紅と蒼の世界
ロキのおまけの話を削除しました。
何かちょっとロキのイメージに合わなかったので……。ロキの内面は最終章でまた書こうと思います(^-^)
時はガッシュが行方知れずになった翌日にまで遡る。
ヴィルヘルムはアクラムの真上へまで来ていた。ここからガッシュを探す予定だったが……その必要はなさそうだ。
“神竜ノ眼”で見なくとも何処にいるのかは一目瞭然。遠く……遠く離れていようとその瘴気を見誤ることはないのだから。否、ソレは瘴気ではないナニか。
瘴気よりも尚、色濃く
瘴気よりも尚、激しく
瘴気よりも尚、禍々しく
この世界を侵すモノ
「間に合わなかったか……」
珍しくその声音に苦渋を乗せたヴィルヘルムは先を急ぐ。
黒と紅の髪を激しく翻えらせながら、深紅の翼が力強く羽ばたく姿はまるで一陣の赤い風。金の目が見据えるその先には、瘴気に侵食された海が徐々に広がりを見せ、中心にいるのは獣とも人とも言えぬ異形の化け物。
ガッシュの面影そのままに、耳元まで裂けた口は醜悪の一言。別の生き物の如く蠢く舌は身長より長く、歪に膨れ上がった手足は蒼い輝きを宿していた。
「まだ、完全に変異は終わっておらぬようだが……」
もし、完全に瘴気を取り込んでいたのなら、それはヴィルヘルムですら手を出せぬ領域だ。
光速で飛翔しながらも、ヴィルヘルムはその詳細を確認する。
――神@&*#狼……
目まぐるしく変わる記号の中で“神狼”の文字だけが変わらない。その意味をヴィルヘルムは正確に理解した。それはガッシュの魂が未だ変異していない証拠。
「そなたの意志の強さは今も昔も変わらぬか……」
ガッシュが耐えているのなら、それに応えぬ訳にはいかない。
それはルーファとの約束であり……自分の願いでもあるのだから。
「……まったく、手のかかる子だ」
苦笑を洩らしたヴィルヘルムは更に速度を上げた。
海の底でソレは目覚めた。
いや、目覚めずにはいられなかったと言うべきか。遠くから凄まじい勢いで接近してくるナニかがあったのだから。
――ニゲロ!
ソレの本能が警鐘をならす。
変異を終えていない身体は未だ未熟。戦ったところで勝ち目はないだろう。だが……何故だろうか。ソレは逃げるのではなく戦うことを選んだ。
ゆっくりと動き出したソレは海面から這い出すと、空へ向かって大きく吠えた。
――ウォォォォォォォ!
その咆哮は恐怖を運ぶ。
風が逃げるかの如く駆け抜け、それとは反対に海は不気味なほど鎮まりかえる。その場に満ちるのは荒々しいまでの殺気だ。
突き刺さる殺気に僅かにスピードを落としたヴィルヘルムは、それに咆哮で応える。その顔からは先程まであった焦りは消え失せ、代わりに首をもたげるのは魔物としての本能。
――殺したい、喰らいたい、奪いたい
――その存在を!その力を!
溢れ出そうとする欲望を抑え込み、ヴィルヘルムは獰猛な笑みを浮かべる。
ヴィルヘルムを前に牙を剥く者などこの五千年存在しなかった。
ガッシュやロキという同族が生まれても、自分に傷をつけられるまで永き時が必要だろう。そう思っていたのだが……この時確かにヴィルヘルムを傷つけられる存在が顕現した。
「これがそなたの本来の力か……面白い。かかって来い!」
高ぶる戦意とは裏腹に、ヴィルヘルムの感情は心の奥底へと沈み、眠らせていた“魂”が目を醒ます。
ヴィルヘルムの目に映るのは情報の渦。
人も魔物も、空も海も……全ては情報の羅列に過ぎない。情報こそが世界を構成する要素であり、時間と共にそれは変化する。
だが……鮮やかに舞う情報の中において、読み解けぬものが1つ。
ソレは凄まじい密度で形成され、ヴィルヘルムの視界の中でその一点だけが墨を落としたかのように黒い。何も映さぬその色こそが強大なる力の持ち主であることの証。
(アレは我が本気を出すに足る存在)
そう認めた瞬間、吹き上がった深紅の魔力が瞬く間にヴィルヘルムの身体を包み込んだ。いや……果たしてソレは魔力なのか。
