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真実の愛・下


 ハラハラ……ハラハラ……


 透明な雫が少女の頬を伝う。流れる涙そのままに静かに泣く姿はどこか危うげで美しい。まるで妖精のように儚く今にも消えてしまいそうだ。

 少女はぎゅっと胸の前で手を握る。祈りを捧げる敬虔(けいけん)なる信者のように。


「ああっ……」


 少女の赤い唇から悩まし気な吐息が漏れた。

 紅潮した頬に潤んだ瞳……先程の清純さは鳴りを潜め妖艶さが頭をもたげる。もしその熱を孕んだ瞳に見つめられたのなら……どんな男もたちどころに恋に落ちることだろう。

 少女の細い指先がゆっくりと本を撫でる様子はどこか淫靡(いんび)(なま)めかしい。


 本を手に寝室の扉をくぐった少女はそのままベッドへ仰向けに倒れ込む。白銀色の髪がシーツへ広がり、誘うように少女の手が上がった。


「これが……真実の愛」


 少女……改めルーファはバハルスに借りた本を開く。その本のタイトルは「禁断の愛」。世の腐女子がこよなく愛するBL――男同士の恋愛――本だ。


 大まかな内容はこうだ。


 伯爵家の次男である騎士(人族)とその屋敷で働く庭師(猫人族)の甘く切ない恋愛譚。

 幼馴染の彼らは身分の差こそあれ友情を育くみ成長していく。そして、その過程で彼らは己の抱く感情が友情ではなく恋情であったと知るのだ。


 周りに理解されずとも、互いに支え合い幾多の試練を乗り越える2人。


 彼らの思い合う心に、当初眉をひそめていた彼らの家族も祝福を贈るようになる。このまま密やかに結ばれるかに見えた……が、縁談が騎士に舞い込んだことにより事態は新たな展開へと駒を進める。

 相手は公爵家令嬢。以前暴漢に襲われていたところを騎士が助け、一目惚れされたのだ。遥かに格上の家柄、断ることは不可能だと言ってもよい。


 伯爵家は密かに庭師に別れてくれるよう頼む……莫大な金子(きんす)と共に。

 庭師は金子(きんす)を頑として受け取らず、けれどこのままいけば愛しい騎士の輝かしい未来を自分が奪ってしまう。そう考えた庭師は伯爵家から密かに離れ旅に出る……騎士の幸福を祈りながら。


 一方の騎士は、庭師が金子(きんす)を受け取り姿を消したと教えられ、裏切られた恋心が憎しみへと変わる。人が変わった様に(すさ)み道を踏み外そうとする騎士を見兼ね、真実を教えたのは彼の兄だ。そして……騎士は全てを捨てる覚悟を決める。職を、家族を、地位を……何もかもを。


 騎士が旅に出たところでこの話は終わるのだ。


 騎士と庭師は再び会うことが出来たのか……いや、きっと会えたのだとルーファは思う。


「ああっ!この熱い想いを誰かと分かち合いたい!」




 ――という訳で、現在ルーファの目の前には下着姿のレイナとシャツしか着てないミーナの姿があった。


「「きゃー!!!」」


 強制召喚された彼女たちは自分の身体を隠すように抱きしめと、ルーファに詰め寄る。


「ちょっと!ルーファ!一体どういうつもりなのよ!!」


 般若の形相でルーファを睨みつけるレイナに、ルーファはといえば……



 どろ~ん!



『きゅい~ん』


 可愛らしく悩殺ポーズを決めた!

 だがしかし、それがレイナに通じる筈もなく、ルーファは尻尾を問答無用で掴み上げられることとなった。


「いいからサッサと服を出しなさい!!」

『あい!!』


 それから懇々(こんこん)とレイナから説教を受け、次からは召喚する前にきちんと本人の了承を取ることを約束させられたところで、(ようや)くルーファは解放される。


「で?一体どうしたのよ?」

『話す前にお茶を用意するんだぞ』


 そう言ってルーファは〈亜空間〉から紅茶×3とクッキー一皿を取り出し並べる。

 

