来客
あるくもりの夕方。
『チュンチュン』
「え、それ本当?」
『チュンチュン、チュン』
「ふぅん……分かった、ありがと!」
『チュンチュン』
通りすがりの小鳥と会話し、アルマは踵を返す。
(早く帰らないと……今日の夜、大雨が降るなんて!)
アルマが家に入ると同時。
ポツ、ポツと雨が降り出し、数分でとても強い雨になる。視界が白く霞むほどの雨量はまるで霧のようだ。
「わっ……前が見えない。」
ゲリラ豪雨にも負けないほどの雨に、アルマは感嘆の声を吐く。
「マグムさん、大丈夫かな? 鳥さんも、黒猫さんも、皆も……」
窓の外を眺めながら、皆へ思いを馳せる。
雨は好きなのだが、こんな豪雨は不思議と嫌気が差す。
雨の音も、湿った空気も嫌いではない。ただ何故か、なぜだか気に食わないのだ___
そのとき。
『コンコン』
扉から、ノックの音が聞こえた。
「あ、お客さんかな? はー__」
いやいや、そんなわけない。
(っ!!)
自分の言葉に鋭い突っ込みを入れながら、『はーい』と言いかけた口を塞ぐ。
アルマの家の鍵は基本、開いている。
今日のような雨の日こそ閉まっているが、そのため森の動物たちは確認せずドアを開けてくる。
ドアに追突するかもしれないが、いきなりノックなんてしない。
『コンコン。コンコンコン』
「……誰、かな」
マグムだったら、それこそノックなんてしない。
扉の先から、明るい声で『アルマー』と呼んでくれるはずだ。
つまり、扉の先にいるのはマグムでも山の動物でもない。
人間。
それ以外ありえない。
『山には災厄の魔女がいる』
先日、そんな噂が流れていると聞いたのを思い出す。
だったら扉の先は、兵士が何かだろうか。
噂の魔女を倒すために、村が派遣したとか。
そして、災厄の魔女だと勘違いして私を殺しにきて___
『あ、あのー』
扉の奥、外から声がする。
いつの間にか隠れていた棚裏から、アルマは顔を出した。
『誰かいませんか? 雨で帰れなくなっちゃって……』
声は、女性だ。
アルマは棚裏から離れ、扉に耳をつける。
……気配は、一人。
「…………はい?」
意を決してアルマは応える。
『あ、良かった! すみません、中に入れてもらえませんか?』
唐突な要望。
普通なら、なにも躊躇うことはない。だがアルマは魔女。
「えっと、ちょっと待ってください!」
念には念を、という意味で、アルマは簡単に魔法の準備をする。万が一、相手が襲ってきても魔法で迎撃するためだ。
「ど、どうぞ……?」
準備もできて、そっと扉を開く。
扉の先にいたのは___
「す、すみません……お邪魔しまーす」
普通の女の子だった。
白銀の短髪に白色のポンチョ。膝丈の灰色のスカート。
すべてグッショリと濡れているが、一般的な、普通の少女。
だが『人間』。
それだけで、アルマの胸に緊張が走る。
「その、一晩泊めていただけませんか? この雨で、帰り道が分からなくて」
前の男と同じ、遭難だった。
「…………」
「あの、駄目?」
「あっ、いやえっと、違うの!」
自分で言って「しまった」と思った。
なにが違うのだろう。
今悩んだのは正に、この人間を家に泊めるべきか否かではないか。
「そのー……こんな夜で、外も危なくて。一晩だけでいいんです!どうか一部屋貸してください!」
「あっ……えっと。」
頭を下げられ、アルマはどうしようもなくなってしまう。
こんなとき、魔女はどうするのだろう。
無慈悲に少女を殺すのだろうか。
見られている中で、いつ魔女だと悟られるか分からない。だから宿泊という名目で監禁し、人里へ帰らせず、最後には殺すのだろうか。
それが一番情報の漏れない確実な方法だろう。
現にアルマは先程、即席の魔法陣を描いている。
炎、雷、その他様々な魔法をアルマは使いこなせる。
今ここで少女を殺すことくらい、容易い。
だが
アルマという魔女は、優しすぎた。
「……うん、分かった。一晩だけね」
アルマはすんなりと、少女を受け入れてしまったのだ。
仕方ないと言えば仕方ないのもしれない。
森で熊に襲われた人間を、わざわざ助け出したような少女だ。
この大雨の中困っている、しかも同年代の少女がいたなら……アルマとしては、助けないわけには行かない。
その性格は、人間として生きるには非常に頼りになるが
魔女として生きる上では、これ以上なく頼りなかった。
「ほ、本当!?」
「うん。だけど、今から私が言うことは守ること」
そう言って、アルマは少女に説明する。
一つ、部屋のものに勝手に触れないこと。
一つ、指定した部屋だけを使うこと。
一つ、扉を開けるときは、必ずノックをすること。
一つ、この家のことは誰にも言わないこと。
一つ、以上四項目を厳守すること。
「……あの、別にいいけどなんで?」
「えっ?」
少女がアルマに、訊く。
「全部、守るよ。大丈夫。でも……なんで、そんなに沢山のルールを作るの? なにか理由とかあるんだよね?」
「あ……え、えっと、私はここで研究をしてるの!触ったら危ない物とかあるし、あまり動き回らないでってこと!」
苦し紛れの言い訳に、自分で苦笑が出そうになる。
こんな嘘、すぐにバレるだろう……と思いきや、
「ふーん……あなた、すごい人なんだね!」
「え、あ……そう、なのかな?」
すんなり受け入れられて、アルマはほっとした。
「それじゃあ、貴方の部屋を」
「あ、その前になんだけど……」
案内しようとするアルマを、少女が呼び止める。
何事かと思って振り返り、しかしアルマは即座に状況を把握した。
「……服とか、どうにかならないかな? 全身ビショビショでさ。えへへ……」
髪から、服から、スカートから、水滴がポタポタ落ちる。
確かにこれはかわいそうだ……アルマは部屋より前に、暖炉を提供することになった。
今日一日は、暖炉の前で少女の服を乾かすことになる。
では、今日寝る服はどうするのかというと__
「わぁ……綺麗。」
「気に入ってくれたら嬉しいよ」
当然というか、アルマが提供することになった。
「なんだか軽くて、不思議な感じ。ねえ、この服はどんな素材で出来てるの?」
「えっ!? わ、分かんないなー。はは……」
なんとか、アルマは誤魔化そうとする。
貸している白色のシャツとスカートは、魔法の服だった。
アルマが来ている服と同じ、汚れない服。洗濯の手間が省けるのは非常に便利なのだが、逆にアルマは魔法の服しか持っていなかった。
まさか、来客があるなんて思ってなかったのだ。
「そう……家で作ろうと思ったんだけど、残念」
「ご、ごめんね」
もちろん魔法の服は、一般人には作れない。
アルマは詮索が止められて安堵すると同時、少しだけ申し訳なく思った。
今日、偶然にもアルマと出会った一人の少女。
この少女が今後、アルマの運命を大きく歪めることになる。
そのことを二人はまだ知らない。
そして。
それが偶然でも何でもないことを、二人はこれからも知らない。