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迷宮神獣Ⅱ~異世界人解放~  作者: じゃっすん
未来を変える者
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暗澹の森・下



 ガキイイイイイイン!! 



 瞬間、少女の色が変わる――白く瑞瑞しい肌は鋼の如き硬質な輝きへと。 


 少女は何もしていない。ただその場に無防備に立っていただけ。

 飛来した投げナイフも、肩口から振り下ろされた大剣も、胴体を狙い繰り出された槍も……少女の皮膚に傷1つつけることは叶わなかった。

 〈硬質化〉それが少女の権能だ。少女は嗤いながら無造作に大剣と槍を掴んだ。



 バキン!



 武器が破壊されると同時にマルコイとフリッツは素早く距離を取り、それを援護するように魔法と矢が少女へと降り注ぐ。

 魔法も武器も通じない。これが固有魔法士との戦いだ。初手を外したその時に、既に勝負は決していたのだ。


 だが……ここで諦める訳にはいかない。


 マルコイは約束を思い出す。助けると、必ず助けると約束したのだ!



 3つの魔法陣が宙に浮かぶ。

 フェルナンドが発動した上級魔法〈竜巻〉がフリッツの中級魔法〈火柱〉を巻き込み、複合魔法へと進化を遂げる。これならば固有魔法士とは言えど少しは打撃を与えることが出来るだろう。 


 ここから彼らの怒涛の反撃が……始まらなかった。


 大楯を収納したアウグストが少年を抱えるとそのまま敵に背を向けて一目散に逃走を開始する。その後を追うようにフェルナンド、フリッツが続き、最後に振り返ったマルコイが上級魔法〈土石流〉を発動させた。

 これに少女が巻き込まれれば最上、最悪でも追跡の妨げになればいいと願って。


 そう、彼らの狙いは少女への攻撃ではなく、その視界を塞ぎ逃走時間を稼ぐこと。この切り替えの早さも高位冒険者ならではといえる。

 引き際を誤れば死に直結する、冒険者とはそういう職業なのだから。


「急げ!!」


 マルコイはこれで少女が倒せたとは思っていない。少女の権能〈硬質化〉は攻撃・防御双方に秀でていることを考えれば、上級魔法をベースにした複合魔法であろうと、どこまで効果があるのか疑問なところだ。


 これ程警戒しても尚、マルコイの考えは甘かった。


 いや、この場合相手が悪かったと言うべきか。

 そう間を置かずして、先に逃げた仲間の足が止まったのだ。

 

「おい!何してる!早く……」


 足を止め佇む3人の姿にマルコイは怒鳴る……が、その言葉は最後まで続くことは無かった。



 ブシャアアアアアアアアア!



 アウグストの、フェルナンドの、フリッツの首から噴水の如く血が噴き出し、辺りを赤く染め上げる。


「は……?」


 マルコイの間の抜けた声が木々の間に木霊し、彼の目は力を失い倒れる3人をただ茫然と見つめていた。



 コロコロ……コロコロ……



 足元へ転がってきたのはフリッツの首。一体何を見たのか……その顔は恐怖に歪んでいる。


「あははははっ!飛んでっちゃった☆」

「もう!丁寧に扱わないと味が落ちちゃうわ」


 

