影の実力者
「そろそろ良いであろう。ルーファこっちへおいで」
母子の感動的な再会を遮ったのは、空気を読まない元祖・ヴィルヘルム。その手がルーファを奪い取ろうと伸ばされる……が、それを許すカトレアではない。
慈母の微笑みから一転、般若の如き形相へと変わったカトレアがヴィルヘルムを睨み据えた。
「ほほほ。相も変わらず心の狭い男よなぁ。そのせいでルーファに嫌われて家出されたというに……学習能力はないのかえ?」
「ルーファが家出したのはそなたの教育が厳しかったのであろう。人の所為にするとは……それでも神獣か?」
しっかりとルーファを抱き込んだカトレアはヴィルヘルムの手から逃れ、ガッシュを対角線上に挟むように移動した。無関係なガッシュを中心に目に見えぬ火花が散り、ガッシュはというと置物の如く微動だにせず、我関せずを貫いている。
緊迫した空気が漂う中、ルーファの暢気な声が空気を震わす。
『ねえねえ、どうして壁に穴が開いてるの?』
ガッシュの力を試すためにヴィルヘルムが開けた大穴を見つめ、ルーファは不思議そうに首を傾げている。その様子は始まった舌戦を全くと言っていいほど気にしてはいない……何故か。
それは喧嘩する度に泣くルーファを慰めるための言い訳を信じているせいである。ズバリ、「仲が良いので喧嘩している」という苦しい言い訳を。
「隣の部屋はガッシュの部屋ぞ。そなたはガッシュに憧れておったであろう?我が行き来しやすいように開けておいたのだ」
ヴィルヘルムは罪悪感の欠片も感じられぬ笑顔で堂々と嘘を宣った。そんな彼にキラキラとした眼差しを注ぎ、ルーファは嬉しそうに尻尾を振る。
『おお!流石はヴィー!ガッシュの部屋直通なんだぞ!』
反論しかけたカトレアの背後へ素早く周ったヴィルヘルムは、その口を手で塞いだ。
「余計な事は申すな」
殺気を滲ませた冷たい声音を向けられたのが普通の人であれば、震え上がり許しを乞うだろう……が、カトレアはヴィルヘルムと5千年来の付き合い。その程度で怯むことはない。
ピシリ、とヴィルヘルムの手を凍らせた彼女はその手を押し退け、にっこりとルーファに笑いかけた。
「そうそう、ルーファに1つ頼みがあるのじゃが聞いてくれるかえ?」
『なあに?』
カトレアが合図を出すと部屋の外に待機していた大男が、肩に大きな箱を担いで入室してくる。付き人のような扱いだが、この男こそ巨人族の国ギガント王国が国王メガロ・ヌイ・ギガントその人である。
『あー!ノーキン王!久しぶりなんだぞ!』
「おお!ルーファスセレミィ様、心配致しましたぞ!ご無事で何よりですじゃ」
目じりに皺をよせ笑み崩れる姿は孫を見る祖父のようで、とても一国の主には見えない。
「ノーキン王?メガロ王じゃないのか……?」
『うむす。王様は代々脳筋だからノーキン王なんだぞ。ね、母様?』
ルーファの答えに顔をひきつらしたガッシュは、同情の目でメガロを見るが……本人は全く気にした様子もなく、カトレアも咎めるどころか笑顔て頷く始末。
ガッシュはそれ以上のコメントを差し控えることにした。賢明な判断だと言えよう。
メガロは担いでいた箱を慎重に下ろすと、壊れ物に触れるようにそっと蓋を開く。その箱の内には神獣の気まぐれ――神獣が作り出す癒しのポーション――が湛えられ、一人の男が水藻のように揺蕩っていた。
『セル!!』
「セルギオス!!」
奇しくもルーファとガッシュの声が重なった。
『ど、どうしてこんな……』
今にも泣き出しそうな震える声でルーファは誰ともなしに問う。何故ならその姿は生きているかどうかさえも分からぬほど酷い有様なのだから。
下肢も腕も翼もない上半身だけの裸の男。逆に顔に傷がないことが不思議なほどだ。
「酷い姿よなあ。何処ぞの者がセルギオスを傷つけたのじゃ。妾の力で状態は保っておるが……癒すことは叶わなくてのう」
さめざめと泣く振りをしながら袖で目元をぬぐい、チラチラとヴィルヘルムを見るカトレア。
神獣の神聖魔法で癒せぬ傷……それは超越魔法で負った傷に他ならない。犯人は言わずと知れた人物である。
ルーファ以外の視線がヴィルヘルムに突き刺さるが、当の本人は全くと言っていいほど感情を表に出さず、無表情を貫いている。
『こんな傷すぐにオレが癒してやるんだぞ!」
カッとルーファを中心に〈豊穣ノ化身〉が炸裂し、箱の中でセルギオスが元の肉体を取り戻す!
