スパルタ教育
眠っていたマサキは慣れ親しんだ気配を感じ、慌てて身支度を整えると窓から外へと飛び出す。そこには思った通りヴィルヘルムが佇んでいた。怪我のない様子に安堵し、走り寄ろうとしたマサキにヴィルヘルムはにっこりと笑う。
(…………)
悪寒を感じたマサキは無言で踵を返し逃走を図ろうとするが……時すでに遅し。
ドンっ!!
壁につかれた手がマサキの行く手を阻み、逆に進もうとした彼の前に再びドンっと手が置かれる。女子憧れの壁ドンである。マサキは全く憧れてはいないが。
追い詰められた小動物のようにプルプルと震えながらマサキはヴィルヘルムを仰ぎ見る。
「マサキ……我が戦っている間何をしておった?」
笑顔で問うヴィルヘルム……が、その目は全く笑っていない。
「ええとぉ、カ、カトレアさんを慰めておりました」
「身体でか?」
滝のような汗を垂れ流しながらウロウロと視線をさ迷わすマサキ。最後に天を仰ぎ、ふぅ~と深く息を吐きだすとキッとヴィルヘルムを睨む。
「だって!ヴィルヘルムも言ってたじゃん!早く子供作れって!お、俺は言われた通りにしただけだし?何か問題でも?」
逆切れするマサキにヴィルヘルムは笑みを深めた。
「時と場合を見極めよ、と申した筈だが?そなたは状況が分かっておるのか?もし汚染獣がこちらに向かって来ておったらどうするつもりだ。交尾の最中に喰われるのか?そなたの行為はカトレアをも危うくしたのだぞ」
その言葉に愕然と目を見開いたマサキは……
「申し訳ありませんでした!!!」
目にも止まらぬ速さで土下座する。いつまで経っても顔を上げようとしないマサキの襟首をつかみ立ち上がらせると、悄然と俯く彼の顎に手を当てクイッと持ち上げる。
「よくやった。“歪み”が綺麗に消えておる」
「はい?」
しばらく無言で見つめ合う2人。その姿は今まさに口づけを交わさんとする恋人のようである。
「は?え?マジで!?子供ができたってこと!?」
「我も驚いておる。神獣は子ができにくいとばかり思っておったからな」
「おおおおおおお俺はどうすれば!?まずはご両親に挨拶を!?手土産を買わねば!あっ、でも金もってないや……」
パニックになり走り出そうとするマサキの襟首を再び摘まみ上げ、飛翔したヴィルヘルムは先程マサキが出て来た窓から手に持っているソレをポイっと投げ入れた。
ゴロゴロと回転しながら部屋の隅まで転がっていくマサキを眺めながら、ヴィルヘルムは口を開く。
「神獣に親はおらぬ。それよりも汚染獣だ。思っていた以上に状況が不味い。明日からそなたを鍛える。神剣を使った鍛錬をするのでそのつもりでおれ」
「とうっ!!」
気合いの入った掛け声と共に腕の力だけで跳ね起きたマサキは、オリンピックの体操選手も顔負けのウルトラ回転を決めながら、見事に着地を果たす。
どこか自慢げな顔で近づいてくるマサキに呆れた眼差しを向けたヴィルヘルムは、影から取り出した神剣を手渡した。
「おお~すっげぇ!これ本当に俺が使ってもいいのん?ヴィルヘルムはどうすんの?」
「我には別の方法がある。大量の光魔石とカトレアの協力が必要ではあるが……どうにかなるであろう」
はしゃいで神剣を振り回すマサキを、獲物を見つめる肉食獣の如き目で見つめていたヴィルヘルムは、ペロリと舌なめずりをするが……それも一瞬のこと。
すぐに無表情に戻った彼は淡々と明日の朝迎えに来る、と約束を交わすとマサキの部屋を辞した。
――1時間後
夜明けとともに再び現れたヴィルヘルムに、マサキは強制連行されることとなる。
「えっ!ちょ!早すぎじゃない!?俺の新婚いちゃらぶ生活は??」
◇◇◇◇◇◇
ヴィルヘルムとマサキは以前作り上げた山へと来ていた。
いや、そこは最早ただの山ではない。中腹より上には至る所に穴が開き、そこから武骨な大砲が眼下を睨みつけている。大砲からは絶え間なく魔法が降り注ぎ、その光景は宇宙より降り注ぐ隕石のようだ。
「竜王様!ご挨拶が遅れて悪い……です。オレ、いや私は……」
「敬語は不要。普通に話せ」
熊のように逞しい髭もじゃの大男がホッとした様子で一礼し、再び話し始める。
「オレがここの指揮官をやってるボンチだ。暁の傭兵団の頭領をやってる」
「戦況は?」
「昨日までは後方に黒くてデケェ汚染獣がいたんだが……今はあのドームの中に入って何も見れやしねぇ。普通の汚染獣共も昨日まではこの山を越えようと向かって来てたんだがよ、今じゃぁドームの一部よ」
ボンチが指差した先には、赤黒い不気味なドームがあった。
恐らくはここより100キロ以上は離れているだろう。だが何故かすぐそこに在るかのような錯覚を覚える。それほどに巨大なのだ。
いや、ドームと言うより山の方が的確な表現か。何せ標高1000メートルを超え、今も尚、成長を続けているのだから。
ヴィルヘルムが赤黒き山――汚染獣の集合体――に目を向ければ、その中で胎児のように丸まっている4体の漆黒の汚染獣が映る。汚染獣を吸収し、ソレは徐々に徐々に力を蓄えているのだ。
