死の饗宴
「ヴィルヘルム……その、ありがと」
そっぽを向いて礼を言うマサキにヴィルヘルムはうっそりと笑う。
「それだけか?」
「う゛っ!……バカって言ってごめん」
「くくっ、まあ良いだろう」
ヴィルヘルムは神剣に近づき、宙に浮いたままのそれに手を伸ばす。何度か神剣をひっくり返し、その力を確認していた彼は自身の魔力をそれに込めた。
その瞬間、ヴィルヘルムの身体に対し小さかった神剣が変化する――刀身だけで1.5メートルはあろうかという長大な片手剣へと。
「なるほど」
普通の者では決して持ち上げることすら叶わぬであろう剣を、ヴィルヘルムは片手で軽々と振るう。型も何もあったものではない彼の素振りは、まるで枝を振り回す子供のようだ。
彼が剣を持つのはこれが初めての事なのだから致し方ないのかもしれない。だが技術的な事はさておき、その剣速は目で追えぬほど鋭く速い。
感触を確かめたヴィルヘルムはマサキを振り返る。
「我は少し汚染獣共と遊んでこよう」
「俺も行く!!」
カトレアから名残惜し気に手を放したマサキが、自分の元へと駆け寄る姿を見つめながら、ヴィルヘルムは深々とため息を吐いた。
「そなたの頭は空っぽか?“歪み”が消えるまで汚染獣に触れてはならぬと何度申した?」
「で、でも!!何か出来ることがあるかもしれないし!」
「自ら戦おうとするその心意気は買うが……それはそなたの長所であり、欠点だと知れ。時と場合を見極めよ」
言葉に詰まり俯いたマサキにヴィルヘルムは畳み掛ける。
「我にそなたを殺させる気か?」
「……じゃあどうしろって言うんだよ!!俺は……頭悪いし、手先も器用じゃないし……」
そう言ってマサキは己の手の平を見つめる。
「この世界に来て手に入れたのは馬鹿力だけだ!それなのに……戦えないって。ただお前の足引っ張てるだけじゃんか!!お前はカトレアを救ってくれたのに!!」
その言葉にヴィルヘルムはポンポン、とマサキの頭を慰めるように撫でる。彼の顔はいつもの無表情なれど、その頬は照れたように赤かった。
「早く子を作り、“歪み”を消せ。全てはそれからぞ」
「ふぁ!?」
ピシリ、と石像のように固まったマサキの耳元に顔を近づけ、ヴィルヘルムは意地悪く囁く。
「何なら我がもう何人か良き雌を見繕ってこようか?」
「けけけけけけけけけ結構ですけど!?俺が愛してるのはカトレアだけだし!!」
真っ赤な顔でカトレアへの愛を叫ぶマサキの身体を反転させたヴィルヘルムは、その背を押す。
「それにあの状態のカトレアを独りにする気か?」
ハッとしたようにマサキはカトレアの縋るような瞳を見つめる。
彼女はつい先ほど最後の家族を失ったばかりだ。ここでもしマサキまでも失うことになれば……彼女の心は壊れるかもしれない。
走り寄ったマサキはカトレアの手を取りぎゅっと握った。自分が側にいることを教えるかのように。
後ろ越しにマサキは小さく言葉を紡ぐ。
「……死ぬなよ」
「誰にものを申しておる」
傲然と笑うヴィルヘルムの背に翼が広がり、瞬く間に夜空へと消え去っていった。
◇◇◇◇◇◇
無数にいた汚染獣は今では数えられるほどその数を減らしている。だが……それを見る戦士たちの顔色は冴えない。その原因は漆黒の汚染獣にあった。
漆黒の汚染獣を中心に瘴気の濃度が上がっているのだ。〈聖嵐〉ですらその濃密な瘴気を払うこと叶わず、ただ徒に戦士たちの魔力が消費されているに過ぎない。いや、状況はもっと悪い。
〈聖嵐〉が瘴気に汚染され、聖なる力を発することなく呑み込まれているのだ。それは戦士たちにとって悪夢に他ならない。それ即ち、彼らの攻撃が全く通用しないという事なのだから。
「隊長!!」
部下の言葉にギャゾンは振り返り、その顔を歪める。
「神剣はどうした!儀式は失敗したのか!?」
彼はギャゾンの命令で神域に張り付けていた部下である。その目的は神剣が完成し次第、ギャゾンの元へと運ぶこと。今まで彼らが勝利の見えぬ戦いに身を投じてこれたのは、神剣という最終兵器の存在があればこそ。
最悪の予感がギャゾンの脳裏を横切った。
「それが……神域が消滅し中に入ったのですが、途中で弾き出され中心まで近づけません!」
「何だと!?一体……」
「咆哮きます!!」
