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せめぎ合う光と闇・上

 金色の呼気(ブレス)、それが開戦の合図となった。


 ヴィルヘルムの放ったそれが黒いドームへ激突し、ジュワッという焼ける音と共に黒い瘴気が立ち昇る。だがその瘴気すら絶え間なく浴びせられる呼気(ブレス)に触れ、跡形もなく溶けるように消えていった。

 やがて全体を覆うように燃え上がった金色の炎が、まるで生き物の如く荒れ狂い内部を蹂躙する!



 ボコリ……ボコっボコっ



 突如、異様な音が辺りに響く。黒きドームは今や煮えたぎるマグマの如く泡立ち、その音は時を追うごとに激しさを増し……爆ぜる!



 グラオオオオオオオオオオオオオオ!!!



 黒い液体が周囲を穢し、世界を喰らいし4体の獣が産声を上げた。

 一体一体が1キロメートルもあろうかという巨大な獣。いや……小さいと言うべきか。既に世界の大半を喰らい終えているのだ。本来であればもっと巨大でなければおかしい筈。

 

 覚えているだろうか。

 ヴィルヘルムに倒された最初の一体が行った技――魔力圧縮――を。その技が奴らに伝承されたのだ。これこそが知恵ある汚染獣の恐ろしさ。一体が学んだ戦闘経験は即座に同族の糧となる。奴らは5体分の経験を有し、5体分の頭脳で思考する……今は4体だが。


 奴らは知る。神剣の恐ろしさを。

 奴らは思考する。勝利への道筋を。


 今まで拡散していた汚染獣(けんぞく)の力を集約し……集められた力を圧縮する。




 それがこの結果。


 生半可な攻撃では傷1つつけることすら叶わぬ程の魔力密度に、それにより繰り出される絶大なるパワー。最早以前倒された個体とは全くの別物。いや、別種族だと言っても過言ではないほど、実力に天と地の差が存在するのだ。


 ゆっくりと立ち上がった獣の顔が空を羽ばたくヴィルヘルムを捉えた。




 喰イタイ…………喰イタイ……喰イタイ、喰イタイ、喰イタイ、喰イタイ喰イタイ喰イタイ喰イタイ喰イタイ喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰喰!!!!



 獣は望む――ただ喰らうための“力”を。 



 メリっ……メリっメリメリメリメリ!



 翼だ。蝶が羽化するかの如く、黒き翼がその背を突き破る。

 それは“進化”なのだろう。

 地を這う獣が大空を翔ける翼を手に入れたのだ。

  

 その進化を祝福するかのように大地を濡らす黒い液体が騒めき、次々と汚染獣が生れ落ちる。誕生の産声をあげた汚染獣が一斉に走り出す……北へ、最後の街ノースティアへと向かって。







『作戦通りにいけ!』


 ヴィルヘルムの言葉と同時に飛行船が散開し、汚染獣へと聖魔導砲を放つ。彼らの役目は有象無象の汚染獣を相手取り、マサキとヴィルヘルムの邪魔をさせぬこと。

 元々聖魔導砲では知恵ある汚染獣を傷つけることが叶わぬ故の作戦だ。


 だが、普通の汚染獣が発生することは想定内だが……知恵ある汚染獣に翼が生えたのは想定外だ。

 ヴィルヘルムが空から牽制し、その間にマサキが一体一体止めを刺していくというのが彼らが立てた作戦であったのだが……それは最早不可能だと言ってもいい。


「どうすんの!?」


 飛び立とうとする4体の獣にマサキは焦った声で叫んだ。

 その叫びに呼応するかのように地面から鎖が現れ2体の獣を捉える。2体を中心に幾重にも幾重にも巻き付いたソレは、やがて繭のように獣を覆いつくした。


『長くはもたぬぞ。アレらが解放されぬうちに残りの2体を倒すしかない』


 会話する間にもヴィルヘルムの呼気(ブレス)が空へと舞い上がった獣を叩き落し、神剣を抜いたマサキがその背より飛び降りる。


 

 ギイイイイイイイイン!!



 手に伝わる衝撃に思わずマサキは顔をしかめた。一筋だけ刻まれた傷も瞬き1つの間に消え去り、最早何処を傷つけたのか分からぬほど。

 目にも止まらぬ速さで叩き込まれた漆黒の腕を、体を捻ることでヒラリと躱したマサキはその巨大な腕を駆け上がる。


(ただの攻撃は効かないか。それなら!)


