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顔合わせ

 ここはベリアノス大帝国帝都グリンバルにある紅炎城。

 炎竜の鱗を混ぜて作られたこの城は、薄っすらと赤く輝き宝石の如く煌びやかだ。


 それは永遠(とわ)の炎。

 いつまでも衰えることなく燃え盛るベリアノスの権勢の象徴。



 その紅炎城の主たるジャイヴァロック・ネオ・ギリス・エターナ・ベリアノスは不機嫌そうに目の前に座る男を睨んだ。

 細い糸のような目をした男だ。ジャイヴァロックが睨みつけているというのに男の顔にはいつもと変わらぬ柔和な笑みが浮かんでいる。

 男の名はサントス・ブルーネット。アグィネス教の枢機卿である。


「……どういうつもりだ?」

「何のことでございましょうか?」


 ジャイヴァロックの詰問に一片の動揺も窺わせずサントスは笑顔で答える。


「とぼけるな!汚染獣の事だ!あれはお前たちの仕業だろ?」

「さて、私には分かりかねます」


 ギリリと歯を食いしばり、射殺さんばかりに睨みつけるジャイヴァロックを気にすることなくサントスは続ける。


「ただ……汚染獣にとって神獣は天敵でありますれば、それを狙ったのではないかと思われます」


 ピクリと眉を動かし、ジャイヴァロックは落ち着くべく紅茶を口にした。

 カップをソーサーに戻すころには激情は鳴りを潜め、冷静な思考が脳内を巡る。答えるであろう質問と答えないであろう質問、それを慎重に吟味する。


「……ナスタージアはいつ気付いた」

「最初からです。陛下」


「何故教えなかった?」

「おぉ陛下。全ては陛下の為でございます。仮に陛下が汚染獣の襲撃に合わせて軍を動かせば、間違いなく竜王の関心を引くことでしょう。全ては我らが教皇の盟友であらせられる陛下を大切に思う心。どうか汲み取ってくださいませ」


 きつく目を閉じたサントスの目から一筋の涙が頬を伝った。その姿は聖職者に相応しい清廉とした姿だ。

 

 だが当然ジャイヴァロックに感動などと言った心は微塵も芽生えない。

 むしろその白々しい演技に悪態をつきたいほどだ。要は竜王に気付かれれば芋ずる式にナスタージアにも害が及ぶため、情報を渡さなかったということだろう。


 確かに竜王に気付かれては不味い……が、そもそもナスタージアが汚染獣を動かさなければ竜王の目が西部に向くことなどなかったのだ。そのおかげで、ベリアノスは窮地に立たされていると言っても過言ではない。国内に25人もの勇者を飼っているのだから。


 以前、神獣を手に入れようと軍を動かしたクマラは僅か一夜にしてこの世から姿を消した。それも、1人の生存者すらも残さずにだ。

 もしその力がベリアノスに向いたら……ジャイヴァロックの手に汗が滲む。


「おぉ陛下、何も心配はいりません」


 ジャイヴァロックがサントスの言葉に感じたのは安堵ではなく不快。この男はジャイヴァロックの僅かな感情の揺らぎも目逃さない――まるで心を読んでいるかの如く。

 何も答えようとしないジャイヴァロックにサントスは内緒話をするように顔を近づけた。

 

「陛下は……竜王の竜玉をご存知ですか?」


 その言葉はまるで毒のようにジャイヴァロックの全身を侵した。

 もし竜玉を手に入れることができたなら……それは竜王とドラグニルを手中に納めるということ。リーンハルトなど最早相手にすらならぬだろう。いや、世界すらも……。


「……詳しく話せ」


 そう言ったジャイヴァロックの顔は欲にまみれた獣の如く醜く歪んでいた。 


 


 ◇◇◇◇◇◇




 ソワソワと落ち着かない様子で歩き回る子竜が一匹。ルーファの眷族であるラビだ。

 迷宮が無事メイゼンターグへ到着してから既に5日、未だにルーファが目覚めたという報せはない。ラビはルーファが心配で心配で居ても立っても居られないのだ。

 話によれば友人であるフェンはルーファを守りその命を散らしたという。ルーファがどれだけ心に傷を負ったのか……そう考えるだけでラビの心は苦しくなる。


 ラビはじっと己の手を見る。小さな小さな手だ。かつての自分とは考えられないほど弱い身体。


(……強くならねばならん)


 それは自分だけでなく他の眷属たちにも言えることだ。

 ルーファは自分たち眷属を置いて行った……それは見捨てたという意味ではなく、彼らを守るための行為に他ならない。

 ルーファは知らないだろう。自分たちが一体どれほど悔しい思いをしたのかを。

 ルーファのために存在する筈の眷属が、弱いばかりに主たるルーファを死地へと向かわせたのだ。その上、自分達は安全な迷宮でぬくぬくと守られていた……ルーファが命を懸けて戦っている間も!

