魔女の本能
(__あ、無理だ)
目の前まで迫る驚異に、アルマは悟る。
この瓦礫は……防げない。アルマが今まで使ってきたような魔法では、この瓦礫は退けられない。
瓦礫を退かすような持続的な怪力は創り出せても、それを粉砕する瞬発的な怪力は創れない。
この街に来たとき使ったような魔法では……
この場で生き残れない。
(……だったらそれ以外の魔法を使う!!)
そう、今まで使ってきた魔法では生き残れない、それだけ。
ならば……使ったことのないような強力な魔法なら、或いは。
(私はここで死んでいられない。もっと皆と……フェリス達と、笑っていたいから!!)
とは意気込んだものの。
(……どうしよう? 何か使える魔法は?)
魔女の頭脳でアルマは必死に考える。
『使ったことのない魔法』とはいえ、全く使ったことのない魔法は使えない。例えば目の前で爆発を起こしたり、虚空から鎖を出して岩を砕いたり。そういうことはできない。
つまり実質、アルマが使える魔法は限られている。
(私が使える魔法は……大きく分けて五つ。)
ガスコンロ代わりに炎を使うし、冷蔵庫代わりに氷を使う。
包丁代わりに刃を使い、脚立代わりに念力を使い、家電代わりに雷を使う···その程度だ。
つまり炎、氷、刃、念力、電気……この五つをどう使えば、目の前の瓦礫を破壊できるか。
(氷……は、どうかな。)
氷のドームを創り上げれば、瓦礫を防げるか。
__いや、無理だ。そんな時間もなければ、それを創るだけの水も無い。大体、氷のドームが瓦礫の衝撃に耐えられるのか。
(雷は使えなさそうだし、炎は……)
対物に雷だけでは決定打にならない。
アルマが扱える限り超高温の炎を出しても無理だ。この瓦礫の速度では多少瓦礫の表面が溶けるくらいで、そのまま落ちてくる。
ペシャンコになるより酷い目に逢うだろう。
包丁レベルの刃で瓦礫はどうにかできない。
念力だって、こんな大きなものを持ち上げたことがない。
減速こそ可能かもしれないが、おそらく止めるのは無理だ。
__詰み、か?
(いや。可能性はあるはず)
否。
初めから、手札は揃っていたではないか。
(だったら……やってみせる!!)
シエラを背に覚悟を決める。ここで失敗すれば死ぬ。
だからこそ、シエラを死なせないために。
山の友達を悲しませないために。
フェリスと、また笑うために。
アルマは、魔女として立ち向かう。
「L!!!」
右手を上に掲げ、アルマが叫ぶ。
『エル』。たったその一言。
だが、それで十分だった。
瓦礫が止まった。
否、正確には減速していた。
やはりアルマの力では、瓦礫を止めることはできなかったのだ。
だが、それも計算の内だった。
念力を使ったまま、アルマは別の言葉を叫ぶ。
「G!!!」
今度は左手と共に、『ジー』の一言。
その言葉はビリビリと辺りに響き……そして、思いもよらぬ現象を引き起こした。
辺りから炎が吹き出す。
ゴオォッ、という音と共に火炎が宙を裂く。
正確には、燃えていた建物から瓦礫に向けて。
いくつもの巨大な火柱が、空中で停止する瓦礫に向かって飛び出した。
そのまま、アルマは叫ぶ。
「溶かせええええぇぇぇぇ!!」
今まで使ったことのない口調で。
今まで出したことのない大きな声で。
変化は、既に起こっていた。
「あっ……!」
側でそれを見ていた男が声を上げる。
瓦礫が小さくなっていくのだ。
辺りから吹き出す火柱。その熱に耐えきれず、瓦礫が溶解し始めていた。
アルマにとって、今回の魔法は賭けだった。
自分一人が出すことのできる炎だけでは、絶対に瓦礫をどうにかできない。だから周りを利用した。
初めから手札は揃っていた。念力、炎、『辺りで燃え盛る火災』。
魔法を維持しながらアルマが叫ぶ。
「お兄さん! シエラさんの保護を!!」
「ハイ!!」
目の前のひと異常現象にも物怖じせず、アルマへと駆け寄る男。
__しかし
「熱っ!!?」
「え!?」
駆け寄った男が即座に後ろへ飛び退いた。
「痛……だ、駄目です! 一瞬近付いただけで手に火傷を……!!」
「えぇ!?」
その言葉にアルマは動揺する。
火柱の最も近くにいるアルマ自身は、そこまで影響を受けていない。
後ろのシエラだって、先程から蹲ったまま動かない。男が駆け寄ろうとして火傷するなら、シエラは今頃炎上しているはずだ。
大体、この場は言うほど熱くはない。むしろ吹き荒れる風が涼しいくらいで……
……うん、涼しい?
(……それっておかしいんじゃない?)
