再会
ルーファの目の前には1つの真っ赤なボタンがある。
ボタンと言っても服に付けるボタンではなく押す方のボタンだ。小さな箱の上にただ1つだけ存在するそのボタンは、押せばミサイルが飛び出しそうな危険な雰囲気を醸し出していた。
ルーファの前足がスッと上がりボタンへと向かう……
ぽちり
――迷宮86階層――
「これでラストだ!!」
バーンの双剣が閃き、断末魔をあげる間もなく魔物が息絶える。
「は~、死ぬかと思いました~」
ミーナがその場にしゃがみ込み、ゼクロスも流れ落ちる汗を拭う。無理もない。彼らは2時間近く戦い続けていたのだから。
彼らが今いる場所はモンスター部屋と呼ばれる大量の魔物が湧き出す罠部屋だ。何故〈看破〉を持つアイザックがいながらこの罠に嵌ったのか……それは当然わざとだからだ。
肝心な時にルーファの力になれなかった彼らは、迷宮の攻略より強くなることに重きを置いた行動をしており、それ故の選択と言える。
「バーン」
アイザックが指し示す先を目線で追えば、台座の上に宝箱が出現していた。
ニヤリと笑ったバーンがゆっくりとそれに近づく。こういった危険な罠の後に出現する宝箱には外れがないのだ。きっと素晴らしいお宝がバーン達を迎えてくれるだろう。
「罠は?」
「ない」
お互いに頷き合うと、アイザックはミーナとゼクロスを守るように前に立ち、〈金剛体〉を発動させたバーンが宝箱を開ける。
パッカーン!!
行き成りバーンの足元の床が消え……否、部屋全体の床が消え去った。どこへも逃げること叶わず、4人は為す術無く奈落の底へと落ちていく……
ドン!
「ぐえっ!」
「おっと!」
「……ふっ!」
「きゃっ!」
上から順にバーン、ゼクロス、アイザック、ミーナだ。ちなみにバーンは3人の下敷きになっている。
周りを見渡せば辺り一面が白い霧に覆われ、まるで雲の中のように一寸先をも見通すことが叶わない。
だがそれも一瞬。突風が霧を舞い上げ、バーン達の周りだけ霧が晴れた。彼らを中心に円形状にくり貫かれた霧は、明らかに人為的な意図を感じさせる。
自然と彼らは円陣を組むように固まり、各々が外を……霧で隠された向こう側を警戒している。
ここが何処かも分からない。迷宮の深層でないことを祈るばかりだ。じりじりと時間ばかりが経過し、全員の顔には疲労の色がハッキリと刻まれている。
このまま行けば直に集中力が切れるだろう。迷宮内でそれは命取りだというのに。
極度の緊張の中、全員がその声を聞いた。
『わーはっはっはっはっはっは!よく来たな皆の者!』
その言葉と同時に、真っ白い霧が緩やかに移動し道を開けていく様は、まるで純白のベールを捲っているかのようだ。
僅かに垣間見えた霧の先には白銀色の子狐がいた。
そう、ルーファの押した赤いボタンはバーン達を自分のもとへと招くトラップボタンだったのだ。アイザックが罠に気付かなかったのも当然のこと。何故なら、発動する瞬間までそこに罠はなかったのだから。
「「「「ルーファ(ちゃん)!!」」」」
歓声と共に走り寄ったメンバーに揉みくちゃに撫でられながら、ルーファの目に涙が滲む。いつもと変わらぬ日常の尊さが今なら分かる。
「心配したぜ!」
「母なる神獣様に感謝を」
「会いたかった、ルーファ」
「よかったです~。無事で……」
『ぐすっ……みんなぁ』
一頻り全員で無事を喜び合った後、バーンはルーファを優しく見つめると騎士のように跪き、スッと手を差し出した。ルーファもバーンの顔を見つめ、流れるような仕草でそっと前足をその手に乗せる。
ベシリ!
