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死にゆく戦士に贈る言葉

「グウウウウウっ!!」


 体内を引っ掻き回されるような灼熱と激痛に、ヴィルヘルムの口から呻き声が漏れる。常人であれば狂死するほどの痛みを、彼は地面に爪を立てながら耐える。


 ここは彼に用意された部屋……というのも烏滸(おこ)がましい穴倉だ。本来であれば、開いているはずの出入り口は分厚い土壁が覆い隠し、誰も彼の異常を察することはできない。


「フーッフーッフーッ」


 荒い息を吐き、激痛をやり過ごす彼の視界が真っ赤に染まる。



 ゴリゴリゴリゴリ……グキュっ!グチュッ!



 異様な音が彼の身体の中から鳴り響き、その度にヴィルヘルムの身体から血が噴き出す。



 ――それは“変容”。



 極大の光魔石を吸収した彼の肉体は無理矢理作り変えられているのだ。生きたまま、麻酔もなしに肉体構造を変えられていくその痛みは、想像を絶するものがあるだろう。時には地面を殴りつけ、時には己の身体を掻きむしりながら彼はその痛みに耐え続ける。


 肉体を、魔力を光属性に変える。それは全てを変容さす行為に他ならないのだから。



 そして……それが(もたらす)のは“死”だ。



 叡智ある魔物である彼は、肉体だけならば再び再構築することが出来ただろう。だが……魂は別だ。彼の力を以てしても変容した魂の再構築は叶わない。光魔石の効果が切れた時、それが彼の死ぬ時だ。


 当然マサキにこのことは言ってはいない。言えば止められることが分かりきっているからだ。

 だが、カトレアは気付いているだろう。彼がこの魔石を吸収した時、彼女は深々と頭を下げマサキを促し部屋から退出していったのだから。


 朦朧(もうろう)とする意識の中、彼は己の生を振り返る。


 彼は十分すぎる程の時を生きた。

 その大半は味気ないものであったが、マサキとの出会いが彼を変えた。彼は多くの感情を学び、“愛”を知った。心の内から湧き上がる温かな気持ちと共に、初めてこの世界を守りたいと感じた――マサキが生きるこの世界を。


 マサキと共に生きる未来があれば、それは何と心躍るものであっただろうか。だが……彼の冷静な思考が導き出した未来は“滅亡”。

 マサキも、マサキが生きる世界も失われる。それは彼にとって許し難い未来。


 これは賭けだ。


 彼が命を賭して尚、勝率は五分に満たぬだろう。だがそれでもマサキが生き残る可能性があるのなら、躊躇う必要などない。人はそれを苦渋の決断だというかもしれない。だが……それは違う。これは甘美な選択なのだ。自分の命を愛する者のために使うことができるのだから!


「クククっハーハッハッハッハァ!……ゴホッゴホッ、ゴボオ!」


 大量の血を吐きつつ笑ったヴィルヘルムは、大地に仰向けになり目を閉じる。血に塗れ、幽鬼のような顔色をしたその姿はまるで死人。


 だがそれも束の間。

 金の目が再び開かれ、ヴィルヘルムは何事も無かったかのように起き上がった。それと同時に彼が流した血の痕も、穿たれた地面も何の跡形もなく消え失せる。

 全てはマサキに気付かれぬため。一瞬の動揺が生死を分ける……それが戦場なのだから。


 拳を握りしめ開く、という動作を繰り返しながら、問題が無い事を確認したヴィルヘルムは休むことなくマサキのもとへ……否、彼を待つ戦士達の下へと歩みを進めた。  

 


(……急がねばならない)



 彼の時間はもう僅かしか残されていないのだから。








 緑無き山の頂に100名近い戦士たちが整列していた。

 彼らの眼下には赤茶けた大地が遥か彼方まで広がり、その荒涼とした(さま)は生命の息吹1つ感じさせない。

 かつては様々な命を育んだ川は黒く染まり、乾いた風が運ぶのは瘴気に侵された土ばかり。


 最早、植物すら育むことなき大地の上に、黒い塊が見える。

 かつては汚染獣の集合体であったソレは、今ではツルツルとした繭……否、卵のように見える。いや、どちらもソレの本質とは言い難い。

 繭も卵もその内にある命を守るための存在。ならばこれは“苗床”というべきか。内なる獣に只々養分を送るためだけに存在する餌場だ。

 漆黒の獣は一粒の種の如く微睡まどろみに身を委ね、誕生(はつが)の時を待っている。



 ドクンッドクンッ



 鼓動は徐々に力強さを増し、目覚めの時はもう間近。

 もうすぐ……もうすぐ世界を喰らい尽くす飢餓の化身が顕現する……


 


 “世界の終わり”