 マサキは神剣に魔力を込める。

 ヴィルヘルムの修行で最も重点的に教わったのがこの技だ。マサキは魔力を持たぬのではない。マサキの絶大なる身体能力を支えている力こそ魔力なのだ。


 小さな小さな人種(マサキ)の身体に宿るのは、ヴィルヘルムを凌駕する莫大なる魔力。

 魔力を魔法として外へ放出することが出来ぬ代わりに、マサキが無意識に行っていたのが魔力圧縮。その圧縮の密度は滅びの獣にすら引けを取らない。否、圧倒していると言った方が正しいか。

 ヴィルヘルムですらマサキに傷1つつけることが叶わなかったのがその証。


「せいっ!」



 ザシュッ!



 確かな手ごたえを感じたマサキは更なる力を込める。

 輝きを増した神剣が肉を焼き内部を蹂躙していく……が、素早く振られた尾がマサキを弾き飛ばした。距離を取った獣が()()()()()()()()()


 そう、滅びの獣がマサキの存在を認識したのはこの瞬間だ。


 マサキの魔力は一切外へ放出されていない。普通ならそれは有り得ぬことだ。魔力を持っているのであれば、大なり小なり排出されるものだからだ。

 例外を言えば、ヴィルヘルムほど魔力操作が巧みになればそれも可能なのだが……魔力と言う概念無き世界からやって来たマサキには到底無理な話である。

 つまりそれはマサキの体質だと言える。彼の魔力は外へ漏れず、それ故に魔法も使えないのだ。

 だが神剣を身体の一部と認識することで、魔力を通すことを可能とした。


 ちなみに、ヴィルヘルムの存在を滅びの獣が知ったのは、マサキとの戦いや山脈を作る際に魔力を大量に消費したためである。


 



 ――2体の獣がマサキへと向いた。



 その様子を確認したヴィルヘルムは心の中で舌打ちする。

 マサキが戦闘を開始したのと同時に彼もまた、もう一体を相手取り上空から一方的に攻撃していたのだ。

 決して空へ飛ばすことなく常に自分が優位に立てる状況を作り出して攻撃していたのだか……それでも滅びの獣に負わせた傷はそこまで大きくはなかった。


(想像以上の堅さだ)


 徐々に削ってはいるものの、削り切るよりも拘束している2体が解き放たれる方が早いだろう……というか、その2体を抑えるためにかなりの力を使用していることも中々打撃が与えられない理由の1つである。


 そんな中、戦っているヴィルヘルムを無視してマサキに向かって行く滅びの獣……屈辱である。


 ヴィルヘルムは空の優位性をあっさりと捨てた。

 怒りのために我を忘れた訳ではなく、上空からの攻撃では獣を仕留めることが出来ないという判断故だ。

 今のマサキでは2体同時に相手取ることは不可能なのだから。


 翼を畳み隕石の如く急降下したヴィルヘルムは、速度を緩めることなく獣に激突した。 

 


 ドガアアアアアアアアアアン!!



 まるで怪獣映画さながらに、竜と獣が絡み合う。

 ただ本能のままに互いに攻撃しているように見えるが……それは違う。ヴィルヘルムは尾を巻き付け、全身を使い巧みに獣の動きを封じているのだ。その動きはまるで獲物を捕らえた蛇のよう。

 5体分の戦闘経験が蓄積されたと言っても、獣が生きてきた月日は短い。遥か太古より生き抜いてきたヴィルヘルムにとっては赤子の手を捻るようなもの。


 身体を変形させ逃れようとする獣を許さず、その首筋に噛みついたヴィルヘルムは呼気(ブレス)を放つ!



 ゼロ距離からの呼気(ブレス)



 半月上に首筋を切り取られた獣が苦悶の雄たけびをあげる……が、それも一瞬。


 ボトリ、と地面へと落ちた頭を踏み潰し、ヴィルヘルムは全身に聖光を(まと)う。それは獣を殺す聖なる輝き。全身を凶器と化したヴィルヘルムは首を失って尚激しく暴れる獣を抑え、傷口から容赦なく呼気(ブレス)を叩き込んだ。

 断末魔の叫びすらなく、一欠けらの抵抗すら許されず滅びの獣は消滅した。


  

