ルーファの野望
ルーファはジッと画面を見つめる。
そこには豪奢な金色の髪をした勝気な美女と、薄緑の髪色をした大人し気な美女がいた。
――ニヤリ
悪い顔で嗤った子狐は、悪役よろしく颯爽とその場を後にした。
――迷宮61階層
「迷宮って魔物が沢山いるイメージでしたけど……あまりいないのですわね」
エリザベスは森の中を見渡しながらポツリと呟いた。
先程から遠目に魔物は見えるが、未だに一度も接敵していないのだ。もう1時間以上森の中をさ迷っているというのに。
「いえ……そんな筈はないのですが。以前、来た時には多くの魔物に襲われましたし、こんなに静かな森は初めてです」
護衛が気味悪そうに周りを見渡せば、ティアラは考え込むように俯く。
「何か原因があるのでしょうか?例えば……強い魔物が近くにいるとか」
「まあ!どこにいるのかしら」
不吉な言葉にも関わらず、何故か目を輝かすエリザベス。
実は2人が迷宮に入ったのは今日が初めて。
10階層ごとに転移陣が敷かれている迷宮だが、登録するには実際にその階層まで行かなくてはならない。
では何故2人がここに来れたのかと言えば……1人でも登録した人物がいれば転移陣が発動するため、一緒に転移することが可能なのだ。
まあ、普通はこんなことはしない。
自分の実力に合わない階層に行けば、待ち受けるのは“死”のみ。彼らはそれだけ自分たちの腕に自信があるのだろう。
王族の警護を任されている時点で、それも当然か。
「エリザベス様!宝箱です!」
護衛の言葉に目を向ければ木々の向こうにポツンと置かれた宝箱。
「怪しいですわね」
「怪しいですね」
宝箱とは普通、魔物と戦った後や厳しい罠を掻い潜った先の報酬として用意されているもの。一度も魔物と戦っておらず、罠らしい罠も無い……というか最早ハイキングレベルだ。
「恐らくこの宝箱自体が罠でしょう。擬態宝箱か……それとも魔物を呼び寄せる罠といったところでしょうか」
「開けてみましょう!」
宝箱へ突進するエリザベスをティアラがガッチリと掴んだ。
「今日は私の薬草採取に付き合ってくれるのでしょう?」
ニッコリと笑ったティアラの笑顔に、うすら寒いものを感じたエリザベスは慌ててコクコクと頷いた……視線は宝箱に釘付けだが。
まあ、エリザベスだけでなく護衛騎士たちも残念そうに宝箱を見ていることを考えれば、それも仕方ないのかもしれない。例え罠だと分かっていようとも宝箱にはそれだけの魅力があるのだ。
だがしかし、彼らの役割は彼女たちの護衛。うかつに危険を冒すわけにはいかない。
これが冒険者であればまず間違いなく開けていたのだろうが……残念ながら相手は一国の王女たち。超大金持ちな彼女たちは宝箱にあっさりと背を向けると、そのまま森の中へと消えて……
…………
…………
……パカーン!
勢いよく宝箱が開くと同時に、白銀色の子狐が飛び出した!
『何で!?何で無視して行くの!?普通宝箱があったら開けるでしょ!!』
「「ルーファスセレミィ様!!」」
そう、ルーファは2人を驚かせようと宝箱の中でずっと(※5分前から)待っていたのだ。それなのに……まさかのスルーである。
『うっうっ……ぐすっ』
気分はかくれんぼをしていてそのまま忘れ去られた子供である……虚しい。
「も、申し訳ありません。まさか宝箱の中にいらっしゃるとは思わなくて……」
「すみません。次からは開けるようにします」
さめざめと泣き真似をするルーファに、手を伸ばしたり引っ込めたりを繰り返す2人。
相手は(腐っているが)神獣。許可なく触れることは躊躇われたのだ。
『ルーファちゃん』
「「えっ?」」
『そう呼んでくれたら許してあげる』
顔を見合わせたエリザベスとティアラは嬉しそうに笑うと、淑女の礼を取った。
「かしこまりましたわルーファちゃん」
「ふふっ光栄です。ルーファちゃん」
その様子にルーファは嬉しそうに尻尾を振ると、早速気になったことを尋ねる。
『それで、今日は何しに来たの?』
「実は人工ポーションを作る研究をしているのですが、その材料となる薬草を取りに来たのです。私からも質問があるのですが……魔物と遭遇しなかったのはルーファちゃんのお陰ですか?」
質問という形を取っているがティアラは既に確信している。これまで一度も危険な目に遭わなかったことがその証拠。何せ誰一人、剣すら抜いていないのだから。
『2人とも薔薇会の会員証身に着けてるでしょ?これを着けてたら迷宮の魔物に襲われないんだぞ。収納の腕輪に入れておくと反応しないから、戦いたいときは仕舞っておくといいんだぞ』
実はすごい魔道具だったことにエリザベスは目を見開き、ティアラはと言うと……
「これ、分解しても……むぐっ!」
