手掛かり
「わりぃ遅れた」
そう遅れて入って来たのは、ドゥランとその仲間たち。
それに応えるように室内にいる全員が彼らの方を向いた。
ここは冒険者ギルドの会議室。
防音や魔法による盗聴防止の機能がついており、申請すれば誰でも利用できるのだが……料金が発生するために使用するのは高位冒険者が殆どだ。
今回招集をかけたのは“赤き翼”のバーン。
参加しているのはドゥラン率いる“筋肉躍動”のメンバー。ビッド、マイク、トビアス。
そして、“もふもふ尻尾”のリーダーであるゼノガと、マッシム、ポトフ、チェスター、ズールノーン。
そこにアイザックとミーナ、ぜクロスを加え、総勢13名となる。
「あら?ララちゃんはいないんですか~?」
ミーナが小首を傾げながら不思議そうにキョロキョロと辺りを見回す。「“筋肉躍動”に声を掛けた」と聞いていたため、てっきり参加するものだと思っていたのだ。
「ララはルーファと面識がないからな。念のために外しておいた」
ルーファから頼まれたのは信頼できる冒険者の紹介だ。
バーンもララが裏表のない性格だということは知っているのだが……それが本性かどうかは分からない。アイザックのように別人を演じている者もいるのだから。
「あ!それなら大丈夫ですよ~。ララちゃんは薔薇会……じゃなくてルーファちゃんのお茶会のメンバーですからね~。屋敷にも1度招待されてますよ~」
「マジかよ!?」
「ルーファ様とお茶会……」
「う、うらやますぃー」
「まさか、尻尾に触らせてもらったんじゃ……」
三者三様な反応を示すメンバーを横目に、頭を抱えたバーンはミーナの肩をガッチリと掴んだ。
「いいか、ミーナ。そういう重要な事は先に言え!」
「ごめんなさい。聞かれなかったから~」
「諦めるっスよバーン。相手はミーナっスから」
ひょうきんな笑みを浮かべるアイザックの姿に、その本性を知る全員が気持ち悪そうな視線を向ける。
「「「「……何だ。文句でもあるのか?」」」」」
その声は各自の背後から聞こえた。
目の前には相変わらずヘラヘラと笑っているアイザック。だが……全員が確信した。今、自分たちの首には死神の鎌が突き付けられているのだと。
「はあ、揶揄うのはそのぐらいにしとけ」
「オレはいつでも本気だ」
「余計に悪いわ!!」
張り付けていた笑みを引っ込めたアイザックの答えに、バーンは頭を掻きむしりたい気分に襲われる……が、禿げそうなのでグッと堪える。
最近、抜け毛が酷いのはアイザック……とロキのせいだとバーンは思う。ルーファに貰った“神獣の気まぐれ”をこっそり頭皮に塗っているのは秘密だ。
「ゴホン!今日集まってもらったのは他でもない、そのルーファの頼みだ」
その言葉に各々が姿勢を正し、真っ直ぐにバーンを見る。
その目に浮かぶのは“期待”と“興奮”。神獣に目をかけられること自体が栄誉な話。
それが頼みとなれば、自分達が信頼されているという証なのだから。
「ルーファの言葉を伝えるぞ。これから暗黒の時代が来る。多くの国が滅び、多くの人種が死に絶えるだろう……〈大災厄〉の再来だな。ここまではお前らも聞いたはずだ」
第一次汚染獣襲撃の際に、カサンドラの民に語った予言だ。全員が無言で頷いたのを確認したバーンは続ける。
「既にルーファはそれに対する策を推し進めている。迷宮守護者の創造に魔物を主体とした迷宮軍の創設。はっきり言って、迷宮守護者だけでも滅亡級のレベルだ」
「滅亡級……」
ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞こえた。
竜種でさえ天災級。今まで世界で滅亡級の称号を与えられたのは僅かに2度。
――竜王ヴィルヘルムと……知恵ある汚染獣。
これは単体で世界を滅亡させ得る驚異だと言うこと。
故に“竜王”の名は特別な意味を持つのだ。仮に滅亡級の災厄が襲いかかれば、対処できるのはヴィルヘルムしかいないのだから。
「だが、それでも足りない……ルーファはそう言った」
「マジかよ」
ドゥランの言葉が全員の思いを代弁した。
