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世界を詠う慈悲の魔女  作者: 『H∀Qqy∃ИD』
24/32

紅く、赤く

まず目に映ったのは、赤だった。

藍色の空とは正反対の綺麗な赤。

綺麗で、見惚れてしまいそうで……吐き気のしてくる、赤。


アルマはそれを山の中から見ていた。

聞こえるのはいくつもの悲鳴。それから、時折聞こえる爆発音。

建物の倒壊する、瓦礫の音。

入り交じる血の香。


「うっ……!?」

反射的にアルマが口を抑える。

本人にも分からなかった。何故、今更こんなことで怯えているのか。

血の香なんて、いくらでも鼻にしてきた。

炎なんて、いくらでも見てきた。それが、何故。

沢山の人が死んでいるという現状か__過去に、なにかトラウマがあるのか。


だが、アルマが幸運だったのは__

「……どういうこと? なんで? 何で?」

アルマの横で困惑する、一人の少女。

フェリスだ。

この緊急事態に、フェリスは街に居なかった。


ルディーノから言われたのだ。

「今日は山で夜を過ごして、って。だから私、ここまで走ってきて……」

当の本人もまだ状況を理解していない。

だが、アルマにとっては不幸中の幸いだった。最も守りたい人間が、最も近くにいたのだから。


だが、それで話が解決する訳ではない。

フェリスが無事だったところで__他の三人だって、無事か分からないのだ。



それを見過ごすのか。

目の前で人が死ぬのを。

知り合いが死ぬのを。

友達が__死ぬのを。


「……フェリス、ごめん。ちょっと戻ってるね」

「あ……うん」

気分が悪いアルマを止める理由もなく、フェリスは二つ返事で返する。


だが違う。

アルマは、家に戻ることはなかった。



__『魔女は村人を助けるため、山を出ました』__




『『『…………』』』

「……みんな」

アルマが山道を駆ける最中、それらは道を塞いできた。

リス、小鳥、狼、猫、熊……今までアルマの隣にいた、友達。

『……ガウ』

「うん。私は行く」

『……チュンチュン』

「確かに、山から出たら駄目だけど……そんなこと言ってる場合じゃない」

『ナー』

「違う。確かに私は嫌われてきたけど……だからって見放していいわけない。見放したら、絶対に後悔する」

何匹もの動物がアルマを止める。だがアルマは一歩も引かない。

それを悟ったのか、多くのうち一匹が動く。

『……ガルルル』

「熊さん?」

前に、アルマが救った熊。彼が一歩、道の脇へと下がったのだ。


それを見て一匹、また一匹と、道を空け始める。

「……ありがと、ごめん」

『『『…………』』』

もう誰もアルマを止めることはなく、しかし、誰もが同じことを思っていた。

アルマに出ていってほしくない。

アルマに危険な目に遭ってほしくない。

アルマに……死んでほしくない。


それは、アルマ自身もよく分かっていた。

「……大丈夫! 皆を助けてコッソリ帰ってくるから! そしたらまた、ここにいる皆で遊ぼう! たくさん食べて、たくさん寝て、たくさん笑うの!」

笑顔でそう断言し、背中を向ける。


アルマはもう、山へ戻ることは無かった。




街に近付いたところで、アルマは改めて事の重大さを目前にする。

