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神獣のお仕事


 カリカリ……カリカリ……


 

 室内にペンを走らす音だけが響く。

 書き上げた書類にもう一度目を通し、問題ないことを確認したガッシュは玉璽(ぎょくじ)を押した。


「ふう」


 凝った肩を回し、首をコキコキならしたガッシュは机の上を見つめる。まだまだ決済しなくてはならない書類は山のようにあり、いつ終わるとも知れない仕事に深々とため息を吐くと、新たな書類をその手に取った。


 それは王城工事の進捗具合に関する報告書だ。


 セルギオスが目覚めてからは竜種たちの間に統制が取れ、今まで着手すらままならなかった王城の工事が凄まじい勢いで進んでいる。そう遠くない未来に城が完成することだろう。

 何故かリーンハルト主体ではなくドラグニル主体で行われているという謎現象が起きているが……気にしたら負けである。


 張り切った竜種たちが魔法で城を作り上げる姿は、僅か数日で王都リィンの名物となりつつあった。朝から晩まで見物客が引きも切らずにやって来るため、多少の混乱が見られるが特に問題はないらしい。 

 ガッシュは確認のサインだけすると、その書類を決済済みの箱の中に入れた。


「陛下……よろしいのですか?」


 側近であるバハルス・リッケンハイムがお茶を淹れつつ、箱の中に入れた書類にチラリと目を止め尋ねる。


 良いか悪いかでいえば、全くよろしくないだろう。

 王城とは国の心臓部である。その工事を他国の代表者が中心となって行えば、秘密裏に抜け道や隠し部屋を作ることも容易。

 それ即ち、諜報部隊や暗殺部隊を誰にも気付かれることなく送り込むことが可能だということだ。ただし、それはドラグニルでなければの話。


「ドラグニルだからな……」


 ガッシュは僅かに苦笑を洩らす。

 相手がドラグニルである時点で全てが杞憂(きゆう)に過ぎない。

 もし、その頂点に君臨するヴィルヘルムがリーンハルトを滅ぼすことを決めれば、一瞬で滅んでしまう程度のもの。

 そもそも、諜報などといった搦め手すら必要としない程の絶対強者、それがドラグニルなのだ。建国以来5千年、1度足りとも他国の侵攻を許したことがないのだから。


 むしろガッシュが心配しているのは、やり過ぎてないかということだ。

 超古代文明(オーバーテクノロジー)が盛り込まれ、超希少鉱物をふんだんに使った城……考えるだけで頭痛がしてくる。そうならないことを祈るばかりだ。



 ゴンゴンゴン!



 慌ただしいノックと共にガッシュの返事を待たずに扉が開いた。


「陛下!たっ大変です!神獣様が広場にいらっしゃいました!」

「何!!どこの広場だ!!」


 ヴィルヘルムからルーファのことをよろしく頼まれていたガッシュは勢いよく立ち上がる。


 カサンドラの民を受け入れたメイゼターグの治安は冗談でも良いとは言えない。何せカサンドラは自由を尊ぶ冒険者の国であり、元々治安がいいとは言えないお国柄だ。住民の大半が軍属であるメイゼターグとの相性は最悪だと言えるだろう。

 汚染獣への不安からいつになくピリピリとしていることも相まって、1日だけで何十件もの障害事件が勃発しているのが現状で、それにルーファが巻き込まれないとも限らない。

 ガッシュはコートを掴むとそのまま外へと飛び出した。






 人、人、人、溢れんばかりの人の群れがガッシュの目の前に広がっている。


「悪い。通してくれ!」


 人混みを掻き分けるガッシュに不愉快そうに眉を潜めた男は、振り向いた瞬間ギョッと目を見開き慌てて道を開ける。それを繰り返すこと十数回、ガッシュは(ようや)く最前列に辿り着いた。

 そこには…… 

 



『オレは~隻眼の戦士♪ 

 ガッシュ~♪(ジャンジャカ×2♪)

 ガッシュ~♪(ジャンジャカ×2♪)

 ガッ~~シュ~~♪(ジャジャジャン♪)』




 黒い(かつら)と黒い眼帯をした隻眼の子狐が、これまた黒いコートを颯爽(さっそう)と翻し決めポーズをとる姿があった。

  

 沸き上がる歓声。

 盛大な拍手。


 その中で現実を受け止められない男が一人。



 ご機嫌に前足を振り歓声に応えるルーファの姿に、ガッシュはこれ以上騒ぎが大きくならぬ内にと覚悟を決めた。


「……ルーファ?これは何の騒ぎだ?」

『あー!ガッシュだ!見ててくれた?今はコンサートの真っ最中なんだぞ』


 ガッシュはルーファを見つめる。

 身に付けている眼帯もコートも、ガッシュが着ているものとサイズは違えど全く同じデザインである。明らかにガッシュを模した姿だ。そのルーファの後ろには、ガーオ率いるゴブリン楽団が各々楽器を手に控えていた。