「あの……ルーファちゃん。このクッキー食べかけのように見えるんですけど~」

「こっちの紅茶は飲みかけじゃない?量が少ないわよ」


 ミーナは三日月型のクッキーを手に取り、レイナは半分しか入ってない紅茶を(いぶか)し気に見つめている。


『ふっふっふ!気付いたようだな諸君!これは英雄王ガッシュの飲みかけ紅茶と食べかけクッキーなんだぞ!』


 最近バハルスに図ってもらっている便宜がこれのことだ。

 ルーファは今、ガッシュコレクションを収集中なのだ。この紅茶とクッキーもその1つで、他にも眼帯やコート、靴に、果ては枕まで入手済みである。


 当然抜かりのないバハルスは、ルーファに()()()()()()便()()を図っていいという許可をガッシュからもぎ取っていた。本人はまさか自分の私物がルーファに横流しされているとは思っていない。


 ちなみに、食べかけクッキーをどうやって手に入れたかといえば……ルーファ(※子狐形態)が咥えたクッキーを『あ~ん』といってガッシュに食べさせ、その後自分が食べると見せかけて〈亜空間〉に収納していたのである。

 故に現在あるクッキーはルーファが咥えていた部分であり、唾液率でいうなら9割方がルーファとなる。




「こ、これがガッシュ陛下の……ハアハア」


 鼻息荒く紅茶とクッキーをガン見するミーナから一歩距離を取るレイナ。


『さあ、食べるがよいぞ』


 ドヤ顔で胸を逸らす犯罪狐。罪の意識は皆無である。

 ミーナは恐る恐る紅茶を手に取り口をつけ……


「ダメです~!できませ~ん!」


 紅茶をソーサーに戻すと恥ずかしそうに身体をくねらせた。


『頑張ってミーナちゃん!ガッシュが口を付けたのはココだぞココ!』


 そう言って前足でカップのある一点を指すルーファ。


「か、かかかかかかかか間接キス!?無理です~。難易度が高いですよ~。お手本を見せてください~」


 鼻血を吹き出さんばかりに真っ赤になったミーナが潤んだ向ければ、任せろと言わんばかりにルーファは頷いた。


『見るがいい!これがオレの実力だぞ☆』


 子狐(ルーファ)はバッと紅茶に躍りかかる!



 レ~ロレロレロレロレロレロレロ……ピカー!



 新品の如く真新しくなったティーカップを前に、ミーナは床に両手をつき呆然と呟いた。


「す、すごい……何のためらいもなく……負けました~」


 何に負けたのかよく分からないレイナは、2人の横で大人しく紅茶を飲んでいる。


「あら……流石にいい茶葉使ってるわね」

「ええ!?レイナちゃんまで、そんな簡単に!?」


 残るはミーナのみ。

 意を決してカップを手に取り再び口を近づけるミーナ。


「ああああああ!もったいなくて出来ないです~。やっぱり記念に飾っておいた方が……」


「何言ってるのよ。カビが生えるわよ」

『そうだぞ。またかっぱらって来るから問題ないんだぞ』


 ミーナの目の前ではクッキーが次々と2人(匹)のお腹に収まっている。このまま行くと遠からずミーナの分まで消え果ることだろう。

 

「え!?私の分は!?」


「早くしないとなくなるわよ」

『んぐんぐ』


 その瞬間、ふしゅ~と何処ぞの拳法家の如く息を吐きだしたミーナの目が、カッと開かれ一気に紅茶を飲み干す。ちなみに、口を付けているのは先程ルーファが前足で指した箇所である。


「ああ……これが英雄王ガッシュの味!」


「いや、紅茶の味でしょ」

『んぐんぐ』


 その後、ミーナも無事ルーファの唾液まみれのクッキーにありつけたという……知らない事こそ幸福を保つ秘訣なのかもしれない。





 そして現在、最後のクッキーを狙ってルーファとミーナは睨み合っていた。

 レイナはというと……当然争いに参加することなく、呆れた眼差しを両者へと注いでいる。


「それで?用件は陛下の紅茶とクッキーだったの?」


 その質問に一瞬注意の逸れたルーファの隙を狙い、ミーナの手がクッキーを掴んだ! 