空高く燃え上がる炎は、既に街全体に広がっている。崩れた建物の一部が、街の入り口を塞いでいた。

……だがこの程度、アルマにとってなんてこと無い。

「よっ、と!」

片手でひょいと、人の身長ほどある瓦礫をどかす。これも魔法の応用なのだということを、アルマはフェリスから聞いた。


「うわっ、熱……!?」

街へ入るなり、アルマはその熱量に一歩下がる……だが、それだけ。

即座に下げた足で蹴りを入れ、街の中へ入る。


街の入り口からすぐ近くに、早速それは居た。

「あっ! 大丈夫!?」

「ぐ……人か?」

男性が一人、半身を瓦礫で潰されていた。幸い大怪我はしていないようだが、身動きが取れない。


しかし、それがどうした。

アルマにはこの程度、どうということはない。

「よい……しょっ! 早く逃げて!」

「は……? あ、お、おう!」

いきなり瓦礫を退けられ困惑する男性。

だが自分の身が自由になったことに気付くと、急いで街から出ていく。



しばらく走ると、道端で子供が二人。

「うぇぇぇぇぇん!!」

「どうしたの、二人共!?」

一人は号泣しており、もう一人がそれを宥めている。

アルマは膝をつき、すぐ二人に声をかけた。

「うわあぁぁぁぁぁん!!」

「けい君が……けい君が、転んで……」

「転んだ?」

けい君と呼ばれた男の子の体を確認する。すぐ、膝近くから血が出ているのを見つけた。


たかが擦り傷。

それでも、子供の心を折るに足りる。


たかが擦り傷。

そんなもの、アルマの敵ではない。


突然、アルマは男の子の傷を押さえる。

「……痛いの痛いの、とんでけっ!!」

そしてパッ、と傷を取り除くように手を払った。

「うわあぁぁ……ん?」

「けい君、治ってる!」

その一瞬で、アルマは男の子の傷を治す。

「ほら、早く逃げて!!」

傷が治ったことを確認し、アルマは腰を上げる__



だが、子供は走り出さない。


後ろを見て、なにか呟いていたのだ。

「……先、生」

「けい君、もう無理だよ! 先生は……!」

「……嫌だ! 俺、先生のこと助けに行く!!」

そして突然、火に向って走り出す。当然アルマが止める。


「ちょっと何してるの!? 危ないよ!」

「だって先生が! 先生が……!!」

「先生?」


嫌な予感がした。

男の子が向かおうとした先……そこは保育園のようだった。

勿論、例に漏れず炎上している。


……あの中に、まだ人がいる?


「……大丈夫!私が助けに行ってくるから!」

男の子を剥げますように、アルマが言う。

「みんな助ける! 私も帰ってくる! だから大丈夫!!」

「……ほんとに? おねーちゃん、助けてくれるの?」

「うん、約束する!」

そう言って、アルマは笑顔を見せる。

その笑顔に感化されるように__男の子の表情も、ふっと柔らかくなる。

「……うん分かった! 俺、お姉ちゃんのこと信じる!」

「ありがと! ほら、早く逃げて!」

アルマが背中を押すと、二人は走り出す。


__『魔女は自分の身を省みず、走り出しました』__



その建物に辿り着いた時……アルマは、ある言葉を想像した。

悲惨。

扉が瓦礫で塞がり、屋根から火が上がる……

中からまだ人の気配がした。

(……まずい)

