ヴェルニス擬態中
アルマとフェリスが話している間、つまり昨日。
ヴェルニスは街を歩いていた。ただし、その格好はいつもと大きく出る掛け離れている。
白のポンチョに灰色のスカート。そして何よりも、肩にかからない程度の銀髪。
この街では誰もが知る少女……フェリスの、お気に入りの服装。
(視線がチリチリする)
周りにバレないよう、ヴェルニスは顔をしかめる。いつも人の視線に入らないよう隠れて過ごしてきたヴェルニスは、それを敏感に感じ取ることができた。
ヴェルニスとすれ違う人は皆、ヴェルニスを見ない。
いや、見ようとしていない。そこにヴェルニスがいることに気付くと、必死に目を逸らそうとするのだ。
(なんか辛い。フェリスって子はいつも、こんな感じなのかな……)
考えつつ、ヴェルニスは足を進める。
目的地はフェリスの家。
フェリスそっくりの格好は、ルディーノに頼まれて着たものだった。
元よりヴェルニスは根絶対象血族なので異論は認められない。……が、相手がルディーノだと、そんな簡単に終わる話では無かった。
話は、数日前から始まる。
逃げることはできるのだ。
ヴェルニス達二人は、ルディーノに軟禁されていた。
軟禁と言っても、図書館裏の物置に住まわせてもらっている程度の軟禁である。
物置はしばらく誰も使っていないようで、人が来ることは全くと言っていいほど無い。
つまり、ヴェルニス達にとっては得でしかない。
そしてとんでもないことに、ルディーノはこの物置に鍵を掛けていない。
そのため、いくらでも抜け出すことはできるのだが……
問題はその後だ。
深い森の奥、誰かの家の屋根裏、忘れ去られた廃屋……ヴェルニスは、色々な場所に逃げた。
しかし、目を覚ましたらいつも図書館の物置なのだ。
ヴェルニスが寝て起きると、元の場所に戻っている。
どこで夜を明かしても、朝を迎えるのは物置と決まっているのだ。
そんなわけで、渋々ルディーノに従うこと数日。
いや、住居を提供されているが故に、そこまで渋々でもなかったのだが……
この奇妙な話を持ちかけられ、ヴェルニスは首を傾げる。
「……え? なんて?」
「だーかーらー、あなたにはこれから一日フェリスちゃんのフリをしてもらおうと思うの♪」
意味が分からない。
ヴェルニスの表情には、正にそんな言葉が書かれていたのだろう。ルディーノが勝手に説明を始める。
「私にとって、ちょっとした不都合が起こったのよ」
「不都合……」
「ええ。今日フェリスちゃんが家に帰らないのと、アルマちゃんが街に来ることになったのよ」
さらっと。
そんな重大なことを、ルディーノはさらっと言ってのけた。
「は……?」
余計に意味が分からない。
ヴェルニスの表情には、正にそんな言葉が……以下略。
「だから言ってるじゃない、不都合って。私だって本望じゃないわ♪」
「で、でも! アルマはスクラップなんでしょ!? しかもフェリスが帰らないって、会長が黙ってる訳__」
「そ・こ・で♪ あなたの出番なのよ♪」
目を細めて笑い、ヴェルニスを指差す。なんだか嫌な予感がした。
「私?」
「もう、少しくらい覚えてて頂戴! あなたがフェリスの代わりになるのよ♪」
「代……はあぁぁ!?」
思わず素っ頓狂な声が出る。ヴェルニスはお尋ね者なのだ。それがフェリスの代わりをできる訳が__
「大丈夫よ♪ あなたはフェリスちゃんの家に行って、フェリスちゃんのベッドで寝るだけ♪ 簡単でしょ?」
「いやいやいや、そもそも格好が__」
「そこで今度は私の出番なのよ♪」
先程より不敵な笑みで、ルディーノが言う。
ヴェルニスがすることは、ルディーノの言うとおり至極単純だった。
フェリスのフリをして街道を歩き、家に入り、寝るだけ。一言も喋る必要はない。
よっぽど変な行動を取らない限り、周りからバレることもない__
「……え? それおかしくない?」
その説明に、ヴェルニスは反論する。
「いくらフェリスのフリしても、私は私だよ? 髪色違うし、雰囲気違うし、絶対すぐ……」
「だから私がなんとかするのよ!喋らせなさいっ!!」
キレるルディーノ。鳴り響く野太い声。
「……はい」
「よしよし良い子。で、ここで登場するのが私ってわけよ♪」
素直に応じると、ルディーノは元の調子に戻る。
「私がヴェルニスちゃんをイメチェンするのよ。誰がどう見てもフェリスちゃんに見えるよう、完璧に仕立て上げて見せるわ♪」
「はぁ、そうですか……え、何それ?」
呆れたような視線でルディーノを見る……と、その手には奇妙な物が握られていた。
スライム、と言えば分かりやすいだろうか。
外から見るとベタベタした、半透明の濁った液体が……ルディーノの手から、零れ落ちていた。
まるでルディーノの手から湧き出ているかのような液体を、ヴェルニスは見てしまい__
「えっ……ちょ、何ソレ!?」
「フフフ……過去『肉体改変の魔女』と呼ばれた私に任せなさい♪」
「アンタ女じゃ無__」