『あー!!』

「ふっふっふ~!油断大敵ですよ~」


 勝利を収めた大人気ないミーナがクッキーを噛み締めながら勝ち誇り、ルーファはがっくりと項垂れた。


「ちょっと聞いてる?」


 ノロノロと顔をあげたルーファは『何の用で呼び出したんだっけ』と首を傾げ、しばしの沈黙の後、ようやく思い出したのかピョンっと立ち上がると嬉しそうに話し始めた。


『あっ!そうそう!オレは真実の愛を知ってしまったんだぞ!!』


「誰!相手は誰なの!?」

「知ってる人ですか~!?」


 目を充血させ前のめりになって迫る2人に、ルーファは〈亜空間〉から取り出した一冊の本を渡す。


『これが真実の愛なんだぞ!!』

「「なあんだ~」」


 がっかりと肩を落とした2人は本を見つめる――「禁断の愛」の書を。

 先に本を手に取ったのはレイナ。何の気なしにパラパラとページを捲っていくレイナだったが、挿絵でピタリとその手が止まった。


「あら、これルーファも持っていたのね」


 そう、何を隠そうレイナは隠れBLファンだったのだ。

 とは言っても、(たしな)んでいるのはライト(軽いモノ)でありハード(濃厚Hあり)ではない。彼女が楽しむのはあくまでストーリーなのだ。


『おお!流石はレイナちゃん!』

「……男同士ですか~」


 嬉しそうなルーファとは裏腹に、ミーナは気乗りしない様子である。


『ミーナちゃんも一回読んでみるといいんだぞ!オレも……この本を読むまで……ズビっ!こんな切ない愛があったなんて知らなかったんだぞ!この本こそ正に愛の聖典である!!』  

  

 だばーと涙を流しながら宣言したルーファに、意外にもレイナが頷くと本をミーナへと差し出した。


「騙されたと思って読んでみたら?私もこの本は名作だと思うわよ」

「そう、ですね。偏見はよくないですもんね~」


 そう言って本を仕舞うミーナを見つめながら、内容について話したくてたまらないルーファは両前足で鼻先を押さえて我慢する。今ここで話せばネタバレになってしまい、面白さが半減してしまうからだ。


 それからは穏やかに時間が過ぎていくかに見えた……が、それも直ぐに終わりを告げた。


 突如、ニョキ!っと影から頭が生えたのだ。

 小さく悲鳴をあげたレイナとミーナを無視し、影から出てきた男ドッペルが恭しく頭を下げる。


「ルーファスセレミィ様。お客人がいらっしゃいました。竜公セルギオスを名乗る御仁ですが、如何いたしましょうか?」

『セルが?でも、今は皆とお茶してるし……』


 チラリと2人を見るルーファだったが……ミーナとレイナはそれどころではない。


 ――“竜公セルギオス”


 竜公を名乗る人物などこの世でただ1人。世界最強の国、竜王国ドラグニルの統治者しかいないのだから。


「いいいいいいから!私たちの事は気にしないで!」

「そうですよ~!は、早くお会いした方がいいですよ~!」


 2人の許可がもらえたルーファがドッペルへと頷くと、すぐさま影へと消えていった。

 ここでのミーナとレイナの不幸は、〈眷属通信〉の存在であった。何故なら、即座にその許可はラビへと伝えられ、間を置かずして無情にもノックの音が室内に響いたからだ。


 お暇しようと立ち上がりかけた姿のまま固まった2人は、開かれる扉を呆然と見つめる。

 ちなみに、2人が身に纏っているのはルーファが渡したパジャマ。世界最高峰の貴人を迎えるパジャマの女が2人……最早絶望しか見えない。 

 颯爽(さっそう)と入室する美しい偉丈夫に顔を赤らめるどころか蒼褪める姿は、いっそ哀れである。

  

 セルギオスはルーファの眼前で右手を胸に添え跪いた。


「ご歓談中失礼いたします。転移陣及び石庭園(ストーンガーデン)の設置が終わりましたのでご報告にあがりました」


 つい先日依頼したにも関わらず、この早さは驚異的だと言ってもよいだろう。ヴィルヘルムの命となれば竜族のやる気が違うのだ。


 ちなみに、長距離転移陣の設置先はカトレアとサラシアレータの神域の2か所のみで、ドラグニルへは通じていない。これはひとえに侵入者を警戒してのことだ。

 神域であれば神獣の許可なく何人たりとも立ち入ることは出来ないが、竜王宮だとそうはいかない。

 仮に侵入を許せば、即座にルーファの喉元に刃が届くのだ。警戒するに越したことは無い。


 そして石庭園(ストーンガーデン)とは、治癒石を作るための場所となる。

 ルーファがいるだけで、そこら辺に落ちている石ころが治癒石となるため、専用の場所を用意したのだ。この先リーンハルトとドラグニルへ卸すことになっている。

 当然、報酬として両国からルーファへ国家予算が割り振られることとなり、ルーファの権力がリーンハルトに食い込んだ瞬間でもある。

 