アルマはより一層、走る速度を上げる。


結果から言うと、アルマは間に合った。だが本題はそこからだった。

「よっと! 誰か! まだ人はいる!?」

「えぇ、ここ……ってあなたは!?」

どこかで聞いたことのある声がして、咄嗟にそちらを向く。


火事の現場には似合わない白衣に、黒のミニスカート。開拓班のシエラ・ディサイズだ。

「確か、山で会った……」

「アルマです! 早くこっちに!!」

そう言って、アルマが開いてきた通路を指差す。

また、アルマの大声を聞きつけて人が集まってきた。


「君は? もしかしてここから出られるのか?」

「はい!早く街の外へ!」

「でも、瓦礫が邪魔してたはずじゃ……」

「そんなこと今はどうでもいいでしょ!!」

「おねーちゃん、ヒーロー!?」

「ヒー……ロー? と、とにかく出て!」

駆けつけた人の言葉に応えつつ、皆を外へと誘導する。

こうして、大半の人間は避難することができたが……



一部の人は動かなかった。

怪我をして動けない者と、シエラだ。

「……シエラさん」

「駄目よ」

間隔を空けずシエラが言い放つ。アルマもその理由が分かっているようだった。

「アルマさん、貴方には悪いけど……私は医療班で、目の前に怪我人がいる。この人達を放おっては行けない。それに……」

チョキ、とハサミで包帯を切る。


「……よし、歩ける?」

「あぁ、何とか。ありがとう、シエラさん」

シエラに一礼して、老人が出口へ歩いていく。先程からシエラが治療していた人物だ。

「……こうして、私の手で救える人が沢山いる。だからアルマさんは……私を置いて逃げて」

そう言ったシエラに対し、アルマは立ち尽くす。

無理もない。自分の知る人物が、強い意志でここに残ると言うのだ。その人を置いて逃げるのが、この場で最も犠牲の少ない手段。

その選択は、凡人にはとても耐え難いもの__


「分かった」

アルマは頷き……シエラが見ている怪我人とは別の人へ駆け寄る。

「__だったら、私も協力する!」

「あ、アルマ!?」

驚くシエラを他所に、アルマは怪我人の傷口に手を当てる。

そしてゆっくりと、何かを取り除くように撫でた。


アルマは凡人ではない。

数日かけなければ治らないような傷でも、アルマならば__


アルマに手をかざされた女性が、異変に気付く。

「……あ、あれ?」

先程まで傷んでいた傷口に目をやり、そして驚く。文字通り、綺麗さっぱり傷が消えていたのだ。

「な、なんで? 私」

「今はいいから! 早くここから出て!」

そう叫ぶアルマは、既に次の人を治しに行っていた。

その人の治療も数十秒で終わり、同じように驚愕される。



(どういうこと?)