滅亡級が2体いて尚足りない驚異とは一体何なのか……それはもう想像すら及ばぬモノ。
空調が効いている筈の室内がやけにうすら寒く感じ、全員の背を汗が伝う。
「そのために人種の中から戦士を育てる。条件は確かな戦闘技術と……強靭な精神を持つ者。だが、訓練とはいえ死ぬ可能性はある。いや、脱落した者は容赦なく命を刈り取られると思え。これが最初で最後の問いだ」
バーンの身体から狂気を宿す魔力が迸り、その顔が凶悪に歪む。そこにいるのはかつて見た赤鬼。
「お前たちに覚悟はあるのか?」
「舐めんじゃねぇ!そんな脅しでオレ達が怯むとでも思ってんのか!」
「カサンドラは死と隣り合わせの国だ!今更だな」
額に青筋を立てたドゥランが吠えれば、不敵な笑みを浮かべたゼノガが立ち上がる。いや、2人だけではない。全員がバーンの魔力に中てられることなく立ち上がった。
彼らは生粋の戦士。
最も危険な地で戦い続けてきた男たち。
彼らの中には既に覚悟があった。
死ぬ覚悟が。
生きる覚悟が。
そして……失う覚悟が。
何がこうも彼らを駆り立てるのか。
死んでしまった誰かの遺志か。
それとも、守るべき大切な誰かのためか。
否、それすら些細な事。
真に大切なのは意志。
何かを成し遂げんとする強き想い。
彼らはこの瞬間、選んだのだ。
世界の命運をかける戦いに参戦することを。
「上等だぜ」
魔力を引っ込めたバーンはニヤリと笑う。
まあ、彼もこの中に脱落者はいないと確信していたのだが。
何せ冒険者としての立場を捨ててまで禍津教を潰そうとしたバカ揃いだ。
「お前たちの覚悟はルーファへ伝えておく。後は……他の冒険者の推薦だ。流石にこの人数じゃあ汚染獣に対抗できないからな。誰か目ぼしい人材はいるか?」
「野獣連盟はどうだ?」
「森の友人もいいパーティだぞ。まあ、今は3人だが」
「それを言うなら絶対無敵だろ?コンシャスは固有魔法士だしな」
「だがよぉ。コンシャス以外はどうよ?あそこはコンシャスだけでもってるようなもんだぜ」
「ああ~、確かにな。危険になったらコンシャスを置いて逃げてるしな」
「でもあれは、コンシャスが『足手まといだぁ。先に行けぇ!』とか言ってるからで、実際は分からなくないか?」
口々に相談し始めた彼らにアイザックが冷笑を浮かべる。
「問題ない。そいつらには試練が与えられる。ああ、勘違いするなよ。ルーファではなく迷宮守護者の試練だ。アイツは残忍で容赦がない。耐えられるか見ものだな」
クツクツと嗤うアイザックの目は昏い悦びに満ちていた。
その心はこうだ。今のところ被害者は自分とバーンだけ……ここで大量の同士を引き入れ、被害を分散しようという狙いである。
ここでアイザックの内心を正確に推し量ることが出来たのはバーンのみ。だが……彼は何も言うことなく口を閉ざした。何故なら、彼もまた新たな生贄を求めていたのだから。
故に他の者はアイザックの言葉を乞う解釈した――何人死ぬか楽しみだな、と。
果たして彼らの間に信頼関係は作れるのか……謎である。
「そ、そう言えばこの噂を知っているか?」
殊更明るく話題を変えたのはゼノガだ。
「リーンハルト西部でかなりの行方不明者が出ているそうだ。今では孤児や貧民の数が目に見えて減っていると知り合いが話していた」
「へぇ、面白そうな話だな。正確な場所は分かるか?」
眼をギラギラと輝かせながらバーンが尋ねれば、無表情であったアイザックの顔に歪んだ笑みが浮かぶ。
(わ、話題を誤ったか……)
一瞬、後悔に浸ったゼノガだったが、直ぐに思い直す。
遠い地であるリィンまで噂が流れてきているのだ。何か巨大な犯罪組織が絡んでいる可能性が高い。
「い、いや、西部としか聞いていない」
「……暗澹の森」
ゼノガに被せるように答えたのは情報収集が趣味のズールノーン。
「アムールにある暗澹の森を知っているか?」
「いや……聞いたことがないな」
「あそこにいる冒険者は地元出身の奴ばかりだから、あまり噂が出回らないが……あの森はおかしい」
「どういう意味だ」
「ある一点を境に魔物の強さが急激に変わるらしい。それもDランクからAランクに」