 聞こえてきた声に顔を向ければ、そこには2人の少女がいた。

 いや、果たしてソレは本当に少女なのか。確かに上半身は美しい少女のものなれど、下半身は人とは思えぬ異形。


 1人はまるで昆虫。


 1対の人の手と2対の昆虫の足を持ち、その(のこぎり)を連想させるギザギザと尖った足は触れるだけで人の皮膚など簡単に切り裂くことだろう。

 背中からは蜂のような羽が生え、それを細かく震わせることで宙に滞空している。


 だが不思議な事にその羽からは一切の音が聞こえはしない。無音で振動するこの羽こそがフリッツたちの首を落した正体だ。

 腰から下にあるのは、これまた蜂のように膨らんだ腹部。いや、それは(まご)うこと無き蜂そのもの。その内部には猛毒の針が隠されているのだから。


 少女の周りには10センチほどの蜂が無数に飛び回り、足元には密集した蜂たちが(うごめ)いている。

 その時、地面に降りていた蜂たちが一斉に空へと飛び立ち、隠されていたものが露わになる。


 そこにあるのは――頭蓋骨。


 その頭蓋骨に残された緑と金が入り混じった独特の髪はフェルナンドと同じものであった。






 もう1人は……形状で言えばタコが近いだろうか。


 ヌメヌメとした粘液で覆われた幾本もの触手が、ドレスの如く周囲に広がっている。少女の触手が掴んでいるのはアウグストの首だ。

 それを触手が生えている下肢に近づけると、本来なら陰部があるはずの場所がクパッと開く。



 ゴリゴリゴリゴリ……



 それは第二の口だ。骨の削られる音が響き、それと同時に地面にボトボトと()()が零れる。

 

「ああ~濃厚」

「うああああああああああ!!」


 恍惚とした表情で触手の少女が呟き、それを目にしたマルコイは憤怒で顔を歪めながらも、滅茶苦茶に大剣を振り回した。


「よくも!よくもおおおおおお!!」


 殺意で濁り切った眼差しを少女へと注ぎ、ただ感情のままに振り回される大剣に技術は感じられない……が、その空を裂く剣速の鋭さは正に一流。

 もし相手が普通の人間であったのなら、その死すらも恐れぬ特攻に恐れをなしたのかもしれない。だがそんな慰めも全ては無意味。



 ぶよん!



 大剣が当たったにもかかわらず、触手は切れることなくゴムのように弾き返し、その跡には傷痕1つ残ってはいない。


「あらあら、生きがいいわね」

  

 無造作に伸ばされた触手たちが、抵抗すら許さずにマルコイを絡め取る。

 蜘蛛の巣に囚われた虫の如く身動き一つできない彼は、せめてもの抵抗に射殺さんばかりに少女を睨みつけた。 

 

「ちょっとぉ!私にも残しておいてよぉ」


 ベキベキと木をなぎ倒しながら現れたのは最初に戦った少女。ただしその姿は随分と様変わりしているが。 


 細長い体は多くの環節からなり、各環節に一対ずつある鋭く尖った足は動く度に地面を穿つ。

 体表はまるで鋼鉄で出来た鎧ようで、例え剣で切りかかったとしても僅かの傷すらつけることが叶わぬだろう。

 長い体をくねらしながら木々の間を這いずるその姿は(まご)うこと無き百足(むかで)そのもの。

 ただ1つ違う点を述べるならば、本来頭部がある場所には少女の上半身が鎮座しているところか。



 ギギ、ギギギギギ……



 少女の口が裂け、そこから現れるは鋭い毒牙。

 ボタボタと液体が地面に滴り落ちると草木が瞬く間に枯れていき、それが強い毒性を持っていることを示している。

 少女の目が最後に残ったマルコイへと向けられ、その牙が彼へと突き立て……


「待ちなさいな。ほら、これあげるから。折角だから実験していきましょう?」


 そう言って目の前に差し出されたのはフリッツの首だ。

 百足(むかで)少女は触手少女と首を交互に見やり、やがて諦めたのか渋々首へと噛り付く。


「実験って?」

「決まってるわ。()()させるの」


 蜂少女の疑問に触手少女が一本の触手を持ち上げると、そこには目を虚ろにした少年の姿があった。

 人形の様に微動だにしない少年をプラプラと揺らしながら、触手少女はニンマリと嗤う。


「薬ぃ持ってるのぉ?」


 最後の一欠けらを口の中に放り込んだ百足(むかで)少女が首を傾げながら尋ねると、それに応えるかのように触手少女は収納の腕輪から注射器を取り出した。

 赤い液体が入ったソレを手慣れた様子で少年の首筋へと突き刺し、彼女は躊躇(ためら)うことなく中身を注入する。


「これが最後の薬よ。他の人種はこれで覚醒したわ」


 ポイっと少年を放り出した触手少女はクスクスと楽しそうに笑う。

 それはまるで善悪の区別がつかぬ子供が、蝶の羽を引き千切るかの如く無邪気で残酷なもの。


「あがっ!あがあがあがががががががががががが!!!」


 ガクガクと身体を痙攣(けいれん)させ、白目を剥いた少年の身体が膨張する!




 ぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよぶよ



 10倍に体積を増やした少年の身体はまるで白い芋虫のようだ。ちょこんと乗った頭部だけが唯一それが少年であったことを証明している。



 ビシビシビシビシ!



 芋虫の体表が破れ、そこから細長い足がのぞく……が、自重に耐えられないのか芋虫は立ち上がることも出来ず、只々細い足を動かし(もが)くだけである。

 それを見た少女たちは一斉にため息を吐き、冷たい眼差しを芋虫に送る。


「あ゛、あ゛……だすげ……お願……」


 助けを求める声も虚しく、容赦なく放たれた魔法が芋虫へと突き刺さり、その身体があっけなく燃え上がる。

 最期にマルコイへと伸ばされた芋虫の足は、届くことなく灰となって散っていった。


 その様子をただ見つめることしかできなかったマルコイは(ようや)く少年が語った言葉の意味を理解した。

「みんなが化け物に……」マルコイはその言葉をみんなが化け物に殺されたのだと受け取った。だが……そうではない。()()()()()()()()()()()()()()()


「これも失敗ね」

「残念☆」

「あの子ぉ、失敗したんだからぁ、もうその男食べていいぃ?」


 触手少女はマルコイをポイっと放り投げる。少年が成功体であればその戦闘能力を確かめるために残しておいたのだが……今となっては不要である。

 己の未来を悟ったマルコイはペロリと唇を湿らせ、生き残るための未来を模索する。


「ま。待て!取引がしたい!オレはお前たちの事を話さない!いや、それよりも実験体とやらが必要なんだろ?何ならオレが用意してやる!オレはこの辺じゃあちょっとした実力者として知られているんだ。信用も厚い。ここで殺すより利用した方が断然お得だぞ?」


 卑屈な笑みを張り付け、マルコイは少女たちに話しかける。


「必要ないわ。いつ裏切るか分からない人を組織に入れるわけないじゃない」


「それはあんたの考えだろう?責任者に会わせてくれ!直接交渉がしたい。それに……これだけ凄ぇ組織だ。上にはお貴族様が絡んでるんだろ?それなら誓約魔法でオレを縛ればいい」


 誓約魔法とは特殊魔法の1つで(レア)に分類される比較的珍しい魔法である。この魔法をかけた用紙に約定を記入することで魔法が完了する。

 ちなみに、ルーファの秘密を守るために度々(たびたび)交わされていた誓約書の元となる魔法がこれである。


 誓約を破ろうとした瞬間に重い罰が与えられ、それを無効化するには新たに誓約をし直すしか方法はない。

 罰の内容は誓約時に決めることが可能であるが、最も重い罰では発動と同時に死をもって償うこととなる。


 故にこの魔法は主に王侯貴族の間で使われるものであって、民間では使用を禁止されている。ただし、誓約魔法は個人を縛る魔法であり、国家間の条約・取引などに使用される魔法は契約魔法となる。




 少女たちは困ったように顔を見合わせ、ヒソヒソと小声で相談を始める。


「殺しちゃえば?最初からいなかったことにすればいいじゃん」

「食べようよぉ」


 殺すことを推奨する蜂少女と百足(むかで)少女に触手少女が待ったをかける。


「お姉さまを誤魔化せると思うの?」


 その言葉は絶大な威力を発した。全員の顔が青ざめ、恐怖にその身を震わせる。どうやら余程“お姉さま”が怖いようだ。

 百足(むかで)少女が未練がまし気にマルコイを見つめ……ふと何かに気付いたかのように辺りを見回す。


「あらぁ?いちぃ、にいぃ、さんぅ、よんぅ」

 

 フェルナンド、アウグスト、フリッツの死体を指さし、最後にその指がマルコイに止まる。


「……1人ぃ、足りないわぁ」


 舌打ちしたマルコイは即座に予備の短剣を抜いた。

 狙うは百足(むかで)少女。カールの姿を見たのはこの少女だけなのだから!



