昼の出会い
暖かな木漏れ日が差し込む、昼の頃。
アルマはリンゴをたくさん抱えて、熊の洞穴へと向かっていた。
『俺が、山で迷ったこと。襲われたこと。あなたに、助けられたこと……全部、忘れましょう』
『ここで、俺は誰とも会わなかった。何もなかった』
思い返すたび、嫌な感情がこみ上げてきた。
だが、それは決して嫌悪感ではなかった。
家に帰るときに感じる喪失感。
自分の中にない筈の何かへの憧れ。
それは、言ってしまうと孤独感だった。
初めて人間と仲良くなって、心なしか浮かれてたのかもしれない。
あの時のことを考えていると、アルマはさらに悲しくなる。
無理やり、頭から記憶をかき消した。それでも頭の中で記憶が渦巻く時は、とにかく感情を無視することにした。
「くーまーさんっ!」
『グルル……』
「約束通り、リンゴ持ってきたよ!」
熊の洞穴へ着くと、リンゴを熊へと分ける。
『クゥー』
「え、いいっていいって! 全部クマさんが食べていいよ!」
『ガウ』
「……もう、しょうがないなぁ。私も一緒に食べるよ」
そう言って一番小さなリンゴを手に取る。
齧り付くと、甘酸っぱい酸味が口の中に広がった。
ふと顔を上げると、柿の木が目に入った。
ただ、下の方の実は丁寧に切り取られている。
「……男の人はあそこから取ったんだなぁ」
ふとそんなことを思い出して、また悲しくなってしまう。
「ねえ、クマさん」
『ガウ?』
「私って、なんで嫌われてるのかな」
『グルル……』
尋ねられて、熊は困ったように俯く__
「そんなの、魔女だからに決まってるじゃない」
「誰__!」
アルマは驚き声のする方へ振り返る、が。
「なーんだ、マグムさんか」
「なーんだとは何よ、なーんだって」
着崩した上着の下に見える黒色のシャツに、同色のスカート。
猫のような鋭い目に整った顔立ち。
黒い長髪は地面に付くほど長く……否、それは髪ではない。
髪の一部、もみあげより外側。
そこがまるで、翼のようになっていた。
「魔女というのは人間が倒すべき相手。私達は魔女。だから嫌われる。分かる?」
薄気味の悪い笑みを浮かべながら、女性__マグムが言い放つ。
「知ってる。でも__」
「でも、の先を人間は聞かない。だってあなたは生粋の魔女だもの。」
魔女だから、魔女だから、魔女だから。
人間はその一言で済ます、とマグムは続けた。
「貴方がどんな善人でも、私がどんな悪人でも、人間は聞く耳を持たない。今までも、これからも」
「……うん」
認めたくないが、アルマは渋々頷く。
マグム。
彼女もアルマと同じく魔女だった。
ただ、他の『魔女』とは一線を大きく超えている。翼状の髪が、その証拠だった。
あくまで"お伽噺"だが、魔女は大きく分けて三つ存在する。
ひとつ、『魔法を熟知し、習得した者。またはその子孫』
先祖が魔法という存在に気付き、習得した。
その血が色濃く遺伝し、子供は最初から魔法を使うことができるという話。
魔法の力はそこまで強くない。
故に気づかれることは少ないし、忌み嫌われることも少ない。
ひとつ、『悪魔と契約した者』
先祖が力を追い求める故に、悪魔と契約してしまった。
結果、魔法という莫大な力を得た。しかし先祖とその子孫は、人間から嫌われることになる。
そんな人が子供を作り、悪魔の力を遺伝させてしまった……
そんな伝承がある。
魔法の力はそこそこ。
超常現象を引き起こせる程度には強く、周りに露見することが多い。
アルマは、この部類に入る。
そして、もう一つ。
悪魔そのもの。
「私もこんな髪なければ、平穏無事に過ごせたのかもしれないけど」
頭の横から生えた髪をバサバサと振ってみせる。
腕を一切使っていないため、本人の意思で自由に動かせるらしい。
「でも私、その羽かっこいいと思うよ」
「アルマは持ってないから言えるのよ。案外不便よ? いろんな所に引っかかるし」
そのまま、地面から足を離し宙へ浮かぶ。
「でも飛べるんでしょ? いいなぁ」
「空を飛ぶのは私のテレキネシスよ。翼は関係ない」
苦笑いしながら、アルマの周りをクルクルと飛んで見せる。
もう翼で羽ばたいてはいなかった。
その昔、悪魔がこの世に現れた。
悪魔は人間と交わり、子を成した。
その子には、悪魔の血が色濃く遺伝しているという。
