表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/127

立ちはだかる試練

「悪い。待たせたか」


 ガッシュはそう言いながら応接室の扉をくぐった。


「こっちこそ忙しい中すまんな。時間をもらい感謝する」


 立ち上り頭を下げるのはガウディだ。

 カサンドラの今後の方針はリーンハルトにとっても重要案件だ。これからどういう道に進むにせよ、リーンハルトが関わることになるのは確実だからだ。


「それで……決まったのか?」


 ガッシュの言葉に頷いたガウディはその場に跪き、臣下の礼をとる。


「我が迷宮王国カサンドラは、獣王国リーンハルトへ受け入れを願いたい。どうかカサンドラの民にガッシュ陛下の庇護を」


 ガッシュは驚くことなくガウディを見つめた。

 こうなることは分かりきっていたのだから。


 調査の結果、カサンドラ跡地には瓦礫すら存在せず、只々(ただただ)不毛の大地が広がっていた。生活の基盤を支えていた迷宮もリーンハルトにある現状、カサンドラの復興は絶望的だと言える。

 仮にルーファが迷宮を元の位置へ戻したとしても、再び汚染獣の襲撃を受ければ今度こそ滅亡への道を辿ることとなるだろう。

 そして何より、ガウディもカサンドラの民も神獣をみすみす危険に晒す選択を許しはすまい。


 リーンハルトであれば、ルーファを守るに値する国力と軍事力を兼ね揃え、最悪の場合でもルーファを逃がす時間を稼ぐ程度、余裕で行うことができる。

 



「分かった。我が獣王国リーンハルトは貴国を歓迎する」


 そう言ったガッシュはどこか寂し気に微笑んだ。


 王として対等な友人関係であった2人の間に明確な上下関係が生まれたのだ。

 これから先は主従となり、以前と同じ振る舞いは許されない。いや、例え許されたとしても、それは王の許可があった場合のみ。

 果たしてそれは対等といえるのか……もしそれを対等だと思えるのなら何と愚かなことか。それは命令に過ぎないというのに。 

 

「二人きりの時は以前と同じように話せ」


 ガッシュは傲慢に命じる。これは彼の我儘だ。


「ありがたき幸せ」


 ガウディは(つつし)んで拝命する。それは王命なのだから。


 双方とも理解している。例え友のように話そうとも、以前と同じではないことを。彼らは対等ではなく、平等ではない。

 いや、お互いにそれを理解しているからこそ、ガッシュは対等の振りをすることを許したのだ。


 もしガウディが言葉の真意を履き違え、対等の友人だと思う様な愚者であったのなら、ガッシュは友として側に在ることを許しはしなかっただろう。

 

 これが王の“孤独”


 王の子とは国であり民だ。

 国に尽くすことが王の役割であり、民を守ることが王の責務。友情や愛情といった感情は王にとって捨て去らねばならぬ“私”だ。それは判断を狂わす毒となり得るのだから。





「それでガウディはどうしたい?各街に分散して振り分けるか?それか……幸いウチは土地は余ってる。新たに開拓して領主として民を率いてもいいぞ。お前には爵位を与える予定だしな」


 ガウディは難しい顔で唸る。


「いや、カサンドラは冒険者で成り立っているからな。迷宮がなくなった時点でどれ程の民が離れていくか分からん。その状態で開拓はリスクが大きくないか?」


「リーンハルトの他の街からも募集する予定だ。いずれにせよ15万人近く人口が増えるんだ。街を拡張するか、新たに作る必要がある」


 ガッシュとしては開拓する方が理想的だ。

 最初は苦労が多いだろうが、将来的には新生カサンドラとして母国の名を残すことが出来るのだ。それは僅かばかりとはいえ彼らの故郷を残すことに繋がり、国を失なった彼らの支えとなろう。


 それに……原住民との軋轢(あつれき)のこともある。

 風習や文化が違えば、そこに争いが生まれるのは必然。それが差別を生む温床ととなる可能性も否定できないのだ。

 

 ガッシュは差別というものがどれ程根深く、忌まわしいものか身をもって知っている。

 この200年、彼がどんなに心を砕こうと、未だに人族至上主義をリーンハルトから根絶出来ないのがその証。


「だがなぁ、カサンドラに農民はいないぞ?冒険者以外にいるのは職人や商売人だ」


 その理由は、不毛の地であったために食料の全てを迷宮で賄っていたためだ。

 野菜が欲しくば迷宮に潜り、肉が食いたくば迷宮に潜る……それがカサンドラだ。

 残念ながら酪農や農耕の技術・知識を持つ者はいなく、戦闘職が最も多いという歪さ。

 そんな中、果たして開拓することが可能なのか……


『ふっふっふ、どうやら困っているようだな!』


 突如響いた声に、周囲に目を走らせたガッシュとガウディは、声を頼りに窓辺にある小さなサイドテーブルに目を向ける……が、そこにあるのは、何の変哲もない植木鉢とティッシュ箱のみ。