勢いよく伸ばされたエリザベスの手にその口を塞がれた。
『薬草ならオレがいくらでも出してあげるんだぞ!その代りお願いがあるんだけど……』
そう言ってルーファが取り出したるは魔導カメラ。
以前、セルギオスから貰ったドラグニルの最新型で、竜種や神獣といった〈思念伝達〉を有する種族にしか使えない代物だ。
タブレットような本体に、丸い5つの球状のカメラが使用者の思念に従い自由自在に動き、様々な角度からの撮影を可能とする逸品である。
特殊なカメラなだけあってティアラも見たことがなく、その目は好奇心にキラキラと輝いていた。
『このカメラの部分を気付かれないくらい小さくしてシャッター音をなくしたいんだぞ』
ティアラは魔道具の研究に関して、18歳という若さで博士号まで取得している才女。
ロキに頼むという案もあったのだが……仕事をてんこ盛りに任せている手前、頼み辛かったのである。
「ええと、それは一体何のためですの?」
恐る恐るといった様子で尋ねるエリザベスを、ルーファは真面目な顔で見つめ返す。
『世の中には知らない方が良いこともある。これは秘密裏に活動する時に使う……今言えるのはそれだけ』
ハッとして全員がルーファを見つめる。
神獣は邪に染まった者を断罪する存在。全員の思考が1つの結論に辿り着いた。
「ルーファちゃん、危険な真似はしないで下さいまし。貴女様の御身はただ1つなのですから」
『分かっているんだぞ。でも、全ては人々のために』
そう、全てはBLを心待ちにしている同士のため……目的は当然盗撮である。
ガードの固いガッシュの寝顔や入浴シーンに、ヴィルヘルム×ガッシュとアイザック×バーンのラブシーン。
その全てをカメラに収めるのが最近のルーファの野望なのだが……彼らは強者なだけあって無駄に鋭く、ヴィルヘルムに至っては隠れて撮ったはずなのに全てカメラ目線という有様。
(何が何でもラブシーン写真を我が手に!)
メラメラと燃える犯罪狐の魂胆に気付くことなく、ティアラはルーファの前に膝をついた。
「お任せください。きっと私が作ってみせます!ただ……フォルテカには自分の研究所があるのですが、ここでは研究するための場所がありません。自室を改良してはいるのですが、やはり思うように研究ができないのです。時間がかかると思いますがそれでもよろしいでしょうか?」
『それだったら、オレが研究所をプレゼントするんだぞ!』
言葉と同時にルーファは魔法を発動させた。
迷宮は500階層まであるのだ。場所には困らない。
(ええと、499階層にはあまり人は入れないように言われてるから……490階層でいいか)
丁度そこは密林ゾーン。
都合の良いことに、ティアラの求める薬草も多く生い茂っていることだろう。
一瞬で景色が切り替わったが、森から森への移動の為あまり変わり映えはしない。「目の錯覚」そう思っても仕方がない程よく似た景色なのだが……薬草マニアには通じない。
「凄い!凄いわ!これは文献でしか見たことのない幻の霊草!もう、滅びたと書かれていたのに……あれも!これも!伝説のものよ!」
興奮したティアラがしゃがみ込み、素手で地面を掘り始める。
「ティアラ様!そのような事は私がやります……ので……」
ティアラを止めようとした護衛騎士は、目の前で突如始まった珍事に思わず目を擦った。
薬草が自ら根っこを引っこ抜きルーファの前に整列し始めたのだ。流石のティアラもこれには目を丸くして続々と集まってくる薬草たちを見つめている。
『このくらいあればいい?』
その言葉と同時に薬草たちは命を失ったかの如くパッタリと倒れた。
この瞬間、彼らは理解した。ここは自分たちの常識とは別の法則が支配する場所なのだと……まるでもう1つの世界のように。
彼らから向けられる畏敬の眼差しに気付くことなく、ルーファは張り切って作業を開始する。
『よし!じゃあ、研究所を作るんだぞ!出でよ研究所!!』
ぽふ~ん!
白い煙が晴れた後には……巨大なキノコがあった。
『さ、入って』
そう言って、何故かキノコに付いている扉を開けると、そこにはメルヘンな世界が広がっていた。
大きな切り株のテーブルにキノコ型の椅子、電球の代わりについているのは発光する花の蕾だ。そこは100歩どころか10万歩譲ろうと研究所には見えない。
「ええと、大変可愛らしいのですが……研究所とはちょっと趣が違うかと」
エリザベスは即座に失言の多いティアラの口を塞ぐとフォローを入れた。流石付き合いが長いだけのことはある。その一連の動きは驚くほどスムーズだ。
「研究所はもっと機能的で……ええと、実験に使う器具が揃っているのですわ。テーブルも作業をするために大き目の方がよろしいかと存じます」
『そ、そう?じゃあ次ね!』
ぽふ~ん!