メキメキメキメキっ……ベキョ!!
セルギオスの身体から生き物として決して鳴ってはならぬ音が響き、プ~ンと辺りに鉄の匂いが立ち込める。
実はセルギオスの安全を考慮して作られた箱には最高級の魔法金属が使用され、虹魔石をふんだんに使った防御系刻印魔法が施されていたのだ。
普通の箱であったなら、セルギオスの肉体が負けることはなかったのだが……箱の頑丈さが逆に徒となった。
「「「…………」」」
咄嗟にカトレアがルーファの目と狐耳を塞ぎ、ヴィルヘルムはルーファからセルギオスを隠すように移動すると〈終焉ノ神〉で箱を消滅させた。
次いでモザイクなしには語れない物体と化したセルギオスにカトレアの〈浄化ノ光〉が降り注ぐ。ヴィルヘルムの力で負った傷はルーファによって癒されたので、神聖魔法で問題なく肉体が再生されていく。
「……う、うう……ここ、は……」
頭を振りながら起き上がったセルギオスに、ガッシュはそっと自分のコートを羽織らせた。
実に見事な連携である。
「ここはメイゼンターグだ。無事でよかった」
「ガッシュか?わしは……生きておるのか?」
状況が呑み込めぬセルギオスの肩に手を置き、ガッシュは笑顔で頷く。その際に〈清浄〉の魔道具で辺りに飛び散った血をササっと綺麗にするのも忘れない。
「ルーファがそなたを癒したのだ。感謝せよ」
ヴィルヘルムがセルギオスの前に進み出て、ルーファのやっちゃった系をなかったことにする。
「我が君!おお、正気に戻られたのですね!」
何も気付かないセルギオスは感激のあまり滂沱の涙を流し、ヴィルヘルムはそんなセルギオスの顎をつかみ強引に顔を上げさせると、その目を真上から覗き込んだ。
常にないヴィルヘルムの行動に動揺したセルギオスの深緑の瞳が潤み、目に見えて頬に朱色が指す。
「完全に我の力を取り込んだようだな」
「わ、我が君……?」
戸惑うセルギオスにヴィルヘルムは珍しく上機嫌に笑う。
「気付いておらぬのか?そなたは竜種へ進化した」
セルギオスが死ぬ直前、ヴィルヘルムは己の血を飲ました……膨大な魔力と共に。
ヴィルヘルムは竜の神であると同時に全ての竜の祖。その血を受けたセルギオスの魂は本来決してあり得ぬ進化を遂げた――竜人族から竜種へと。
だが……これはヴィルヘルムにとっても賭けであった。
もし彼の血を取り込めなければ、待っているのは“死”であったのだから。
セルギオスが生を勝ち取ったのは、偏に彼の魂と精神が強靭であったからに他ならない。
ヴィルヘルムはルーファ以外興味がないと思われがちだが、味方には存外に甘い。ただし、その行動は非常に分かりにくいという注釈がつくが。
その証拠にヴィルヘルムのために命を捨てたセルギオスを、彼が見捨てることはなかったのだ。
現在、セルギオスは歓喜の中にいた。
自らが神と崇めるヴィルヘルムの血を授けられたのだ。それも当然のこと。
未だかつて神の血を受けた同胞の話など聞いたことがないことも、その喜びに拍車をかけた。
『セルー!治って良かったんだぞ!誰がセルに酷いことをしたの?オレが懲らしめてやるんだぞ!』
カトレアの腕の中からピョンっと飛び出したルーファがセルギオスの頭の上に着地すると、テシテシと前足でその額を叩く。
ルーファは気付かない。全員の視線がヴィルヘルムへ向いていることに。
ヴィルヘルムは無言でセルギオスを見つめ、その意を受けたセルギオスは慌ててルーファへ説明する。
「ち、違うのです。これは……そう!転んでしまったのです!」
『ええっ!転んだだけで手と足が取れちゃったの!?』
ルーファは恐ろしさの余りブルブルと身体を震わした。
運動音痴なルーファは、一日一回は転んでいると言っても過言ではない。まさか自分も……と、怯えるルーファを抱き上げたヴィルヘルムの頭からニョキニョキと角が伸びる。
バチッ!バチバチバチッ!
