懺悔
深夜、煌々と明かりが灯る要塞とは裏腹に、街中は静寂に満ちていた。そこに住まう人々は既に眠りの園へと旅立った夢の住人。
下りたシャッターが軒を連ね、街灯が人のいない大通りを侘しく照らし出す様は、どこか物悲しい風情を感じさせる。
コツコツコツ……
静まり返った街中に、石畳を叩く靴音が聞こえる。
明かりに照らし出された影は2つ。
フードを被り、その容姿を覗い知ることは叶わぬものの、1人は背はそれほど高くないもののガッチリとした体躯を持った男。もう1人は小柄で華奢な女か子供。
彼らの足が止まったのは一体の石像の前だ。
剣を携えたその石像は中々の美青年だと言っていいだろう。鋭い目に不敵な笑みを浮かべた石像の台座にはこう書かれてあった。
――迷宮神獣様とカサンドラを救いし英雄フェン、ここに眠る。
そう、これはフェンを祭る慰霊碑だ。
石像の周りには青と白の花が咲き乱れ、酒や果物といった供え物が所狭しと置かれている。
花を咲かせたのはルーファだ。青い花がフェン、白が花がルーファを表している。自分達の運命は別たれたが、せめてここに在る花はずっと共に……そう願って植えられたものだ。
この花は迷宮で創り出した世界にただ1つだけのフェンに捧げる花であり、ルーファが生きている限り枯れることはない。
じっと動くことなく石像を眺めていた小柄な人物は、やがて前へ進み出ると手に持っていた花束をそっと置く。それに続いて大柄な人物が酒をその横へと並べた。
白い手がフードへと伸ばされ、白銀色の髪が闇夜に輝く。
「サラシアレータ様」
ガッチリとした男――バッカス火山王国が国王アルコー・ジル・サヴァイ・バッカス――がサラシアレータを窘める。どこに人目があるとも知れぬのだから。
「心配いらないワ。ガッシュ陛下にお願いしてあるもの。あの方はヴィルヘルム様に次ぐ強者ヨ」
その言葉にアルコーは押し黙る。
彼らがガッシュに会ったのは先程が初めてだ。サラシアレータの神域とルーファの迷宮を繋ぐ転移陣を利用し、バッカスから直接やって来た彼らは、そこで会ったラビに仲介を頼んでガッシュを紹介してもらったのだ。
アルコーはガッシュを思い浮かべる。
快く彼らを迎えてくれたガッシュの第一印象は……酷く不気味な男というもの。いや、その言葉は正確ではない。話した限りでは実直な武人といった印象を受けた。それだけであれば、彼はガッシュに対して好ましく思いはすれども、マイナスの感情を抱くことはなかっただろう。
彼が不気味に感じたのは雰囲気や性格ではなく……その強さの幅が何も読み取れなかったこと。
アルコーも一端の戦士、それも固有魔法士である。王になる前はAランク冒険者として名を馳せていた彼は、バッカスでは知らぬ者がないほどの強者だ。それにも拘らず彼が分かったことはただ1つ――戦えば確実に負けるということ。
アルコーは仏頂面で後ろへと下がった。
恐らくは今もどこかで自分たちを見守っているだろう男の存在が露ほども感じられない。これが実力の差か……と自嘲する。
英雄王と呼ばれる男を彼は舐めていたのだ。所詮は西部の出来事だと。東北諸国に比べ、西部は技術力も武力も劣るのだから。
(面白くない)
そう感じるのは戦士としてのプライドか、それともいとも簡単にサラシアレータの信を勝ち得たガッシュに対する嫉妬か……彼自身にも分からない。
その憮然とした様子を見たサラシアレータはクスクスと面白そうに笑った。
アルコーが何を思っているかなどサラシアレータにはお見通しだ。姿は少女なれど、彼女は600歳を超えているのだ。彼女にとってアルコーはまだまだ子供。何せ赤子の頃から面倒を見てきたのだから。
アルコーは顔を赤らめ、恥ずかしさを誤魔化すかのように咳払いをすると子供のようにそっぽを向いた。彼がこのような態度をとるのもサラシアレータの前だけである。
アルコーのお陰で幾分か気持ちが穏やかになったサラシアレータは、ふと空を見上げた。
夜空に浮かぶ星々はいつかフェンと見た時と同じように、変わることなく煌めいている。この輝きはどんなに時を経とうとも変わることは無いのだろう。