 ――圧倒的なまでの勝利。 



 だが彼の心は勝利の余韻に浸ることは無い。力を使えば使うほど彼の寿命は短くなっていくのだ。特に聖光は消耗が激しく、そう何度も使用することは出来ぬだろう。

 タイムリミットを意識したヴィルヘルムの目がマサキへと向いた。


 






 戦いは拮抗していた。


 マサキが振るう神剣が獣を切り刻み、その度に獣がカウンターを食らわせる。

 攻撃後の一瞬の硬直を狙ったカウンターに、マサキは対応することが出来ないでいた。彼が剣を握ってから僅かに半月足らず……それも致し方ないことなのかもしれない。彼にあるのは技術ではなくその身体能力に頼った力業(ちからわざ)のみ。

 



 舞い散る赤と黒の血。


 轟音!轟音!轟音!轟音!


 マサキと獣が衝突するたびに白銀色の光が弾け、衝撃波が大地を抉る。


 だがそこには何もない、何も見えない……それは人が捉えることのできない速度。


 聞こえるのは姿なき人と獣が奏でる戦闘音(ハーモニー)

  





「ハアッ!ハアッ!ハアッ!」


 膝をついたマサキは転がるように左に避ける。そこに叩き付けられる巨大な手。


「クソっ!」


 悪態をついたマサキは震える足を叱咤して獣から距離を取った。

 

 マサキはただの高校生だ。確かにこの世界に来てから戦ってはいたが、それは果たして戦闘と言えるものなのか。


 誰も彼を傷つけられない。


 彼は灼熱の“痛み”を知らない。

 彼は“死”と言う名の恐怖を知らない。

 彼は……命を懸けた“死闘”を知らない。



 逃げ出しそうになる身体を押しとどめているのはカトレアとその腹に宿った小さな命――大切な存在。マサキがここで踏み止まねば、愛する彼女たちの命はない。

 それは……彼にとって許しがたい未来だ。

 マサキは恐怖を飲み込み獣へと神剣を向ける。逃げだす訳にはいかない、自分は父親になるのだから!

 獣へと走り出したマサキの背に、得も言われぬ怖気がはしったのはそんな時。


 それは恐怖だ。


 先程まで感じていた死を恐れる“恐怖”とは違う、魂に刻まれし根源たる“恐怖”。

 目を逸らしてはいけない、今は戦闘の真っ最中なのだから。だが……それでも抗いがたい恐怖に彼は背後を振り返った。



 そこに在るのは楔より解き放たれし()()()()

 


 同種である知恵ある汚染獣を喰らい、倍にまで膨れ上がった怪物。2体の獣は1体へと、2つの力は1つへと――それが〈共喰〉の真価。更なる進化を遂げた獣が産声を上げる!



 グオオオオオオオオオオオオ!!!



 恐解き放たれた巨大な獣から目を離すことができないマサキの身体は恐怖に硬直し、足は大地に根が張ったかのように動かない。目の前には別の獣が彼を狙っているというのに。

 それは戦場では決してやってはならぬ行いだ。その隙を逃すほど敵は甘い相手ではないのだから。

 疾風の如く迫る獣にハッとしたようにマサキの視線が戦場へと戻る……が、遅い。



 バキイイイイイイイイイ!!



 弾き飛ばされたマサキの手から神剣がクルクルと弧を描き、その身体は地面を抉りながら吹き飛んでいく。

 殴られた、そう知覚する前に激痛が全身を襲った。骨がギシギシと軋む音が聞こえ、自分が今押しつぶされようとしているのだと理解する。


 獣がマサキを捕らえたのだ。

 動揺と混乱。手に神剣はなく、マサキは成す術なく潰されていく。


「うああああああああああ!!!」


 メキョメキョとおかしな音を立てる身体に、口から溢れる血。

 マサキはこの世界に来て初めて“死”を実感した。 



『マサキ!』


 叫びながらもヴィルヘルムは巨大な獣から目を離さない。いや、離せない。

 彼にはこの時2つの選択肢があった。巨大な獣と戦うか、それともマサキを助けに行くか。


 巨大な獣から目を離すのは危険だと彼の本能が囁く……が、迷いは一瞬。

 彼は賭けた――自分のスピードが巨大な獣を凌駕することを。


 竜から人へと姿を変えたヴィルヘルムは弾かれたようにマサキが相手取っている獣へと向かう。同時に巨大な獣が動いた――ヴィルヘルムの向かう先、マサキへと向かって。



  

 ――黄金の光と漆黒の闇が交わる。







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