それを、すぐ傍で見ていたシエラ。

彼女は嫌でも分かっていた。ここにいる患者の治療には、少なくとも数分はかかること。

長い人だと推定一時間は超えること。

故に、この場にいる全員は救えないこと。

だからこそ……この場にいる唯一の医者である自分が、より沢山の人を治療しなければいけないこと。


だが、その目の前であり得ないことが起こっている。

アルマと名乗るただの少女が、ほんの数十秒で患者を治していく。

しかも自分のような応急処置ではなく()()させていく。

おかしい。

流石におかしい。

たとえ彼女に信じられないほどの技術があったとしても、人の怪我はこんなに早く治らない。


__ならば、彼女は一体?


熊のあの様態を、一瞬で治したことを思い出す。

そのような存在と言われればもう限られている。


__もしかして、彼女は__?



__『もはや魔女は、自分の正体を隠しませんでした』__



心優しき魔女は走る。

自身の怪我なんて気にせず。


心優しき魔女は救う。

自身の正体が露見することも省みず。



「……ねえ! 倒れてる人はあとどれくらい!?」

負傷者の怪我を治しながらアルマが叫ぶ。

治しながらと言っても、手をかざすだけなので既に治療は終わっていた。

「えっと……あっちにまだいるわ!」

「任せて!」

シエラの言葉を聞くや否や、された方向へ走り出す。


街の中では繁華街に当たるこの場所では、多くの負傷者が出た。また繁華街故に、多くの建物が倒壊した。

そのため沢山の瓦礫が通路を塞ぐ。怪我をしていない屈強な若者なら通れないこともない。

だが子供や老人、怪我人なんかは、外に出ることが困難だった。


まだ大して崩壊の進んでいない建物。

怪我をした人は、シエラの指示によりここへ集まった。

その甲斐あってほとんどの怪我人はこの建物へ集まったのである。

まだ若いとはいえ、そこは玄人。

シエラは次々と怪我人を治療し、住民の脱出に貢献した。


だが、シエラにも分かっていた。

老人や子供は、たとえ治療してもまともに逃げられないこと。

この場の全ての人間を治療することはできないこと。


だからこそ、アルマの存在は想定外であった。



「はぁ、はぁ__シエラ、次は?」

「次!? 次……って、そんな居ないわよ!」

シエラの元を離れて数分で、アルマが帰ってくる。そして、後ろからは先程まで怪我人だった者がゾロゾロと……

「……アルマ? この人たち全員、治したの?」

「当然だよ! 皆、あっちから逃げて!!」

シエラの驚愕を軽く流し、自分が開いてきた道を指す。


ゾロゾロと逃げていく人達を見て、シエラは空いた口が塞がらなかった。

同時に確信した。なんとか意識を保って口を動かす

「アルマさん、あなたは……」

「シエラ、シエラも早く!」

「……ええ、分かった」

出かけた真実を飲み込み、アルマの後に続く。

こうして、全ての怪我人は一人の魔女によって救われたのだった。


__『たくさんの人々が、魔女に助けられました』__




__ところで、問題はその後である。

「うわ、また道が……」

建物から出て、改めてアルマは驚愕する。

次々と建物が崩れていく。所々で爆発が起こる。

高い建物から順に壊れていくようだった。しかも瓦礫は必ず、道を塞ぐように落ちてくる。


これはまるで、まるで……

「瓦礫に、意識があるみたい」


後から足音がする。シエラだ。

「シエラ! 出口に一番近い道ってどこ!?」

「えっと……そっち、だけど……」

言いながら、意気消沈していくシエラ。

指さされた方向を見ると、そこは既に瓦礫で埋まっていた。


そう、埋まっていた。

塞がれているのではなく、埋まっているのだ。

「……じゃあ、その他の道は!?」

「こっち……と、こっち……!?」

二つの方角を指さしながら、シエラは驚いた表情をする。

その理由も、アルマには理解できた。


全て埋まっているのだ。

アルマが来たときのような巨大な瓦礫……それがいくつも、道の上に鎮座している。

おまけに、そこから火が上がっているものもある。

いくらアルマでも、この瓦礫の量を……しかも炎上している瓦礫となれば、時間がかかるし火傷もする。

……火傷で済む。致命傷にはならない。そこは流石魔女と言っておこうか。



「……おーい!二人共!!」

二人が迷っていると、先程出た施設の方向から声がする。

だが勿論、施設に人は残っていない。

「えっ……どこから?」

「こっちだこっち! 建物の隙間だよ!」

そう言われ、二人がキョロキョロと見回すと……確かに、そこに人がいた。

アルマ達から見て入り口の右側。建物と建物の隙間から、男が顔を出していた。


その顔をアルマは知っていた。


「こっち……って、貴方は!?」

「あ……」

目があった時、アルマは一瞬声が出なくなった。

あの時……熊さんの果物を採り、襲われていた男性。元からアルマを魔女だと知っている数少ない存在。


「……大丈夫でしたか?」

アルマの顔を伺うように、男が話す。

「もし俺が貴方のことを村に言ったら、貴方な排除されると思いました。だから俺……()()()()()()()()()()

「……え?」

男の言葉に、アルマが声を洩らす。


全部、忘れる。

男から出たその言葉を、アルマはこう解釈していた。

『魔女は嫌われる存在だ。だから目の前の人は、私と会わなかったことにしたいんだ』


それが……違う?


「ずっと心配していたんです。ひょっとしたら情報が漏れていないか。討伐隊とかが貴方に向かっていないか」

「……なんで? あなたは、私のことを……」

アルマの言わんとすることを察したのだろう。ハハ、と乾いた笑いと共に男が続ける。

「そりゃ怖かったですよ。怖かったですけど……それ以上に、信じていいって思ったのも事実です__」


男が話し終えるか否かのタイミングで、それは起こった。



ドガァァァン!


二人の後から爆発音が鳴り響く

「きゃっ……!」

「シエラさん!」

爆発の衝撃で、電車一両ほどの瓦礫が降ってくる。

咄嗟に頭を抑え、踞るシエラ。それに対して庇うように、シエラと瓦礫の間へアルマが割り込む__




(……あ、駄目だ)

その瞬間、アルマは悟ってしまった。

目の前の瓦礫。

間に割り込んだ自分。

後ろのシエラ。


この__どうしようもない状況。

この助からない現状。

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