迷宮会議
ドップーン!
突如、泥沼と化した大地にバーンとアイザックは為す術なく呑み込まれいった。
「え!?バーンさんとアイザックさんは!?」
慌てて画面に齧り付くミーナに、ルーファは鷹揚に頷く。
『安心するがいい』
そう言ってルーファは前足で天井を指し示した。
全員の視線が上を向いたその時、魔方陣が姿を現す。
べしゃり!
吐き出された2つの黒い物体が床に転がり、役目を終えた魔方陣が消え失せる。
ぷ~んと辺りに立ち込めるヘドロの如き悪臭。ピクリとも動かない汚物×2の姿に、驚きで目を見開いたルーファは意を決してソロソロと近づく。
『……ば、バーン君?アイザック?』
あまりの悪臭にルーファの目には生理的な涙が浮かび、完全に腰が引けている。いや、ルーファだけではない。よくよく見るとミーナとゼクロス、そして魔物たちも鼻を摘まんで発生源を凝視していた。
ごくり、と唾を飲み込んだルーファは目の前の汚物へと前足を伸ばす。
ガシリ!
素早い動きで伸ばされた黒い手がルーファを捕える!
「ル~ファァァァァ」
地獄の使者の如き声を出しながら、むくりと起き上がった汚物……改めバーンは、掴んだルーファでゴシゴシと自分の顔を拭った。
『ぎゃあああああああああああああ!くさっ!くっさーい!!放せー!』
ルーファは逃げ出そうともがく……が、所詮は子狐。戦士に敵う筈もなく瞬く間に黒く染まり、悪臭を放つ汚狐と化す。
「臭いのはこっちだ!どういうつもりだ!!」
『知らないもん!バーン君を助けようとしただけなのに、何たる仕打ち!酷いんだぞ!』
バーンの顔にルーファキックを叩き込みながら怒鳴り返し、そこへルーファを救出しようと汚物2号・アイザックが参戦する。
ルーファの引っ張り合いを始めた両者に、場違いな楽し気な声がかかったのはそんな時だ。
『ほっほっほ。あれは敗者への罰じゃよ。いざとなったら助けてもらえると勘違いされては困るからのう』
パタパタと翼を羽ばたかせながら近づいて来た真犯人の顔には赤いバンダナが鼻を覆うようにしっかりと巻かれ、眼には刺激臭を防ぐための武骨なゴーグルがキラリと光を反射していた。
『苦手とする敵と戦って得たものがあった筈じゃ。お主らの求めるモノは迷宮の深層に行けば見つかるじゃろうて。そうそう、次に負ければ蟲風呂に落とすのでそのつもりでなぁ』
バーンとアイザックのふざけた雰囲気は消え失せ、その身から凄まじい闘気が立ち上った。
「上等だぜ」
「次は殺す」
彼らには幼少のときから変わっていない1つの思いがある。
――強くなりたい。
昔は人々を助ける英雄に、少し前までは犯罪者を始末する掃除人に。
だが今は……守りたい。
ルーファを、仲間を、そして暖かい“家”を。
そのためには力が必要だ。守ることは殺すことより遥かに難しいのだから。
ラビは獰猛に笑う2人を面白そうに見つめる。
全てはラビの手の平の上。それは善意か、それとも単なる愉快犯か……本竜のみぞ知るところである。
汚物から人へとクラスチェンジを果たしたバーンとアイザックが席へ座れば、まるでタイミングを計っていたかのようにドッペルが飲み物を置く。それと同時にメーの上でせっせと毛繕いをしていたルーファが立ち上がり、真面目な面持ちで全員の顔を見回した。
『今日集まって貰ったのは他でもない。第一回迷宮会議の開催をここに宣言するんだぞ!』
サッとルーファはピピへと目配せし、それに応えるように艶やかに笑ったピピが引き継ぐ。いつもの丸投げである。
「それでは皆様、お手元にある資料〈最強の迷宮守護者を創り出すための計画書〉をご覧ください。ルーファスセレミィ様が考え出した最強の守護者の条件が記載されております。これに高位冒険者たる皆様の忌憚ない意見を加え、より完璧な守護者を創りだすことを目指します」
用意されたホワイトボードにピピが触れるとあらかじめ設定されていた文字が浮かび上がる。
その内容は配られた資料と寸分違わぬもので、こう書いてあった。