冷静にアルマは考える。
魔法に集中していたせいで気付かなかったが、確かにアルマの周辺はもっと熱いはずだ。
瓦礫が溶けるほどである。それこそアルマが炎上していなければおかしい。
大体、ここは火事現場のど真ん中ではないか。吹いてくる風が涼しいはずがない。
(……あ)
辺りを見回すと、アルマはすぐ『ソレ』に気付く。
同時に、この状況がどれほど危険かも思い知る。
アルマの周囲に、氷の欠片が浮かんでいた。
アルマの汗が魔法によって固形化し、宙に飛び出していくのだ。
氷の粒は自壊すると共に水蒸気を__主にアルマの外側に向けて__思いっきり噴出していく。その水蒸気が、異様に冷たいのだ。
どうやらその水蒸気で外との温度を中和しているらしい。なので、アルマのすぐ後ろにいるシエラは無事。
だが男は駄目だった。遠すぎたからだ。
……つまり現在、アルマの周辺だけ快適な気温で保たれている。
では、そこから少しでもはみ出たら?
少しでも、快適な気温外に出てしまったら?
答えは簡単。
一瞬で燃え尽きる。
(どっちにしろシエラ危ないじゃん!!)
実を言うと、少しだけ期待していた。
念動力で瓦礫を止めている間、シエラが逃げてくれないかと。
自分は魔法に集中しているため動けない。だが、シエラが動いてくれたらまだチャンスはあったかも……と。
(でも、もう引けない)
もう後には戻れない。
アルマは瓦礫に集中する……既に半分が融解し、それでも落ちてくる瓦礫に。
街から上がる炎は紅。
だがアルマが使う炎は蒼。最高出力だ。
「魔女さん……!」
「近づかないで!!」
もう現場の状態は分かった。アルマは大声で後ろの男に呼びかける。
__そんなアルマでさえ、炎の熱さが感じ取れるようになってきた。
__だったら、シエラは大丈夫なのか?
後ろは振り返れない。
振り返れば、集中が途切れる。
そうなれば終わる。
そして、アルマは幸運だった。
魔法の代償。
それが払われるタイミングはまだ先。
つまり……瓦礫を溶かし切るまで魔法が途切れることはない。
かなり小さくなった、まだ人の身長ほどある瓦礫を見てアルマは直感する。
(この大きさなら逸らせる?)
今までずっと、溶かしきることに重点を置いていた。だが別に、瓦礫を壊しきらなくてもいいのだ。
シエラにさえ当たらなければ。自分にさえ当たらなければ。
「いっ……けえぇぇぇ!!!」
それに気付いたアルマは、大きく右手を左に下ろす。先程、念動力を使うために掲げた手だ。
そして予想通り、目の前で変化が起きた。
瓦礫が……移動した。
「このっ!!!」
右手につられ、体も大きく傾ける。
それに合わせて、瓦礫も大きく逸れる__
「どっか……いけっ!!!」
その掛け声と共に、腕を振ると……
遂に、瓦礫を弾いた。
アルマ達の2、3メートル先に、瓦礫が落下する。当初より随分と小さくなっているが、それでも相当な衝撃が響いた。
電車一両ほどの瓦礫に、アルマは打ち勝ったのだ__!!
手を下ろすと、念動力と炎が消える。
「シエラさん」
「……アルマ、さん? 生きてるの?」
何が起こったか分からないようで、蹲ったまま辺りを見回すシエラ。
そして困惑した視線。
「……やっぱり、あなた」
アルマのことを、もはや人だとは見ていないような視線。
だが、アルマは気づいていた。
シエラの瞳の奥、恐怖とは真逆の感情があること。
アルマをアルマとして見てくれていること。
だからアルマは胸を張る。
「私は魔女アルマ。森に住む、人が……皆が大好きな魔女」
「アルマ……さん……」
「ほら、行こう? 急いでここから出ないと!」
「……そうね、分かった」
アルマと話しているうちに、シエラは表情を明るくしていく。
魔女が目の前にいる恐怖より強い感情。魔女が守ってくれたという安心感が、そこにあった。
まだおぼつかない足取りで、なんとかシエラは立つ。
震える腕で、アルマに差し出された手を取る。
「……えっと、お兄さん? 何処!?」
「あっ、こっちですよ! こっち!!」
瓦礫と瓦礫の間から、男が大きく手を振る。
「急いでシエラ!」
「うんっ!!」
手を離し、シエラを先に進ませる。
その後に続き、アルマも。
__それは無理だった。
ガツン、
と。
「がっ……?」
アルマの後頭部に衝撃が走る。
ドシャリ、と地面に倒れる。
起き上がれない。
熱い。
苦しい。
息ができない。
魔法の代償。
それが支払われるのは魔法を使用した後。
タイムラグがあるのだ。
魔法が重ければ重いほど、そのタイムラグが大きくなる。
保って数十秒。それが過ぎて、もし体に限界が来れば……
先日のように意識を失う。
その間、魔法は使えない。
周りの爆発音により、アルマが倒れ伏した音は二人に聞こえない。
魔法も途切れるため、炎の熱気が直に当たる。
肌の表面に火傷を負う。
腕が燃える。
足が焦げる。
(誰か……シエラ……フェリス……)
必死に手を伸ばす。地べたを這う。
だが、それでは地面しか掴めない。
そうして、アルマは
一人、街に取り残された。