 この悔しさは筆舌(ひつぜつ)に尽くし難いものがある。



 その時……ふ、と何かに導かれるように顔をあげたラビの目が鮮やかな色彩を捉えた。



 色とりどりの花びらが舞い、蛍火が大地より湧き上がる。

 風がくるくると木々を揺らし、迷宮が歓喜の唄を歌う。

 


 ラビは即座に何が起きたか悟る。



 ――迷宮ノ神の帰還だ。



 いつの間にか迷宮幹部たちがラビの横に並び、ラビ自身も深く(こうべ)を垂れた。彼らが神を迎えるために。

  


 


 



 ここは迷宮200階層にある神域。


 見上げんばかりの巨大な神樹がサワサワと……否、バッサバッサと揺れていた。まるで内心の歓びを表しているかのようだ。普段は神聖で荘厳な神域が、何故か今日は温かな陽だまりのように優しく全てを包み込んでいる。

 そんな柔らかな光溢るる地に、似つかわしくない音が響いた。



 ドオオオオオオオオン!

   ドガアアアアアアアアアン!!



 風が激しく踊る中、2人の男が対峙する――ヴィルヘルムとガッシュだ。

 彼らの周りには6人の迷宮幹部たちが屍の如く倒れ伏している。


 再び風が揺らぎ、ガッシュがヴィルヘルムへと迫る!


 猛攻をかけ、怒涛の連撃を打ち込むガッシュとは裏腹に、ヴィルヘルムは静かなる湖面の如く一寸たりとも揺らぎはしない。時には大樹のように力強く、時には柳のようにしなやかに、ガッシュの攻撃を捌き続ける。


 〈虚空消滅〉を身体に纏って尚、一筋の傷すらつけることの出来ぬヴィルヘルムにガッシュは笑う。こうしてただただ無心に拳を打ち付け、戦闘の高揚に身を任せることの楽しさを彼は忘れていた。

 ヴィルヘルムとの戦闘は、明らかにガッシュを強くしようとする意図が見える。何故ならヴィルヘルムは一切の魔力を使わず、ガッシュの力を引き出すように立ち回っているのだから。

 これは純粋なる訓練なのだろう。ガッシュにとっては幼少の時以来の感覚だ。


 全力で戦って尚、届くことなき頂きに……否、その頂きすら見えぬほどの実力差に、失ったと思っていた感情が首をもたげた。


(強く、誰よりも強くなりたい!)


 全ての力を用いて戦うガッシュの攻撃はヴィルヘルムに通じないどころか、逆に僅かな隙をつかれ何度も地面に転がされる始末。軽く叩いたかのような攻撃の何と重いことか。

 だがヴィルヘルムは決して急所は狙ってこない……手加減されているのだ。その事実にガッシュは無性に腹が立った。


 吹き飛ばされた勢いのまま片手で地面を殴りつけ、無理矢理態勢を整えたガッシュの耳に声が届く。


「我をこの場から動かして見せよ」


 挑発するヴィルヘルムへ獰猛に笑ったガッシュは、轟音と共に大地を蹴った。







 時は少し前に遡る。

 

 筆頭眷属であるラビと、迷宮幹部の6名――ガーオ、ピピ、ドッペル、ブルル、デッスン、スッパイダー――を家族に紹介したルーファだったが、どうも幹部たちの様子がおかしいように見える。

 ラビ以外の全員が震え額から汗を流しているのだ。具合でも悪いのだろうか。

 