ルーファの最強守護者♂(名前・ボッス)
1、何でもできる万能君
2、メッチャ頭がいい
3、魔眼がうずくぜ
4、邪悪なるオーラ
5、折れぬ心と魂の持ち主
6、深淵たる闇の支配者
7、我、全てを見透かす者なり
8、ルーファに優しい
9、ルーファを甘やかしてくれる
10、ルーファにおやつをくれる
読み終えたバーンは急に痛み出した頭を揉みながらルーファに尋ねる。
「あ~、5番まではまだ分かる。6と7は抽象的でよく分からないんだが……」
『うむす、よくぞ聞いてくれた。モデルは暗黒騎士なんだぞ!』
首を傾げるバーンとは裏腹に全てを理解したミーナが立ちあがる。
「〈赤き姫と暗黒の騎士〉ですね!“その者が握るは忠義の剣。折れぬ心と魂をその胸に、幾千幾万の敵を切り裂かん。其は深淵たる闇の支配者にして、全ての闇を見透かす者なり”」
謳うように本の一節を口にするミーナにルーファが続ける。
『“赤き魔眼が輝く時、全ての魂は奪われん。其は闇の支配者への供物。邪悪なるオーラが心の臓を止め、彼の者屍の上へと降り立たん。――全ては愛しき姫のために、我が心は修羅へと堕ちよう”』
嬉しそうに笑い合うミーナとルーファに反対意見を出せるものなどいない。満場一致でスルーすることが決まり、全員の目は一番の問題文8~10へと向けられる。
スッとゼクロスの手が上がり、ラビが発言を許可する。
「8があれば9はいらないと思います。あと、優しさだけでは誰しも成長しないものです。ここは厳しくも優しくルーファを導くに変えてはどうでしょう」
「「「異議なし」」」
『え~!意義大有りなんだぞ!』
猛反対するルーファの意思はあっさりと無視され、バーンが更なる追撃を口にする。
「それなら10番も必要ないだろ。いつも勝手に食べてるからな」
基本的にルーファは好きな物しか食べない。その最たるものがお菓子である。
しかもお菓子をあげればルーファが喜ぶため、ガッシュを筆頭に会えばついつい餌付けしてしまうのが現状だ。ハッキリ言って神獣ではなくペット扱いなのだが……本狐は全く気にしていない。
『あああああぁぁぁぁ』
嘆くルーファにニッコリと笑いかけながらも、ピピの手は容赦なく8.9.10を消して書き換えていく。
「強さに関することが書いてないがそれはいいのか?あと、ルーファを命に代えても守るという一文を入れるべきだ」
アイザックは指で資料を弾き、真っ直ぐにラビを見つめる。
『ルーファが創るのじゃから必要ないと思うが……まあ念のため入れておくかのう。強さに関してはどうするかの?あまり細かく力を指定すればその分魔力も多くかかる上に、失敗する可能性が高まるでなあ。それを踏まえて頼むぞい』
ラビの意見を参考にし、ルーファはピピに指示を出す。もともと細かいことの苦手なルーファの思考回路は単純だ。
『じゃあ、メッチャ強いを追加で頼むんだぞ』
ピピは削除された9.10へ新たに「ルーファを命に代えても守る」「メッチャ強い」を条件として付け加えた。
『他には何かあるかの?』
ラビが周りを見渡せば、普段は勝手に喋るバーンが珍しく手をあげて発言する。
「ゴホン!守護者を女にしたらどうだ?会議室を見てみろ!ほとんだが男だ!!」
勢いよく立ち上がったバーンは全員を指し示すようにバッと手を横へと振る。
「ここはやる気を出すためにも女にすべきだ!」
グッと拳を握り力説するバーンに、ミーナとピピの冷たい視線が突き刺さる……が、不思議な事に彼女たちが反対意見を言うことは無かった。ミーナとしても同性が増えるのは喜ばしいことであるし、ピピに至っては同僚全員が男である。やはりどうしてもやりにくさを感じてしまうのだ。
だがここで意外な人物が反旗を翻した。
『ダメだ!ここは男一択だぞ!』
「何でだよ!潤いと華は必要だぜ!」
立ち上がったルーファはメーの頭の上からテーブルへと飛び移り、メラメラと瞳を燃え上がらせる。
『愚か者!これが理由だ!』
ウ~!ウ~!
