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死神の名を抱く者

 メイゼンターグを上空から見下ろす影があった。マザーの迷宮より帰還したヴィルヘルムだ。

 彼の眼下では迷宮から運びだされた家が外壁の外側へと並べられ、更にそれを囲うように〈土柱〉を利用した(いささ)か不格好な壁が作られていた。

 それを行っているのは人と魔物だ。本来、敵対し合う彼らが協力し合っている姿はヴィルヘルムから見ても異様で、面白ささえ感じる。

 

 その様子を興味深げに眺めていたヴィルヘルムは、(しば)し目を閉じ黙考する。


 普段であれば即座にルーファのもとへと飛んで行くヴィルヘルムであったが……今日は少し様子が違う。

 彼が何を考えているのかといえば……ズバリ、ニート穀潰し疑惑――彼の中で寄生虫扱いは記憶から削除されている――をどうやって払拭(ふっしょく)するかという事だ。このまま帰る訳にはいかない。

 頭を悩ませていたヴィルヘルムは、ふとあることを思い出し、影からソレを取り出す。ソレを見た彼は満足気に目を細めると、そのまま迷宮の入口……ではなく仮の外壁に取り付けられている検問所へと向かった。




 少し前まで行き来する者は軍関係者以外殆ど存在しなかったメイゼンターグは、今までにない賑わいを見せている。

 試練迷宮――元カサンドラ大迷宮――へとやって来る冒険者に、そこから発見されるお宝を目当てに集まる商人、そしてカサンドラの国民が加わり人口密度は以前の比ではない。

 当然のことながら検問所の前には列が連なり、慣れない仕事に追われる兵たちの苦労が(しの)ばれる。


 そんな中ヴィルヘルムは堂々と空より舞い降りた……が、誰も彼を振り返る者はいない。それは彼が〈自然ノ化身〉で光を操り自分の姿を隠しているからに他ならない。

 漆黒と深紅の独特な色合いの髪は黒へと変化し、服装もフード付きコートへと変わる。

 フードを深く被ったヴィルヘルムは次いで剣を創り出す。〈万物創造〉を持っていない彼がそれを使える筈もなく、これは〈魔装〉の応用だ。ただし、服よりも遥かに難しく使用できるのは一握りの者となる。


 自分の格好に満足したヴィルヘルムは魔法を解除した。


 突如現れた大男に周りはギョッとした視線を向けるが、我が道を行く彼はそれを気にすることなく歩を進める――列に並んでいる者を無視して。

 

「おい!ちゃんと並べよ!」


 冒険者がヴィルヘルムへ手を伸ばす……が、その手が彼に触れることはない。風、土、重力、光……有りと有らゆる自然が支配者(ヴィルヘルム)に触れることを許さない。何もない場所で転がり、見当違いのところへ手を伸ばす冒険者の姿はまるで道化のようだ。


 いつしかその場は静まり返り、人々はただ不気味そうにヴィルヘルムを見つめている。

 最早その行く手を遮る者などいないかに見えたその時、ヴィルヘルムの前へ5人の冒険者が立ちはだかった。

 彼らは勇者かそれとも愚者か……どちらにせよ如何にも強者といった雰囲気を醸し出している。いや、事実彼らは人の世に於いては強者だろう。Aランクパーティ“絶対無敵”なのだから。


「オレはAランク冒険者、不敗のコンシャス様だぞぉ!さっさと並べよぉ。皆が迷惑してんだろぉが」

 

 態度は大きいが面倒見の良いコンシャスが進み出て、ヴィルヘルムを睨みつけた。だが彼に出来たのはそれだけだ。



 チリッ



 果たしてソレを認識できた者はいただろうか。

 視認できぬ程の刹那の間、一筋の細い雷がコンシャスへと絡みついたのだ。

 いきなり意識を刈り取られた巨体が力なく大地に沈み、白目を剥きピクリとも動かぬコンシャスの姿に仲間たちは剣を抜く。


「コンシャスさん!」

「テメェ一体何をした!」


 剣を抜く――それ即ち殺意を向ける行為に他ならない。この時を以て彼らはヴィルヘルムの敵となった。それまで路傍の石の如く見向きもしなかったヴィルヘルムの目が殺意を孕み、冒険者を捉えた。