『うむす。ご苦労だったな』

「勿体なきお言葉」


 更に深々と頭を下げたセルギオスの姿をミーナとレイナは魂が抜けた様に見つめる。それも当然だろう。どう見ても、ルーファに仕えているようにしか見えないのだから。

 

「それと……これをお納めください」


 次いでセルギオスが取り出したのは、ドララの通販カタログと注文するためのFAX魔道具、そして見たこともない丸い球5つと謎の魔道具――タブレットのような物体――が1つ。


『わあ~ありがとう!』

「注文先は1番で登録してあります」


 ウキウキとドララのカタログを捲っていたルーファの目が、タブレットに向けられる。


『これ、なあに?』

「これは最新型カメラになります。使い方は……」


 セルギオスがタブレットを手に取り起動させれば、丸い球が浮かび上がりクルクルとルーファの周りを回り始めた。



 カシャカシャカシャカシャカシャ



 セルギオスがルーファにタブレットを見せると、そこには様々な角度から撮られたルーファの写真が映っていた。


『おお!』

「「凄い(です~)!!」」


 顔を寄せ合いタブレットを覗き込む2人と1匹。

 その仲の良さげな様子を微笑まし気に見つめていたセルギオスは説明を始める。


「これは〈思念伝達〉の魔法が組み込まれており、〈思念伝達〉に馴染みのない人種では扱うことは困難ですが、ルーファスセレミィ様であれば問題なく使用することが出来るでしょう」


 セルギオスからタブレットを受け取ったルーファは、早速それを起動させてみる。ルーファの思った通りに動く丸い球が、カシャカシャと音を立ててミーナとレイナの周りを回る。


「ちょっとルーファ!私たちパジャマなんだけど!」

『大丈夫だレイナちゃん、オレは裸族なんだぞ!』


 何が大丈夫か全く理解できないレイナの肩にポンっと手が置かれ、振り返ればミーナが諦めに満ちた眼差しで首を横に振っていた。

 既にミーナは無の境地に達しているようである。


「初めましてお嬢様方、わしはセルギオス・テオ・エペル・ヴィルヘルム。お名前をお聞きかせ願えますか?」


 新緑の目が優しく細められ、ミーナとレイナに向けられる。


「わ、私はAランクパーティ“赤き翼”、破壊のミーナです~!」

「私はラプリツィア商会代表アイゼン・ラプリツィアが長女、レイナ・ラプリツィアと申します」


 あわあわとおかしな動きをするミーナとは逆に、華麗にカーテシーを決めるレイナ……パジャマでだが。

 

「ミーナ嬢、レイナ嬢、とお呼びしても?」


 まるで上位者に接するかの如くセルギオスは2人に話しかけた。

 それは(ひとえ)に彼女たちが竜王の竜玉(ルーファ)の友人だからに他ならない。

 だが……セルギオスの眼差しが時折鋭く2人を観察していることに彼女たちは気付いただろうか。

 セルギオスが大切なのはあくまでルーファのみ。もし、ルーファに害があるようならば――彼は即座にその首を落とすだろう。


 そしてそれはレイナもよく理解している。

 父からも権力者の怖さは嫌というほど教えられており、だてに権力者を相手取り商売をしているわけではないのだ。

 故にレイナはミーナよりも早く口を開いた。


「どうぞレイナとお呼びください。敬語も不要ですわ……竜公閣下」

「あっ!私もミーナでお願いします~」


 背中を流れ落ちる大量の汗を感じさせることなく、レイナは優雅に微笑んで見せる。

 それは彼女の意思表示。自らの分を(わきま)えていると、ルーファの持つ権力を利用するつもりは無いと、そう示しているのだ。

 彼女が望むのはルーファの友人として隣に在ることなのだから。


「そうか……ルーファスセレミィ様は良き友人に恵まれたようじゃ。これからもあの子をよろしく頼むぞ」


 笑みを深めたセルギオスにレイナはそっと安堵の息を吐いた。相変わらず鼓動は早鐘の如く胸を打っていたが、恐らくは無害だと断じられたのだろう。

 部屋を辞するセルギオスを見送るレイナの隣で、「良い方でしたね~」と笑うミーナにちょっぴり殺意を覚えたレイナだった。      

  


 


 

 真実の愛……それはBLだった!

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