 その言葉に相応しい光景の中、真っ直ぐに前を見つめる戦士たちの傍らをヴィルヘルムは堂々と歩く。

 その歩みは力強く、先程まで苦しんでいた様子は一欠けらも感じさせない。それは彼の矜持(きょうじ)だ。強者として永きに渡る時を君臨してきた“王”の誇り。


 ヴィルヘルムは壇上から戦士たちの姿を――その清々しいまでに透き通った顔つきを見つめる。 

 彼らの目に浮かぶは絶望でも希望でもなく――“覚悟”。

 勝利か敗北か、存続か滅亡か……それ以外の結末など有りはしない。それ故の“覚悟”。

 彼らが求むは己が“生”ではなく、愛する人が生きる“未来”なのだから。


 ヴィルヘルムは全ての欲を……“生きたい”という本能(ねがい)さえ切り捨て、戦いに身を投じる彼らを……その生きざまを美しいと感じる。

 いつの世も平穏と言う名の毒が人種(ひとしゅ)を堕落させ、滅びという極限の瞬間にこそ、その魂を最も美しく輝かせる。何と業の深き生き物か。だがそれもまた良し……そう思える自分の変化に彼は苦笑した。


 ヴィルヘルムは全ての戦士の名を心に刻む。


 励ましの言葉も、希望の言葉もこの場には相応しくない。これは今から死にゆく戦士へ贈る言葉なのだから。



「そなたらに未来はない」


 耳が痛いほどの静寂の中、ヴィルヘルムの無慈悲で残酷な言葉が蒼穹に響き渡る。


「友のために死ね

 家族のために死ね

 愛する者のために死ね」


 その言葉を聞いても、誰一人動揺する者などいない。否、逆だ。

 彼らはヴィルヘルムの言葉に深く共感する。彼らは既に定めているのだ――自分たちの運命を。

 戦士達の強い意志を湛えた眼差しが、雄弁にその胸に宿る覚悟(おもい)を映す。


 ヴィルヘルムはそんな彼らの覚悟を肯定する。

 何故なら、それは自身の内から溢れるものと同質のものであり、故に語るべき言葉はただ1つ。

 それは誓約の言葉。戒めの楔。自らを縛る言霊とならんことを祈り、ヴィルヘルムは命じる。  


「だが!無駄死にだけは許さぬ!意味ある死を遂げよ!その身体を、魂を未来へと捧げるのだ!!」


 その瞬間、空気が変わる。

 一体でも多くの汚染獣を道連れにせんと熱気が辺りを渦巻き、ギラギラとした殺気が立ち込める。それに触発されるようにヴィルヘルムの額から伸びた角が放電し、尾が鋭く地面を抉った。 

 彼は全員の顔を見渡し、力強く叫ぶ。




「英雄となれ!!!」




「「「サーイエッサー!!!!」」」




 彼らの叫びは何処までも何処までも空高く舞い上がっていった。


 




 ◇◇◇◇◇◇





 出陣直前、そこかしこで最後の別れをする者が見受けられる。

 ここにもまたそんな男が1人。


「カトレア……俺は、絶対戻って来る。だから待ってて」

「マサキ……妾も、妾も共に……」


 マサキの腕の中でカトレアは哀願する。彼女は神域を離れ弱体化しているとはいえ、それでも他の者より遥かに高い戦闘力を有しているのだ。

 そんなカトレアを困ったように見つめるマサキに、ヴィルヘルムは近づいていく。


「我儘を言うでない。そなたが残らねば汚染獣を倒したところで人種(ひとしゅ)は滅びる。大地を浄化できるのはそなただけぞ」


 瘴気に汚染された大地では作物を育てることはおろか、水すらも飲むことが出来ないのだ。それを浄化できる神獣がいなければ、例え勝利を収めたとしても人種(ひとしゅ)はどの道滅ぶしかない。

 ここが植物が育つ南方の地であれば、まだ細々と生き残れたかもしれないが……彼らがいるのは永久凍土と謳われる極寒の北国。南へと開拓しない限り、寒さと飢えがこの先彼らを苛むことだろう。


 悄然と項垂れるカトレアにマサキは殊更明るく話しかける。


「そうだ!名前!帰ってきたら一緒に赤ちゃんの名前を考えよう!」


 急な話題の転換にカトレアは一瞬キョトン、と目を瞬かせ泣き笑いの表情を浮かべる。


「ふふ……気が早いのではないのかえ?」


 ようやく笑顔を覗かせたカトレアにマサキはホッとしたように笑う。


「大丈夫だよ。男の子と女の子両方使える名前にすれば!だから……ね、行って来ます」

「……いってらっしゃい、マサキ」


 見つめ合った二人の影が重なり、名残惜し気に離れる。


 ヴィルヘルムと並び立ち去って行くマサキに、カトレアは笑顔で手を振った。

 マサキも何度も何度も振り返り、彼女に手を振り返す。彼らが見えなくなった瞬間に崩れ落ちた彼女を、側に控えていたギャゾンは痛まし気に見つめた。

 彼らは……ここにいる全ての人種(ひとしゅ)は分かっているのだ。戦いに赴く者が帰って来る可能性は絶望的だという事を。   

 

 それでも彼らは祈るのだろう。

 僅かな希望に縋り、戦士達……愛しき人と再び笑い合える未来を思いながら。




 紅い竜が空を切り裂き舞い上がる。その背に跨るは神剣を携えし勇者。






 さあ、刮目して見よ――死にゆく戦士の演舞を。






   

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