「いいから黙って従えぇーッ!!」
遮るように、ヴェルニスへ一撃。
「オブッ!?」
「少し待ちなさいね♪今偽装を……」
「うええ、気持ち悪……ベチャベチャする……」
「諦めなさい♪」
楽しそうにスライムを顔へ塗りたくるルディーノ。
口こそこう言っているが、反抗はしないヴェルニス。
なかなか不思議な光景である。
「うぐ、うぇ、ちょ、いつまで……」
「よし、顔はこんなもんね♪」
不意にパッと、しかしようやく手を離され、ヴェルニスは大きく息継ぎする。
「はっ……プハーッ! ちょっと、息ぐらい……」
「ほら、次は髪よ。後ろ向いて♪」
しかし間髪入れず、ルディーノはヴェルニスの髪を梳かし始める。
「うえ、またベチャベチャー……」
「さっきよりはマシでしょ?」
そうして、ルディーノは一通りヴェルニスの頭をベチャベチャする。
「__はい完成♪ ほら、鏡見てみなさい?」
「もう、何が完成なの……!?」
そして、渡された鏡を見る。
絶句する。
ヴェルニスが持つ手鏡……そこに写っていたのは、紛れもなくフェリス本人だったのだ。
(これなら私がフェリスじゃないって気付かれることは無さそう)
__喋らなければ、だが。
ルディーノの偽装は声や身長、体躯すら変えられるという。
だが大きな偽装を行えば、それだけ大きな不快感とストレスが本人に降り掛かるらしい。
幸い……というかルディーノの計算どおりというか、ヴェルニスの体格はフェリスと似ていた。なので、見た目を変えるだけで済んだのだ。
(まだ顔ベチャベチャするけど、これが不快感なのかな……)
だとしたら、もし声を変えようと思ったら。
もし、体格をも変えようと思ったら__ベチャベチャ程度では済まないのかもしれない。
そんなことを考えつつ歩くと、いつの間にか目的地に到着していた。
フェリスの家。
それは正に、お屋敷と呼べるほど大きく__
というわけではない。二階建ての、普通の家より一回り大きいくらいの住宅だった。
(あぁ……思ってたより小ぢんまりしてるのね)
少し驚き、しかしヴェルニスは妙に納得する。あんな性格の街長だ、人気を得られず収入が少ないのかもしれない……
そう考えると、なんだか笑ってしまいそうになる。
ルディーノから渡された鍵を扉に差すと、カチャリと気味のいい音がする。
(……アイツ、なんでこの家の鍵なんて持ってたの?)
一瞬考えたがすぐ止めた。触れてはいけない部分な気がした。
家に入るなり、すぐ怒鳴り声が響く
「おい、フェリス! 今日も遅いぞ!!」
ビクッ、と体を強張らせるヴェルニス。
その声は、どこかで聞いたことがあったようなものだった。
……そう、まだ家族がいた頃。
根絶対象血族の烙印を押される前の、幸せな記憶。
ヴェルニス達から幸せを奪った、ソイツの声。
部屋の奥から声の主が出てくる。勿論フェリスの父親だった。
「何処に行っていた? また山か?」
「…………」
一言も喋る必要はない。ルディーノの言葉を信じ、ヴェルニスは押し黙る。
__その間、ずっと俯いていた。相手を直接見ることができなかった。
「おい、何とか言ったらどうだ?」
「…………」
「聞こえてるのかフェリス!?」
……これは、マズイか?
焦りだすヴェルニス。ここまで言い詰め寄られていれば、逆に話さないほうが不自然だ。
だとしたらやはり、喋る必要はありそうだ。いっそのことフェリスの声真似でもして、なんとか誤魔化すか__?
「……チッ、無視の次は黙りか!? 私はお前なんかに付き合っている暇はないんだぞ!!」
···いや、じゃあ出迎えるなよ。
突っ込みそうになったのを、ギリギリで踏み止まるヴェルニス。
フェリスの父親はそれだけ言って、そして再び、リビングへと戻っていく。
(……あれ?)
そう、戻っていく。
ヴェルニスを問い詰めることもなく、奴は戻っていってしまったのだ。
(緩いセキュリティ……というより、私がフェリスそっくりだったのかな?)
それにしても、よく気付かないものだ。我が子が一言も喋らなかったら、親なら心配するだろうが__
随分と仲の悪い家族だ。少なくとも過去のヴェルニス達よりもは悪い。
まあでも、母親とは……ヴェルニスは、フェリスの母が亡くなっていることを知らない……母親とは仲が良いんだろう、それで家庭は何とかなっているんだろう、と無理やり納得する。
その後は、ルディーノとの作戦通りだ。
二階に上がる階段を登り、予め聞いていたフェリスの部屋へ。
配置されているベッドに入る。そこに籠もり、朝まで待つ。寝てしまっても構わないらしい。
朝を迎えたら、すぐ家から出る。
なるべくフェリスの父親とは顔を合わせないこと。無視でも構わない。
峠を超えてしまえば後は簡単。
……の、はずだった。
夜、最後にヴェルニスは聞いてしまったのだ。
フェリスの父親が、電話で誰かと会話していたのを。
その不穏な会話内容を。
「……あぁ、数日後だな。家に火を点ける。私の合図と同時に爆破しろ」