 にょきり



 2人が見つめる中、ティッシュ箱の中から白銀色の子狐の頭が生えた。


「「ルーファ(様)!!」」


 暫し無言で見つめ合う2人と1匹。


「……いつからそこにいたんだ?」

『ガッシュとガウディが来る前からなんだぞ』


 全くその存在に気付かなかったガッシュは、戦士としての自分の能力に疑問を抱きつつ密かに鍛え直すことを心に決めた。

 短時間ではあるが、ルーファがヴィルヘルムの目を誤魔化すほどの隠密能力を有していることを、ガッシュは知らない。

 内心のショックを押し隠し、ガッシュは一番の疑問を口にする。


「そこで何をしていたんだ?」


 その言葉に、ルーファは遠く過ぎ去った過去を懐かしむかの如く、遥か彼方を見つめる……その視線の先には天井しかないが。


『貴方たちの前には壁がある。それは試練と言う名の壁だ。そしてそれは……オレの前にも……』


 苦しみに耐えるかのように顔を歪ませ、目を閉じたルーファは幾ばくかの間の後、再びその目を開いた。その澄みきった眼差しには悟りを開いた僧の如く達観した光が浮かんでいた。


『その試練かべは、オレを左右からガッチリと捕らえて離さない……最早オレは身動き1つ取れぬまでに追い詰められ、今も尚、こうしてもがき続けることしかできないんだぞ……』


 悲しそうに呟くルーファの目にキラリと涙が輝く。

 ガッシュはルーファを見つめた――ティッシュ箱から頭だけ出した子狐を。


「つまり……挟まって動けないんだな?」

『そうとも言うんだぞ』

 


 真相はこうだ。


 要塞内を探検と称して彷徨(うろつ)いていたルーファは応接室へとやって来た。そこで発見したのは日当たりのよい室内に置かれたティッシュ箱。中を覗けば、ルーファがギリギリ入れるかどうかという隙間があった。


 それは本能なのだろう。


 ルーファのために(あつら)えたと言わんばかりの空間に魅了され、そのフィット感を確かめるべく足を踏み入れたのだ……それが(天然の)罠だとも知らずに。

 無防備にもルーファはそのままお昼寝タイムに突入し、ガウディが従者に案内されてきた音で目を覚ました。更にガッシュがやって来たことで、ルーファはあることを決意する。


 それは……「ドッキリ!子狐は見ていた大作戦☆」だ。


 ルーファは飛び出すタイミングを計る。そして……会話が途切れた瞬間を見逃さず箱の中から飛び出したのだ!


 現在、押しても引いてもびくともしないティッシュ箱はルーファをつかんで離さない。最早、二進(にっち)三進(さっち)もいかない状況であると言えよう。



 ティッシュ箱に向かって手を伸ばすガッシュへ、ルーファは慌てて声をかける。


『待って!そっと、優しく頼むんだぞ!決して短剣で無理矢理こじ開けるなんてしちゃダメだからな!』


 ガッシュは優しく――実際は犯罪者顔で――微笑むと、〈虚空消滅〉でティッシュ箱を包み込み、塵も残さず消滅させた……毛を膨らませた子狐を残して。

 後にルーファはこう語ったという――「短剣より怖かった」と。





 仕切り直して、テーブルの上に置かれたクッションに座るルーファにガッシュは話しかける。


「ルーファはどうしたい?このままメイゼンターグに定住するか?それともガウディについて行くのか?」


 ルーファが移動すれば迷宮も移動するのだ。その選択如何によっては取るべき未来が変わってくる。

 王としてはガウディと共に新生カサンドラに定住してもらうことが望ましい。そうなれば、ガウディの憂いも晴れるだろうから。

 だが……ガッシュ個人の望みは共にリィンへ戻ること。要はルーファと離れたくないのだ。

 

 ガッシュは乱れる己の感情に自嘲する。

 

 どんなにそれを切望しようと、ガッシュがその望みを口にする訳にはいかない。

 それは王として切り捨てねばならぬ感情であり、何より神獣であるルーファの意思を妨げる行為に他ならない。全てはルーファの望みのままに。神獣を私利私欲で動かすなどあってはならないことなのだから。


