紅く、赤く
まず目に映ったのは、赤だった。
藍色の空とは正反対の綺麗な赤。
綺麗で、見惚れてしまいそうで……吐き気のしてくる、赤。
アルマはそれを山の中から見ていた。
聞こえるのはいくつもの悲鳴。それから、時折聞こえる爆発音。
建物の倒壊する、瓦礫の音。
入り交じる血の香。
「うっ……!?」
反射的にアルマが口を抑える。
本人にも分からなかった。何故、今更こんなことで怯えているのか。
血の香なんて、いくらでも鼻にしてきた。
炎なんて、いくらでも見てきた。それが、何故。
沢山の人が死んでいるという現状か__過去に、なにかトラウマがあるのか。
だが、アルマが幸運だったのは__
「……どういうこと? なんで? 何で?」
アルマの横で困惑する、一人の少女。
フェリスだ。
この緊急事態に、フェリスは街に居なかった。
ルディーノから言われたのだ。
「今日は山で夜を過ごして、って。だから私、ここまで走ってきて……」
当の本人もまだ状況を理解していない。
だが、アルマにとっては不幸中の幸いだった。最も守りたい人間が、最も近くにいたのだから。
だが、それで話が解決する訳ではない。
フェリスが無事だったところで__他の三人だって、無事か分からないのだ。
それを見過ごすのか。
目の前で人が死ぬのを。
知り合いが死ぬのを。
友達が__死ぬのを。
「……フェリス、ごめん。ちょっと戻ってるね」
「あ……うん」
気分が悪いアルマを止める理由もなく、フェリスは二つ返事で返する。
だが違う。
アルマは、家に戻ることはなかった。
__『魔女は村人を助けるため、山を出ました』__
『『『…………』』』
「……みんな」
アルマが山道を駆ける最中、それらは道を塞いできた。
リス、小鳥、狼、猫、熊……今までアルマの隣にいた、友達。
『……ガウ』
「うん。私は行く」
『……チュンチュン』
「確かに、山から出たら駄目だけど……そんなこと言ってる場合じゃない」
『ナー』
「違う。確かに私は嫌われてきたけど……だからって見放していいわけない。見放したら、絶対に後悔する」
何匹もの動物がアルマを止める。だがアルマは一歩も引かない。
それを悟ったのか、多くのうち一匹が動く。
『……ガルルル』
「熊さん?」
前に、アルマが救った熊。彼が一歩、道の脇へと下がったのだ。
それを見て一匹、また一匹と、道を空け始める。
「……ありがと、ごめん」
『『『…………』』』
もう誰もアルマを止めることはなく、しかし、誰もが同じことを思っていた。
アルマに出ていってほしくない。
アルマに危険な目に遭ってほしくない。
アルマに……死んでほしくない。
それは、アルマ自身もよく分かっていた。
「……大丈夫! 皆を助けてコッソリ帰ってくるから! そしたらまた、ここにいる皆で遊ぼう! たくさん食べて、たくさん寝て、たくさん笑うの!」
笑顔でそう断言し、背中を向ける。
アルマはもう、山へ戻ることは無かった。
街に近付いたところで、アルマは改めて事の重大さを目前にする。
空高く燃え上がる炎は、既に街全体に広がっている。崩れた建物の一部が、街の入り口を塞いでいた。
……だがこの程度、アルマにとってなんてこと無い。
「よっ、と!」
片手でひょいと、人の身長ほどある瓦礫をどかす。これも魔法の応用なのだということを、アルマはフェリスから聞いた。
「うわっ、熱……!?」
街へ入るなり、アルマはその熱量に一歩下がる……だが、それだけ。
即座に下げた足で蹴りを入れ、街の中へ入る。
街の入り口からすぐ近くに、早速それは居た。
「あっ! 大丈夫!?」
「ぐ……人か?」
男性が一人、半身を瓦礫で潰されていた。幸い大怪我はしていないようだが、身動きが取れない。
しかし、それがどうした。
