せめぎ合う光と闇・下
ヒラリ……ヒラリ……
木の葉のように魔導飛行船が舞う。
軽量化と小回りが利く操縦性を生かした動きに、汚染獣は中々喰らいつけずにいた……が、実際はそこまでスピードは速くはない。
速度を重視すればその分巨大な魔石が必要となり、魔石が大きくなればなるほど重量が増すためだ。故にこれらの機体は軽量化に重点を置き、小さな魔石でもある程度の速度が出せるように調整されているのだ。
だがその分犠牲となっているものがある。
それが頑丈さだ。
刻印魔法である程度は防御しているが……それでも“ある程度”。何故なら刻印魔法を施すのにも魔石が必要となるため、施した分だけ重量が増すためだ。
更に言えば、魔石から魔力を抽出して利用する技術が確立しているこの時代は、魔石さえあれば自分の魔力が低かろうと大規模刻印魔法を発動できる。
つまり小さな魔石であろうと聖魔導砲の燃料となる貴重なものであり、おいそれと無駄には出来ないのだ。
故にこの魔導飛行船のコンセプトは“避ける”こと。
汚染獣の一撃で沈むであろう紙装甲に、攻撃力を重視した聖魔導砲の搭載。浪漫仕様といえば聞こえはいいが、要はバランスを整えるだけの時間と物資が足りなかっただけである。
操縦士の集中力が切れた瞬間が彼らの“終わり”だ。
極限の緊張の中、それでも彼らは生き延び続ける。一体でも多くの汚染獣を道ずれにするために!
ドオオオオオオオオオオン!!
遂に一隻の船から煙が上がった。
「右後方!退避!急げ!」
ボンチは操縦士へ叫びながらも聖魔導砲を放ち、〈聖嵐〉が光と共に荒れ狂う。だがそれよりも尚、強く輝く灼熱の光が視界を染め上げた。
――〈神聖太陽〉
特級魔法〈極小太陽〉と神聖魔法〈浄化ノ光〉を融合した複合魔法だ。
これは刻印魔法ではなく付与魔法。ヴィルヘルムとカトレアが共同で作り出した魔法である。
付与魔法故に一発限りの使い切りだが……問題は何もない。これは自爆するための魔法なのだから。
汚染獣に喰われること、それこそが彼らが最も恐れる死に方。
故に自分もろとも汚染獣を巻き込み、跡形もなく消し去ることを目的としたこの魔法が、全ての船に組み込まれているのだ。
彼らが生き残ることはない――それを本人たちが最も理解している。
死の大地に幾つもの太陽が出現する。それは英雄たちが燃やす生命の輝きだ。
残り5隻となった魔導飛行船の眼下には、数を減らした汚染獣が北へ北へと向かっている。彼らの勝利は目前と思われたが……それにも関わらず全ての攻撃が止んだ。
「他の船へ繋げ」
ボンチの言葉に操縦士は魔石に魔力を通す。
これは瘴気に影響されずに通信する唯一の連絡手段。1つの魔石を分割することで同魔石同士での通信を可能とするのだ。
原理としては、一卵性双生児に稀に宿る不思議な力が近いだろうか。
それは遠くにいる片割れが危機に陥れば、もう片方にもそれが分かるというもの。
そしてそれは魔石にも言える。
ある程度離れたとしても同じ魔石同士は共鳴し合い、それを利用して作られた技術が〈魔石共鳴通信〉である。
ただし、元がどんなに巨大な魔石であろうとも数に限りがあるため、無限に作れるわけではないのが難点か。
やがて僅かなノイズと共に全ての船が繋がる。
「燃料が切れちまった。こっちはもう空欠よ」
【奇遇だな、オレもだ】
【ハハッ、いっちょ派手にいくか?】
【異議なーし!】
【目にもの見せてやろーぜ!】
仲間たちの頼もしい声にボンチの顔も自然と綻ぶ。
【隊長、景気づけ頼まぁ】
【いいねぇ!何かこう……グッとくるやつで!】
「おいおい!無茶振りもいいとこだぜ!だが……まあ、それも悪くねぇか」
苦笑しつつもボンチは目を閉じる。修行した12日間は辛く……そして楽しいものであった。
彼はこれまで良いこともしたし、悪いこともした。後悔だって沢山ある。ただ……自分が今この瞬間、この場所に、仲間と共に在ることが誇らしい。
彼は胸を張って言うだろう。自分の人生は素晴らしいものであったと!