 彼らが感じたのは明確なる“死”の未来。



 この時、始めて彼らは理解した――彼我(ひが)の実力差を。自分達の命は目の前にいるこの男に握られているのだと。


 戦士の命たる武器が手から滑り落ち、無様に震える身体からは大量の汗が滴っている。ヒリヒリと貼り付いて離れぬ喉は許しを請うことも出来ず、ピクリとも動かぬ足は逃げ出すことすら叶わない。

 彼らはただ待つしかない。死神の鎌が振られるその時を――。


 自分に向かって伸ばされる手に男はぎゅっと目を閉じる。胸に感じた衝撃に一瞬身体を強張らすが、襲ってこない痛みに疑問を覚えて目を開けると、男の目の前には手に小さな瓶を持った死神の姿があった。


「え?」


 見覚えのある瓶に男は慌てて胸ポケットを探ればそこにあるはずのモノがなく、かといって返せと言う勇気もない男はただ戸惑った目を死神へと向ける。


「これをどこで手に入れた?」

「こ、これはカサンドラの魔物暴走(スタンピード)で支給された物で……」


 しどろもどろに答える男に死神の手が再び伸ばされ、何事も無かったかのように瓶が戻される。

 そのまま何も言わず去って行く死神の姿に自分たちの命が助かったことを知り、彼らは安堵の余りその場に尻餅をついた。


 男たちの命を救ったのはルーファの神獣の気まぐれ。彼らがルーファの知り合いである事を考慮した結果だ。






 その頃になって(ようや)くヴィルヘルムの存在に気付いたのか、兵が彼に向かって駆け寄って来た。その顔は一様に険しく、剣に手を掛けている者さえもいる。


「何者だ!」


 誰何(すいか)の声にヴィルヘルムは手に持っていたソレを投げつけ、反射的にソレを受け取った兵は、慌てて後ろを振り返ると叫ぶ。


「識別水晶を持って来い!」


 そう、ヴィルヘルムが投げたのは何の変哲もないギルドカード。


 普段であればこの様な無礼は許しはしないヴィルヘルムだが……今日は違う。何としてでも汚名を晴らさねばならず、ここで暴れれば更なるイメージダウンに繋がりかねないからだ。

 そういった諸々の事情からヴィルヘルムは腕を組み、大人しく識別水晶が届くのを待つ。

 周りの者は自分たちがどれ程危険に晒され、尚且つどれ程幸運であるかを全く理解してはいなかった。



 ピピッ!



 識別水晶に記された情報を見るなり、兵は手に持ったソレを取り落とした。青白い顔でハクハクと口を動かす同僚に他の兵は訝し気な視線を向ける。


「お、おい!どうした?一体なんて書いてあったんだ!?」


 同僚の声は兵に届いてはいないのか、彼はヴィルヘルムを見つめグビリと喉を鳴らした。


「し、ししししししし死神セイっ……!」


 その言葉に全員が剣から手を放し両手を上げる、という兵としてあるまじき行動を取った……が、それは仕方のなきこと。


 “死神セイ”――それは歴代のSランク冒険者の中でも最強と謳われる男の名。

 敵対する者には誰であろうと――例えそれが王侯貴族といった権力者でも、女子供といった力なき者でも――容赦せず、全てを蹂躙(じゅうりん)殲滅(せんめつ)する……1人の生存者すらも残さずに。

 故に死を(もたら)す神、“死神”の名を抱く。


 そう、“死神セイ”こそ竜王ヴィルヘルムが世を忍ぶ仮の姿なのだ!全く忍べてはいないが。

 ちなみに、セイという名はヴィルヘルムのミドルネームから取っている。

 



 ヴィルヘルムの持つカードは2種。

 

 1つは虹魔石で作られた世界にただ1つだけの竜王専用カード。そしてもう1つが冒険者カードである。

 冒険者カードはヴィルヘルムが目立たぬように行動する時に用いるもので、主にルーファにお使いを頼まれた時に使用されている。

 とは言ってもSランクのカードであるため目立っていないと言えば嘘になるが……竜王カードよりはマシだろう。

 ちなみに、ドララのカタログ通販ができてからは活躍の場面が少なくなっているが、それでもルーファが人種(ひとしゅ)では取得困難な珍味を求めた時などに時折活躍する、何とも残念なカードである。