迷宮内にサイレンが鳴り響き、無機質な声が状況を伝える。
――緊急事態発生!迷宮198階層に侵入者あり!直ちに迎撃態勢に移行してください。
『ついにこの時が来たか……』
ルーファは静かに映像を眺める。そこに映し出されるのは攻略者たちだ。各々が歴戦の猛者といった風体で、油断なく辺りを見回している。このまま進めば直にルーファのいる200階層まで辿り着くことだろう。そうなれば……終わりだ。
『我が守護者よ!その力を示すがいい!!』
ルーファは閉じていた目を開け、堂々と命じる。そこには恐怖も何も浮かんではいない。あるのは守護者に対する信頼のみ。
その時、側に控えていたガーオが歩み寄り、言いにくそうにルーファへ耳打ちする。
「申し訳ありません。守護者は現在産休中です」
『…………』
ピシリと固まったルーファは、次の瞬間絶叫した。
『何だってぇ!!』
『ってなったらどうするの!?』
ルーファはタシタシと前足でテーブルを叩く。そう、産休だけではない。この後には育休も続くのだ。
『それに!女の子を戦わせて、自分は後ろでふんぞり返ってるなんてオレには出来ないんだぞ!母様にも男は踏んずけていいけど、女の子は踏んじゃダメって言われてるんだから!』
ルーファの行動を思い出して欲しい。
今までルーファが頭の上に乗ったことのある人物は全て男である。レイナとミーナには腕に抱えられるのが常であり、一度も頭の上に乗ったことはないのだ。
これも女の子を踏んづけてはいけないという母の教えの賜物。当然、ヴィルヘルムとガッシュも例外なく踏まれている。
そう、ルーファは紛うこと無きフェミニストなのだ!
「おお!母なる神獣様の教えなのですね!これは早速、神獣神殿にも伝えねばなりません!」
滂沱の涙を流しつつ跪いて拝み始めたゼクロスに、ルーファ以外の全員が目を止めたかと思えば一斉に逸らされる。ルーファはと言うとゼクロスの言葉にうむうむと満足気に頷いている。
今後、女尊男卑が横行しないことを切に願おう。
「くっ!じゃあ、守護者を2人創ればいいだろ?」
諦めの悪いバーンがルーファを言いくるめようと言葉を重ねる……が、それに難色を示したのはラビだ。
『2人創れば力が分散されて一体一体が弱くなるのでな、性別は男で良いじゃろう。他に意見はあるかの?』
バーンの意見を容赦なく一刀両断し、ラビは最後に室内を見渡す。誰もいないと思われたその時、「ハイ!」っと勢いよく手をあげた者がいた……ミーナだ。
「名前の変更を要求します~!ボッスとデッスンは似てるので違う名前の方がいいですよ~」
本心はボッスという名前がダサいからなのだが……一生懸命考えたであろうルーファがいる中でそんなことを言う訳にはいかない。
名前については既に諦めの境地に達しているラビはそっとルーファを覗った。
『そう言われてみればそうなんだぞ。何にしよう?』
意外な事にあっさりと変えることを承諾したルーファに、未だに天井に張り付いているスッパイダーが不満そうに身体を揺する。結局彼は変えてもらえなかったのだから、それも当然の反応だろう。
「私に任せてください~!守護者のモデルは暗黒騎士ロイ……この名を一文字頂いてロキというのはどうでしょうか~?短くて覚えやすいですし」
『ロキ!格好いいんだぞ!』
キラキラした眼差しでドヤ顔のミーナを見つめるルーファ。
斯くして迷宮守護者の条件が決定した。
ルーファの最強守護者♂(名前・ロキ)
1、何でもできる万能君
2、メッチャ頭がいい
3、魔眼がうずくぜ
4、邪悪なるオーラ
5、折れぬ心と魂の持ち主
6、深淵たる闇の支配者
7、我、全てを見透かす者なり
8、厳しくも優しくルーファを導く
9、ルーファを命に代えても守る
10、メッチャ強い




