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迷宮神獣Ⅱ~異世界人解放~  作者: じゃっすん
リーンハルト激震
103/127

解き放たれし神狼

「トグワ子爵軍()()!」


「英雄王は街を解放しながら国境沿いを南下中!」


「ボルヘルミア軍第3部隊()()!」


「同じく第7部隊、第9部隊()()!」


「第4部隊行方知れず!恐らく()()したものと思われます!」


 次々に舞い込む報せに、ランドルフは頭を抱えた。

 心に宿る不安を表に出すことなく、彼は地図を睨みつける。ベリアノスとの国境にある主要都市はガッシュによって奪い返された。

 そこには当然、南方軍が守る軍事要塞も存在する。密やかに招き入れたベリアノス軍も恐らくは既に生きてはいまい。


「化け物が!!」


 ランドルフは心の中の恐怖を紛らわせるように罵った。

 誰が想像できようか――(ただ)の1人が、何十万と用意した兵に打ち勝つなどと。それも()()ではなく()()

 生き残りが1人もいないという異常事態に、その徹底した冷酷振りに、ランドルフは寒気を覚えた。


(私はどこで間違えたのか?)


 その問いの答えは直ぐに出た――最初からだ。

 彼は生まれた時からアグィネス教徒であったのだから。 


(いや、まだだ。まだ勝負はついてはおらん)


 ベリアノスは今回の作戦が成功すれば、ランドルフを侯爵として迎え入れると約束した。それもリーンハルトの南半分を領地とする大貴族として。

 だが、それも成功すればの話。盤上の駒は半数近くを破壊され、逆転の目があるのかさえ怪しいところだ。


「少しは落ち着いたらどうだ」


 恐怖に支配されたランドルフの思考を押し留めたのは冷静な声。ベリアノス10将が1人ジェネリコ・イーストマーチだ。

 

「どうせアクラムまで誘き寄せるつもりだったのだ。手間が省けていいではないか」

「しかし……」


 勝てますか?……その言葉をランドルフは飲み込んだ。目に見えてジェネリコが気分を害したことが分かったからだ。

 ジェネリコは生粋の戦闘狂。ランドルフが役に立たないと分かった時点で、容赦なく切り捨てにかかるだろう。

 

 口ごもったランドルフを鼻で笑ったジェネリコは、幼子に言い聞かせるようにゆっくりと告げる。


「何度言わせれば気が済むのだ?問題ない、と言ったではないか。海上まで誘き寄せたなら後は我々がやる」

「将軍が連れて来た()()()()は確かに精強でしょうが……本当にあの若造共に任して大丈夫なのですか?」


 以前ランドルフに紹介されたのは、フードを目深に被った15名からなる集団だ。

 ベリアノスの精鋭部隊だと聞かされたが……全員が10代の少年少女だという。この重要な局面で事を任すには些か不安が残るというもの。


「私を疑うと?」


 戦闘の素人ですら分かる殺気に、顔を蒼褪めさせたランドルフは慌てて首を横に振る。


「い、いえ。差し出がましいことを申しました」


 頭を下げたランドルフに興味を失ったのか、ジェネリコは窓辺へと近寄り空を見上げた。


「フン!心配はいらん。奴はもうすぐ……死ぬ」 

 

 







 ここはリーンハルトの国境に近いベリアノスの要塞。いや、要塞だった……というべきか。

 強固な外壁は崩れ落ち、何より目を引くのは()()()()()()()()()()奇妙な形の要塞(オブジェ)


 その外観は異様の一言に尽きる。

 まるで半分が異次元に消え去ったかのように瓦礫の破片すらなく、断面は熟練の職人の手で磨かれたように滑らかだ。

 その断面から中を見たら、いつもと変わらぬ廊下が見て取れる。いや、普通であることこそが逆に恐ろしい……周りには絶え間なく阿鼻叫喚が聞こえているのだから。



 …………



 …………



 静寂が戻って来た要塞の中を歩く影が1つ。 

 全てを呑み込むかのような漆黒の眼と、それ自体が光を放っているかのような蒼き眼を持つ男……ガッシュだ。

 敵軍の要塞の中を堂々と歩いていたガッシュの耳が()()を拾う。


「ヒィィ!助けっ……」


 助けを乞う敵兵を一瞥もすることなく消し去ったガッシュは、そのまま地下へと進む。彼の〈虚空ノ眼〉が捉えるのは、牢の中で恐怖に震える同胞たち。


 果たして彼らは何に怯えているのか。

 自分達の行く末か……それとも異常な力を持つ化け物か。



 カツカツ、カツカツ……



 足音だけが地下牢に響き渡る。

 敵兵も、固く閉ざされた扉も、侵入者を拒む結界も全ては喰らい尽くされ、恐怖に震える吐息とカチカチと鳴る歯の音がその場を支配している。


 ガッシュが彼らの前に現れた瞬間、至る所でヒュッと息を飲む音が聞こえた。それは安堵の吐息ではなく、驚きと恐怖によるもの。



 ……化け物



 誰かの口が音なくその言葉を紡ぐ。

 それはこぼれ落ちた彼らの本音――自分達の崇める“英雄王”は、人を人とも思わぬ“化け物”であったのかと。

 例え消されたのが敵国の兵であろうと、彼らは湧き上がる恐怖を押さえることが出来なかった。目に見えぬ牙が自分達へ襲いかからない保証などないのだから。


 その様子に気付いていながらも、ガッシュの表情は動かない。その人間らしからぬ姿が、ますます彼らの恐怖を助長する。

 誰もが俯き目を合わさない中で、ガッシュは最奥の牢の前で足を止めた。


 そこは明らかに他とは違う牢だ。

 乱雑に人が詰め込まれた他の牢とは異なり、そこにいるのは1人の男。それも、両手両足を拘束された状態で壁に張り付けられていた。

 その男が着ている軍服に目をとめ、ガッシュはゆっくりと近付いていく。


「アンジェラの副官……ロスト・ガンマだな」

「は……ぃ……」


 ガッシュの問いに答える声はあまりに小さく弱々しい。

 拷問を受けたのか、酷く腫れ上がった顔からは以前の面影は消え失せ、指はあらぬ方向へと折れ曲がっている。

 