アルマにはこの程度、どうということはない。
「よい……しょっ! 早く逃げて!」
「は……? あ、お、おう!」
いきなり瓦礫を退けられ困惑する男性。
だが自分の身が自由になったことに気付くと、急いで街から出ていく。
しばらく走ると、道端で子供が二人。
「うぇぇぇぇぇん!!」
「どうしたの、二人共!?」
一人は号泣しており、もう一人がそれを宥めている。
アルマは膝をつき、すぐ二人に声をかけた。
「うわあぁぁぁぁぁん!!」
「けい君が……けい君が、転んで……」
「転んだ?」
けい君と呼ばれた男の子の体を確認する。すぐ、膝近くから血が出ているのを見つけた。
たかが擦り傷。
それでも、子供の心を折るに足りる。
たかが擦り傷。
そんなもの、アルマの敵ではない。
突然、アルマは男の子の傷を押さえる。
「……痛いの痛いの、とんでけっ!!」
そしてパッ、と傷を取り除くように手を払った。
「うわあぁぁ……ん?」
「けい君、治ってる!」
その一瞬で、アルマは男の子の傷を治す。
「ほら、早く逃げて!!」
傷が治ったことを確認し、アルマは腰を上げる__
だが、子供は走り出さない。
後ろを見て、なにか呟いていたのだ。
「……先、生」
「けい君、もう無理だよ! 先生は……!」
「……嫌だ! 俺、先生のこと助けに行く!!」
そして突然、火に向って走り出す。当然アルマが止める。
「ちょっと何してるの!? 危ないよ!」
「だって先生が! 先生が……!!」
「先生?」
嫌な予感がした。
男の子が向かおうとした先……そこは保育園のようだった。
勿論、例に漏れず炎上している。
……あの中に、まだ人がいる?
「……大丈夫!私が助けに行ってくるから!」
男の子を剥げますように、アルマが言う。
「みんな助ける! 私も帰ってくる! だから大丈夫!!」
「……ほんとに? おねーちゃん、助けてくれるの?」
「うん、約束する!」
そう言って、アルマは笑顔を見せる。
その笑顔に感化されるように__男の子の表情も、ふっと柔らかくなる。
「……うん分かった! 俺、お姉ちゃんのこと信じる!」
「ありがと! ほら、早く逃げて!」
アルマが背中を押すと、二人は走り出す。
__『魔女は自分の身を省みず、走り出しました』__
その建物に辿り着いた時……アルマは、ある言葉を想像した。
悲惨。
扉が瓦礫で塞がり、屋根から火が上がる……
中からまだ人の気配がした。
(……まずい)
アルマはより一層、走る速度を上げる。
結果から言うと、アルマは間に合った。だが本題はそこからだった。
「よっと! 誰か! まだ人はいる!?」
「えぇ、ここ……ってあなたは!?」
どこかで聞いたことのある声がして、咄嗟にそちらを向く。
火事の現場には似合わない白衣に、黒のミニスカート。開拓班のシエラ・ディサイズだ。
「確か、山で会った……」
「アルマです! 早くこっちに!!」
そう言って、アルマが開いてきた通路を指差す。
また、アルマの大声を聞きつけて人が集まってきた。
「君は? もしかしてここから出られるのか?」
「はい!早く街の外へ!」
「でも、瓦礫が邪魔してたはずじゃ……」
「そんなこと今はどうでもいいでしょ!!」
「おねーちゃん、ヒーロー!?」
「ヒー……ロー? と、とにかく出て!」
駆けつけた人の言葉に応えつつ、皆を外へと誘導する。
こうして、大半の人間は避難することができたが……
一部の人は動かなかった。
怪我をして動けない者と、シエラだ。
「……シエラさん」
「駄目よ」
間隔を空けずシエラが言い放つ。アルマもその理由が分かっているようだった。
「アルマさん、貴方には悪いけど……私は医療班で、目の前に怪我人がいる。この人達を放おっては行けない。それに……」
チョキ、とハサミで包帯を切る。
