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迷宮神獣Ⅱ~異世界人解放~  作者: J
偉大なる竜王
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心の中の闇

 暗い暗い闇の中を子狐(ルーファ)は走る。

 何か得体のしれない怖いモノがルーファを捕えようと徐々に徐々に近付いてくる。

 

(……重い)


 泥の中を進んでいるかのような重たい身体を動かし、懸命に走っていたルーファの足が止まる。行き止まりだ。いや、その言葉は正確ではない。

 前には何もなく、ただただ暗い空間だけが広がっているのだが……何故か前に進めない。足に力を入れ踏ん張っても、壁があるかの如く微動だにしない。まるでルーファという存在そのものを拒むかのように。



 ズルリ……ズルリ……



 音が……近づいてくる。確実に迫りつつあるソレに、ルーファは震えながら振り返った。

 闇より尚暗い何かがルーファの前で(うごめ)いている。



 ピシリ



 突如、空間に亀裂が入る。横一文字に入った疵は、鮮血の如き赤。ルーファの目は吸い寄せられるように赤色のソレを見つめた。

 


 グパァっ!



 湿った音と共に亀裂が上下に開かれる。否、それは……口だ。巨大な赤い赤い口。

 その時、ゆっくりと開かれた口の中に美しい青灰色の輝きが映った。


『フェン!!』


 既に事切れているのか、ルーファが必死に呼びかけても身動き一つしない。徐々に徐々に真っ赤な血の海に沈んでいくフェンの目が……ゆっくりと開かれる。

 常に強い力を帯びていた筈の金の目が、弱々しくルーファを見つめる。


『に、逃げ……ろ』

『やめて!やめて!!お願い、やめて!!』


 弾かれた様にフェンの元へと走るルーファ。だが、走っても走っても距離が縮まることはない。ルーファに許されたのは、ただ見ていることだけ。フェンの名を叫び続けるルーファの前で……無情にもその口が閉ざされた。


『生きろ!ルーファァァァァァァ…………ブツン』








『いやあああああああああ!!フェン!フェン!!死なないでぇぇ!!』

 

 飛び起きたルーファは我武者羅(がむしゃら)に身体を動かし、目の前にあったソレに噛みつく。フーフーと毛を逆立て泣きじゃくるルーファを温かい腕が包み込んだ。


「ルーファ、それは夢だ。大丈夫だ。もう怖いことなど何もない」


 噛みつかれた指をそのままに、ヴィルヘルムの大きな手がルーファの身体を優しく撫でる。何度も何度も……ルーファが落ち着くまで。

 やがて風船のように膨らんでいた毛が元に戻り、ルーファは噛みついていた指を放した。だがその姿は未だ正気とは言い難い。焦点の合わぬぼんやりとした目は未だ夢の中にいるようにも、狂気に侵されているようにも見える。


「ルーファ?」


 心配そうに覗き込んだヴィルヘルムに、ルーファが(ようや)く反応を見せる。


『……ヴィー』


 涙でぼやけた視界に映るヴィルヘルムが、ホッとしたように頬を緩ませたのが分かった。

 キョロキョロと周りを見渡したルーファは、先程見たのが夢だったことを知る。いや……夢であり、現実だ。もう起きてしまった……変えることの出来ぬ過去。


 ルーファの心の中には今も尚、モヤモヤとした黒い塊が巣くっている。ソレは時を追うごとに大きく膨れ上がり、ルーファを呑み込まんとしているかのようだ――先程見た夢のように。

