ベリアノスの計略
途中で3回場面が切り替わるので、読みにくいかもしれません( ;´・ω・`)
「……英雄王の消失を確認」
震える声で報告をした隠岐大雅に、上官である彼は満面の笑みを浮かべた。
それに応えるのは歓声……ではなくはすすり泣く声。
「勇者の損耗はこれで4体か……」
今回の作戦に参加していた15名の勇者は、現在11名に欠いていた。
ボルヘルミア軍と混合艦隊に混ざっていた3名の勇者は、ガッシュに気付かれることすらなくその命を散らし、つい先程ガッシュと共にもう1名が失われた。
今まで魔獣の討伐や隠密行動をメインとしてきた勇者にとって、これが初の犠牲となる。
「このっ!人でなし!!」
そう言って上官に掴み掛かろうとした青柳凛は、彼に触れることさえ出来ずにその場に倒れた。首をかきむしり、苦悶の表情を浮かべるその姿は壮絶の一言。
上位者には絶対服従――それが勇者に課された命令だ。逆らえば待つのは“死”のみ。
「グッ!ハァ……」
転がり回って苦しむ凛を助けようとする者はいない。
同胞である筈の勇者全員が、凛から目を逸らして俯いた。
「フン。調教がなってない犬が……いや、犬の方がまだ学習能力がある」
「もう十分でしょう?私たちには何もできないんですから」
そう言って前へ進み出たのは蕪木未來。恐怖に震える声とは裏腹に、その目は逸らされることなく上官へと向いていた。
長い真っ直ぐな黒髪と整った容姿は正に大和撫子といった風情。だがその大人しそうな外見に反し、芯の通った黒い目は力強さを感じさせた。
その姿をさして興味無さそうに一瞥した上官は、視線を海へと戻した。彼にとって勇者とは人ですらないただの消耗品……気にする価値すらないのだから。
「次からは態度に気を付けろ」
「ゴホッ!ゴホッ!」
首を摩りながら起き上がった凛に未來が肩を貸す。
「本来ならこのまま南からリーンハルトを攻撃する予定だったが……残念ながらお前達には帰還命令が出ている」
先程までの悲壮な空気が一転、安堵の空気が流れる。それは反抗的な凛と未來とて例外ではない。
(所詮は仲間と言ってもこの程度、か。やはり畜生と同レベルだな。愚かな事だ。どの道、コレらの命は長くないというのに)
冷たい笑みを浮かべた上官は、現在置かれている状況を整理する。
混合艦隊の全滅とボルヘルミア軍の半壊によって南部からの攻撃の芽は潰された。
今からベリアノスの艦隊を追加投入するより、南方軍が立て直しを図る方が早いだろう。一番の標的である英雄王を始末した現在、ここにいる意味は然程ない。
(ここらが潮時だな)
懐から取り出した煙草に火をつけ大きく息を吸い込んだ彼は、北へと流れ行く煙を見つめ、誰ともなしに呟いた。
「さて、あちらの勇者は上手くやっているかな」
――ベリアノス勇者残り21名。
同時刻、リーンハルト北部
小さな町を一望できる丘の上に9つの影があった。
町と呼ぶべきか村と呼ぶべきか迷うほど小さな集落を、彼らは無言で見下ろしている。目前に迫る戦闘を前に、その目には何の感情も浮かんではいない。
“虚ろ”――感情を殺した無機質な目だ。
召喚されて以来ずっと“殺し”を強要され続けて来た彼らは、早々に心を殺す術を学んだ。
吐いたのは最初の戦闘のみ。胸を押し潰されそうな罪悪感も数ヵ月でなくなった。それは自分の心を守るための防衛本能だ。
リーンハルトに潜入して1月。
ここが彼らの次なる狩場。
調べによるとこの町は他の街とは距離があり、気付かれるのは早くとも数日ほどかかるだろう。
だが、油断はできない。既に6つの町を落とした現在、彼らの存在はリーンハルト側に知られているはずだからだ。
「始めるか」
そう声を掛けたのは彼らのリーダーである橘高王子。