「はあ!?そんなバカな話があるのか?」
弱い魔物は強い魔物に駆逐されていくもの。
故に、魔力濃度の濃い森の奥深くに強い魔物が集まり、そこから遠くなるにつれ徐々に魔物が弱くなっていくのが普通だ。Aランクの魔物の領域の側でDランクの魔物が生き残れるはずがないのだ。
「アムールではかなり有名な話だ。その境目を見誤った冒険者は誰一人として帰って来た者はいない。誰一人としてな」
「多数の行方不明者。森の中にある施設……バーン」
「ああ……他の研究所と同じだ」
2人の顔に同時に笑みが浮かぶ。
それは彼らの……赤鬼と黒鬼の原点。長年探し求めて来た獲物だ。
「ゼクロス、ミーナ、オレ達は暫く留守にする」
「わ、私も!」
立ち上がろうとしたミーナの肩を、背後から出て来たアイザックが押さえる。
「足手まといは必要ない」
悔しそうに俯いたミーナの頭をポンポンと優しく叩いたゼクロスがアイザックの目を真っ直ぐに見る。
「行くのであれば死ぬことは許しませんよ。必ず帰ってきてください」
「当然だぜ」
「分かっている。ルーファと約束したからな」
この時ばかりは、蕩けるような微笑みを浮かべたアイザックを全員が気持ち悪そうに見つめた。
◇◇◇◇◇◇
「オーダーは?」
「火竜酒ストレートで」
ピクリとバーテンダーの眉が上がり、赤いグラスに注がれた酒を差し出されたバーンは、それを受け取ると奥にある扉を潜った。
カツカツ カツカツ
カツカツ カツカツ
1つであった筈の足音はいつしか2つに代わり、そこには2匹の鬼がいた。
彼らが幾つかの曲がり角を曲がれば、その先にあるのは古ぼけた1つの扉。
明滅する魔導ライトがチカチカと扉を浮かび上がらせ、普通であれば間違いなく立ち去るだろう不気味さを醸し出している。
だが、2人の足取りには微塵の迷いもなく、慣れた様子でその扉を開けた。
そこはなんの変哲もないただの物置。
乱雑に物が積み重なり、足を踏み入れるのも躊躇われる薄汚い部屋だ……が、少し注意すれば違和感に気付くだろう。
そこにカビ臭さはなく、埃1つさえ舞ってはいないのだから。
ガラクタの隙間を縫って進む赤鬼と黒鬼の足が止まったのは、中央にある開けた空間の中心。そこで赤鬼は手に持っていた火竜酒をぶちまけた。
瞬間、眩い光と共に魔方陣が浮かび上がる。
火竜酒とは本来、火魔質の魔物の睾丸を浸けたゲテモノに分類される酒で、好き好んで頼むものはいない。
バーンが手にしていたのは火竜酒ではなく、特定の魔力が込められた水だ。それがこの魔方陣を起動させるための鍵。
一瞬で景色が切り替わった先には、先程とは打って変わった豪奢な部屋が広がっていた。彼らもそこが何処かは知らない。
彼らが知っているのはそこが出入り口の1つということだけ。
「あらあら久しぶりねぇ、復讐鬼。聞いたわよ。禍津教を滅ぼしたんですって?アレもいいお客様だったのに……残念だわ」
さして残念そうでもなく笑顔で挨拶するのは妖艶な美女……ではなく、ドレスを着た厳つい男。裏ギルドが1つ諜報ギルドの長だ。
無言で黒鬼がドサッと音を立てて大きく膨らんだ袋を置けば、ドレス男は笑みを深めた。
「御託はいいから早く情報をよこせブライアン」
「おい赤鬼!ビビアンって呼べって言っただろうが!!」
「ハッ!そんな面かよ」
フーッフーッと荒い息を吐くブライアン……ではなくビビアンは大きく息を吸い込むと、舐めるような視線を赤鬼へと向けた。
基本、彼はイケメンには優しい男……いや、女なのだ。
「もう、相変わらず慌てん坊さんなんだから。今日は貴方達に会せたい御方がいるのよ」
バッチコーンとウィンクしたビビアンに、赤鬼と黒鬼は警戒するように武器を構えた。
「どういうつもりだ?それは規約違反だ」
黒鬼が飛ばす殺気を気にすることなく、うっとりとした表情を浮かべたビビアンが身をくねらせながら立ち上がると、椅子の横へと控える……貴人を迎える従僕のように。
「大丈夫よん。貴方たちもよく知ってる御方だから」
ビビアンが言い終わった瞬間、そこには長い足を机に乗せた美しい男が座っていた。
「「げぇ!!」」