『オレは……』


 2人を交互に見つめるルーファの心には、選ぶことへの罪悪感があった。

 ルーファも分かっているのだ。カサンドラにはルーファの力が必要だということを。でも……とルーファはガッシュを見上げた。


「何も心配するな。ルーファは好きなようにしていいんだ。素直な気持ちを聞かせてくれ」


 ガッシュは力強く頷いてみせ、ガウディも同意するように笑う。

 それでも決心がつかないのか、口を開いては閉じるといった行為を繰り返すルーファを急かすことなく2人は見守る。


『オレは……ガッシュと一緒にいたいんだぞ』


 ガウディを見つめ申し訳なさそうに狐耳を伏せるルーファに、彼は気にするなと頭を撫でた。


「はっはっは!振られたな」


 ご機嫌に笑うガッシュをガウディは悔しげに睨む。


「クッ!お前も振られんようにせいぜい気を付けろ」


 言い合いを始めた2人はどことなく楽しそうであった……問題は何も解決していないのだが。






『そうそう、カサンドラの皆なんだけど、迷宮の外へ出したいんだぞ』


 スッキリした様子でお菓子を食べていたルーファが、ちょっとそこまで行ってきまーす、と言った軽いノリで重大なことを(のたま)う。


「いやいやいや!急すぎだろ!」

「流石に住む家もないので急には難しいかと……」


 口の回りについたクリームをペロペロ舐めながら、ルーファは軽く続ける。


『大丈夫。大丈ー夫。迷宮にある家は移動可能なんだぞ。巨人鬼(トロール)君たちに頼めばあっという間に運んでくれるんだから』


 げふっと満足気に息を吐き出したルーファは、ゴローンとお腹を見せて顔だけを2人に向けるという何ともやる気のない姿である。


「この周辺は強い魔物はいないからな。外壁の外に家を置いたとしても、〈土柱〉でその周りを囲めば問題ないだろうが……急にどうした?」


 荒野は世界有数の危険地帯だが、実は要塞よりリーンハルト側は比較的安全なのだ。

 何故なら、瘴気に侵されてない魔物は荒野に近付かないからだ。最近では瘴気が強まった影響でアンデッドが多発していたが、今ではそれも落ち着いている。

 いや、それは正確ではない。何故なら瘴気は今までになく濃度を増しているのだから。ヴィルヘルムが手を加えているため荒野から外へ漏れていないだけである。

 


『あのね、荒野にまだ瘴気が沢山あるでしょ?それを吸収しに行くんだぞ。そして!』


 ぴょーんと勢いよく立ち上がったルーファは、クッションで滑りベシャンと(つぶ)れる。そっとルーファに手を添え起き上がらせたのはガッシュの優しさだ。

 転けたことを無かったことにして、ルーファはキリリと前を向く。


『そして!オレは激強(げきつよ)な迷宮の守護者を生み出すんだぞ!ラビちゃんに聞いたら、迷宮の守護者を創る時に使った瘴気の影響で迷宮が活性化することがあるんだって。だから、安全のため皆を外に避難させたいんだぞ』


魔物暴走(スタンピード)が起きるということか?」


 ガッシュは鋭く目を細めた。状況によってはガッシュが戦う必要があるだろう。


『魔物の数は増えるけど、オレがいれば暴走はしないって言ってたんだぞ。あと、迷宮の構造が変わることがあるんだって』


 つまりは魔物が外に出てくることはないが、中では数が爆発的に増えるということだ。それだけでも冒険者にとって死活問題となるだろう。それに加え、迷宮の構造が急に変わったとしたら……その先にあるのは“死”だ。


「冒険者ギルドにも話を通すべきだな。日にちを決めておいた方がいい」

「待て。先に住民の移動が先だ」

『家はどこへ運べばいいの?』






 2人と1匹での話し合いの結果、迷宮を移動する日は1月後、明日から住民の避難が開始されることとなった。整地は迷宮の魔物に今夜中にでも頼む予定である。

 ルーファが迷宮を移動させる前日から冒険者の立ち入りは禁止となり、その時点で迷宮内にいる者は強制排出することが決まった。


 別れ際、ルーファは2人に声をかける。


『カサンドラをどうするかはもう少し待って欲しいんだぞ。瘴気を全て払えれば、元の位置に街を作ることが出来ると思うから』


 ルーファにはある考えがある。

 上手くいくかどうかは分からないが、試す価値はあると思っている。


 だが当面のところの問題は住民の引っ越しだ。巨人鬼(トロール)をはじめとする力ある魔物を集めなくてはならない。

 取り合えずルーファは……


『ラビちゃん!ラビちゃーん!』


 ラビに丸投げすべく迷宮へと向かうのだった。

 






 


 短剣で無理矢理こじ開けた話は迷宮神獣Ⅰの67部白鬼見参!に載せております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