次なる一手
修正が終了しました(*´ω`)
大まかな内容はそのままですが、設定を少々変えている箇所があります。
大きい所では大陸の名前をアルサレム大陸からラスティノーゼ大陸へ。
ヴィルヘルムの髪が深紅から漆黒へ変わっているのが、漆黒から深紅へ。
それと心の声を()で表すことにしました。
これからもよろしくお願いします!
――神聖皇国ナスタージア
ベリアノス大帝国の東に位置する宗教国家にして人類至上主義を掲げるアグィネス教の総本山。国土こそ小国並みではあるものの、その影響力は大陸でもトップクラスだ。
その最大の理由として、大陸中部を中心に広く信仰されていることが挙げられる。多くの国にアグィネス神殿が存在し、民・王侯貴族問わずその影響は計り知れない。
その求心力の中核を担うのがアグィネス教の守護者たる神聖騎士団。そこに所属する数多の聖騎士は魔物に怯える他国の民を無償で守り、時には災害時の復興や盗賊の討伐も行っている。
だが完全に慈善事業かと言われれば当然そんなことはない。各国の王族から莫大なお布施を得ることにより運営されているのだ。
何故なら神聖騎士団が駐在している国は、他国から侵略される可能性が限りなくゼロに近く、仮に侵略行為が行われれば、それ即ちナスタージアを――聖騎士が派遣されている国全てを――敵に回すこととなるのだから。
言うなれば宗教連盟のようなものだ。その加入の証が神聖騎士団の派遣である。
故に、ナスタージアは自国に常駐している兵の数は同規模の国家に比べても少ないものの、各地に派遣している神聖騎士団を合わせれば、その規模は大国にも引けを取らないほど膨大なものとなる。
ナスタージアの国力では決して養いきれる規模ではない神聖騎士団をどうやって維持しているのか……その答えが先程述べた御布施である。
つまり、諸外国が莫大な軍事費を“お布施”として支払うことにより、神聖騎士団は維持されているのだ。
一見、他国に依存しているかのようなシステムだが、これはれっきとした商売の一種。
ナスタージアは“庇護”を売り、諸外国は“後ろ楯”を買う。それを成り立たせるだけの信用と力をナスタージアは有しているのだ。
これがナスタージアが小国でありながら大国並みの影響力を持つ理由である。
さて、ここでもう少しアグィネス教について詳しく述べよう。
アグィネス教とは、新世暦4000年頃に台頭した至高神アグィネスを信仰する一神教である。この宗教こそ人族至上主義の原点となる。
教義では「世界は人族のために創られ、それ以外の亜人は人族に尽くすために創られた」と謳っており、亜人という言葉はこの時に誕生した。
信者は誤った道を行く亜人の目を覚まさせ、人族に尽くすという本来の姿を取り戻さねば死後永遠の苦しみが与えられると信じている。故に善良で信仰心の強い者ほど亜人を捕らえ隷属させることを使命とし、時には残虐な行為もためらわない狂信者と化す。
その宗教の頂点に立つのが教皇ルーク・ジルベスタ・シエル・ナスタージア。
銀髪銀眼を持つ美麗な容姿を持つ彼は、国内外問わず熱狂的な支持を得ている。そしてアグィネス教教皇とは、ナスタージアの皇帝と同義。
つまり中部諸国の大半を牛耳っている“支配者”こそ、ルーク・ジルベスタ・シエル・ナスタージアなのである。
意外なことに、誰もが欲する教皇の地位は世襲性ではなく、左手に“聖印”を持つ者こそが次代の“皇”となる。いや、次代と言うのは正確ではない。
何故なら“聖印”は、当代教皇が身罷られた瞬間に、新たな教皇へと継承されるからだ。故に教皇は常に世界でただ1人。
この“聖印”こそが神の愛し子の証であり、教皇の神秘性を絶対的なまでに高めている。
そして、“聖印”が現れた者は例え今までどんな人生を歩んでいたとしても、その瞬間から“ルーク・ジルベスタ・シエル・ナスタージア”を名乗る。
“ルーク”とは教皇を示す名であり、この名を他の者が名乗れば極刑となる。
そんな歴史あるナスタージアの城の一角に、物憂げに座る男が1人。
男の白く優美な手がクッキーを摘まむ。
まるで芸術品の様な手だ。
