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迷宮神獣Ⅱ~異世界人解放~  作者: じゃっすん
リーンハルト激震
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 その場は静寂に包まれていた。


 先程まで聞こえていた悲鳴も、戦闘の音も何1つ聞こえはしない。

 全員が固唾を飲んで目の前の男を見つめていた。

 ここにいる者の殆どがその姿を見るのは初めて。いや、例え知っていたとしても、遠目からでは男が誰かなど分かろうはずがない。

 だが……全ての人が間違いなくそれが誰かを理解した。



 ――英雄王ガッシュ



 ただ浮いているだけだというのに周囲を圧倒する威圧感。

 その身を包む蒼き炎は具現化した魔力だ。



「バ、バカな……魔力が視認できるなど……」


 ボルヘルミア軍総司令官は呆然と呟いた。

 視認できるほどの魔力を纏うのは天災級の魔物から。つまりは最低でも竜種クラスだという証。それは一体で国を亡ぼす程の脅威となる。


「し、司令官。どういたしますか……?」


 震える声で尋ねた副官に我に返った彼は、湧き上がる恐怖を振り払い声を張り上げる。


「何をしている!撃て!英雄王を殺すチャンスだ!撃てぇぇぇ!!!」


 慌てて魔法を放つボルヘルミア軍を前に、ガッシュはピクリとも動かない。

 それもその筈、何故ならここは既に彼の領域。彼の“眼”はボルヘルミア軍を、ジターヴとベリアノスの混合艦隊を……そして傷ついた守るべき同胞を捉えているのだから。


「消えろ」


 固有魔法も属性魔法も関係なく、全ての魔法が消失せた。いや、事態はそれだけに留まらず、今や目の前にいたボルヘルミア軍は跡形もなく消え去った――彼の言葉通りに。

 そこあるのは……綺麗な半円状にくり貫かれた大地だけ。


「まだまだコントロールが甘いか……」


 支配空間の創り方は学んだものの、その中で特定のモノを喰らうことは演算力を要した。

 今まで通り視認したモノを喰らった方が確実なのだが……ヴィルヘルムから禁止されているため、それは出来ない。


 大きく抉れた地面を見つめ、ガッシュは蒼く輝く眼を押さえた。

 一瞬にして多くの命を奪ったにも関わらず、彼の心は平静そのもの。奪った命に対する罪悪感や嫌悪感など疾うの昔に失った過去の感情だ。


 敵は殺す……否、殺さねばならない。


 敵を無力化して拘束する余裕のない時には絶対に。甘い判断が時には味方を殺す毒となりかねないことを、彼は身をもって理解しているのだ。


 誰もいなくなった大地に背を向け、ガッシュは破壊された外壁へと降り立つ。



 ――相変わらずの静寂。



 敵が駆逐されたというのに誰1人歓声すら上げはしない。それは驚きの為か、それとも……恐怖か。

 ガッシュが一歩を踏み出す度に、怯えたように後ずさる味方の姿も見慣れたもの。化け物と英雄……それは表裏一体のものなのだから。



「陛下ァァァァ!!」


 静寂を破ったのは1人の男。

 髭もじゃの山賊のような外見のこの男はアンジェラの副官の1人だ。至る所から出血したその男は、潰れた足を引き摺りながら懸命にガッシュの元へと馳せ参じる。  


「アンジェラ将軍が1人で敵艦隊を食い止めております!早く応援に!」


 その言葉に漸く時が動き出した。


「陛下だ……英雄王が来て下さった!」

「もう安全だ!」

「助かったんだ!」

「英雄王陛下万歳!」


 今更ながらの歓声をガッシュは皮肉気に嗤う。

 彼は知っているのだ。英雄王と持て(はや)される裏側で、誰もが自分を恐れていることを。 

 

 ガッシュは収納の腕輪から鞄を取り出し、副官へと投げる。


「治癒石だ!まだボルヘルミア軍の残党がいるかもしれん。油断はするなよ。アンジェラは任せておけ」


 そう言い残して、再び浮かび上がったガッシュは港へと進路を取った。







 

 朦朧(もうろう)とする意識の中でアンジェラは歓声を聞いていた。


(ああ、来てくださった)


 彼女の心を占めるのは喜びよりも安堵。

 

「将軍!しっかりして下さい!もう少しです!」


 いつもは冷静な部下の焦った声が何処か遠くに聞こえる。

 

(……あれ?)