ルーファの前足を弾き、そのほっぺをムニューと引っ張りながらバーンは叫ぶ。
「違う!お手はいいから宝箱の中身をよこせ!」
『違うもん!お手じゃないもん!そこはセオリー道理に手にキスするとこなんだぞ!』
「お前のは手じゃなくて前足だろ!分類上は足なんだよ!!」
バーンの手を引き剥がそうと暴れるルーファに、させてなるものかと更なる追撃を加えようとしたバーンは、突如感じた殺気に反射的にその場に身を伏せる。
ゴウッと音を立て頭上を通り過ぎた棍の後を追うようにバーンが地面を転がれば、ドゴンッ!と音を立ててメイスが大地を穿った!
ぞわり
息を吐く間もなく全身の毛が逆立つような怖気を感じ、本能が命じるままに身体を仰け反らせたバーンの髪が宙に舞う。
頸動脈を狙い繰り出された短剣が彼の赤い髪を散らしたのだ!
「ちょ!今の!避けなきゃ致命傷だぜ!!」
涙目のバーンがアイザックに詰め寄るが、やった本人はどこ吹く風。
「〈金剛体〉があるだろ」
「いやいやいや!今の〈一撃必殺〉だよな!?」
うっすらと嗤ったアイザックに、バーンの顔が引きつった。
『まあまあ、喧嘩は良くないんだぞ。それに安心するがいい。宝箱の中身はここにある』
そう言って喧嘩の主原因たるルーファは1冊の本をバーンに差し出した。
バーンはペラリとページをめくる。そこには……
愛らしい子狐がボールで遊ぶ姿
愛らしい子狐がマグカップに入っている姿
愛らしい子狐がクッションの上で眠っている姿……etc
ペイッと本を放り投げたバーンは無表情にルーファに詰問する。
「おい……何だこれは」
『ルーファちゃん☆写真集だ!さあ、これで身も心も癒されるがよいぞ』
再び掴みかかろうとするバーンを羽交い締めにしたゼクロスが慰めの言葉を贈る。
「まあまあ、可愛いじゃないですか。世界に一冊しかない神獣様の写真集ですよ」
「そうですよ~。バーンさん大人気ないです~」
苦労して手に入れたお宝が子狐の写真集……バーンはがっくりと肩を落とし、その背後では、密かに写真集を回収したアイザックがソレを影に仕舞う姿があった。
そんな哀愁漂うバーンの頭にルーファはピョンっと飛び乗る。
『ふっふっふ、冗談はさて置き……諸君、本当の宝物を見たいかね?』
「おお!信じてたぜルーファ!」
バーンの顔に生気が戻り、頭上にいるだろうルーファを心の目で見つめる。
『さあ、見るがいい!これが本当の宝だ!』
高々とルーファが前足を掲げた瞬間、彼らを囲んでいた霧が消し飛び隠されていたものが露わになる。
「「「こ、これは!?」」」
そこには5階建ての屋敷が鎮座していた。
『皆、手を出すがいい』
差し出された手の上にルーファは1つずつネックレスを乗せていく。
大き目の魔石を中心に加工した男女どちらでも使えるシンプルなデザインだ。
当然ただのネックレスではなく、迷宮内であれば何処からでもこの屋敷へと転移できる特別なもので、ヴィルヘルムとガッシュにもデザイン違いの同じものを既に渡してある。
『ここはオレ達のお家。例えこれからどんなに遠く離れようとも、オレはここで皆の帰りを待ってる。だから忘れないで。ちゃんと帰る家が、家族がいるんだってことを』
ルーファはじっとバーンとアイザックを見つめる。
温かな家と家庭――これがルーファがあげたかったもの。失った家族は取り戻すことは出来ないけれど、新たな家族は作れるのだ。温かな家が彼らの心を少しでも癒してくれることを、ルーファは願う。
暫し無言で屋敷を眺めていたバーンは乱暴に目元を拭い子供のように笑い、アイザックは涙が零れ落ちるまま只々屋敷を見つめていた。