全員が静かにボンチの言葉を待つ中、ゆっくりと目を開いた彼は最期の言葉を紡ぐ。
「輪廻の果てで会おう……英雄となれ!!」
そして5つの太陽が大地に堕ちた。
その様子を山の中ほどから眺めていたカトレアはふわりと浮き上がる。
「ご武運を」
深々と頭を下げたギャゾンに微笑んだ彼女は、崖の向こう側――死の大地――へと降り立った。
彼方から迫るは〈神聖太陽〉から生き延びた汚染獣たち。
「通しませんえ」
カトレアは神樹の苗木をその腕に抱く。
本来神獣と神樹は2つで1つ。力の弱い苗木とはいえ神樹は神樹。彼女の力と共鳴し爆発的に魔力が高めることが可能だ。
神樹を基点に〈神域〉が展開され、それに重なるように〈浄化ノ光〉が覆いつくす。それは戦いとも呼べぬ程あっけないもの。
何もいなくなった大地に佇み、カトレアは髪を弄び去っていく風の行く先を静かに見つめた。
「どうか無事で……マサキ」
◇◇◇◇◇◇
クッチャクッチャクッチャクッチャ……
静かなる空間にただただ貪り喰う音だけが響き、辺りに広がった血だまりから、独特の臭気が漂う。
その中心にいるのは強大な力を有する滅びの獣――知恵ある汚染獣――だ。一心不乱に肉を食い千切り、血を啜るその姿は正に怪物。
「ヴィルヘルム……」
凄惨たる場所に落ちたその声は小さなものでありながら、ハッキリとヴィルヘルムの耳へと届いた。
震え、怯えたようにか細いその声に導かれ、目を開けた彼が見たものは涙で頬を濡らしたマサキの顔。堪え切れぬ嗚咽がマサキの口から漏れ、涙が優しくヴィルヘルムの頬を打つ。
「よ、よかっ……!生きてっ……!」
大丈夫だ、そう言おうとしたヴィルヘルムの口からは言葉の代わりに黒い血が吐き出され、漸く彼は自分の身体の状態を知った。
――あの時、聖光を纏ったヴィルヘルムはマサキを捕らえた獣を切り刻み、その手にマサキを取り戻した。
だが……ヴィルヘルムがマサキをその腕に抱えた瞬間を狙い、巨大な獣が呼気を放ったのだ。それは本来汚染獣が持ちえぬはずの遠距離攻撃。
避けれぬことを悟ったヴィルヘルムはマサキを庇い、自らの身体を楯にした。直撃を避けられたのは僥倖であった。掠めただけで右上半身を失うほどの威力だったのだから。
どちらにしろ死ぬ命、ヴィルヘルムに後悔はない。
だが……傷口から侵食した瘴気が徐々に徐々に身体を蝕み、その命を縮めつつある。
(思った以上に時間がない)
ヴィルヘルムは全身を苛む激痛と倦怠感を無視して立ち上がった。
ボトリ……ボトリ
ヴィルヘルムの身体から腐った肉が零れ落ち、それを見たマサキの目が悔恨に歪む。
「ごめん……俺の所為で……本当にごめん……」
残った左手でヴィルヘルムはマサキの頭を乱暴に撫でる。だが彼の瘴気に侵された右腕は再生する兆しすらなく、削り取られた右半身からは腐った臓物が覗いている。
光属性となった彼の肉体は瘴気に対して絶対の優位性を誇り、逆に一度瘴気に侵されたならあっという間に朽ち果てる。瘴気に強く瘴気に弱い……光と闇とはそういう関係だ。
「我の選んだ道だ。そなたの所為ではない」
ヴィルヘルムは片腕でマサキを引き寄せ、涙にぬれた顔をペロペロと舐める。
「ぶっはぁ!そ、その姿で舐めるのは止めろよ!」
顔を真っ赤にして叫ぶマサキを抱きしめ、ヴィルヘルムは耳元で囁く。
「そなたは帰ることだけを考えろ。カトレアと子のもとへ帰るのだろう?」
「お前もだ!俺は!お前と一緒に帰るんだ!!」
力強く叫び返すマサキを見つめ、ヴィルヘルムは嬉しそうに笑った。
「……そうだな。共に帰ろう」
それは守られることなき約束。
そう分かっていながらもヴィルヘルムは願わずにはいられない。もし……奇跡が起こるなら、いつまでもマサキと共に在りたいと。
