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真実の愛・上

 ルーファはメイゼンターグの要塞内にある図書室に来ていた。

 図書室と銘打ってはいるものの、蔵書数は少なく歴史書や兵法書といった兵や指揮官にとって有用なものが大半である。


「はあ」


 ルーファはがっかりしながら手に取った本を戻した。

 ルーファの好きな冒険譚や恋愛小説といったジャンルの本がなかったためだ。実際には兵たちが置いて行った僅かばかりの娯楽本があったのだが、既に読んでしまったのである。




 迷宮を移動させることが決まって早数日。


 現在、ガッシュとガウディのみならず冒険者ギルドマスターのインディゴ、カサンドラの民、更にはラビをはじめとする迷宮の魔物まで駆り出され、準備が進められている。

 そんな(せわ)しない中、ルーファはというと……暇を持て余していた。


 最初はルーファも引っ越しを手伝おうと迷宮の居住区へと(おもむ)いたのだが……危ないからと言う理由で追い返されたのだ。だがしかし、そこでヘコたれないのがルーファだ。

 次は黄色いヘルメットを着用し再び居住区へ突進したところ、たまたま来ていたガッシュに回収され執務室へと連行されることとなった。


 想像してみて欲しい。


 引越しの最中に子狐(ルーファ)が足元をチョロチョロと動き回る姿を。ハッキリ言って気が散るどころの騒ぎではなく、踏み潰しそうで全員の精神衛生上よろしくない。

 そこで本好きだと知ったガッシュがルーファに紹介したのが図書室である。

 

 だが、ここにきてルーファの気を引くための本が尽きた。




 くるりと(きびす)を返し、図書室を出て行こうとしたルーファの狐耳に扉を開く音が届いたのはそんな時だ。

 それは今から向かおうとしていた出口ではなく奥から聞こえ、何とはなしにルーファはそちらに目を向けた。


「ルーファスセレミィ様、奇遇でございますね。いえ、これは運命かもしれません」


 にこやかに奥の部屋から出て来たのはガッシュの側近であるバハルスだ。

 ルーファは知らなかったが、奥には機密の資料が置いてある部屋があり、物理的な鍵は勿論のこと魔法でも入室を制限されているのだ。当然、そこに入ることが出来るのは一握りの人物だけとなる。

 バハルスはその限られた人物の1人であり、その手に資料が抱えられていることからも、仕事中であるのは間違いないだろう。


「バハルス!」


 ルーファは嬉しそうに尻尾を振りながらバハルスへと近づく。


 ガッシュに紹介された当初こそ人見知りを発揮していたルーファだったが、普段から色々とお世話になっていることもあり、今では良好な関係を築いている。

 それにバハルスの話――主にガッシュの過去話――は聞いていて面白く、ルーファを夢中にさせた。

 そんな理由で、バハルスは優しいお兄さんとしてルーファの中で認識されているのだ。


 だか、実際の周りの評価は真逆。


 バハルスは一見穏やかに見えるがかなりの毒舌家であり、血が通っていない冷血漢として恐れられているのだから。

 そんな彼が嫌味もなく嬉々としてルーファに構う姿は、周囲の度肝を抜いたが……相手がルーファだということもあり、最近では日常の風景として受け入れられている。


 顔バレを防ぐため、いつもフード付きマントで顔を隠しているルーファへと、王家の紋章入りのブローチを用意した――勿論、ガッシュの許可は取ってある――のもバハルスだ。

 もしブローチが無ければ、即座に不審人物として牢へ連行されたことだろう。


「どうやらここにある本は読まれたようですね」

「そうなんだぞ。今から本屋に行こうかと思ってたんだぞ」


 ルーファの言葉にバハルスは満面の笑みを浮かべる。

 この表情も、人を小ばかにしたような笑い方がデフォルトのバハルスにしては珍しい。 


「それは好都合……いえ、良いタイミングですね」


 不思議そうにバハルスを見上げるルーファに、彼は収納の腕輪から一冊の本を取り出した。


「それは?」

「よくぞ聞いてくれました。この本こそ真実の愛を連ねた愛の書、いえ、愛の聖典なのです!」


 クワっと目を見開きバハルスは(おごそ)かに告げる。


「な!?愛の聖典!そんな本がこの世にあったなんて!!」


 ルーファの目が愛の聖典に釘付けになり、無意識にその手が伸ばされる……が、バハルスはその本をルーファの手が届かぬ上へとあげた。


「いけません、ルーファスセレミィ様。この本は陛下から渡すのを禁じられておりますれば……」

「え!?なんで!?」


 驚くルーファに、酷く悲し気な表情をしたバハルスは声を潜めて続ける。

 