ヴィルヘルムは自身の懸念が現実になった事を知る。遠からずこの4体が世界の力を取り込み孵るのだろう、と。
だがこのまま手を拱いているわけにはいかない。生まれ落ちるまでに、出来得る限りその力を削らねばならない。
「ここから攻撃する手段はあるのか?」
ヴィルヘルムの問いにボンチは苦く笑う。
「一応届くんだが……威力が極端におちてよ、効果がでねぇ。魔力を無駄に消費するだけだな」
「我の背を貸そう。魔力も我が込める故そなたらは打ち込むだけでよい」
「は!?よ、よろしいので?」
ゴクリとボンチは唾を飲み込む。
彼がヴィルヘルムの存在を知ったのは10日程前だ。それまで誰もヴィルヘルムの存在を知らなかった。
カトレアが生き残っている人種全員にヴィルヘルムの存在を知らせたのだ。それは希望を与える為の行為でもあり、ヴィルヘルムに無礼を働きその怒りを買わぬための用心でもある。
――原初の竜
それは世界の始まりより存在し、永き時を“神”と共に人の営みを見守ってきた……というのがカトレアの説明だ。
その竜の背に乗るのだ。ボンチの反応も当然のことだと言えよう。
「我が好き好んで背を貸すと思うのか?」
嫣然と微笑むヴィルヘルムは美しい……が、それは恐怖を齎す美しさだ。
「ヒッ!!す、すみません!」
「此度の事はそなたら人種が異世界人を召喚したことが発端。その尻拭いを我がせねばならぬというだけでも業腹だというのに……そなたら人種はいったい何度世界を滅ぼせば気が済むのだ?」
「すみません!すみません!すみません!」
口では文句を言っているものの、ヴィルヘルムはそこまで怒り狂っているわけではない。異世界人召喚のお陰でマサキと会うことが出来たことを思えば、感謝すらしている。
「大砲の用意をせよ」とボンチを追い出したヴィルヘルムは、再び汚染獣へと目を向けた。
「あの~、ヴィルヘルムさん?今日から修行するって言ってたけど、俺はここで剣を習えばいいの?」
そう遠慮がちに切り出したのは、今まで空気と化していたマサキ。
チラリとマサキを流し見たヴィルヘルムは、蠢く赤黒い山を指した。
「マサキの相手はアレぞ」
「はい?いやいやいや、今日初めて剣を握ったばかりの素人に何要求してんの!?ここはセオリーに従って素振りからでしょ!!」
「そのような時間は残されておらぬ。それに実戦は訓練に勝るものぞ。早く行け」
ヴィルヘルムは、口をハクハクさせ言葉も出ないマサキの背をドンっと押す。
ちなみに、マサキが現在いるのは山の中腹、標高1000メートル付近である。更に山の麓には断崖絶壁が広がっており、当然手すりなど何もついてはいない。
「うわっ!わっ!」
落っこちそうになりながらも、マサキはギリギリで踏みとどまり、マサキの代わりにガランっと音を立てて落ちていった石は……途中から見えなくなった。
「っぶねぇ」
青ざめつつも、文句を言おうと振り返ったマサキが見たのは……神速で繰り出される蹴りだった。
ドッゴーン!!
「バカじゃないの!バカじゃないの!バカじゃないの!」
距離にして100キロ以上吹き飛んだマサキは狙い違わず汚染獣の山に激突した。当然ここまで飛ぶのは物理(蹴り)の力だけではなく、魔法も併用している。
普通の人種なら一瞬でお陀仏であろう目に遭っても、流石は竜王を降した男。怪我1つなく汚染獣を千切っては投げ、千切っては投げしながら脱出を果たした。
その間一切神剣は使ってはいない。何故か……その答えは単純だ。蹴られた瞬間に神剣を落としてしまったからだ。
殴っても殴っても元に戻る汚染獣にマサキは涙目である。
「ヴィルヘルムさ~ん!助けて~!もうバカって言わないから~!!」
その言葉と同時に目の前の汚染獣の頭部へ、スコンっ!という小気味よい音と共に神剣が突き刺さった。
「愚か者、剣士が剣を手放して如何する。早く拾え」
「あの~助けて欲しいんだけど……」
「拾え」
ヴィルヘルムは神剣を(しぶしぶ)構えるマサキを満足気に見つめる。汚染獣相手にどれほどの力を示すのか……今から楽しみでならない。
ウキウキする内心をそのままに、ヴィルヘルムは口早にマサキへと声を掛けた。
「我も準備があるのでな、それまで一人で持ち堪えよ。マサキなら心配はいらぬだろうが油断してはならぬぞ」
嬉々として飛び去って行くヴィルヘルムの後ろ姿をマサキは愕然と見送った。
「マジか……」
それから3日間休みなくマサキは戦い続け、剣の腕をメキメキと上達させたという。ちなみにヴィルヘルムの背に乗ったボンチたちも3日間――こちらは休みあり――背の上から降りることが許されず、交代で戦い続けることとなった。
双方とも気を失いそうになれば電撃で起こされる、というヴィルヘルム的教育を、悲鳴を上げながら受けていたとだけ記しておこう。
余談だが、言葉すら交わすことなく戦い続けたマサキとボンチたちの間に、何故か熱き友情が芽生えた。同じ電撃を喰らった被害者意識だろうか。