魔法に昇華させた場合を除き、魔力とは本来形なきもの。だが、ヴィルヘルムを包み込んでいる魔力は明らかに存在感が違う。
――魔力の物質化
それはとある学者によって提唱されたが、世迷い言だと切って捨てられた理論の1つ。何故、見向きもされなかったのか……その理由は実に単純なものであった。
魔力を可視化することすら天災級の魔物から。ただの人に、どうしてそれを証明出来ようか。
だがこの日、それは証明された。
ここに観客がいないことは……幸運か。例え目撃したところで誰も生き残れはしないのだから。
紅く輝く球体はまるで燃え盛る灼熱の惑星。
ただしそれは生命を育むものではなく、死をもたらすためのもの。やがてその球体は徐々に徐々に小さくなる……否、それは凝縮。圧縮された魔力が形を変えているのだ。
――そこから現れたのは人型のナニか。
身長は2メートルから3メートルへ。
身に纏っていた服はまるで鎧の如き竜鱗へと変化し、その手に光るはこの世で最も鋭く硬い鉤爪だ。
より竜へと近付いた尾は重厚さを増し、ソレにまとわりつく魔力は、知恵ある汚染獣ですらただの一撃で木っ端みじんに吹き飛ばすことだろう。
竜翼の骨格はそのままなれど、本来皮膜がある箇所からは深紅と黄金を織り交ぜた炎の如き魔力が吹き上がり、終焉の力を振りまいている。
――半竜形態
それが神竜たるヴィルヘルムの真なる姿。
人型よりも尚、強靭に
竜型よりも尚、速く
戦闘に特化した姿は正に破壊の化身
対峙する2体の化物は暫しの間睨み合う。
動いたのは同時。紅と蒼の光が爆ぜ、その姿が掻き消えた。
パン!パン!パン!パン!
それは空気が弾ける音。魔力と魔力のせめぎ合いだ。
国1つが容易く滅びるほどの応酬は、ヴィルヘルムにとっては挨拶のようなもの。魔法ですらないこの攻撃に耐えられぬようならば、彼の前に立つ資格はない。
金を纏うは紅き炎
黒を纏うは蒼き炎
縦横無尽に駆け抜ける光の軌跡が空へ海へと模様を描く。
空を支配するのはヴィルヘルム。
赤く染まった空から幾つもの神雷が海を切り裂く。
海を支配するのはガッシュ。
黒く染まった海から幾つもの蒼光が空へと突き刺ささる。
それは美しい光景なれど、内側にいる生物にとっては地獄そのもの。
空を飛ぶ渡り鳥の群れは一瞬で蒸発し、海に住まう数多の生物は断末魔さえ残さずに喰らわれた。
ガアァァァァァァァァ!!
グラアアアオオオオオオ!!
重なり合う咆哮は本格的な戦闘の鐘の音。
先手はガッシュ。
選んだのは自身最強の魔法である〈虚空消滅〉。いくら力が増そうとも、ヴィルヘルムに小手先の技が通じぬことを理解しているのだ。
魔力が獣の姿を模り、ヴィルヘルムを喰らわんとその口を開く!
――一閃
光が走った……そう思った瞬間、獣が跡形もなく消え去り、その代わりに蒼き破片が飛散した。瞬く間に距離を詰めたヴィルヘルムの拳がガッシュを捉えたのだ。
だが、ガッシュも負けてはいない。
腕の表面を削られながらも攻撃を受け流し、その反動を利用してヴィルヘルムを蹴りあげた。
――刹那の交差
次の瞬間には黒い血が辺りを汚し、ヴィルヘルムの手の中にはガッシュの足だけが残されていた。
(中々に素早い)
機嫌のいい猫のように目を細めたヴィルヘルムは、顔を汚す黒い血を拭った。その視線の先には傷1つないガッシュの姿。
超速再生……いや、神速再生と呼ぶべきか。その再生速度は明らかにヴィルヘルムより上。
「次は我の番ぞ」
言葉を言い終わると同時に、魔力で強化した竜爪がガッシュの腕をもぎ取った。
竜爪や魔爪といった類いの魔法は、魔力を注ぎ込めば注ぎ込むほど強化されるもの。世界第2位の魔力量を誇るヴィルヘルムの竜爪に切れぬものはない……ちなみに1位はルーファである。
つまるところ、竜爪こそが肉弾戦においてヴィルヘルム最強の攻撃。
その間合いは彼の望むがままに変わり、ただの一撃が海を真っ二つに割った。
斬!斬!斬!斬!斬!
