街中
※コード『シティサイド』が起動しました※
※シナリオ決定権を一時的に譲与します※
「おい、フェリス。」
帰るなり早々、耳につく声。
私、フェリスは幸せな気分から一転、深い溜息を吐く。
「なんだ、親に向かってその態度は? お前は昔から……」
「はいはい、ごめんなさい。」
父の話は、いつも長い。
私は適当に相槌を打ちながら部屋へ進む。
「待て」
呼び止める声がかかるが、私は無視する。
無視するはずだった。
「最近、山へ足を運んでいるらしいじゃないか」
その一言。
それを耳にしてしまったせいで、私の足は止まった。
「……お父さんには関係ないでしょ」
「いや、関係ある」
私の反論は、スッパリ叩き切られてしまう。
「お前はエティールノ家の娘だ。そんな不審な行動ばかり取られていては、私が迷惑だ」
「知らないよそんなの」
「それに、山には悪い噂があるらしいじゃないか。災厄の魔女、だったか」
「……それが何?」
「そんな山に出入りしているとなれば、エティールノ家にも悪い噂が立つ。今後、あの山には近づくんじゃない」
……呆れた。
「呆れた」
「何!?」
つい口から出てしまった本音に、お父さんが目ざとく反応するしてくる。
「お父さんは自分のことしか考えてない。そんなに自分と、自分の立場が大事なの?」
「当たり前だ、お前に衣食住を与えているのは私なんだぞ? お前を養うために、仕事を優先して何が悪い?」
「……私を育てたのは、お父さんじゃないけどね」
「おい、今なんて言った」
今思うと、私はストレスが溜まっていたのかもしれない。
最近ずっとこれだ。お父さんと顔を合わせるたび口論を繰り広げている。
私はズカズカとお父さんの前まで歩き、言ってしまった。
「私を育てたのは、お父さんが殺したお母さんだから」
そして、お父さんの横を通って家を出る。
後ろから怒鳴る声が聞こえたが、無視した。
それから数分後、図書館。
私は椅子に腰掛け机に突っ伏していた。
(はぁーっ、またやっちゃった……)
私は心の中で、先程の発言に後悔していた。
別にお父さんが嫌いな訳ではない。好きでもないと思うけど。
それでも、ああして口論になってしまうのは、私としては望ましくなかった。
気配を感じて、ふと私は後ろを振り返る。本棚の陰で、ヒソヒソと話し合う二人の少女がいた。
しかしフェリスに気付かれると、二人揃ってフッと逃げてしまう。
フェリスは彼女たちを知っている。同じ学校に通っていた同級生だ。
(……はぁ、あんな家に生まれなければなぁ。)
はぁ、と深い溜息を吐く。
彼女たち、学校の皆は、決して悪い人達ではない。
ただ、誰もアルマとは話したがらない。会いたがらない。
原因は父だった。
過去、私は男子と喧嘩になったことがあった。
小学生並みの暴言、暴力。感情が高ぶって泣いてしまったんだっけ。
傍から見ればよくある喧嘩。
だが私の場合、そうではなかった。
後日、父が学校に乗り込んできたのだ。
聞けば、教師から話を聞いたとか。そして男子を怒鳴り、叱り、親まで呼んで怒鳴り散らした。
そして、その男子を退学にした。
それから私に関わってくる子はいなくなった。なので別に、虐められているわけではない。
私は、学校で独りぼっちのお姫様というわけだ。
「……サイテーな親」
葛藤をどこにもぶつかることができず、ポツリと呟く。
だが、それを聞いてる人物がいた。
「フェリスちゃん、そんなこと言っちゃ駄目よ?」
「あっ、店長さん」
いつの間にか私の正面には、私のよく知る人物が座っていた。
「もう、店長さんなんて呼び方しないの。堅苦しいでしょ?」
「……じゃあ、司書さん?」
「んもぅ、ルディーノちゃんって呼んで?」
「ルディーノさん」
「『ちゃん』!!」
「ルディーノさん」
「もー、フェリスちゃんは意地悪ね♪」
図書館では静かにしないといけないので、二人でクスクスと笑う。
ルディーノさんは私の数少ない友達だった。
肩まで伸ばした黒髪に、綺麗な紫色の瞳。声は、落ち着いていてやや低い。
黒のトレンチコートを羽織っている辺り、司書らしくはない。
おまけに筋肉質。触らせてもらったことがあるが、カッチカチだった。
とても司書とは思えない。
あと、私と同じでぺったんこ。関係ないけど司書とは思えない。
でも頭はいい。私からの質問にはだいたい答えてくれるし、ルディーノさんでも分からなかったら調べてきてくれる。
そして何と言っても、私に話しかけてきてくれる。
過去の話だが、私は聞いたことがあった。
「ルディーノさん」
「はいはい、何かしら?」
私が席から声をかけると、ルディーノさんはわざわざこちらへ来てくれる。
「あの、私のお父さんのこと知ってますか?」
「ええ、あの気難しい会長さんでしょ? 知ってるわ」
「じゃあ、私の友達を退学させたのは?」
「知ってるわ。全く、無茶な会長さんよね」
クスクスと笑うルディーノさん。私は驚きを隠せなかった。
「あ、あの、じゃあなんで、私と話してくれるんですか?」
「……ん?どういうことかしら?」
「だからー……そのー……」
「……あぁ、会長さんが怖くないのかって話?」
「そう!」
私の言いたいことを、ルディーノさんは代わりに言ってくれる。
訊いたのは私なのに。助かる。
「でもそれって関係あるかしら?」
ルディーノさんが、諭すように言う。
「私は、フェリスちゃんと仲良くしていたいのよ? なのに、そこに会長さんが介入する余地があるかしら?」
「でも……」
「大丈夫よ。私、腕には自身があるの♪」
「それは無茶だと思う」
いくらルディーノさんが力強いとはいえ……少なくとも、男が束になって飛びかかってきたら無理だろう。
「ウフフ、心配しないで。私は平気だから」
ルディーノさんはウインクし、席から外れる。
こうして、この会話は終わってしまった。
(まあ、要するに良い人ってことだね)
私が物思いに耽っていると、カウンターからルディーノさんが話しかけてくる。
「ねえ、フェリスちゃん?