 海を睨みつけていた筈の彼女の目に映るのは地面のみ。だが、それでも魔法が途切れてないのは彼女の意地か。


(……私は死ぬのね)


 不思議と死に対する恐怖は浮かんでこない。

 それは死の世界に片足を突っ込んでいるためか、それとも後顧の憂いが晴れたためか……いや、その両方なのだと彼女は思う。 

 暗く閉じ行く視界の端に、彼女は最期に蒼き輝きを見た。それと同時に、喉の奥へ流し込まれた液体に彼女は反射的に咽る。


 変化は劇的。

 土気色だったアンジェラの顔に色が指し、染み渡るように魔力が全身へ広がった。


「間に合ったか」


 その声は彼女が敬愛してやまない主君のもの。

 来てくれたのだ……最も危険な戦地に。自分達を見捨てることなく。

 それは彼女が幼少の頃から憧れている英雄王の姿そのものだ。


「へ、陛下」

「魔法を解除しろ。後は……オレに任せておけ」


「は、はい!」


 海を睨みつけながら獰猛に嗤ったガッシュに、周りのものが引きつった笑みを浮かべる中、アンジェラだけは憧れのアイドルに向けるようなキラキラとした眼差しを送っていた。


 


 

 ガッシュは深く息を吸い込むと、抜き放った剣に〈虚空消滅〉を纏わせる。

 今までの攻撃はソレを放って終了だったのだが……今回はそれに条件を付けたす。これが意外に難しく、失敗する度にヴィルヘルムに腕を引き千切られたのはいい思い出……いや、悪夢だ。


(標的は船……それ以外は外す)


 剣が蒼き炎を纏い、ガッシュはソレを水平に構える。



 ――斬っ!



 一瞬だ。

 蒼き光が海面を走ったかと思えば、遠くに見えていた艦隊は跡形もなく消え去った。

 雲の間から差し込む温かな太陽の光が、凪いだ海にキラキラと反射する。水平線まで続く穏やかな海には、軍艦の欠片さえ浮かんではいない――まるでそれ自体が幻であったかの如く。


 ガッシュは柄だけになった剣を投げ捨て、ため息をつく。〈魔装〉で剣を創り出すのも彼の課題の1つだ。剣士である彼の一番の弱点が武器など……冗談にすらならない。


「ボルヘルミア軍に支配されていた国境の街は取り戻した。アンジェラは南方軍を再編成しているロストと合流し、それを引き継げ。ベリアノスが攻めて来る前に体勢を整えろ。休む暇はないと思え」


「はいっ!」


 以前と変わらぬ敬愛の眼差しを向けるアンジェラにガッシュは僅かに苦笑を洩らす。自分の力を見ても尚、恐れぬ彼らの存在がどれ程ガッシュの心を支えてきたか。


(この戦いが終われば、また畏れられるのだろうな)


 ガッシュは確信をもってそう思う。

 それが僅かに憂鬱(ゆううつ)ではあるが……そうとしか感じない自分の心の変化にガッシュは驚いた。自分はもう独りではない、つまりはそう言うことなのだろう。

  

「陛下!恐れながら申し上げたいことがあります!」


 ガッシュの感傷を断ち切ったのは人族の兵士の言葉。

 ガッシュが先を促せば、その男は唾をのみこんで口を開いた。


「捕らえられた民を詰め込んだ軍艦が一隻、出立したのを確認しました」


「何!?まさか……」


 ガッシュが慌てて海を見れば……当然そこには何もない。

 一筋の汗がツツゥとその頬を伝った。


「あ、いえ。随分前の話なのでこの海域にはいないと思います」


 その言葉に内心で胸を撫で下ろしたガッシュは、顎に手を当てて思案する。



 ――救出に向かうべきか否か。



 この近辺にいた敵軍はアクラムへ向かいがてら処理済みだ。当面の脅威はないと言ってもよいだろう。だが……ベリアノスがいつ動くか分からない現状、早急に南方軍を立て直しリィンへ戻る必要がある。

 

(見捨てるべきだ)