「この本は禁じられた愛に身を投じた2人の物語。ルーファスセレミィ様に悪い影響を与えてはならぬと陛下はおっしゃられました」

「そ、そんな……」


 ショックで顔を歪めたルーファに顔を近づけ、「ですが……」とバハルスは耳元で囁く。


「私は禁じられても尚、諦められぬ愛こそが……真実の愛だと、そう思います」

「……真実の愛」


 その甘美な言葉にキラキラと目を輝かせたルーファの手の上に、バハルスはそっと本を乗せた。


「陛下にも、誰にも言ってはいけませんよ」


 立てた人差し指を唇に当て、「2人だけの秘密ですよ」と続けるバハルスにルーファはキリっとした表情で頷く。


「絶対、誰にも言わないんだぞ」


 その言葉に満足気に頷いたバハルスは、緑の葉っぱに小鳥があしらわれた本の表紙を指さし悪戯(いたずら)をする悪童のように笑っう。


「そのブックカバーはそのままお使いください」


 用意周到にもブックカバーまで装着していたバハルスは、ルーファをエスコートするように扉を開けると「どうぞ」と退出を促した。


「ありがとう!早速読んでみるんだぞ」


 嬉しそうに駆けだしたルーファを見送り、その姿が見えなくなったところで彼は図書室へと戻り扉を閉めた。



 ニマァァ



 悪い顔でバハルスはほくそ笑む。


「くふっ!上手くいきましたね。嗚呼……ルーファスセレミィ様がどのような化学反応を起こしてくれるのか……楽しみです」


 うっとりと目を細めたバハルスは、生き生きとして実に楽しそうである。


 彼は元来、感情が豊かな方ではない。

 幼少の頃より頭の回転が速く、子供らしく過ごす時間が短かったためだ。更に周りの環境もそれを助長した。

 物ばかりを買い与えて子を(かえり)みぬ両親に、伯爵家の次男という身分に惹かれて集まる人々。


 彼は物心つくころには冷めた思考の持ち主に成長していた。

 他者の思考を読むことを得意とし、真実を混ぜた情報を駆使して相手を思うがままに操る……それが彼の幼少の頃からの趣味であった。

 そのまま長じれば彼は悪の道を行ったのかもしれない。そんな彼を変えたのはガッシュだ。


 バハルスはガッシュを操れない。


 その理由は、ガッシュがアカシックレコード強制介入を持っているから。それを知らないバハルスは、ありとあらゆる手段でガッシュを誘導しようとしたのだが……結局、どれも上手くはいかなかった。


(何故だ!何故思うように動かない!?)


 苛立ちはいつしか好奇心へと変わり、彼はガッシュを意識するようになる。だが高位貴族とはいえ所詮(しょせん)彼は伯爵家の次男。ガッシュに話しかける機会などないに等しい。


 ではどうするか?


 簡単だ。無ければ機会を作り出せばいいだけのこと。

 彼は人族であることを利用し、アグィネス教と関わりを持ったのだ。下手をすれば裁かれるのは自分だと理解していたが……そんなことはどうでもよかった。

 彼にとって自分の人生すら取るに足らないものでしかなかったのだから。


 バハルスが参加していたアグィネス教の集会は国の知るところとなり、王軍が隠れ家へと雪崩れ込んでくるのを、彼は冷めた目で見つめた。


 同士であるアグィネス教徒が逃げ惑う中、堂々と椅子に腰掛け動くことすらしない彼の姿は異様であった。それもそのはず、この集会の情報をリークしたのは何を隠そうバハルスだったのだから。

 彼はただ待っていた。王が現れるその時を。


 そして……ついに彼はガッシュと対面する機会を得、完膚(かんぷ)なきまでに“敗北”することとなった。

 ガッシュは有能なバハルスを即座に側近へと引き立てたのだ。

 彼がそれまで犯してきた犯罪を知っていながらのこの対応に、バハルスは驚くと同時に心酔した。

 それは自分には決して出来ぬ采配だからだ。


 情報を操るからこそ、彼は人の心がどれほど脆弱(ぜいじゃく)で移ろいやすいか知っている。そして……それは自分以上に情報を集め、自分より遥かに長い時を生きてきたガッシュも分かっているはずだ。

 それなのに自分には決して出来ぬ選択を迷いなく決断する男。

 彼は自分の矮小さを知ると同時にガッシュの器の大きさを知った。


 そして望んだのだ。


 ガッシュの切り開く未来をその傍らで見てみたいと。

 それ以来、ガッシュのために尽くしてきた彼だったが……つい先日、第2の運命、ルーファとの出会いを果たした。


 それは彼の根本を揺るがすほどの衝撃を(もたら)した。


 そもそも彼が感情を表さないのは、結果が予測できるから。

 人が驚くのは想像もしないことが起きたからであり、年を取るごとに“驚き”とは減っていくもの。今まで積み重ねてきた経験が、それを可能とするのだ。


 彼の類い稀な頭脳は、その経験すら凌駕した。


 故に彼の感情は揺らぐことが少なく、彼の人生は刺激のない詰まらないものとなった。ガッシュだけが彼にとって唯一のスパイスだったのだが……ここにきて異変が起きた。


 そう、ルーファの存在だ。


 実はバハルスが腹がよじれるほど笑ったのは先の「陛下あんあん事件」(命名:バハルス)が初めてだ。

 彼はルーファが全く読めない。いや、普段の行動は単純で読みやすいのだが……その思考回路が全くと言っていいほど理解できないでいた。

 ルーファの側にいるだけで、彼の感情は容易(たやす)く乱され――主に笑いの方向へ。


 こうしてバハルスの中で紆余曲折(うよきょくせつ)を得て、何故かルーファは“笑いの神”へと昇格した。

 バハルスはルーファを崇め奉っていると言っても過言ではない。笑いの神の自称使徒と化したバハルスは、神に降臨いただくべく色々と画策しているのだ。その1つが愛の聖典である。


 ただしバレるとガッシュに怒られる……どころかヴィルヘルムに消されかねないので、バレないように密やかに行動している次第である。

 やらなきゃいいのに、と思われるかもしれないがそうはいかない。これが彼の使命でありライフワーク――生きがいなのだから!


 最早、彼は笑い(ルーファ)なしではいられない身体になってしまったのだ。何と罪づくりな神獣であろうか。




 ルンルンとご機嫌に執務室へと戻るバハルスの後ろ姿を、兵たちは不気味そうに見つめていた。



 


 


 

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