 拘束具を消すと同時に倒れてきた身体を受け止めたガッシュは、直ぐに神獣の気まぐれを飲ませた。


「陛下……ありがとうございま、ウワァッ!」


 ガッシュの蒼い目を見た瞬間、ガンマは悲鳴をあげた。

 それは伝説に語られる死をもたらす目だ。恐怖に震えながらも、まるでソレ事態が吸引力を持ってるかのようにガンマは目を逸らすことが出来なかった。 


「じゃ、邪眼……」


 それは魔眼の蔑称。

 ベリアノスがガッシュを“悪魔”と断じるために広めた言葉だ。

 正気に返ったガンマが自分の口を押さえたが……1度飛び出した言葉は戻りはしない。


「ベリアノスの兵は全て片付けた。お前は民を守りながら街へと戻れ。アンジェラがどうなったのか知っているか?」


 ガンマの不安を他所に、ガッシュの声は冷静そのもの。その事にホッと安堵の息を吐いたガンマは、立ち上がると姿勢を正した。


「最後に確認できたのはアクラムです。ジャミング装置を使われ通信が途絶えましたので、それからどうなったのかは分かりかねます」


「そうか……国境沿いにある都市は解放した。街へ戻り次第、南方軍を再編せよ。ベリアノスが総攻撃を仕掛けてくるまで猶予はないと思え」


 必要最低限のことだけ伝えたガッシュは、フイっと顔を背けて歩き出す。

 結局、彼が振り替えることは1度もなく、いつの間にか完全に姿を消した要塞跡地へと太陽の光だけが照りつけていた。

 

 











 湾岸都市アクラム。


 そこは南方軍最大の拠点であり、対ジターヴの前線基地でもある。

 集結すること叶わず各個撃破された南方軍であったが、唯一ボルヘルミア軍を退けるのに成功したのがこの都市だ。

 だが……都市は護りきったのものの、事態は悪化の一途を辿っていた。


 日を追うごとに増え続けるボルヘルミア軍。

 ジターヴとベリアノスの混合艦隊による港の封鎖。


 そう、アクラムは既に包囲され、陥落するのは時間の問題であったのだ。




「将軍!もう持ちません!」


 部下の報告にアンジェラは唇を噛む。

 いくら頑丈に造られているとはいえ、アクラムの大門は猛攻をかけるボルヘルミア軍の前にその役目を終えようとしていた。戦い続けてきた兵たちは既に限界を超え、援軍はいつ来るとも知れない。

 アンジェラも助けに行きたいのは山々だが……それは不可能なのだ。何故なら、混合艦隊の接近を防いでいるのはアンジェラの“天候魔法”なのだから。


 艦隊を呑み込まんとうねる海に、一寸先さえ見えぬほどの激しい雨。


 アンジェラが南方軍の将軍に就任した最大の理由がこの天候を操る魔法によるものだ。海上においてこの魔法は正に最強。

 彼女の魔法がなければ疾うに艦隊は街へと辿り着き、アクラムは蹂躙(じゅうりん)の限りを尽されていたことだろう。

   

「住民からも協力を集え!門を破られるな!!」


 そう叫んだアンジェラの限界も近い。

 これまでは彼女が魔力回復を図る間、代わりの固有魔法士が軍艦を近づけまいと魔法を放っていた。しかし大門が破られそうな現状を考慮し、彼女は固有魔法士を外壁へと送ったのだ。


 それでもアンジェラの魔力が保っていたのは、支給されていた神獣の気まぐれのおかげ。最後の一本は先程飲み干し、後は破滅の時を待つばかり……そんな絶望的な状況にも関わらず、誰もが諦めることなく猛攻を防ぎ続けていた。

 何故なら彼らは信じているから。



 ――彼らが王の到来を。





 

 外壁へと続く道路に1列に並んだ女子供が手に持っている収納袋を、バケツリレーのように次の人へと渡していく。中身は油や熱湯、投石のための岩だ。

 街中を見てみれば、手に斧を持った男たちが家や塀を壊すことで投石のための岩を作り出している。今後のことなど考えていない行動……ここで負ければ彼らに未来などないのだから。


 その時、敵の放った魔法を防護結界が防ぎ、その余波が外壁を僅かに揺らした。



 ピシっ



 それは終わりを告げる音。

 パリンっ!という音と共に結界が砕け散り、破片がキラキラと辺りを飾った。それは美しくも残酷な光景だ。




「撃てェェェェェ!!」



 ドォォン!

 ドドォォン!

 ドガァァァァン!!



 頑丈な外壁と一緒に舞うのは引き千切られた兵の肉体。

 血は一瞬で蒸発し、炭化した肉体の一部が強烈な臭気を発する。


「キャアアアア!」

「いやぁ!」

「逃げろぉ!」


 最早彼らに逃げ場はない。退路は既に塞がれているのだから。


 彼らに待つのは死か絶望か。   

 どちらにせよ碌な運命ではないだろう。


 押し寄せる軍勢が街を呑み込まんとしたその時――蒼き炎が人々の目に映った。


 空よりも尚、蒼く

 海よりも尚、碧い


 澄み渡る蒼穹の空の如く美しく

 凍てつく氷河の如く冷たき色

 

 静かなる怒りにその身を包み、蒼き死神が降臨する。




「失せろ。裏切者ども」



 



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