アルコーが死んでも、そして……自分が死んでも。
そのことに一抹の寂しさを感じながらも、サラシアレータは無言で慰霊碑へ触れる――もう触れることも話すことも出来ぬ友を思って。
フェンを死に追いやったのは紛うこと無き自分。
サラシアレータがルーファに家出を唆し、フェンをルーファのもとへと誘導したのだ。
罪悪感と悲しみは当然彼女の胸のうちにある。
だがそれでも彼女は後悔はしていない。ルーファを外へ出したことも、その護衛としてフェンを選んだことも……フェンは見事ルーファを守り切ったのだから。
ならば嘆くべきではない。彼女は胸を張ってフェンへと語りかける。
「ワタクシは謝らないワ。そうでしょ?だって、貴方は人に言われて誰かを守るような男じゃないもの」
フェンは魔天狼。自由を愛する風の申し子。
彼らの意思を縛ることなど誰にもできはしないのだ。フェンがルーファを助けたのは、彼自身が守りたいと願ったから。
――シャララン
深々と頭を下げたサラシアレータの簪が涼やかな音色を奏でる。
「ありがとう、フェン。あの子を……ルーファを守ってくれて」
顔をあげたサラシアレータは柔らかく微笑む。
フェンは偶に遊びに来ては様々な冒険譚を披露していった。
彼女は気づいていた……それは神域を離れることのできない自分を気遣ってのことなのだと。フェンはいつもそうだ。ぶっきらぼうでガサツで……そして優しい男。
彼女はいつも生き生きと輝いていた金の目を想う――もう見ることの叶わぬ目を。
「貴方に頼んで良かったワ。サヨウナラ……ワタクシの大切な友達」
サラシアレータの頬を一筋の涙が流れ落ちた。
「よろしかったのですか?」
転移陣を発動させながらアルコーが尋ねる。
「いいのヨ。今はどんな顔であの子に会えばいいか分からないもの」
結局、サラシアレータはルーファが寝ていることを幸いに、会うことなくメイゼンターグを去った。
だが短い時間ではあったものの収穫はあった。それがガッシュとラビの存在だ。この2人はルーファの味方でいてくれる、サラシアレータはそう確信した。
彼女のこういった感は外れたことがないのでまず間違いないだろう。
ラビに会った時、サラシアレータは開口一番にこう問うた。「貴方はヴィルヘルム様の味方か、それともルーファの味方か」と。
ラビはルーファの眷属であると同時に元竜族、つまり、かつてはヴィルヘルムの眷属なのだ。ラビの答え次第では彼女の敵となる可能性もある。
彼女はルーファをヴィルヘルムの好きにさせる気など更々ないのだ。例え将来ルーファがヴィルヘルムを選んだとしても、それはルーファの意思でなければならない。ルーファの選択肢を奪うことで自分を選ばせようとするヴィルヘルムの手法など論外だ。
サラシアレータの本気を感じたのか、ラビは居住まいを正すと真っ直ぐに彼女を見つめ、ただ一言こう言った。「我が神はルーファスセレミィ様ただ御一人」と。その答えは彼女を満足させるものであった。
故に、彼女はラビにだけ全てを語った。それは友を死なせてしまった彼女の懺悔なのかもしれない。
「ルーファスセレミィ様は本当の事を知っても貴女様を嫌うことなどないと思いますよ」
アルコーの言葉にサラシアレータは「ふふっ」と声をたてて笑う。
「知ってるワ。ルーファが生まれた時からの付き合いだもの。でも……ワタクシの行動がフェンを死に追いやり、ルーファを危険な目に遭わせたことに変わりないワ。きっとルーファはワタクシの心の中の蟠りに気付いてしまう。あの子は単純だけど鋭いところがあるから。だから……今は会わない方がいいのヨ」
心配そうに自分を見つめるアルコーにサラシアレータは悪戯っぽく続ける。
「大丈夫ヨ。ワタクシには貴方達がいるもの。そうでしょ?」
その言葉に嬉しそうにニパッと破顔したアルコーが、力強く自分の胸をドンッと叩く。
「勿論です!このアルコー、どこまでもサラシアレータ様について行きますぞ!」
差し出されたサラシアレータの手を握り、仲良く歩く姿はまるで親子のようであった――見た目はアルコーが父親だが。