「……よし、歩ける?」
「あぁ、何とか。ありがとう、シエラさん」
シエラに一礼して、老人が出口へ歩いていく。先程からシエラが治療していた人物だ。
「……こうして、私の手で救える人が沢山いる。だからアルマさんは……私を置いて逃げて」
そう言ったシエラに対し、アルマは立ち尽くす。
無理もない。自分の知る人物が、強い意志でここに残ると言うのだ。その人を置いて逃げるのが、この場で最も犠牲の少ない手段。
その選択は、凡人にはとても耐え難いもの__
「分かった」
アルマは頷き……シエラが見ている怪我人とは別の人へ駆け寄る。
「__だったら、私も協力する!」
「あ、アルマ!?」
驚くシエラを他所に、アルマは怪我人の傷口に手を当てる。
そしてゆっくりと、何かを取り除くように撫でた。
アルマは凡人ではない。
数日かけなければ治らないような傷でも、アルマならば__
アルマに手をかざされた女性が、異変に気付く。
「……あ、あれ?」
先程まで傷んでいた傷口に目をやり、そして驚く。文字通り、綺麗さっぱり傷が消えていたのだ。
「な、なんで? 私」
「今はいいから! 早くここから出て!」
そう叫ぶアルマは、既に次の人を治しに行っていた。
その人の治療も数十秒で終わり、同じように驚愕される。
(どういうこと?)
それを、すぐ傍で見ていたシエラ。
彼女は嫌でも分かっていた。ここにいる患者の治療には、少なくとも数分はかかること。
長い人だと推定一時間は超えること。
故に、この場にいる全員は救えないこと。
だからこそ……この場にいる唯一の医者である自分が、より沢山の人を治療しなければいけないこと。
だが、その目の前であり得ないことが起こっている。
アルマと名乗るただの少女が、ほんの数十秒で患者を治していく。
しかも自分のような応急処置ではなく完治させていく。
おかしい。
流石におかしい。
たとえ彼女に信じられないほどの技術があったとしても、人の怪我はこんなに早く治らない。
__ならば、彼女は一体?
熊のあの様態を、一瞬で治したことを思い出す。
そのような存在と言われればもう限られている。
__もしかして、彼女は__?
__『もはや魔女は、自分の正体を隠しませんでした』__
心優しき魔女は走る。
自身の怪我なんて気にせず。
心優しき魔女は救う。
自身の正体が露見することも省みず。
「……ねえ! 倒れてる人はあとどれくらい!?」
負傷者の怪我を治しながらアルマが叫ぶ。
治しながらと言っても、手をかざすだけなので既に治療は終わっていた。
「えっと……あっちにまだいるわ!」
「任せて!」
シエラの言葉を聞くや否や、指された方向へ走り出す。
街の中では繁華街に当たるこの場所では、多くの負傷者が出た。また繁華街故に、多くの建物が倒壊した。
そのため沢山の瓦礫が通路を塞ぐ。怪我をしていない屈強な若者なら通れないこともない。
だが子供や老人、怪我人なんかは、外に出ることが困難だった。
まだ大して崩壊の進んでいない建物。
怪我をした人は、シエラの指示によりここへ集まった。
その甲斐あってほとんどの怪我人はこの建物へ集まったのである。
まだ若いとはいえ、そこは玄人。
シエラは次々と怪我人を治療し、住民の脱出に貢献した。
だが、シエラにも分かっていた。
老人や子供は、たとえ治療してもまともに逃げられないこと。
この場の全ての人間を治療することはできないこと。
だからこそ、アルマの存在は想定外であった。
「はぁ、はぁ__シエラ、次は?」
「次!? 次……って、そんな居ないわよ!」
シエラの元を離れて数分で、アルマが帰ってくる。そして、後ろからは先程まで怪我人だった者がゾロゾロと……
「……アルマ? この人たち全員、治したの?」