 悔恨、罪悪感、自責の念。多くの感情が混ざり合い、ルーファの心をグチャグチャに掻き乱す。


『オレのせいなんだぞ……』


 口をついて出たのはそんな言葉。それはずっと考えないようにしてきたルーファの思い。

 フェンはルーファの所為ではないと言った。それはきっと慰めの言葉だ。ルーファを傷つけないための優しい嘘。何故なら……


『オレのせいでフェンが……し、死んだんだぞ……オレと会わなかったら!オレが頼らなかったら!フェンは死ななかったのに!!』


 ルーファがフェンを巻き込んだのだ。

 ルーファの甘えがフェンの運命を決めた。


 それは慟哭、それは懺悔。

 血を吐くかようにルーファは叫ぶ。


()がフェンを殺したの!!』


「ルーファ!!間違えてはならぬ。フェンはそなたの()()で死んだのではない!そなたの()()に死んだのだ!」


 ルーファの言葉を遮るようにヴィルヘルムが叫ぶ。

 初めて聞くヴィルヘルムの怒鳴り声に、ルーファは怯えたように身体を震わせた。


「……すまぬ。だが覚えておけ、フェンは自ら戦うことを選んだのだ。そなたを守るためにな。それを否定してはならぬ。それは戦士に対する侮辱ぞ」


 ヴィルヘルムはルーファを抱えあげ、その目を覗き込む。


「フェンの望みは何だ?」

『……生きろって、オレに生きろって』


「ならばそれを叶えることが、ルーファの役目だ。フェンに恥じぬ生き方をせよ。助けたことを誇りに思える男となれ」

 

 ポロポロと涙を溢すルーファにキスをして、ヴィルヘルムは続ける。


「忘れるな、そなたは1人ではない。我がいる。1人で抱え込むな」

『でも……でも!苦しくて辛くて……どうしたらいいのか分からないよぉ。ヴィーは……どうやって……』

 

(……どうやって親友(マサキ)を失った悲しみを乗り越えたの)


 そう問おうとしたルーファは躊躇(ためら)うように口を閉ざした。俯いたルーファをヴィルヘルムは急かすことなく待ち続ける。

 耳に痛いほどの静寂の中、ルーファは一冊の本を取り出した。



 「勇者と汚染獣」――父とヴィルヘルムの物語。



 ヴィルヘルムの腕が伸ばされ、その指がそっと表紙を撫でる――愛しむように優しく。その穏やかな姿とは裏腹に彼の目は暗く沈み、痛みを堪えるかのようにきつく閉ざされた。


「読んだのか……我を恨むか?我がマサキを……そなたの父を殺したのだ」


 ルーファはその言葉を否定するように頭を横に振った。

 固く強張った声に、ルーファはヴィルヘルムの苦悩(おもい)を知る。「竜王様は今なお苦しんでおられるやもしれません」そう言ったゼクロスの言葉がルーファの胸に突き刺さる。

 

()は……何も知らなかった。知らないことがショックだった!()とヴィーは家族なのに!ヴィーが苦しんでるなんて思いもしなかった!!どうして何も教えてくれなかったの!?』


 堰を切ったかのようにルーファの口から言葉が溢れる。


 ヴィルヘルムが悪いわけではない。それは分かっている。

 そう思いながらもルーファは言葉を、感情を止められないでいる。頭がグルグル回り、グチャグチャに掻き乱された感情が出口を求め吹き荒れる。


()が弱くて頼りないから?だから話してくれなかったの?だから外へ出してもらえなかったの?どうして()はこんなに弱いの?ちゃんと力が、使え、たら、フェンを……ヒック……助けれた!!()が、もっと、もっと強かったら!!」


 ルーファは自分の力が他に類を見ない程強い力だと知っている。保有魔力量も世界随一。

 だがそれも使えなければ意味がない。意味がないのだ!!


 ルーファにはフェンを助ける力があった。

 2人共助かる道があった。

 笑い合える未来があった。


 その事実を理解しているが故にルーファは自分が赦せない。





 ヴィルヘルムは激高するルーファを静かに見つめる。


 ルーファが感じているのは己に対する激しい怒りなのだろう。それはヴィルヘルムにも覚えのある感情だ。自分がもっと強ければ、あの時こうしていれば、と。

 だが彼はそれに対する慰めの言葉を持ってはいない。いや、慰めの言葉をかけれるほど彼も割りきれてはいないのだ。5千年経った今でさえ、彼はその感情に囚われているのだから。


 それはまるで呪いだ。

 何故マサキが死に、自分が生きているのか……その思いが彼を呪縛する。

 それこそが彼の“弱さ”。


 自嘲するように嗤ったヴィルヘルムは深く椅子に腰かけた。

 ルーファを撫でようと伸ばした手が途中で止まり、固く握りしめられる。果たして、父親(マサキ)を殺した自分がルーファへ触れる資格があるのか、と。


 力なく下ろした手を見つめ、ヴィルヘルムは口を開いた。



「1つ昔話をしよう」




 




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