リーンハルト南部で起きた戦いとは違い、ここに彼らの監視役はいない。何故なら彼らの役目は至極単純なものだからだ。
――奴隷の確保
全ての勇者の汚染度が6割を超え、近いうちに知恵ある汚染獣へと変わることは必然。次なる勇者を育てる時間も考えれば、早急に新たな勇者を召喚する必要があるのだ。
彼らは気付いているのだろうか……既に自分達が見限られていることに。
「胸糞悪ぅ~」
愚痴る鬼沼瑞季に全員が静かに頷いた。彼ら勇者こそ、誘拐の一番の被害者なのだから。
「仕方がないだろ。役に立たないと思われれば殺されるのはオレ達だ」
彼らは“人”ではなく“物”。役に立たなければ処分される……それは最初に教え込まれた絶対のルールだ。
「向こうは大丈夫かな……」
心配そうに呟いた相川静流は、勇者の中で唯一固有魔法の獲得に失敗した出来損ないだ。
ただし、その代わりに獲得したのは希少な特殊魔法〈長距離転移〉。それ故に彼女は死を免れ、今回の作戦でも奴隷を運ぶという重要な役割を担っている。
「心配しても仕方ないよ。今は私たちが生き残ることを考えよう」
「そうだ。皆、集中しよう」
志藤結菜の言葉に頷いた王子は堂森美鈴に合図を送り、彼女は1つの魔法を練り上げる。
「〈魔法封印〉」
それは全ての下位格魔法を封じるもの。
町全体を覆うように浮かび上がった巨大な魔法陣の内側は、美鈴が許可しない限り魔法を使うことは出来ない。それは魔道具でさえも例外ではなく、これにより救援を呼ぶ手段は絶たれた。
次に動いたのは蜂谷大和。
「行け」
号令と共に、黒いつむじ風が町へと向かう。否、それはつむじ風ではなく……小さな小さな蟲の群れ。
しかも彼が操るのは、ただの蟲ではなく魔蟲――魔物の一種――だ。
彼は様々な魔蟲を操る蟲の王。
魔蟲は固有魔法士にとっても戦いにくい相手だ。巨大であれば剣を弾くほどの堅さを誇り、小さければ群体で行動する厄介な性質を持つ。魔法の相性如何によっては強者であろうと容易く殺されることも珍しくない。
ただでさえ厄介な相手に知能が宿った時、一体どれ程危険な存在となるのか……。
「冒険者と兵は粗方片付けたよ」
「じゃあ、次は私ね。〈解脱〉」
結菜の魔法は相手の欲望全てを消し去るもの。
余り大したことないように思われがちだが、欲望とは食欲や睡眠欲にも及び、解除しない限りいずれ死へと至る恐ろしい魔法だ。
クルクルと動き回っていた人の姿は、ただ突っ立っているだけの物体へと成り果て、彼らは悠然とした足取りで街へと向かう。
――既に勝敗は決した。
否、勝敗と言うのも烏滸がましいただの作業だ。彼らの戦いは接敵する前に終わっているのだから。
これから住人を集めて転移陣でベリアノスへ送れば任務完了だ。
「ねぇ、私たちいらなくない?」
片瀬亜紀良の呟きは至極最もなもの。固有魔法士すら滅多に見ない片田舎に勇者が9名。過剰戦力だと言わざるを得ない。
残りの5名はリーンハルト軍に見つかった時のための戦力である。
「バーカ、あいつよりマシだろ?何せ自分の魔法すら碌に操れないんだぜ」
馬鹿にしたように水無月斉波が後ろを振り返れば、そこには裏切者を未だ親友と称して止まない大文字省吾の姿があった。
「もう、止めなさいよ。今はチームなのよ」
結菜の制止の言葉にも、静流以外の全員が省吾に憎しみの籠った目を向けている。彼らには捌け口が必要なのだ。理不尽で不条理な状況に抗うための生贄が。
「えっと、次はどこだっけ?」
強引な静流の話題転換に、一瞬その場に沈黙が落ちるが……それは王子により破られた。手に持っていた地図を広げた彼は、ある一点を指す。
「次で最後だな。街の名前は……カサンドラだ」
◇◇◇◇◇◇
そこは日の光が一切届かぬ深海。