 そう分かっていながら、ガッシュの口から出たのは別の言葉。


「アンジェラは予定通りロストと合流し、南方軍を纏め上げろ。まだ内部に入り込んだ敵がいるかもしれん。十分注意しろ。オレは救出に向かう」


 ベリアノスでどんな目に遭わされるのか……それを分かっていながらどうして見捨てることが出来ようか。甘いことは分かっている。これが欠点だとも。

 だが同時に、これはかつての自分が誓った信念であり、未だ王として在り続けている理由でもある。何のために剣を取り、何のために苛烈な戦いに身を投じて来たのか……その根幹がここにある。



 人としての尊厳を

 人としての自由を

 人としての未来を


 この手で掴み取るために



 それを実現するために彼は戦ってきたのだから。




「ここは任すぞ」


 そう言って背を向けたガッシュは気付かなかった……頭を下げた人族の男が不気味に嗤っていたことに。




 ◇◇◇◇◇◇




 ガッシュは〈虚空ノ眼〉を前方に広げつつ飛翔する。

 その効果範囲は広いの一言。何せ魔力が尽きぬ限り何処までも見通すことが出来るのだから。その気になれば、数千キロ先だろうと視ることが可能だ。ただし時間と魔力が大量に必要な上に、情報の処理能力が追い付かないのでやらないが。




 ガッシュが1隻の船を捉えたのは僅かに5分後。


 5分とは言っても、かなりの速度で飛翔してたために距離にしてみれば80キロ程か。

 中を覗いてみれば、船内には多くの亜人たちが詰め込まれている……が、どうにも様子がおかしい。護衛艦も何もなく、ただ1隻だけの船。更には自動運転のようで艦内に敵兵の姿すら見えない。


(……罠か)


 そう思いはすれど、ガッシュに引き返すつもりなど更々ない。

 罠を恐れては欲しいものは手に入らない。彼はそれをよく知っているのだから。


 


 ある程度近づいた時、艦内に動きがあった。

 1人の少年が少女を引き摺って甲板へと上がって来たのだ。間違いなくガッシュに対する人質だろう。だが……ガッシュを何より驚かせたのは別のこと。


「黒髪……黒目だと!?」


 それは勇者の特徴。

 未だに瘴気の排出が思うようにいかないガッシュにとって、知恵ある汚染獣は鬼門だと言っても良い。


(汚染獣に変わる前に殺す。だがその前に……)


 堂々と勇者を出してくる時点で、ベリアノスはガッシュをここで殺す自信があるのだろう。そうと分かっていながら、ガッシュは少年の前へと降り立った。


「お前はベリアノスに召喚された勇者で間違いないな?召喚陣は何処にある?」 


「…………」


 少年は答える気がないのだろう。俯いたままガッシュの方を見向きもしない。

 勝利を確信している敵は驚くほど口が軽くなるものだが……そう上手くはいかないようだ。()()()()()()人質の少女を巻き込まぬようにガッシュが力を解放しようとした瞬間……


「……ない」


 小さな声が耳朶(じだ)を打つ。

 その時、漸くガッシュは己の間違いに気付いた。()()()()()()()()()()()。人質である筈の少女も戸惑ったように少年を見つめていた。


「……たくない。死にたく、ないよ」


 顔を上げた少年の目からは涙が溢れ、嗚咽が空気を震わす。

 

 勇者は敵……その筈だった。

 いや、そう思い込んでいた。


 固有魔法を有している勇者に支配系の魔法は効かず、汚染獣の暗躍の陰には決まって勇者の痕跡が残っていたからだ。

 だが……目の前の少年は好き好んでこの場にいるようには見えない。少年の姿が、隷属され泣きながらガッシュに剣を振るってきたかつての同胞の姿と重なった。


 何故気付かなかったのか……いや、自分は敢えてその可能性に目を瞑っていたのだ。五千年前召喚された勇者が隷属されていたことを考えれば、自然とその答えに行き着く筈なのに。

 異なる世界から無理矢理連れて来られ、汚染獣と言う化け物になる未来を定められた勇者こそが1番の被害者なのだと。



 ――一瞬の迷い。



 それが彼の甘さであり優しさ。

 戦場で決して見せてはならぬモノ。


 隠蔽されていた魔法陣が少年の魔力を吸って息吹を宿す。

 

「しまっ……!」


 次の瞬間、甲板に佇んでいた3名の姿は忽然と消えていた……


 

 

  



 

 

 

 

 

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