 頭痛をこらえながら、ガッシュは更なる問いを投げ掛ける。


「なんでコンサートをしてるんだ?ヴィルヘルムから外に出ないように言われていただろ?」


 一瞬、辛そうに顔を歪めたルーファは真摯(しんし)な眼差しでガッシュを見つめる。


『オレは……聞いてしまったんだぞ。カサンドラの皆も、メイゼンターグの皆も不安を抱えているって。オレは少しでも皆を元気付けたくてコンサートを開いたんだぞ!音楽は人の心を癒すことができるから』


「おお、神獣様……何とお優しい」

「流石は神獣様。そんな深いお考えがあったなんて!」 



 周囲がルーファの優しさに心打たれる中、ガッシュはといえば微妙な心境であった。

 確かに彼らの心のケアはガッシュにとっても悩ましい問題であった。だが!何故に自分の格好をしているのか。いや、理由は分かっている。ガッシュの歌を歌っていた時点で明白だというもの。

 自分を讃える歌を歌う神獣の隣で護衛ができるほど図太くないガッシュは、何とか止めさせようと……いや、ここで止めたら恨まれそうなので、別の方向へ持っていこうと思考を巡らす。


「せめて違う歌にしないか?ああ!違うぞ!歌が気に入らないんじゃない。ただその……オレの歌は少し気恥ずかしいんだ。他の歌は歌えないのか?」


『じゃあ、次は冒険者が迷宮でよく口ずさんでいる歌を歌うんだぞ!』 

 

 ルーファがサッと合図を出すと伴奏が始まった。

 その一糸乱れぬ演奏に魔物への認識がガラガラ崩れていくのを感じながら、ガッシュはお尻を高速で振りながら踊るルーファを見つめる。


『オラオラオラオラ相棒ぅ♪

 アンアンアンアン相棒ぉ♪

 どいつもこいつもオレに夢中ぅ(オゥイエー♪)


 オレの槍が唸りをあげて

 今宵(こよい)(ジャカジャジャン♪)

 お前を(ジャカジャジャン♪)

 つーらーぬーくーぜぇ♪(ヒャッハー)


 いざ(いざな)わん快楽の頂きへー♪』


 

 誰も……誰一人として言葉を発する者はいない。

 冒険者は総じて蒼褪(あおざ)め、兵はこの世の終わりと言わんばかりに目を見開いていた。

 彼らの心情を一言で表すのなら「ヤバイ!」だろうか。



「待て待て待て待て!ストップ!ストップだ!」


 逸早く正気に戻ったガッシュが制止の声をあげ、左右を見渡しながらヴィルヘルムがいないかどうか確認する。


『どうしたの?』


 不思議そうなルーファに、ガッシュは何と言えばよいものか頭を悩ました。


「……この歌の意味が分かってるのか?」

『うむす、当然だ。これはおとこおとこの熱き闘いの歌なんだぞ!』


 ガッシュは真偽確認の意味合いを込めて冒険者に目を向ける……が、誰も視線を合わせる者はいない。そんな中、一人の男がガッシュのもとへと歩み寄る。冒険者に聞き取りをしていたバハルスである。


「陛下。“()棒”の歌です」

「……(しも)(ネタ)か?」


(しも)(ネタ)です」


 ガッシュはルーファを見る。キラキラとした目で自分を見上げる純粋な眼差しを。


「あ~、これは闘いの歌ではなくてな……」


 言葉を濁すガッシュにルーファはしたり顔で頷いた。


『分かってるんだぞ。正確には戦士たちの決闘の歌だ!』

「いや、ほら、決闘ならアンアン言わないだろ?」


 ふぅ、とため息をついたルーファは、出来が悪い生徒を前にした教師の如き眼差しをガッシュへと注ぎ解説を始める。


『良いかねガッシュ君、このアンアンと言う部分は狼の遠吠えだと考えられる……つまり戦っている1人は狼人族なんだぞ。狼人族は満月の夜、遠吠えをせずにはいられないという……この歌詞にある今宵という部分もそれを表しているのだ!』


 ルーファはキッと周りを見回し、更なる考察を口にする。


『この相棒も戦士にとっては無二となる己の武器のことを指している。そして!快楽の頂き……これ即ち2人が闘いに快感を覚えるバトルジャンキーだということ。ズバリ、こうだ!』





 ――満月。


 月が中天に差し掛かり、双子月が闇夜に淡く光を灯す。だが残念なことにその光はぶ厚い雲に隠されて地上に降り注ぐことはない。


 その時、ザアアア……と風が空を駆け抜けた。


 僅かばかり覗いた雲の切れ間より、優しい光がスポットライトのように二人の男を照らし出している。

 両者ともに大柄な男だ。一人は槍を持った人族の戦士、もう一人が大剣を持った狼人族。


 さざ波のように草原を走り抜けた風が、ついでとばかりに男たちの髪を弄ぶ。睨み合う2人の視界が遮られ、止まっていた時が動き出す。


「ついに決着を着ける時がきたようだな!行くぜぇ!オラオラ!」

「かかって来いやー!アオーンアンアン!」


 挑発し、同時に地を蹴った男たちが交差する!