上も下も分からぬ中、コポリ……コポリ……と浮かんで行く泡が唯一海上への道を示している。普段は耳が痛いほどの静寂に包まれたその空間に異変が起こる。
――光だ。
暗闇の中、灯された魔方陣の輝きが、仄かに周囲を照らし出す。
浮かび上がるように姿を現したのは巨大な軍艦。沈没してまだ間がないのだろう。船倉に穴こそ開いてはいるものの、その姿は驚くほど綺麗だ。
ゴポリ……と息を吐きだしたガッシュは、腕の中に抱えた少女に目を落とす。ソレは先程まで生きていたとは思えぬ程酷いもの。水圧で身体は圧し潰され、人の形すら留めていないのだから。
『すまない……』
ガッシュの迷いが少女を殺したのだ。
そっと少女を抱きしめたガッシュは、収納の腕輪にその遺体を仕舞うと辺りを見渡す。
(異世界人を回収しなくては)
そこに何らかの手掛かりがあるかもしれない。
丁度その時、ガッシュの目にユラユラと漂っている少年の姿が見えた。その身体は意外なほど損傷がなくまるで生きているかのようだが……綺麗な外見に反し、光を失った目はただ虚ろにガッシュを見つめていた。
(身体強化の恩恵か?)
損傷の少なさに僅かに疑問が浮かぶが……今考えても仕方がない、とその身体に手を伸ばす。
バチン!
手が弾かれると同時に距離を取ったガッシュは、少年を中心に虚空領域を展開する。
少年から瘴気がプラズマの如く迸り、一瞬で腕が、足が、身体が膨れ上がったかと思えば、全身がギチギチと音を立てて変容していく。
ズラリと並んだ鋭い牙に、昏い海底と同化したような漆黒の身体。体表を駆け巡る紅き光が唯一の色彩となって闇の中に浮かんでいた。
そこに最早少年の面影はなく、ガッシュが想定する中で最も最悪な事態――知恵ある汚染獣の誕生だ。
ガッシュの虚空領域が完成するのと知恵ある汚染獣が産声を上げたのはほぼ同時。
飢えた獣が領域を破ろうとするが、超越魔法を破ることは不可能。虚空領域に閉じ込めている限り、何も出来ぬ哀れな獣だ。
状況はガッシュの有利に感じる……が、彼に出来るのはここまで。
このまま知恵ある汚染獣を喰らえば身体が瘴気に侵され、自身が汚染獣へと変容してしまうだろう。かといって、ずっとこうしている訳にはいかない。
今まさにリーンハルトが危機に晒されているのだから。
ガッシュの選択肢は少ない。
ルーファやヴィルヘルムが気付くまでここで待つか。
それとも……知恵ある汚染獣を喰らうか。
(いや、考えるまでもない)
ガッシュの居場所を知るのは、彼をここに送った敵だけだ。
一体いつになるか分からぬ救援の時を、ここで安穏と過ごす訳にはいかない。
問題は……耐えれるか。
ガッシュが持っている神獣の気まぐれは3本。
元々、ずば抜けた再生能力を誇るガッシュが神獣の気まぐれを必要とする場面は限られており、アクラムでアンジェラの副官にその大半を渡したためだ。
(クソっ!こんなことならもっと多く持ってくるべきだった)
今更後悔しても遅い。過去は変えることが出来ぬのだから。
ガッシュは目を閉じる。
不思議なものだ。思い浮かぶのは、最も付き合いの浅いルーファとヴィルヘルム……ついでにロキの顔。ルーファの泣き顔がガッシュの脳裏を過ぎり、彼の顔に笑みが浮かぶ。
(泣かせる訳にはいかないからな)
そうなれば無表情に怒るヴィルヘルムから折檻を受け、ロキからは散々嫌味を言われるに違いない。
王として民から慕われるよりも、個人として家族から文句を言われる方が嬉しいと感じる。あれほど彼を苛んでいた“孤独”は、最早欠片も見当たらない。彼には帰るべき“家”があるのだから。
ガッシュは目を開けると3本の神獣の気まぐれを一気に飲み干し、知恵ある汚染獣を空間ごと喰らい尽くした。