特徴的なのは翼。
体の不便でない部分が、羽のように変形しているという。
代表的な例が、目の前にいるマグムだ。
そしてアルマは、そんなマグムと昔からの友達である。
「ねえ、マグムはさ」
アルマが、話しかける。
「村に住みたいとは、思わないの?」
「……んー? どういうことかしら?」
アルマの声を聞いてマグムが戻ってくる。
「もし、みんなが私達を認めてくれて、村に住めたらって考えたことはないの?」
「人間が……認める?」
少しの間だけ、マグムは顎に手を当てる。
しかし、すぐに首を振った。
「無理よ、無理。共存だなんて有り得ないわ」
「む、無理って」
「だって……今がこの有様じゃあね?」
どこか遠く……心なしか村の方を見つめて、マグムが語る。
「__私の両親は、人間に殺されたわ」
邪悪とも言える笑みで、マグムが笑う。
私を、マグムを認めてくれていた、唯一の存在。
マグムを山へ逃し、育ててくれた、唯一の存在。
マグムを隠し、犠牲となった__唯一だった、存在。
「その人間が、私達を認める? ハッ、ありがた迷惑。ノーサンキューね」
「……そう」
悲しそうにアルマが俯く。
いつもより、マグムの表情も暗い気がした。
「それに貴方、知ってる?」
マグムが、声のトーンを明るく変える。
「この山には、『災厄の魔女』が住んでる」
「え……?」
初耳だった。
しかし同時に、疑問に思った。
今、この森に住んでいる魔女は自分とマグムしか居ない。
「今『初耳』って思ったでしょ。それに『おかしい』って」
「あ、うん」
図星である。
「顔に全部出てるわよ」
マグムは時々、アルマの思考を細かく読み取ることがある。
アルマが顔に出やすい性格なのか、マグムが読心術でも使ってるのか。
「災厄の魔女は村を滅亡させようとしている。もし山で魔女を見かけたら、問答無用で殺すべきである……そんな噂が流れてるのよ」
「な、何ですって!? その魔女、今すぐ止めなきゃ!」
「いやいや違うわよ」
驚いて立ち上がるアルマを宥める。
「この森に、そんな魔女はいない。貴方もよく知ってるでしょ?」
「う、うん。そんな悪い人はいないよ」
「そう、そうよね」
頭を撫でられ、アルマは少しだけ落ち着きを取り戻した。
マグムは頷き、そして話す。
「考えてみなさい? 人間は私達を嫌ってる。その人間の中で魔女の噂が流れた。そして、ここに住んでるのは私達二人だけ」
「……うん。」
「もっと簡単に言い直したら、こうなるわ?」
アルマの目を覗き込み、ゆっくりハッキリとマグムは告げる。
「人里では真っ赤な嘘が広まってる。正当な理由をつけて、私達を殺すためにね」
「そんな……!?」
アルマは驚き、しかし否定した。
「なんで!? 私、何も悪いことしてないのに!」
「勿論よ、私達はなにも悪くないわ。」
笑みを浮かべたまま、同じトーンで話される。
「でも私達は魔女、倒されるべき相手。これだけで理由になるのよ、人間達は」
「で、でも」
「それに原因は他にもあるわ」
アルマの言葉を止め、続ける。
「貴方、近いうちに人間と会ったでしょう?」
アルマの顔を覗き込む。
「え……うん」
「きっと、その人間ね。貴方を魔女と知って、村に言いふらしたのよ。『災厄の魔女が山にいる』って」
「そんな。そんなはずは」
「じゃあ、貴方の噂は広めてないとしましょう」
畳み掛けるようにアルマへ言葉を発する。
まるで言い聞かせるように。アルマが、他のことを考えないように。
「だけどその人、『山に魔女がいる』って言ったんじゃないかしら? それを誰かが今度は『山に悪い魔女』がいるって噂を流したのよ、きっと」
「う……うん……」
先程のように、アルマは渋々頷く。
確かにマグムの話は、ある程度は筋が通っていた。
「噂が止むまで、私達はここで大人しくしておきましょう。誰にも会わずにね」
マグムはそう言い残し、どこか遠くの空へと飛んでいってしまう。
何処までも眩しくて、美しい空。
広大なそれに向かって飛び立つマグムもまた美しく、『災厄』なんて言葉は似合わない。
そして、アルマもまた同じく。
「なんで魔女は、いつも悪者なのかしら。」
アルマは空に向かって一人、ポツリと呟いた。
※状況の一致を確認※
※進行 異常無し※