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迷宮神獣Ⅱ~異世界人解放~  作者: じゃっすん
未来を変える者
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暗澹の森・上

「はあっはあっはあっ!」


 森の中を猫人族の少年が走る。年の頃は12、3歳といったところか。

 時折、背後を確認する様子はまるで何かに追われているかのようだ。


「あっ!」


 木の根につまずいた少年が地面へ投げ出され、激しく体を打ちつける。

 (うずくま)りくぐもった声を漏らす少年は見るからに痛々しく、その姿は哀れの一言。いや、それだけではない。

 荒い息を繰り返しながら震える足で立ち上がった少年の身体からは至る所から血が滲み、よくよく見ると靴すらも履いていない。


 着ている服も病院の患者が身に着けている様な白い薄手の検査着で、腕や足が剥き出しになっている。

 その格好は間違っても森の中を走るものではなく、少年が傷だらけなのも当然のことだといえるだろう。


 少年は痛みを感じていないのか、それとも麻痺しているのか……手の甲で乱暴に汗を拭うと、泣き言すら口にせず再び走り始めた。

 着ている服は一目で見てわかるほど血と汗と泥で汚れ、それでも休むことすらせず必死に走る姿は異常だと言ってもよい。いや、深い森の中を少年が1人でいること自体がおかしいのだ。



 ザザザアアアァァァ……


 

 それは突風が梢を揺らす音か、それとも他の何かなのか……。

 少年の足が止まり、怯えた様に周囲を見渡す。何も異常が見られないことを確認した少年はホッと安堵の息を吐き、再び前だけを見つめ走り出した。



 薄暗い森の中をたった1人で――。




 ◇◇◇◇◇◇




「なかなか見つからねぇな」

「少し奥まで入りすぎじゃね?戻った方が良くない?」

(しか)り。深追いは禁物である」

「まあ……な、ルーナリアの花は深部でなくてもあるわけだし」


 暗い森の中を武器を手に携えた5人の男が歩いていた。



 ――彼らは“風の道標(みちしるべ)”。



 リーンハルト西部に広がる穀倉地帯、その中核を担う都市アムールを拠点とするBランクパーティの冒険者だ。


 先頭を歩くのは兎人族のレンジャーであるカール。

 そして大盾使いの髭もじゃの巨漢・アウグストに槍使いのフリッツ、ボーガン――銃のように引き金を引いて矢を発射する弓――を背負ったフェルナンドが続く。最後尾を警戒しているのがリーダーの大剣使いであるマルコイだ。

 ただし、アウグストの大盾はかなりの重量を誇るため収納の腕輪に仕舞ってあり、長剣を腰にさしていることからも大盾使いには見えない。


「よしっ!お前ら一旦戻っぞ!!」


 メンバーの意見を吟味したマルコイの言葉に全員が「おう!」と返事をして来た道――といっても道なき道だが――を引き返し始める。


 リーンハルト西部は魔物が少なく、他の地方に比べれば格段に安全だといえる。そのため広大な穀倉地帯や放牧などの酪農が盛んで食料生産率は他の地方の追随を許さず、国の食糧庫としての役割を果たしている。

 だが、そんな安全地帯にも危険認定されている場所がある。それが現在彼らのいる「暗澹(あんたん)の森」だ。


 その森の浅い所ではラビッツやラット系の弱い魔物のみが出没し、ある一点を境にまるで別の場所へ転移したかの如く魔物のレベルが変わる。その地点を読み誤った冒険者は必ず命を落とすとさえ言われている。

 そのため、犠牲になる冒険者の大半が血気に(はや)った若者か、はたまた知識のないよそ者かのどちらかである。 


 “風の道標(みちしるべ)”はそのどちらも当てはまらない地元出身のベテランだ。

 当然のことながら、魔物の少ないアムールで出される依頼の半分以上が暗澹(あんたん)の森に関わる事柄であるため、危険地帯については誰よりもよく熟知している。

 実際に彼らが引き返した地点は危険地帯までまだ充分に距離があるのだが……念のためである。

 魔物が危険地帯から出て来ないとも限らないからだ。


「川辺に行ってみるか?」

「この辺の川は断崖絶壁じゃね?」

「もう少し先に下に降りられる場所があったのである」


 どんな毒にも解毒効果がある――毒の種類によって効果の程度は変わるが――と言われているルーナリアの花は水辺に多く群生しているが、それは泉や湖といった穏やかな湿地帯が主となる。

 この近辺にある川は緩やかな流れとは言い難く……というか激流であるためルーナリアの繁殖には不向きなのだが、稀に流木や岩が川の水の流れを遮ることで淀みができ、ルーナリアが根付くことがあるのだ。まあ、滝や急流が多いため望みは薄いが。


 仮に川辺で見つからなければ森の中をしらみ潰しに探すしかない上に、泉なども存在しないため群生地は望めない。

 依頼数は5株。長雨が続いた後のため、簡単に見つかるかと思ったのだが……宛が外れたようである。

 未だに1株も発見できてないことからも、一体どれだけの時間がかかることか……全員がうんざりした表情を浮かべるのも無理のないことだろう。

 

 辺りを警戒しながら進む彼らの足が止まったのはそれから直ぐのこと。

 先頭を歩いていたレンジャーのカールが立ち止まり、警戒したように兎耳をピクピクと動かす。

 

「何か来るぞ!」


 その言葉と同時に全員が散開し、即座に陣形を整える姿はさすがはベテランのパーティ。次々と展開した魔法陣が空中を彩り、全員が無言で武器を構える。



 ガサガサガサっ!