後退った2人の眼前で爽やかに笑うのはロキだ。
「ああん!ロキ様ステキ!抱いてぇ!!」
「気色悪い顔をオレの前に見せるなと言ったはずだ。もう忘れたのかカスが」
「その冷たいところがシ・ビ・レ・ルぅ」
そう言いつつも土下座して顔を伏せるビビアン。
「……何でお前がここにいるんだよ」
「諜報ギルドを掌握したからに決まってるだろ。ああ、ついでに暗殺ギルドも既にオレの手の内だ。それで?今日は何の用だ?」
鬼面を外したバーンは胡乱気な眼差しでロキを見つめる。
ハッキリ言って彼らにとってロキは鬼門。今までロキと関わって碌な目に合ってはいない……が、情報を集めるには諜報ギルドの協力が必須。
バーンは心を無にして尋ねた。
「リーンハルト西部にあるアムールについて知りたい」
「アムールねん。あそこは……」
嬉々として喋りだしたビビアンへロキの冷たい視線が突き刺さる。
「おい、貴様は何だ。言ってみろ」
ロキはそのまま椅子を回転させると、ビビアンの頭を踏みつけた。
その漆黒へ染まった眼球はロキが不機嫌な証拠。もし彼が少しでも力を加えれば、ビビアンの頭部は容易く潰れることだろう。
「はひぃ!私はロキ様の犬でございます!」
「お前が言っていいセリフはワンだけだ。分かったな駄犬」
「わん!」
それを見たバーンとアイザックは恐怖に顔を引き攣らせた。
ビビアンの姿が、かつての自分達の姿と重なったのだ。いや、ソレは再び起こり得る悪夢。
互いの目を見つめた2人が同時に身を翻そうとした矢先、背後から彼らの肩に手が置かれる。
「先に報酬の話をするか。貴様らはルーファの友人だ。特別割引で実験1回でどうだ?」
その言葉を聞いたバーンは〈疾風〉を発動させ、素早く机の上に置いた金をロキへと差し出した。
「定価で!定価でいい!」
「金銭のやり取りは人間関係を崩すというからな」
早口でまくし立てる2人にロキは満足したように嗤う。
彼らの感情は本日のロキのおやつである。
「冗談はさて置き、アムールは諜報ギルドの管轄にない」
「どういうことだ?」
若干距離を取ったバーンがロキへと尋ねれば、意外な答えが返ってきた。
「あそこは暗殺貴族の領域だ。諜報ギルドも迂闊に手が出せない場所の1つだな」
「エンヌ・ビビットか」
「ちょっと待て。だが、あそこを治めているのは……確かクレイジール男爵の筈だ」
「簡単な話だ。その2人は繋がっている。リーンハルトに巣食うアグィネス教だな。いずれ潰そうとは思っていたが……丁度いい。貴様らが潰してこいよ」
「いや、オレ達が潰すのは研究所だ。流石に暗殺貴族と殺り合うつもりはないぜ」
手を出せるなら疾うに手を出している。
エンヌ・ビビットは裏の世界では有名な貴族なのだから。
だが……彼の暗殺部隊は精強。固有魔法士も1人や2人と言った少人数ではなく、バーンとアイザックでも迂闊に手の出せぬ相手だ。
「バカが。研究所に貴族が関わっていないとでも思っているのか?」
自分を睨みつける2人の視線に心地よさを感じ、ロキは僅かに目を細める。
彼らも分かっているのだ。あれ程の巨大犯罪組織に、貴族が関与してない筈がないことを。
「いいことを教えてやろう。研究所と勇者召喚は繋がっている。滅ぼされたアンセルムがかつて勇者召喚が行われた地であり、現在勇者召喚陣を所持しているのはベリアノス。さて、研究所はどっちと繋がっている?ベリアノスかナスタージアか……」
去り行く2人の姿が消えると同時にロキは命じる。
「ベガ、諜報部隊30名を率いてアムールへと向かえ。あの2人には必ず1人見張りを付けろ」
「畏まりました」
バーンとアイザックが齎した情報はロキにとっても重要なモノ。研究所から勇者召喚まで一気に王手がかけられる可能性があるのだから。
まあ、そこに研究所があればの話だが……可能性は高いとロキは考えている。
以前、ガッシュと戦った合成獣のことを考えれば、間違いなくリーンハルト内にもう1箇所研究所がある筈だからだ。
「忙しくなりそうだな……」
ポツリと呟いたロキは深淵へと消えた……床へ這いつくばった犬を残して。
「ご主人さまぁぁぁ!!」