白き雷がセルギオスの頬を掠め、微笑みを浮かべたヴィルヘルムから漂うは滅びの気配。それを見たセルギオスの額からぶわっと汗が吹き出し、駆け抜ける走馬燈を無理矢理ねじ伏せ、必死に言葉を絞り出した。
「か、火山の火口付近で転んでしまい……その、そのまま1キロ以上を転がって溶岩の中へ落ちてしまったのです!!」
静まり返る室内。
ガタガタと窓を揺らす風の音だけが室内に響き渡った……
『そうか……大変だったな。ちゃんと足元に気を付けないとダメなんだぞ!』
「はっ!ご心配をおかけしました!」
あっさりと信じたルーファに微妙な視線が向けられるが、誰も口を出す者はいない。カトレアもこれ以上掘り下げるつもりはないのか、そのまま話題を変えた。
「セルギオス、妾の神域とルーファの神域を転移陣で繋ぎたいのじゃができるかえ?」
嫌そうに顔をしかめたヴィルヘルムを視界に収めた中間管理職なセルギオスは、了承することも拒否することもできず窮地に立たされた。そんな彼を、再びルーファの言葉が救う。
『サラちゃんのところも繋いで欲しいんだぞ!』
「セルギオス。大至急技師を派遣せよ」
「畏まりました!」
ここにドラグニルでの力関係が明らかとなった。
実はドラグニルにて最も発言力が高いのはルーファなのだ。ヴィルヘルムが唯一勝てぬ存在こそルーファなのだから。ちなみに、ルーファを味方につけているカトレアの発言力も相応に高いと言えるだろう。
いや、ドラグニルだけではない。
現在いる神獣はカトレアの神気より生まれ、彼らは例外なくカトレアを敬っている。当然それは彼女の子であり神獣の超越種でもあるルーファにも適用されている。
何が言いたいかといえば、ルーファの影響力は神獣保有国にも及んでいるのだ。ドラグニルと合わせればその範囲は東北諸国全域と言っても過言ではない。
そして現在……ルーファの魔の前足(?)は東北諸国だけでは飽き足らず西部へと伸ばされている。
カサンドラを命を懸けて救った心優しき神獣として、ルーファの人気はリーンハルトのみならず、フォルテカとシリカでもうなぎ登りだ……本狐はまったく自覚していないが。
知る人ぞ知る影の首領……それがルーファなのである!
「ルーファ、我はこれから調べ物をしに少し出るが……その間はガッシュの側か迷宮の中で過ごすようにせよ。決して一人で歩き回ってはならぬぞ」
『えっ!もう行っちゃうの!?せっかく迷宮の中にお家を創ったのに……ヴィーのお部屋もあるんだぞ』
正確には創ったのはラビである……というか、ルーファも未だに自分の家を見たことは無い。ラビにメイゼンターグに着くまでに創っておくから楽しみにしておくように言われていたのだ。
その際にちゃっかりとヴィルヘルムとガッシュの部屋も頼んでおいた次第である。
力なく狐耳と尻尾を垂らし、ルーファはヴィルヘルムを見つめた。
うるうる、うるうるうる。
「……ならば少し見て行こう」
『ホント!?やったあ!!ガッシュの部屋もあるんだぞ!!』
こうしてルーファ、ヴィルヘルム、ガッシュ、カトレアの4名は連れだって迷宮へと向かった。
残された2名はというと……セルギオスはヴィルヘルムの命を遂行するため即座にドラグニルへと取って返し、メガロは(命が惜しかったため)遠慮して要塞でお世話になることとなった。