 ドシュ!ドシュ!ドシュ!



 マルコイが進めたのは僅かに1歩のみ。

 触手が、鋼鉄の足が、毒針が、マルコイの身体に突き刺さり、勢いよく吹き出した血が少女たちを深紅に彩る……致命傷だ。


「逃げろおおおおお!!カールゥゥゥゥゥゥゥ!!」


 

 斬っ!



 くるくると空を舞うマルコイの首は……満足気に笑っていた。


 そう、彼が行っていたのは時間稼ぎと情報収集。マルコイの左耳の耳環は通信の魔道具となっており、それは()()()()()()()()()()。彼が引き出した情報は全てカールにも聞こえていたのだ。


 短い時間で彼が聞き出した重要な情報は2つ。

 少女は()()だと言った。“組織”というからには、それ相応に大規模だということを示している。そして……何より重要なのはこの件に貴族が関わっているという事。


「不味いわ!!」


 触手少女が蜂少女に目配せをし、その意を汲んだ蜂少女が叫ぶ。


「行け!この近くにいる人間を殺せ!!」


 辺りを飛び回っていた蜂たちが一斉に森の中へと消えていった。








「ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!許さねぇあいつら、絶対に!」


 カールは特殊魔法士だ。その力は〈鷹ノ眼〉。彼はただ見ていた。否、見ていることしか出来なかった――仲間が殺されていく姿を。

 もし最期にマルコイが叫ばなければ、彼はその場を動くことすら出来なかっただろう。復讐に燃え、その命を無意味に散らしていったに違いない。マルコイの言葉が彼を正気に返したのだ。 

 マルコイが命を懸けて聞き出した情報を、何としてでも届けねばならない。それが彼に出来る唯一の弔いなのだから。



 ブゥゥゥゥゥゥゥゥン

   ブゥゥゥゥゥゥゥゥン

      ブゥゥゥゥゥゥゥゥン



 それが何の音か振り返らずとも彼には分かった。

 進路を変えた彼は、迫りくる羽音に死に物狂いで足を動かす。


(死ぬもんか。奴らを1人残らず殺すまで!!)


 彼は武器を捨てる。それは諦めたからではない。己の身体を少しでも軽く、少しでも早くするため。


 木々が終わりを告げ目の前が開ける。眩しい日差しが降り注ぐ中、彼は躊躇うことなくその先へと足を踏み出した。



 ドドドドドドドドドドドドドドド!!!



 激しく上がる水飛沫を感じながら、彼は……落ちる。







 崖の上に異形の影が3つ。


「あ~あ~。落ちちゃった☆」

「ここから落ちたんだしぃ。死んじゃったわよぅ」

 

 巨大な滝が勢いよく下へと落ち、水面を激しく叩きつける迫力ある姿を見ればとても助かるとは思えない。何せ、上から下まで50メートル近くあるのだ。生存は絶望的だと言えるだろう。

 暫く上から様子を見るが死体が浮かび上がってくる気配もない。


「よし、見なかったことにしましょう。私たちが会ったのは冒険者4人よ。いいわね?」


 触手少女の言葉に2人はこくこくと頷く。

 彼女たちは姉から敵と相対する時は必ず止めを刺すように徹底的に教育されているのだ。もし破れば……恐ろしさの余り彼女たちは顔を蒼褪めさせる。


「いい?絶対言ったら駄目よ?」


 もう一度念を押すが、触手少女とて2人が報告するとは思ってもいない。バレれば一蓮托生。全員が死よりも恐ろしい折檻(ごうもん)を受けることとなるのだから。


 最後にもう一度滝を覗き込み、少女たちは(きびす)を返す。

 後には滝がいつもと変わらぬ荘厳な姿で、キラキラと光を反射していた。 

 

 




   


 


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