長く細い指に形の良い爪、そして肌理の細かい滑らかな肌。その肌に赤い赤い、血のように赤い紋様が浮かんでいる。それは尾を飲み込む蛇――蛇環の輪だ。
これこそが“聖印”、教皇の証。
男――ルーク・ジルベスタ・シエル・ナスタージア――の眼前にはナスタージアの勇者たちが勢ぞろいしていた。
“傲慢”の鳳 壱星
“諜報”の服部 大夢
“悪意”の葛谷 和真
“暴食”の水野 椿
“色欲”の望月 愛姫
“詐欺”の九鬼 天音
“空間”の園部 翼
勇者を前に、ルークは挨拶もなしに本題に入る。
「もう聞いているとは思うが、神獣の抹殺は失敗に終わった」
そう言ったルークの顔色は明るく、その声は子供のように弾んでいた。
叱責でも受けるのかと覚悟してきた勇者たちは、どうみても機嫌の良いルークの姿にお互いに顔を見合わせる。
「ええと、失敗した割にはご機嫌が麗しいようですけど……何かありました?」
「見つかったのだ」
愛姫の問いに答えたルークは何事か思い出したのかうっとりと目を細め、切なげに息を吐きだす。その恋焦がれる姿に勇者たちは信じられぬものを見た、とばかりに目を見開く。
「ま、まさか恋人が!?」
ルークを狙っていた愛姫がガターンと椅子を蹴って立ち上がり、ショックでその身を震わせる。
「汝は何を言っておるのだ。余は神獣について話していたと思うが……」
ルークが愛姫を見つめる目はまるでゴミ虫を見るかの如く冷たい。
その蔑みの視線を受け、「あぁ!そんな冷たいところがイイ!」と身悶えする彼女を、椿は無言で元の位置へと座らせた。
更に面倒くさいことに、その様子を見た愛姫の愛奴隷1号・壱星がメラメラと嫉妬の炎を燃やしながらルークを睨む。
「それで何が見つかったんですか?」
「竜玉だ」
間髪入れず答えたルークに、それまで興味なさげにぼんやりと座っていた大夢の顔が上がった。
彼は汚染獣の大規模襲撃にあたり、〈偵察ノ眼〉で観察していたのだが……途中から妨害されているかのように何も映らなくなったのだ。
その後は仮面の命令で〈偵察ノ眼〉を引き上げたため、結局満足のいく情報を得ることが叶わず、情報収集が趣味の彼としては不満が残るところだ。
「……竜玉って母なる神獣ですよね?」
大夢の問うような眼差しに、はんなりと微笑んだルークは紅茶を一口飲み、ひじ掛けに手を乗せ頬杖をつく。
「違ったのだ。真なる竜玉は母なる神獣の子だ。くくっ、報告によれば竜王は相当怒り狂っていたとか……嗚呼、竜王が慌てる姿をこの目で見たかった……」
目を潤ませ頬を紅潮させたその姿は、まるで大輪の花のように艶やかで、愛姫意外の全員が目のやり場に困って顔を伏せた。ちなみに、愛姫はガン見している。
だがそんな勇者の様子を気にするでもなく、普段はソファーに寝そべっていることの多いルークは立ち上がると、窓辺へ向かいゆっくりと歩いて行く。
そこから見えるは皇都スターシャの街並み……いや、彼の目に映るは世界だ。
「神獣の抹殺は中止だ……利用価値がある。期せずして竜王の目が西部へと向けられた。竜玉が西部にいる限りあの男がそこから動くことはあるまい」
振り返ったルークの顔は逆光で見ることは叶わなかったが、勇者たちにはその表情がハッキリと分かった――嗤っているのだと。
「喜べ、遂に動く時が来た。汝らには新たに拠点を用意しよう。中央諸国で騒ぎを起こしドラグニルの目を引け。それと同時に、ミタンム王妃オリヴィアを陥落せよ……北を落とすぞ」
勇者たちが去った後も飽きずに街並みを眺めていたルークの背後に影が生じる。
「遅かったな」
その言葉に軽く肩をすくめた仮面は許可もなく椅子へと腰かけた。それと同時に兎人族の女奴隷が震える手で酒をグラスへと注ぐ。
「驚いた。まだ壊れていないのか」
「言ったはずだ。掘り出し物だと」
3本ずつしかない指に1つしかない乳房、相変わらず伸ばされた前髪が右顔面を覆い隠している。そこには醜い……皮を剥ぎ取られた皮膚と抉り取られた眼窩があるのだろう。
仮面が兎耳へ目を向けると、以前はあった耳が1つ減っていた。
「そろそろ削り取る部位がなくなったのではないか?」
