムではない。



 ドガン!



 バーンは巨人の手の平に叩き付けられたかのように床へと()り込み、それでも尚衰えること無き力が亀裂となって周囲に広がる。

 その凄まじい轟音に態勢を崩したルーファの細い腕を、ヴィルヘルムは掴んで引き寄せた。


「その手を放せ!!」


 アイザックの〈一撃必殺〉を宿した短剣がルーファを掴んでいる腕を狙うが……その刃が届くことはない。ヴィルヘルムの逆の手が短剣の刃を軽く摘まんだのだ。



 パキン!



 刃が折られた瞬間に、アイザックは一瞬の停滞もなく離脱する。その反応速度は瞠目に値するだろう――相手が人であれば。


「ガッ……ハッ!」


 そのまま首を掴まれたアイザックは片手で持ち上げられ、一気に黒く染まる視界に彼は死を覚悟した。


「やめて!!」


 この(かん)僅かに数瞬。

 (ようや)く状況を理解したルーファが叫び、それに応じたヴィルヘルムが即座にアイザックを放した。

 もともとヴィルヘルムに殺す気はなかったのだ。彼が本気で殺そうと思えば、初撃で勝負はついていたのだから。 


 解放されたバーンとアイザックにゼクロスが〈回復〉をかけ、ミーナが2人の側に駆け寄る。多少よろめきながらも身体を起こしたバーンとアイザックの姿に安堵の息を吐いたルーファは、そのままヴィルヘルムに抱き上げられた。


「……我はそなたの父ではない」


 若干憮然とした声音でヴィルヘルムはルーファに訂正を求める。ヴィルヘルムがルーファに望むのは伴侶としての愛であり、決して肉親に対するそれではないのだ。

 

「分かってるんだぞ。オレの父様は父様なんだぞ。だからヴィ……セイはパパなの」


 全く分かっていないルーファにヴィルヘルムは頭を悩ます。


 だがこれはヴィルヘルムの所為だと言える。

 竜族にとって子を厳しく育てるのは常識だ。彼らが生きる世界は弱肉強食な魔物の世界であり、人のように甘やかす時間などありはしないのだから。故に、竜族の我が子に対する愛情とは戦闘技術を叩き込み、生き残る可能性を少しでも高めること。

 そしてそれは産まれたばかりの子も理解していた。

 つまり何が言いたいのかといえば、竜族が優しくデレデレに甘やかすのは伴侶である竜玉のみ、と言うことだ。


 だが……よく考えて欲しい。


 神獣であるルーファにそんな常識や本能など知るはずもなく、産まれた時から自分に甘々なヴィルヘルムを見て、男女のアレやソレを理解しろという方が酷というもの。

 ルーファにとってヴィルヘルムは子を甘やかす父親そのものなのだ。




「何度も言うが我は父ではない。パパは父親を指す呼び名ぞ。我のことはセイと呼べ」


 ガッカリしながらもルーファはヴィルヘルムの首筋に抱きつき、気を取り直して笑いかける。


「お帰りなさい、セイ」


 そう言ってキスする2人を周りの人間は呆然と眺めていた。


 歴代のSランク冒険者は人々から尊敬され、幼い男の子であれば憧れる存在だ。

 その英雄譚も人を守り戦うものばかり。だが……その中で唯一(おそ)れを以て語られる存在、それが死神セイである。

 「厳酷苛烈、冷酷無比、以暴易暴……彼の力は正義のために非ず、ただ敵をほふる力なり。汝、生を望む者ならば決してその行く手を遮ることなかれ」死神セイの物語を描いた本の有名な一文だ。


 そんな情など無いと思われていた男の養い子。それもどう見ても溺愛しているように見える。


「あの子供何者だ」

「是非、お近づきに……」

「バカか!殺されるぞ!」


 ひそひそと囁き合う冒険者は次の瞬間硬直する。

 ゆらりとヴィルヘルムの魔力がギルド内に広がり、徐々にその圧力を増したのだ。



 ミシリ



 建物が悲鳴を上げ、魔導灯が一斉に砕け散った。

 腰を抜かした冒険者たちが這うように距離を取り、バーンとアイザックはゼクロスとミーナを守るように魔力を展開する。

 最も近くにいた受付嬢はといえば……失禁して泡を吹いていた。彼女が本日1番の被害者だろう。

 


「“赤き翼”、そなたらには少し話がある。ついてまいれ」


 ()()脅しを入れたヴィルヘルムはルーファを抱いたまま颯爽(さっそう)と身を翻し、その後ろを死刑執行台に赴く罪人の如く蒼褪めた4名が続く。

 彼らは既に理解していた――死神セイが何者であるのかを。


 そりて……残された受付嬢の手には、返し損ねたヴィルヘルムのギルドカードがしっかりと握り締められていたという。

 






 





 

 

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