 ガキーン!



 激しい火花が散り、月の光を反射した白刃の刃が冷たく輝く。

 男たちは互いの身体を入れ替えながら、時には激しく、時には優雅に切り結ぶ。まるで未来が見えているかの如く先の先を読むその姿は、決められた型をなぞる演武のようだ。


 金属が紡ぎだす硬質な音色は、死出の門出を祝う祝福の祝詞のりと。今宵、どちらかが旅立つこととなるだろう。

 

 二人の顔には死に対する恐怖も、殺戮に対する暗い悦びも浮かんではいない。その顔に浮かぶのは子供のように無邪気で、只只楽しくて堪らないといった純粋なる笑み。


 剣で語り、剣で理解する。

 剣に生き、剣で死ぬ。


 それが彼らの人生。



 一際甲高い音が響き、2人の間に距離が生まれた。

 ただ静かに2人は武器を……半生を共にした己の相棒を構える。次が……最期だ。


 隠れていた月が再び顔を覗かせ、2人の男を捉える。まるで見届けんと言わんばかりに。


 互いの姿をその目に映し、彼らは笑う。

 見よ!これが彼らの生き様なり!


 一陣の風となった2つの影が……重なった。




『と、いう話しなんだぞ……ズビっ!』

「まさかこの歌にそんな深い意味合いが隠されていたとわっ!」


 ルーファの妄想に感動で目を潤ます冒険者たち。

 「そんな訳ないだろ!」と脳内でツッコミを入れたガッシュは、意を決してルーファを自分の顔の高さまで持ち上げる。


「いいかルーファ、違うんだ。この歌は……」


 (子供の夢を壊す大人の心境で)辛そうに顔を歪めたガッシュの姿に、ルーファはハッと何かに気づいたかのように彼の苦しそうな顔を……正確にはその更に上にある狼耳を見つめる。


『ま、まさか!このアンアン鳴いてたのはガッシュ……』

「違います」


 無言で顔を見合わす1人と1匹。


『ガッ……』

「断じて違うからな!」


 その恐ろしいまでの真剣な眼差しに、思わずルーファはコクコクと頷いた。


『じゃあ、いったい誰が……?』


 ガッシュはルーファの身体を反転させる。


「いいか?オレは王だ。王に決闘を挑む者はいない。決闘といえばやはり冒険者だろう」


 ガッシュが示すその先には狼人族の冒険者がいた。


『ま、まさかお兄さんが!』


 ザザッと音を立ててその周りから離れる男たち。


「お、オレェ!ち、違うぞ!それを言うなら騎士だって決闘するだろ!」


 そう言って指差すのは年配の狼人族の騎士だ。


「はあ!?オレは決闘したことなんかない!それに……遠吠えするのは犬人族もだろ!」


 





 混沌とする中で、まんまと矛先を逸らすことに成功したガッシュは足下に転がる物体を見下ろした。


「グフッ、陛下があんあん……あんあん」


 ピクピクと痙攣(けいれん)するバハルスを踏みつけたい衝動に駆られるが、何とかそれを抑え込むガッシュ。そこへ密やかに歩み寄る影があった。


「ガッシュ陛下、またお会いできて光栄です」


 にこやかに手を差し出したのはガーオだ。反射的にその手を握り返したガッシュの眉がピクリと上がる。

 その後、何事もなくルーファの元へと去って行くガーオを見送り、ガッシュは己の手を見る。

 そこには……虹色に輝く魔石――虹魔石――があった。


「……賄賂(わいろ)か」

「いえ、迷惑料でしょう」


 復活を遂げたバハルスが即座に訂正した。


「その心は?」

「賄賂は受け取れば罪に問われますから」


 黒い笑顔で(のたま)ったバハルスにガッシュは空を仰いだ。

 流れ行く雲を見つめながら、彼は今後の対策へ思いを馳せるのだった。



 

 その後ルーファの迷宮は試練迷宮と名を改められ、試練の最中に下品な歌を歌うなど言語道断だという考えのもと、迷宮内での下ネタは全面的に禁止されることとなった。

 余談だが、この日以降狼人族にはホモが多いという噂が(まこと)しやかに囁かれるようになったという……とんだ風評被害である。

 



 「オレの槍がお前を貫くぜ」は下ネタの「オレのマグナムが火を吹くぜ」の異世界バージョンになります(笑)

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