平穏な一日
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※権利所持者:ncjyr※
サア。
ものがたりヲはじメマショウ。
ゴオッ、と窓から風が入り込む。
差し込む朝日はとても眩しくて、ギュッと目を瞑る。
家の窓を空け終えると外に出る。
そして、大きく深呼吸するのだ。
金色の長髪を撫でる風が心地良い。
紺色のドレスを照らす木漏れ日が暖かい。
大自然の空気を体に取り込んで、少女の中で初めて今日が始まる。
『チュンチュン』
木の影から、鳥の声が聞こえる。それを彼女は聞き逃さない。
「小鳥さん、それって本当?」
『チュン、チュンチュン』小鳥は楽しそうに鳴く。
「へぇ、ありがと!」
『チュンチュン』
小鳥との会話を終えた少女に、また別の動物が話しかける。
『ナー』家の近くを歩く野良猫だ。
「あら、黒猫さん。今日は早起きなのね?」
『ナー、ナー』
「ああ、なるほど! フフ、確かに二度寝は気持ちいいね」
どうやら、昼寝の誘いに来たらしい。野良猫は眠そうだ。
『ナー』
「うん、あとでお邪魔するわ」
会話はまだ終わらない。
『ワン!』
「あら、子犬さん。今日もご機嫌ね」
『ワン、ワンッ!』
「うん、分かった。黒猫さんとのお昼寝が終わったら遊びに行く」
今度は追いかけっこの約束のようだ。
こうして友達との会話を終え、少女は山道を歩き始める。
彼女の名は『アルマ』。身長は少しだけ高く、10代半ばに見える。
特技は手品。
友達は、山の動物みんな。
そして何を隠そう、魔女である。
魔女。
人智を超越した、魔法を扱う存在。
一言で表しても、その実態は様々である。
例えば、少しだけ五感が敏感な者。
例えば、自分が魔女だということを隠す者。
少し場所は変わり、山の中。
「__うん、小鳥さんの言った通りだね」
大きな木に実る沢山のリンゴ。それを見て、アルマは目を輝かせていた。
『チュンチュン』
先程とは違う小鳥が、先程の小鳥と同じように鳴く。
「え、いいの? じゃあ少しだけ……」
アルマは手を伸ばし、高い木からリンゴを取ろうとする。
無論、三メートルはあるだろう木からそのままリンゴは取れない。
アルマにもそれは分かっていた。
もう少し踏み込むと、彼女は『素手で』リンゴを取ろうとしていない。
もちろん、使うのは魔法。
程なくして変化は現れる。
アルマの手はリンゴに届かない……だが、その必要はない。
それはまるで、見えない手にもぎ取られるかのようにリンゴがアルマの手へ向かっていった。
サイコキネシス。別称、念動力。
物体に触らず物体を動かす超常現象。
魔法を使える自分が特異だということを、アルマ本人は自覚していた。
だが、その逆は知らなかった。つまり"人間は魔法を使えない"という事実を、アルマは知らない。
数十年前、アルマは両親にここへ連れてこられた。
曰く、「魔女は村にいてはいけない」らしい。
アルマは両親から教えられた通りに過ごしてきた。
朝には窓を空け、庭で深呼吸し、友達とお話しする。
今日のように果物を取ったり川で食用の魚を取る。(なので意図的に魚とは喋らない)
たまに運動し、日が沈む頃には寝床へ入る。
数日に一回、布団は掃除する。
そして、街には絶対に近づかない。
家に帰るとき、時折アルマは無性に悲しくなることがある。
今まで魔女だからという理由で、人々から弾劾されてきた。
人の温もりを知らないアルマには、しかし時折、人の温もりに憧れることがあった。
そういう時、アルマは、もう少し夜の山を散歩する。
怖がることはない。夜の猛獣も、アルマにとっては親友だから。
むしろ、その親友に会うため夜に出かけるのだ。
二十才頃、突然アルマの成長は停止した。
動物達に聞くと、魔女の体質だと言われた。
魔女本人が最も過ごしやすい体で成長が止まるらしい。なので魔女の見た目は十代にも満たなかったり、七十過ぎの老人だったりするらしい。
__だからアルマは、世代に置いていかれる。
悲しさの理由は、ここにもあるかもしれない。
今日もアルマは夜を散歩する。
魔女の一日は、いつも通り終わろうとしていた。