ギャゾンの言葉に被せるように騎士が叫び、即座に〈聖結界〉が張られる。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
瘴気と衝撃波が結界を揺るがし、結界に僅かに罅が入る。
「修復急げ!」
「た、隊長!汚染獣が……」
震える兵が指し示すその先を、彼らは呆然と見つめる。
くちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃくちゃ
誰も動かない、動けない。
彼らに出来るのはただ見ることのみ――その悍ましき惨劇を。
それは共喰い。
漆黒の汚染獣に与えられし新たな力。
漆黒の汚染獣が同族であるはずの汚染獣を食い千切る。嬲るようにゆっくりと。苦痛を与えるように残忍に。
グッグッグッと喉を鳴らす姿は歓喜に満ち、長い舌がビチャビチャと黒い液体を舐め取る。やがて何倍にも膨れ上がった黒き獣が彼らを振り返り……嗤う。
――蹂躙。
この言葉こそ相応しい。
涼やかな音を奏で弾ける〈聖結界〉。
咆哮と悲鳴、歓喜と絶望。
逃げ惑う哀れなる人種に、振り下ろされる巨大な巨大な足。
その姿は、蟻を踏みにじる子供の如く無邪気で残酷だ。
その様子を上空から観察していたヴィルヘルムは、手にした神剣に力を込め打ち出した。
まるでビームの如き白銀色の光が一直線に漆黒の汚染獣へ突き刺さる……が、当たったのは最初の数発。残りはジグザグに走ることで回避された。
そして何より驚くべきことは、身体を小さくすることで当たる面積を少なくしたことだ。
「力の圧縮」
金の目はその行動を解析する。
魔力を圧縮することで体積を小さくし、密度を高める。それにより齎されたものはスピードの上昇に身体強化。
更に岩陰に隠れることで攻撃を避けようとしている……今までにない行動パターンだ。
「知能があるのか……?」
ヴィルヘルムは一旦攻撃の手を止める。
(さあ……どうでるか)
漆黒の汚染獣は一瞬ヴィルヘルムがいる上空へと目を向け……即座に身を翻した。
一目散に海へと向かうその姿は、ただ逃げているだけのように思えるが、それを見つめるヴィルヘルムの顔は険しい。
知恵無き汚染獣に“逃げる”という思考はない。奴らを突き動かすのは“飢餓”と言う名の本能のみ。
「力を使いこなす知能に思考能力、強き本能を抑えるだけの理性……最悪ぞ。何と言う化け物を生み出してくれた」
いや……本当に最悪なのは〈共喰〉という力か。ヴィルヘルムはその詳細を調べる。
〈増殖〉で分裂することの無い漆黒の汚染獣は、喰えば喰うほど力を増す。他の汚染獣が世界中に拡散している今でこそ、そこまでの脅威ではないが……もし、世界の大半を喰らいつくした汚染獣の力が集約すればどうなるのか。
――世界の終わり
その不吉な予感を振り払うようにヴィルヘルムは神剣へと力を注ぐ。
輝きを増す神剣から伸びた白銀色の刃は、まるで地上に顕現した月そのもの。それの発する波動は兵に癒しを与え、反対に汚染獣は苦悶の悲鳴をあげた。
「これが神剣の力か」
刃を水平に掲げたヴィルヘルムは獲物を見つめ、ペロリと唇を舐める。その顔は新しい玩具をもらった子供のそれだ。
「試させてもらうぞ!」
ヴィルヘルムがバサリと翼をはためかせれば、既に知恵ある汚染獣は目と鼻の先。
反転して向かってくるソレを見つめながら、ヴィルヘルムは無造作に神剣を振り下ろした。
「逃げきれぬと悟ったか……冷静な判断力だ」
皮肉気に呟いたヴィルヘルムは剣を元に戻すと、肩へと担いだ。悠々と空を飛ぶヴィルヘルムの背後には漆黒の汚染獣の姿は欠片も残っていなかった。
ヴィルヘルムは気付かない。最期の瞬間に汚染獣が満足気に嗤ったことに。
何故、5体いる漆黒の汚染獣が単独でやって来たのか……多少の頭があれば、戦力を分断するなど愚の骨頂だと分かるだろうに。
その答えは――戦力の分析。
そう、ソレは尖兵であったのだ。
遠くからでも感じるほどの強大な魔力を持つ何者かを調べるべくやって来た先触れ。
そしてソレは見事に任務を果たした。ソレが視たモノは即座に仲間へと送られ、情報が共有されるのだから。
勝つために、喰らうために、彼らは力を欲する。
さあ、死の饗宴が始まる。
迷宮神獣Ⅰで汚染獣がヴィルヘルムから逃げる場面がありますが、それは超越種に進化したためです。現在は古竜王種ですので汚染獣がヴィルヘルムを恐れることはありません。