「……何?」
「『魔女』って童話について、少しだけ分かったことがあるの」
「ほんと!?」
ガタン!と席を立ち上がる。
その音が響き、周りから注目を浴びてしまう。少しだけ恥ずかしくなる。
「ふふ、静かにね」と宥めてくれるルディーノさん。
「それでね、やっぱり『魔女』なんて童話、どこの国でも扱われてなかったわ。まして、そんな悲劇的なエンディングはね」
「嘘? でも、私の友達の家にはその本が……」
「まあ、待ちなさい。私はあくまで『どこの国でも』としか言ってないわ。扱っている人種がいるのよ」
「人種?」
私の言葉にコクリと頷く。
「そう。限られた人種が、その童話を扱っている……と、情報収集で分かったわ」
「その人種って?」
勢い余って、私は訊く。
だが。
これは、聞かないほうが良かったことだったのかもしれない。
いや、聞かないほうが良かった。
聞かなかったほうが、楽だった。
「魔女よ」
ルディーノさんの言葉に一瞬固まってしまう。
魔女。童話の中では決まって悪者の存在。
「魔女……?」
「フェリスちゃん。ひょっとしてその本、どこの国の文字か分からなかったんじゃない?」
「う、うん。見たことない文字だった」
「それ、きっと魔法語よ♪」
いつもより少しだけ鋭い目つきで、ルディーノさんが指摘する。
「ねえ、その友達はどこに住んでるの?」
「えっと、山、だけど」
「ふぅん……山、ねぇ……」
少し考えた後、ルディーノさんは一つの話題を私へ叩きつけた。
「ねえ、災厄の魔女の噂は知ってる?」
先程、お父さんの口からもそれを聞いた。
「それって……!?」
災厄の魔女。具体的にはどんなのか知らないけど、とんでもないのが山には住んでるって噂。
「フェリスちゃんのお友達は山に住んでる。そこには魔法語で書かれた本がある。そして最近の噂……これは、どういうことかしらね?」
嫌な汗が頬を伝う。最悪の展開が頭を過る。
アルマが……魔女?
まさか。
でも、もし魔女だったら。
私は、アルマと別れなければならない。
だって魔女だから。
……魔女だから?
なんで?
魔女は悪くない。魔女だからって嫌いにならないでって、アルマに言ったばかりなのに。
なんで私は、アルマと別れなきゃいけないの?
でももしアルマが魔女だったら、魔女だったのなら___
分からない。
どうすればいいのか、分からない。
思いつめた様子の私に、ルディーノさんが言う。
「ねえ、フェリスちゃん?」
「…………」
「友達は大事にね♪」
その言葉に、私は目を丸くする。
「別に、あなたが友達と付き合おうがあなたの勝手よ。例えそれが魔女でも。私には関係ないし、これからもフェリスちゃんとは付き合うわよ?」
「ルディーノさん……」
「それにね?」
ルディーノさんはこちらを見て、優しく微笑む。
「私、フェリスちゃんは良い子だって知ってるもの。そんなフェリスちゃんが気に入ってる子は、悪い子じゃないに決まってる。その子が魔女でもね」
私と、友達でいてくれる……
ルディーノさんの言葉に、目頭が熱くなってしまう。
でも、それだけじゃない。
それだけじゃ駄目だ。
私は、疑った。
そして悩んだ。もしアルマが魔女なら、私はどうすればいいのか。
でも悩む必要なんてない。ルディーノさんに言われて、初めて気付いた。
私がどんな姿でも、ルディーノさんは私と友達でいてくれる。私は、それが救いだと感じた。
じゃあ、アルマは?
魔女だと疑われて、あるいはバレるのが怖くて、人に近付けなかったんだとしたら___
私と同じ、孤独。
その辛さは、よく分かっているつもりだ。
私は頬をパチンと叩いて、ルディーノさんに言う。
「……ありがと。私、友達を大切にする。例え魔女でも。絶対に」
「そう。頑張りなさいね、応援してるわ♪」
そうして私は席を立ち上がり、図書館を出る。
その後、私の頭の中はアルマとのことで一杯だった。
明日も絶対に会いに行こう。明日は何をしよう。
アルマは何が好きなんだろう。
アルマはいつも何をしてるんだろう。
アルマとは次、なにを話そう。
アルマは、ほんとに魔女なのかな。
魔女でもいい。
私の、大切な友達だから。
それは変わらないから___
その夜、私は早めに布団に入った。
明日、友達と少しでも楽しい時間を過ごすために。
※コード『シティサイド』が中断されました※
※シナリオ決定権を剥奪します※