「当然だよ! 皆、あっちから逃げて!!」
シエラの驚愕を軽く流し、自分が開いてきた道を指す。
ゾロゾロと逃げていく人達を見て、シエラは空いた口が塞がらなかった。
同時に確信した。なんとか意識を保って口を動かす
「アルマさん、あなたは……」
「シエラ、シエラも早く!」
「……ええ、分かった」
出かけた真実を飲み込み、アルマの後に続く。
こうして、全ての怪我人は一人の魔女によって救われたのだった。
__『たくさんの人々が、魔女に助けられました』__
__ところで、問題はその後である。
「うわ、また道が……」
建物から出て、改めてアルマは驚愕する。
次々と建物が崩れていく。所々で爆発が起こる。
高い建物から順に壊れていくようだった。しかも瓦礫は必ず、道を塞ぐように落ちてくる。
これはまるで、まるで……
「瓦礫に、意識があるみたい」
後から足音がする。シエラだ。
「シエラ! 出口に一番近い道ってどこ!?」
「えっと……そっち、だけど……」
言いながら、意気消沈していくシエラ。
指さされた方向を見ると、そこは既に瓦礫で埋まっていた。
そう、埋まっていた。
塞がれているのではなく、埋まっているのだ。
「……じゃあ、その他の道は!?」
「こっち……と、こっち……!?」
二つの方角を指さしながら、シエラは驚いた表情をする。
その理由も、アルマには理解できた。
全て埋まっているのだ。
アルマが来たときのような巨大な瓦礫……それがいくつも、道の上に鎮座している。
おまけに、そこから火が上がっているものもある。
いくらアルマでも、この瓦礫の量を……しかも炎上している瓦礫となれば、時間がかかるし火傷もする。
……火傷で済む。致命傷にはならない。そこは流石魔女と言っておこうか。
「……おーい!二人共!!」
二人が迷っていると、先程出た施設の方向から声がする。
だが勿論、施設に人は残っていない。
「えっ……どこから?」
「こっちだこっち! 建物の隙間だよ!」
そう言われ、二人がキョロキョロと見回すと……確かに、そこに人がいた。
アルマ達から見て入り口の右側。建物と建物の隙間から、男が顔を出していた。
その顔をアルマは知っていた。
「こっち……って、貴方は!?」
「あ……」
目があった時、アルマは一瞬声が出なくなった。
あの時……熊さんの果物を採り、襲われていた男性。元からアルマを魔女だと知っている数少ない存在。
「……大丈夫でしたか?」
アルマの顔を伺うように、男が話す。
「もし俺が貴方のことを村に言ったら、貴方な排除されると思いました。だから俺……ずっと黙ってたんです」
「……え?」
男の言葉に、アルマが声を洩らす。
全部、忘れる。
男から出たその言葉を、アルマはこう解釈していた。
『魔女は嫌われる存在だ。だから目の前の人は、私と会わなかったことにしたいんだ』
それが……違う?
「ずっと心配していたんです。ひょっとしたら情報が漏れていないか。討伐隊とかが貴方に向かっていないか」
「……なんで? あなたは、私のことを……」
アルマの言わんとすることを察したのだろう。ハハ、と乾いた笑いと共に男が続ける。
「そりゃ怖かったですよ。怖かったですけど……それ以上に、信じていいって思ったのも事実です__」
男が話し終えるか否かのタイミングで、それは起こった。
ドガァァァン!
二人の後から爆発音が鳴り響く
「きゃっ……!」
「シエラさん!」
爆発の衝撃で、電車一両ほどの瓦礫が降ってくる。
咄嗟に頭を抑え、踞るシエラ。それに対して庇うように、シエラと瓦礫の間へアルマが割り込む__
(……あ、駄目だ)
その瞬間、アルマは悟ってしまった。
目の前の瓦礫。
間に割り込んだ自分。
後ろのシエラ。
この__どうしようもない状況。
この助からない現状。