そんなアイザックの顔をバーンは服の袖で乱暴に拭うと、からかいの言葉を口にする。
「泣き虫かよ」
アイザックの拳がバーンの顔に減り込み、バーンの膝がアイザックの鳩尾に突き刺さる。取っ組み合いながら地面を転がったバーンとアイザックは、やがて笑いながら仰向けに寝転がった。
彼らの上空ではルーファが嬉しそうにクルクルと宙を翔け、ミーナとゼクロスは流れ落ちる涙をハンカチで拭っている。
「最高の贈り物だぜ……ありがとなルーファ」
「大事にする。もう2度と失わない」
『どういたしまして!さあ、家の中に案内するんだぞ』
ではここで屋敷について説明しよう。
1階は共用スペース――キッチン、ダイニング、大浴場、リビング。
2階は使用人部屋。
3階は客室。
4階は“赤き翼”の私室。
5階はルーファ、ヴィルヘルム、ガッシュの私室だ。
まだまだ部屋数は余っているため、変動可能である。
また、ラビの強硬な意見により5階は完全に隔離され、“赤き翼”であろうと許可なく踏み入ることが出来ない仕様となっている。
説明を聞いたミーナとバーンは天井を食い入るように見つめる。
「こ、この上にガッシュ陛下がいらっしゃるんですね~」
「竜王様の私室……」
「節度ある行動をお願いしますよ」
爛々と目を輝かせる2人にリビングへ入ってきたゼクロスが苦言を呈しながら、コーヒーの乗ったお盆をテーブルの上へと置く。
全く音を立てることなくコーヒーを並べていく姿は、既にプロ並みだと言ってもいいだろう。
芳醇なコーヒーの香りにつられ、アイザックの頭の上からテーブルへと移動したルーファの前には、カップの代わりに平皿が置かれる。中身はルーファの好みに合わせた甘いカフェオレだ。
「キッチンに調理器具や調味料がありましたが、あれは使ってもよいのでしょうか?」
『全部迷宮で手にはいるものだし、保管庫にある肉や魚、野菜も使っていいんだぞ』
ゼクロスは困った顔でルーファを見つめる。
彼は清貧を美徳とする神官、金に困っているわけでもないのにこれ以上無償でもらう訳にはいかない……が、ルーファの好意を無下にするのも如何なものか。
悩めるゼクロスに意外なところから救いの手が差し伸べられた。
「ルーファ、迷宮で創り出せないものは何かあるのか?例えば……料理はどうだ?」
バーンの問いかけに一瞬遠い目をしたルーファは、ため息を吐きながらしょんぼりと答える。
『料理は創れないこともないけど……なんかゴムみたいで不味かったんだぞ』
ラビに調べてもらったところ栄養価的には問題はないらしいが……とても食べられるものではなかったのだ。ルーファがご飯を食べる目的は栄養の摂取ではなく味や食感を楽しむと言った娯楽の面が強いため、それ以来封印している。
「そうか。なら話は早いぜ。ルーファに食材を提供してもらってオレ達が作ればいい。それならいいだろ?」
『おお~楽しみなんだぞ!』
バーンの提案にゼクロスは安心したように頷いた……が、実際に料理を作るのはゼクロス(シェフ)とミーナ(助手)であってバーンは何もしていない。
暫くは他愛もない話――母なる神獣であるカトレアが訪問していたとか、竜公セルギオスが死にかけてたとか――が続き4名の顔色が程よく悪くなった頃、ふとルーファが気になった事を質問する。
『ねえねえ、レイナちゃんは……カサンドラの皆は元気?』
実際は尋ねなくとも調べる術はあった。
カサンドラの住人は迷宮内で生活しているのだから。だが、勝手に覗くのは失礼な気がして、ルーファは居住区を見ないようにしているのだ。