「腕や足を切り取っても構わぬが……そうすれば動けなくなって面白くない。適度に残しておくのが良いのだが……汝の言う通りそろそろ替え時よな。今はコレの血縁者を探しておるのだ」
「何故だ?」
蒼褪め今にも倒れそうな兎人族の女を何の感慨もなく眺めていた仮面が視線を動かすと、子供ように無邪気に嗤うルークが映る。
「壱星から聞いたのだが、肉体の欠損部分に赤の他人の部位を使用するよりも近親者のほうが適合性が高いそうだ。他者の皮膚を使用した治療は成功したが、他の部位ではまだ成功してはおらぬ。近親者がおれば新たな実験が出来よう」
「相変わらず悪趣味だ」
やれやれと再び肩を竦めた仮面に、正面へ座ったルークが問いかける。
「それで?竜王の力は解析で来たのか?」
「アレは無理だ。破壊の力だとしか言えん。ただ……眼に関する異能を持っているのは確実だ」
ルークは無言で続きを促す。
「竜王はリィンから神獣のもとまで迷うことなく最短距離を飛んだ。遠視などといったチャチな力ではないだろう。その後、汚染獣を1体残らず消滅させられたことからも、かなり広範囲を把握できると考えていい。定かではないが、解析の力も内包している可能性がある。いや……その可能性は高い。なんせ歴史にピンポイントで介入してくるんだ。未来が見えんアカシックレコードだけでは無理だろう」
「チッ……厄介な」
何事か考え始めたルークを尻目に仮面がグラスを手に取れば、顔全体を覆っていた筈の仮面が変化する。魔道具なのだろう。
露わになった口元は皺ひとつなく、彼あるいは彼女がまだ年若いことを示している。
チロチロと舐めるように酒を飲んでいた仮面とは対照的に、ルークは手に持ったそれを一気に煽る。
「竜王が勇者召喚陣を探して動き出すことは間違いない。しばらくは勇者とその末裔をこの国から出す。連絡も取らぬ方が安全だろう」
「勇者はミタンムへ行かすからいいとして、末裔はどうする?」
20年以上勇者召喚を続けていただけあって、ナスタージアには多くの末裔がいる。当然、ソレらは幼いころから英才教育とマインドコントロールを施し、今では忠実なナスタージアの聖騎士だ。
何故わざわざ〈邪怨ノ蟲〉があるのに、マインドコントロールなどという面倒な手段を使っているのかと言えば、仮面の存在を竜王に気付かれるのを防ぐためだ。
支配系の魔法は鑑定系の魔法で看破することが可能であり、取り扱いが非常に難しいのだ。その反面、バレさえしなければその力は凶悪の一言に尽きる。
何せ解除できるのは神獣だけ、というふざけた性能を誇るのだから。
故に、仮面はルークにとっての切り札たり得る。
「聖騎士として弱小国に送る。流石に吹けば飛ぶような国は調べぬだろう」
「分かった。アンセルムはどうする?あそこは〈邪怨ノ蟲〉で中枢を支配しているぞ?」
面白そうに嗤ったルークはさも当然といった風体で口を開く。
「壊すしかないだろう?それとも怖気づいたのか?」
「まさか。汚染獣にやらせたのでいいか?」
「構わぬよ。目くらましに他の国も襲わせよ」
ルークの挑発に何の反応も示さない仮面に、つまらなそうに応えた彼は再び満たされたグラスを手に取り、クルクルと回す。
一国を滅ぼす相談をしている2人は顔色1つ変えることはなく、それはまるで花を手折るかの如き容易さだ。彼らにとってソレらは等しく無価値なのだから。
「竜玉は放置か?」
「ベリアノスへ情報を流す。そうすれば勝手に踊ってくれるだろう」
「そう上手くいくのか?」
「まずは様子見。何事も最初が最も難しい。そうは思わぬか?」
そう言ってルークは今日一番の微笑みを浮かべた。
まずは情報収集から。敵の戦力を暴くのにベリアノスは良い駒となるだろう。
それに……もうじきベリアノスの勇者が知恵ある汚染獣へと変わるのだ。今回失った損失を補って余りある――その数は25体にもなるのだから。
互いに顔を見合わせた2人は意味深に嗤うとグラスを掲げる。
「「世界を我らが手に」」
「シャン!」という涼やかな音色が響き、太陽の光を反射した琥珀色の酒がグラスの中で踊った。