名残惜し気にマサキを放し竜へと変じたヴィルヘルムの目が、最後にして最強の獣へと向けられる。今この瞬間にも同族を咀嚼し、力を増している獣へと。
『我がアレの動きを封じる。そなたは攻撃に専念せよ。行くぞ』
そう言ってヴィルヘルムは回収しておいた神剣をマサキへと渡し、片翼しかない翼で空へと舞い上がる。そのスピードは以前に比べて格段に遅く、けれどもその鋭い眼光からは全くと言っていいほど弱さを感じさせない。
そして……ヴィルヘルムより放たれた呼気が、滅びの獣……ではなくソレが喰らっていた餌を蒸発させた。
グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
怒りの咆哮をあげた獣が殺意と食欲に塗れた顔をヴィルヘルムへと向け、飛び立とうとする獣の足元から黄金色の鎖がその動きを封じんと絡みつく……が、それも次の瞬間には弾け飛んだ。
勝ち誇ったように嗤う獣にヴィルヘルムは呼気を叩き込み、獣も自分の力を見せつけるように呼気を放った。
黄金の呼気を漆黒の呼気が覆い尽くし、更にそれは天へ届けと言わんばかりに雲を割り彼方へと消えていった。
それは過剰攻撃。自分の力を知らしめるためのパフォーマンス。獣は酔っているのだ――自分の力に、圧倒的なまでの実力差に。
――それは間違いなく油断。
獣はヴィルヘルムとマサキを見下し、取るに足らぬ敵だと認識した。経験の乏しさが獣の行動を決定づけたのだ――手負いの者ほど、命を捨てた者ほど、恐ろしいことを獣は知らない。
ヴィルヘルムはわざと落としていた速度をあげ、呼気に紛れるように一気に距離を詰めた。
ヴィルヘルムが狙うは接近戦。
獣が呼気の力を手にした今、遠距離戦ではヴィルヘルムが圧倒的に不利となる。一撃でもブレスを食らえばそこで終わりなのだから。
聖光を纏いし竜が背後より獣に襲い掛かる!
これが彼の最期の力だ。
爆発的に高められた力で獣を焼きながら首筋に噛みついたヴィルヘルムは、呼気を封じると同時に欠けた身体で獣の両腕を拘束する。
暴れる獣の尾がヴィルヘルムの身体を抉る度に血が噴水の如く吹き上がった。そんな絶体絶命な状況にも関わらず、ヴィルヘルムの目に焦りは見えない。
ヴィルヘルムは誰よりも老獪で計算高い。
獣はそれを見誤ったのだ。
滴り落ちたヴィルヘルムの血が彼の意思に従い獣へと絡みつく!
ジュワアアアアア!!
血が!呼気が!聖光が!容赦なく獣を焼き、
血が!呼気が!聖光が!竜の命を儚く燃やす。
光属性への肉体変化。
それはただ単に喰われぬための措置ではない。
ヴィルヘルムの血の一滴、肉の一片ですら汚染獣にとって毒となるのだ。
それは正に命を懸けた……否、命を削った戦いだ。
絶叫し、ヴィルヘルムの拘束から逃れようと暴れる獣に白銀色の輝きが突き刺さった。
それは神剣。
数百メートルはあろうかという巨大な光が獣を貫き、その力を解放する!
マサキの魔力を吸収したそれは全てを白銀色に染め上げ爆発的に広がっていく――。
白い白い光の中に佇むはマサキ1人。
「やった……のか?」
半ばから折れた神剣を見つめ彼は信じられない面持ちで呟いた。
ふ、と赤い色が目の端に映りマサキは弾かれた様に走り出す。
「ヴィルヘルム!」
笑顔で走り寄るマサキをヴィルヘルムは呆然と見つめた。
既に崩壊を始めたヴィルヘルムの身体は、もう幾ばくもなくその命を終えるだろう。
彼は動かぬ身体に恐怖し、零れ落ちていく魔力に絶望する。
息をするのと同じほど簡単に発動する筈の魔法を、彼は懸命に紡ぎ上げる。
『来るなアアアアアアアア!!』