次に出現したのはショートケーキ型の家。
中を見て見れば……大き目のオーブンに、全自動式魔導食器洗浄機。魔導コンロもタイマー付きの高級品だ。
確かに大き目のダイニングテーブルも用意され、機能的と言えば機能的なのだが……
「これただのシステムキッチン……むぐ!」
「さ、先程よりは研究所に近付いておりますわ!ただ、その……料理研究家が使うのであれば問題ないのですが、魔道具の開発となればちょっと問題があるかと……」
『……』
234年間引き籠っていたルーファは研究所を見たことがなかった……
だがしかし、ここで諦めるルーファではない!ルーファは最終奥義を繰り出した!
『出でよロキ!』
カッ!とルーファの前が眩く輝き、そこから現れたのは……水滴をポタポタと滴らす全裸のロキ。どう見ても入浴中である。
「「きゃあ!!」」
可愛らしく悲鳴を上げ後ろを向くエリザベスとティアラ。ここで手で目を覆い隠し、隙間からチラチラ観察しないのは王女クオリティーか。
ルーファはと言うと……尻尾を股の間に挟み、プルプルと震えていた。着替え中のミーナとレイナを召喚し、こっぴどく叱られたのはルーファの記憶に新しい。
無言で服を纏ったロキにルーファは恐る恐る歩み寄る。
『ご、ごめんね。入浴中だって知らなくて……怒ってる?』
「オレがルーファに怒る訳ないだろう?」
そう言ってひょいっとルーファを抱え上げたロキは、その目元に優しくキスをすると真っ直ぐにエリザベスとティアラを見る。
「以前、屋敷に来た女だな。確か……シリカとフォルテカの王女か」
『エリーちゃんとティアラちゃんなんだぞ。こっちはロキ。オレの可愛い可愛い息子なんだぞ』
「「えっ!!」」
驚きの声を上げ、まじまじとロキを見る2人。
――結婚していたのか。
――ルーファの年齢は幾つなのか。
――そして何より……相手は誰なのか。
(ま、まさかガッシュ陛下と……)
仲睦まじげな2人の様子が思い起こされ、彼女たちの思考は暴走していく。それに終止符を打ったのはロキだ。
「オレはこの迷宮の守護者だ。ルーファはオレの母であり、絶対に守るべき存在……傷つけるようなら誰であろうと殺すぞ」
一瞬で漆黒へ染まった眼球が2人へと向き、威嚇するように鋭利な輝きを宿す3対の翼が広がる。
気付けば2人の身体には金属を重ね合わせたかのような尾が絡まり、鋭く尖った先端が彼女たちの首へと添えられていた。
護衛は動かない。動けない。
彼らはただ地に伏せている事しか許されぬのだから。
全員がロキの深紅の目を見る。
まるで魅入られたかの様に。
『尻尾アターックW!!』
シリアスな空気をぶった切り、必殺技を繰り出したルーファはロキの頭の上へと飛び乗るとガジガジと噛り付いた。
「……悪かった。ルーファが心配なんだ」
ロキにとって人種とは信用ならぬモノ。金の為なら平気で他者を裏切り、友を親を子すら手に掛ける……それが人という種。
ソレはルーファの側に必要のない存在。
いや、むしろ害悪ですらある。
『ありがとう、ロキ。でも彼女たちは大丈夫。これからオレたちは長い付き合いになるのだから』
それは確信に満ちた言葉……否、定められし未来か。
ロキは1つため息を吐くと彼女たちを解放した。
「非礼は詫びよう。だが……今言った言葉は覚えておけ」
剣に手をかけようとした護衛を制し、エリザベスとティアラは神妙に頭を下げた。
彼女たちの心にはロキに対する恐怖がある。だがそれよりも増して覚えたのは安堵。神獣を守護する心強い存在に、彼女たちは頼もしさを覚えたのだ。
パチン!
ロキが指を鳴らせば、目の前にはこれぞ研究所と言った風情の建物が出現する。
「先程の詫びだ。最新設備を揃えておいた。それと会員証を」
ロキの手の上に、2人は素直に薔薇のネックレスを差し出した。
「ここの座標も登録しておいた。足りないものがあれば言え。迷宮内であれば何処からであろうとオレの耳に届く」
こうしてルーファの欲望を満たすための研究所が完成した。
いずれ、ここが時代の最先端となることを彼らはまだ知らない。