「た、助けて!」


 その言葉に彼らは打ち出そうとしていた魔法を慌てて解除した。


 現れたのは……森を走っていた少年。  


 体中の至る所から出血し、白かった服は元の色が分からぬほど酷く汚れている。だが特に酷いのは足の裏だ。枝や石が突き刺さり、今まで走り続けられたことが不思議なほどだ。


「おい!しっかりしろ!〈解放(リリース)!〉」


 マルコイが治癒石を発動させると、突き刺さっていた木の枝と石が逆戻りするように体外へと排出され、傷が塞がっていく。


「大丈夫か?」


 そう言って抱き起した少年がマルコイの腕を掴む。

 その指は白くなるほど強く彼の腕を握り締め、少年の内心を表すかのようにブルブルと震えていた。


「来る!あ、あ、あ、あいつらが!逃げ、逃げないと!」 


 尋常ではないその様子に彼らは厄介ごとの匂いを嗅ぎ取り、顔を見合わせる。

 それでも、ここで少年を見捨てるという選択肢はない。彼らは良くも悪くも面倒見の良い男たちなのだから。


「落ち着いて息を吸うんだ。吸って……吐いて……そうだ、いいぞ~。よしよし、もう大丈夫だからな。一体何があった?」


 少年の背を(さす)りながらマルコイは尋ねる。


「オ、オレ、逃げて……研究所から。み、みんな、みんな殺された!に、逃げないと……オレもこ、ころ、殺される!!」


「安心しろ、オレ達が必ず助けてやる!研究所はここから近いのか?」


「わ、分かんない。ずっと走って。森の中におっきい建物があって、そこでみんなが……ば、ば、化け物に……」


 ガチガチと歯を鳴らし怯える少年を見て、アウグストがだみ声でマルコイへ話しかける。


「事情は後でいいのである!とにかく安全な場所へ行くのである!」


 研究所から逃げてきたのならば追手がかかっている可能性が高い。更に言えば、暗澹(あんたん)の森へ頻繁(ひんぱん)に出入りしている“風の道標”が研究所の存在を知らないことからも、それがあるのは高確率で危険地帯の中だろう。

 強力な魔物が跋扈(ばっこ)する危険地帯にあるという事は、そこにいる人物は間違いなく強者だ。


 鋭い眼で頷いたマルコイは少年に背を向けた。


「おぶされ。しっかり掴まってろよ!」


 少年がマルコイの首に腕を回したのを確認し、全員が動き出そうとしたその時……


「ダメよぉ。その子を連れてっちゃぁ」


 声の方へ顔を向けるとそこには愛らしい女性……いや、少女がいた。

 少年の目が見開かれ、今まで一度も零さなかった涙がその頬を伝う。それは……絶望の涙。


「み、見つかった。ダメだ……もう……終わりなんだ……」


 マルコイの首に回していた手が力なく落ち、地面へ座り込んだ少年を彼らは一瞥(いちべつ)だにしない。いや、その余裕すらないと言った方が正しいか。


 ビリビリとした空気がマルコイを包みこみ、彼の額から汗が滲み出る。


(強い。恐らくは固有魔法士)


 彼は既に確信していた――この森の奥に何かがあるのだと。

 そしてその秘密を知る少年を……自分達をこの少女は逃がしはしないだろうことも。

 だが……固有魔法士に中級以下の属性魔法は通じない。果たして自分達は勝てるのか……いや、勝つのだ!


 マルコイは冷静に少女を観察する。


 勝機があるとすれば少女が完全にこちらを舐めている点か。攻撃せずにわざわざ声を掛けてきたことからも、自分たちを完璧に殺せる自信があるのだろう。


 アウグストが大盾を取り出し、少年を守るように陣取るのを横目で見ながらマルコイとフリッツは武器を構える。

 いつの間にカールの姿が消え、アウグストの大盾に身を隠しながらフェルナンドがボーガンで少女を狙う。


 初手はフェルナンド。ただし、飛んで行ったのは矢ではなく〈火球〉だ。

 大楯に隠すように魔法陣を展開したフェルナンドの〈火球〉は真っ直ぐに少女へと向かう!


 だが少女は突っ立ったまま避ける素振りも見せず、その顔には余裕の笑みさえ浮かんでいる。その姿に彼らは少女が固有魔法士であることを確信した。

 案の定〈火球〉が少女に当たる寸前に煙のように掻き消えたその時……


「ぎゃっ!」


 少女の口から悲鳴が漏れ、その肩には深々と刺さった矢があった。最初から固有魔法士だと想定していたフェルナンドがただの〈火球〉を放つはずはないのだ。

 〈火球〉に重なるように放った矢の数は3本。


「クソッ!外した!」


 当たったにもかかわらずフェルナンドは悪態をついた。


 3本の矢の内2本は少女の手の内にあり、刺さった最後の矢は光を反射せぬ漆黒の矢だ。心臓を狙い放った矢は少女が身を捻ることで致命傷とはならなかった。

 固有魔法士相手に軽傷は意味をなさない。魔法を使えぬ状態にすること、それが最も大切なのだ。それだけ固有魔法が驚異だと言える。

 発動すれば彼らの命は簡単に摘み取られ、相手が固有魔法を発動するまでが勝負となる。


 フェルナンドの攻撃から間髪いれず、木々の間から飛んできた投げナイフが少女に迫り、それに合わせるように左右から時間差で迫ったマルコイの大剣とフリッツの槍が少女に襲いかかる――



  




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