 心配するルーファを他所に、その情けない様子に眉を潜めたヴィルヘルムはラビへと目を止めた。


「久しいなカサンドラ……いや、ラビと言った方が良いか?」 

『お久しぶりでございますじゃ、ヴィルヘルム様。どうぞラビとお呼びくだされ』


 ルーファが迷宮核を宿していた時点で、ラビが死んだものと思っていたヴィルヘルムは予想外の出会いに懐かしそうに目を細めた。


『2人とも知り合いなの?』


 不思議そうに首を傾げるルーファにヴィルヘルムが説明する。


「〈大災厄〉の時に少しな。まさか転生していたとは……世の中何が起こるか分からぬものよな」

『再び(まみ)えた奇跡に感謝を』


 暫くは久方ぶりに会った老人の如く昔話に花が咲き、それも終わりに近づいた時、突如ヴィルヘルムの身体から殺気が吹き上がった。

 それはただの殺気。魔力による威圧すら伴わないただの感情。


 だが濃密なソレはまるで生き物の如く蠢き、絡みつき、支配する。


 荒い息を吐きながら地面に這いつくばる幹部たちの顔は一様に恐怖に歪み、対照的に同等の殺気を受けている筈のガッシュとラビは平然とその場に佇む。

 これが幾つもの死線を潜り抜けた者とそうでない者との“差”。

 ゆっくりとガーオに近づいたヴィルヘルムはその髪を掴んで持ち上げた。


「……何と情けない。コレがルーファの眷属か?」


 ヴィルヘルムの目には何の感情も浮かんではいない。彼にとって迷宮の幹部とはその程度の価値しかないのだろう。

 その言葉に恐怖にあえいでいたガーオの目が見開かれ、噛み締めた唇から血が流れる。


「アアアアアアアアアアアアアアア!!」


 恐怖と言う名の呪縛(しはい)を引き千切り、ガーオは拳を打ち込む。だがその渾身(こんしん)の一撃がヴィルヘルムへ届くことはなかった。



 ――僅かに1本。



 それがヴィルヘルムが使用した()()()だ。ヴィルヘルムにとってガーオの攻撃とはその程度。防御などしなくとも、毛ほどのダメージも通らない。


 背に流れる冷たい汗を感じながら、恐怖を紛らわすかのようにガーオは何度も何度も拳を振るう。

 その攻撃は目で追えぬ程速く、空を裂く鋭い音がその威力の高さを物語っている。相手が普通の人であったなら、僅か1撃で屠っていたことだろう。

 だがそれもヴィルヘルムには通じない。全ての拳を指一本で弾く(さま)は、まるで喜劇を見ているかのように滑稽(こっけい)だ。

 やがてその攻防にも飽きたのか、隙を突いたヴィルヘルムの指がガーオに迫り、その額をピンっと弾いた。



 ガガガガガガガガガガガガガガ!!



 頭を地面に減り込ませ彼方まで飛んで行ったガーオを目で追う事もなく、ヴィルヘルムは他の幹部へ向き直る。


「我が少し撫でてやろう。全員でかかってこい……ガッシュもだ」

『あの……儂はどうすれば……?』


 その言葉にヴィルヘルムは再びラビへと目を向けた――手の平よりちょっと大きめな子竜を。


「……そなたはそこで見学でもしておれ」


 流石にラビとは戦えなかったヴィルヘルムであった。







 一方ルーファはと言うと、ヴィルヘルムの目配せにより事態を察したカトレアが連れ出していた。

 カトレアとしてもルーファを守る戦力の見極めは重要な事であったため異論はない。仲が悪いながらもルーファの為となると非常に息の合った2人である。



「ルーファ、あれは何かえ?」


 カトレアが指す先にはたわわに実った神樹の実が連なっている。あれが何かなどカトレアにも分かってはいるのだが……ちょっと有り得ない光景に思わず尋ねてしまったのだ。


 ここで神樹の実について説明しよう。


 神樹の実は基本1つの樹に1つしかできない上に、1度収穫すれば100年近く次の実が生ることはない。この実が成熟すれば聖獣が生まれ、それ以前に採れば種となる。ただし、神樹の実が成熟するまでに千年近くかかるため、聖獣が滅多に生まれることは無い。

 5千年以上生きるカトレアの聖獣ですら僅かに1体、その珍しさが分かるというものだろう。


 順当にいけばカトレアの聖獣は5体生まれるのではないかと思われるだろうが……他の神獣が生まれた際に種として授けたり、真実の水晶の材料として人種(ひとしゅ)へ贈呈したために聖獣となることがなかったのだ。

 当然、ルーファの神樹もカトレアの神樹の種から育てたものである。

 

 そんな希少な神樹の実が20個以上……それも1つ1つが既に30センチを超えている。とても1月前に植えたとは思えぬほどだ。カトレアがついつい尋ねた気持ちも理解できるというものだろう。


 ルーファは母に見せるべく飛翔し、神樹の実にクルクルと尻尾を巻き付け収穫した。驚いたことに収穫した直後に新たな実ができ、ぐんぐん成長しているのが分かる。

 最早言葉もないカトレアにルーファは神樹の実を差し出す。


『はい、神樹の実なんだぞ。冷やして食べたら絶品なんだぞ』

「食べるのかえ!?」


 例え今は果実のように見えても、カトレアにとって聖獣が生まれる卵のようなもの――しかも有精卵。とてもではないが食べる気になれないカトレアであった。


 





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