 そもそも目立たぬことを目的としているのに、何故Sランクカードなのか……それには全く深くない訳があった。


 冒険者ギルドの総帥は代々竜人族であるため、職権を乱用した結果、ヴィルヘルムは加入した当初からAランクであった。

 これはBランクまでは一定期間での最低依頼受注回数が決められているため、それを回避するための措置である。

 ヴィルヘルムを働かせるなどという恐れ多いことが出来る筈もない彼らの苦肉の策だと言えるだろう。


 ここまでは問題ない。


 問題があるとすれば、ヴィルヘルムの戦闘能力と性格だ。まあ、ぶっちゃけると活躍しすぎたためだ。

 ルーファが好きな果物の産地に魔物が襲来すれば即座に向かい殲滅(せんめつ)し、ルーファが好きなイセエビの漁場に密猟者あらば即座に向かい犯罪組織を壊滅させる……神出鬼没のダークヒーロー、それが彼である。

 ちなみにダークなのは相手を皆殺しにしているためだ。


 それでも彼の手によって幾つもの美食……とついでに人々が守られてきたのは紛うことなき事実だろう。





「カードを」


 ヴィルヘルムの言葉に兵は慌ててカードを返し、腰を90度に曲げる。


「ようこそメイゼンターグへ!どうぞお通り下さい!!」


 結局、兵たちはヴィルヘルムの姿が見えなくなるまで顔を上げることはなかったという。それから少し間を置いて、1人の兵が慌ただしく大通りを走って行く姿が目撃された。





 さて、ヴィルヘルムが何処へ向かっているのかといえば、冒険者ギルドである。


 実はAランク以上の冒険者は移動した際に報告の義務が生じるのだ。これはいざという時に備えて、彼らの動向を把握しておきたいというギルドの方針である。

 だがしかし、当然のことながらヴィルヘルムは未だかつて一度たりとも報告などしたことがない。

 Aランクであれば無料奉仕等の罰則があるのだが、Sランクになればそれすらもない。それは英雄たる彼らの機嫌を損ねる訳にはいかないからだ。ギルドがどれほど彼らを特別視しているのか……その片鱗をうかがい知ることができるだろう。 


 さて、そんなヴィルヘルムが冒険者ギルドに向かっている理由だが、その答えは単純明快。死神セイが来たという噂を広めるためだ。


 つまりこうだ。


 冒険者ギルドで名乗る

    ↓

 死神セイの名が広がる

    ↓

 ルーファの耳に届く

    ↓

 ルーファが死神セイを探す

    ↓

 正体を明かす

    ↓

 ヴィー凄い!



 ルーファは昔から冒険者に憧れていたためヴィルヘルムの株は急上昇することだろう。

 ちなみに、今まで彼がSランク冒険者だという事をルーファに黙っていたのは、冒険者になりたいと言って家を飛び出すのを警戒してのことだ。

 既に家出して冒険者となった今となっては知られたとしても何ら問題はない……というか、率先して噂を流すことでニート穀潰し疑惑を払拭し、尚且つルーファに尊敬されたいところである。

 




 ヴィルヘルムは冒険者ギルドの扉を勢いよく開けた。


 轟音を響かせながら半壊した扉を気にすることなく、彼は受付へ足早に歩み寄る。

 迷宮内にある旧カサンドラ冒険者ギルドを利用する者が大半の為、メイゼンターグのギルドは閑古鳥が鳴いていたのは幸いか。


「到着の報告だ。手続きをせよ」

「は、はい!」


 半壊した扉とヴィルヘルムを交互に見つめていた受付嬢の目が、奥へと走って行く同僚の姿を捉える。

 恐らくはヴィルヘルムを危険人物だと判断し、ギルドマスターを呼びに行ったのだろう。なるべく時間を稼ごうとゆっくりと手続きを進める受付嬢にヴィルヘルムは苛立ったように声をかける。


「何をしている。早くせよ」


 促され仕方なしに識別水晶へカードを(かざ)した受付嬢の目が驚愕に見開かれる。


「ほえっ?」


 自分の口から間の抜けた声が出たことにすら気付かぬまま、彼女は識別水晶に浮かんだ文字を大声で叫んだ。




「し、死神セイィィィィィィィィィ!!」





 


 コンシャス再び登場!

 ただし、やられ役ですが(笑)

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