ただし、冒険者の戦闘はちょこちょこ覗き見という名の見学をしている、というか最近は冒険者同士の会話を盗み聞きするのが趣味だといってもいいだろう。犯罪と言っていいかどうか……悩ましいところだ。
「元気ですよ~。皆ルーファちゃんに会いたがってます~」
『ホント!?じゃあ早速会いに行くんだぞ!』
善は急げと言わんばかりに勢いよく立ち上がったルーファに制止の声がかかる。
「落ち着いてください。そのことでルーファに知らせなければならないことがあります」
真面目なゼクロスの表情にルーファは居住まいを正した。
「実は……ガッシュ陛下が戦いの結末を民に向けて発信したのですが、その際に魔物暴走を治めた迷宮の主は神獣であるルーファだと明言されました。覚えておいでですか?以前、ラビがガウディ陛下に魔物暴走を治めたのは冒険者のルウだと説明されたのを」
ルーファは過去を振り返り、そんなこともあったかもしれない……と頷く。
「確かにガウディ陛下の御前では、ラビが迷宮の主だと名乗っていましたが……ルーファが迷宮を運んだことでカサンドラの民は真なる迷宮の主が誰なのか気付いています」
『えっと……つまり?』
全員の可哀そうな子を見る眼差しがルーファに注がれる……が、当然ルーファは気付いていない。
「つまり、神獣であるルーファと冒険者であるルウが同一人物だとみんなが気付いたという事です」
『え!?それ困るんだけど!!もう冒険者できないの!?』
流石にルーファにも神獣が冒険者をやるわけにはいかないという常識はある。神獣は魔物を狩る存在ではないのだから。
ショックを受けウロウロとテーブルの上を歩き始めたルーファに、ゼクロスは優しく微笑みかける。
「大丈夫ですよ。ルーファが正体を知られるのを望まないと分かっていましたからね。ガウディ陛下がカサンドラの民全員に誓約書を配ったので、リーンハルトでは知られていませんから」
ホッとしてゼクロスを見上げたルーファに、「ただ……」と彼は困った様に続ける。
「カサンドラでは全員が知っていると言っても過言ではありませんので、今行けば騒ぎになり……その結果、リーンハルトにも伝わる可能性がでてきます」
『じゃあ、皆には会えないの……?』
じわ~と涙が滲んできた藤色の目を見て、ゼクロスは慌てて言葉を付け加える。
「少し経てば興奮も収まるでしょうから、それからにしては如何ですか?それか、レイナ嬢にこちらに来て頂くという方法もありますよ」
代案を聞いてもペシャンと狐耳を伏せたままのルーファの姿に、罪悪感を刺激されたゼクロスは殊更明るく更なる代案を口にする。
「神獣の姿で慰問するという手もありますよ。それなら街の様子もよく分かるでしょうし……それに何より皆の励みになりましょう」
『……励みに?』
ゼクロスはルーファの頭を優しく撫でながら、その目を覗き込む。
「そうです。全員が国を、家を失いメイゼンターグに来たのです。その不安は計り知れません。多数の汚染獣相手に戦ったメイゼンターグの兵たちの心の傷も深く、未だに恐怖で働けぬ者がいると聞きます。いえ……全ての人が日々、不安や恐怖と戦っているのですよ。いつまた汚染獣が襲って来るとも限りませんから。神獣であるルーファの姿を一目でも見たら、その恐怖が少しは和らぐやもしれません」
暫くジっとテーブルの上を見つめ何事か考えていたルーファは顔をあげる。
『ゼクロス……ありがとう。オレのやるべきことが分かったんだぞ』
ルーファの狐耳と尻尾がピンと空を向き、その目に決意の光が宿った。
ゼクロスは知らない。
この後、ルーファが引き起こすであろう事態を。
後日、事の顛末を聞いた彼は、一日中懺悔の時を過ごすこととなる。