切り裂かれた海が渦を巻き、蒼と黒の肉片が散る。
ゴオオオオオオオオオ!!
次いで〈神竜呼気〉が全ての肉片を消し去った。
――沈黙。
そこに佇むはヴィルヘルムただ1人。
だが……宙を睨む金の目は相変わらず鋭い光を放ち、とても戦闘を終えたとは思えない。
案の定、ぐにゃり……と空間が歪んだと思えば、そこには最初と変わらぬ姿のガッシュがあった。
「……我の時間を止めたな?」
それは静かでありながらも怒りのこもった声。
当然だ。例え一瞬であろうと、時間を止められた瞬間は無防備となるのだから。
(時間概念の消滅か)
それは以前、ヴィルヘルムがガッシュへ教えた魔法の真髄。〈虚空消滅〉の中で最も難しい概念に干渉する技だ。
(まさかここで使ってこようとは……)
ヴィルヘルムは己を戒める。
油断したつもりはなかったが……ガッシュを舐めていたことは否めない。今まで引き出せなかった力を、理性を失った状態で使えるとは誰が予測できようか。
「我に同じ攻撃は2度は効かぬぞ」
そう宣言したヴィルヘルムは自身を終焉の力で包み込む。
全てを消滅させるこの力は、当然のことながら魔法であろうと対象内。それ即ち、ガッシュは勝利する機会を永遠に失ったということ。
ジリジリと後ずさるガッシュを逃がさぬように、ヴィルヘルムは真円上に終焉の力を展開させた。周りに幾つもの魔力の塊を浮かび上がらせながら、ヴィルヘルムは感情の高ぶりそのままに叫ぶ。
「そなたの力を見せてみよ!」
その言葉と同時に魔力弾が静かに牙を剥く。
それは先程までと異なる無音の戦い。
せめぎ合うは紅と蒼
紅い、紅い無限の魔力は滅びを招く不知火
蒼い、蒼い空間は貪欲に世界を欲する禍津日
より強力に、より激烈に
破壊の力はその密度を増していく……
峻烈なまでの紅は金と混ざり、輝ける朱金へと
空の如き鮮やかな蒼は、深い深い海の色へと
炎と水、暁と宵闇
本来、混じり合うことなきモノ同士が相争う……
そんな死の空間において、2人は微動だにしない。
荒れ狂う海も
空を切り裂く雷も
全てを圧する狂風も
彼らに何の影響も与えはしない。
その姿はこの惨劇を作り出しているとは思えないほど静寂に満ちたもの。
周辺一帯の生物は疾うに死に絶えたというのに。
変化は突然に訪れた。
今まで虚空領域に入ると同時に消え去っていたヴィルヘルムの魔力弾が、ガッシュを捉え始めたのだ。それはヴィルヘルムの力がガッシュの処理能力を上回った証拠。
それからは一方的な展開となった。
魔力弾がガッシュの身体を木端微塵に打ち砕き、呆気なく戦いは終わりを告げたのだ。
結局、肉弾戦においても魔法戦においてもヴィルヘルムの優位は動かず、実力の差は歴然。
だが……ヴィルヘルムの顔に浮かぶのは喜びとは真逆の感情だ。
(穢れた魔力濃度は最初と変わらぬか……)
戦いを楽しみながらも、ヴィルヘルムは本来の目的を忘れてはいなかった。
ガッシュを殺すことなどヴィルヘルムにとっては造作なきこと。最初から終焉の力を使えば簡単に終わるのだから。それをしなかったのは当然目的があったから。
それはガッシュに力を使わせることで、少しでも瘴気の排出を促すことだったのだが……どうやらガッシュの魂と変異した肉体の結びつきはヴィルヘルムが思った以上に強いようだ。
これ以上時間をかければガッシュの魂も肉体と同様に瘴気に侵されることだろう。
「仕方ない。やりたくはなかったが……」
ため息を吐いたヴィルヘルムは、再生を終え急速に近付いてくるガッシュを見つめる。
繰り出される鋭い爪を無視し、喉笛を食い千切ろうと口を開いたガッシュへとヴィルヘルムは左腕を差し出した。
「片腕はくれてやろう。その代わりそなたの力を貰うぞ!」
そう叫んだヴィルヘルムは、ガッシュの首筋へと喰らいついた。
これでリーンハルト激震は終わりです。
次回、最終章“未来を変える者(仮)”よろしくお願いします( ´∀`)




