アルマ・イン・ワンダーゲンガー
オカシイ。
アルマがそう感じたのは、つい数分前。
アルマの目の前では現在、フェリスが紅茶を飲んでいる。
アルマが淹れた紅茶を。
(……やっぱりおかしい。フェリスはいつも自分で紅茶を淹れて、私に分けてくれるもん。)
じっとフェリスを観察する。フェリスは気付いているのか否か、ただ黙って紅茶を啜る。
最後に正常な(?)フェリスを見たのは昨日だった。
フェリスに連れ帰られたその日の夜、ある人……ルディーノの口から、信じられない言葉が出た。
「幸が不幸か知らないけど……アナタは今日、この街に存在していないことになったわ」
それを聞いて、二人は首を傾げる。
「存在……してない?」
「そう。だから今ここで匿ってるのは……実は、ただの気まぐれなのよね。あなたを今すぐつまみ出してもいいのよ♪」
困惑するのを愉しむように、ルディーノはニヤニヤと笑う。
「どういうこと? 存在? 私は今ここに……」
「だから残念だけど、あなたのお父さんはあなたを探さない。誰もあなたを意識しない。存在を知らない」
『存在していない』、その意味。
それを理解するにつれ、段々とフェリスに焦りが見え始める。
だが思考が纏まる前に、ルディーノがさらに言う。
「半分冗談だけどね♪」
「……へ?」
その言葉に、再び困惑を見せるフェリス。
それが愉しくて堪らないと言うかのように、ニヤニヤと見つめる。
「正確には三割くらい冗談かしら?」
「それ、七割本気ですよね……!?」
アルマが突っ込むが、気にせず続ける。
「安心しなさい、フェリス・エティールノ。あなたは確かに存在している」
「存在……」
「ただ今日だけ、あなたの存在を打ち消してもらってるわ。あくまで今日だけね♪」
「打ち消す?」
その言葉に二人が反応する。目の前の人型が何を言ってるか、二人ともよく分かっていなかった。
少し考える素振りをしてから、ルディーノが続ける。
「う〜ん……あなたが『存在していない』ことになっているのは、あながち間違いじゃないの。明日にはその魔法も消えて、存在が戻っちゃうけどね♪」
「…………?」
「まあ分からないわよね~♪」
吹っ切れたように説明を止めたルディーノ。そして、二人にこう言った。
「明日、アルマちゃんの家で落ち合ってみなさい? そこで全てが分かるから♪」
なおその後、アルマは無事に家まで返してもらった。
流石に山から自宅までは一人だったが、最後に正常なフェリスを見たのはこの辺りだったはずだ。
(……うん、あの時までフェリスはいつものフェリスだった。変なフェリスになったのは……)
思考を整理し、アルマは再び回想へ戻る。
思えば、今日の最初からおかしかったのかもしれない。
コンコン、と扉をノックする音。万が一のことを考え、魔法を構えながらドアノブを捻る。
ノックしたのは、やはりフェリスだった。
「あ、フェリス! 昨日ぶり!」
「…………」
コクリと頷いたが……フェリスは、一言も喋らなかった。
「あ、あれ? 気分悪い?」
「…………」
今度はフルフル、と首を振る。不調ではないらしい。
「そっか、じゃあいいけど……上がる?」
(コクリ)
「うん。あ、今日もお茶淹れる?」
(フルフル)
「あ、そう? ……じゃあ、お話ししようか?」
(フルフル)
「え? ……喉、悪いの?」
(フルフル)
「ええ……? どうしたの?」
(…………)
「……お茶、淹れようか?」
(コクリ)
こうして、今日はアルマだけが紅茶を淹れることになった。
だがおかしい。いつもフェリスは元気が良くて、何より沢山喋る人だと思っていた。
こんな日もあるんだな、とアルマは思っていたが__
あれからフェリスは、一度も喋らない。
「…………」
「…………」
(うん、絶対おかしい)
見た目こそ、間違いなくフェリスそのものだ。
白銀の髪や白色のポンチョ、いつものフェリスと何ら変わらない。
だが雰囲気が違う。
いつもフェリスは気さくに挨拶をしてくれて、明るい雰囲気が漂っていた。だが目の前のフェリスは、心なしか暗い雰囲気を持っている。
不調……といえばそれまでだが、一言も喋らないのはおかしい。
こっそり魔法を構える。もし目の前がフェリスの偽物だったら、その偽物が、アルマの命を狙っているのなら……
本物のフェリスのためにも、ここで死ぬわけにはいかない。
「……ねえ、フェリス? ちょっと質問が__」
そうして、意を決して話しかけた時だった。
コンコンッ!
「わっ……? お客さん?」
扉にノックが入り、少し驚く。一日に二人もノックすることが無かったため、初めての事態だった。
「フェリス以外……ニーミアかな? ヴェルニスかな?」
そう考えると、アルマは少し楽しくなる。
自分の友達で集まって、皆で紅茶を飲む。そして他愛ないことを話し、笑い合う。なんて素晴らしいんだろう。
心を弾ませ……だが警戒は解かず、扉を開ける。
そこで待っていたのは__
ニーミアでも、ヴェルニスでもなかった。
では、他の第三者か?そうではない。
フェリスだった。
「アルマー! 約束通り来たよ!!」
「ふぇ……フェリス!?」
当然だが、アルマは大きく動揺する。
「……どうしたのアルマ? そんなびっくりして」
「だってフェリスは……え? とにかくこっち!!」
そう言うなり、フェリスの手をグイと引っ張る。
「キャッ!?」という可愛らしい悲鳴と共に、フェリスは奥へと引きずり込まれ__
「は……!? 私?」
それを見て、フェリスも驚く。
先程までのフェリスは、相変わらず紅茶を啜っている。
「え? アルマ、これって……?」
「私が訊きたいよ!」
勿論、アルマが何か知っているというわけではない。
もう一人の、先程から紅茶を啜るフェリス……
ここでは『フェリスα』とでも名付けよう
彼女は気付いているのかいないのか、ずっと椅子に座りアルマを待ち続ける。
否、わざとアルマを無視しているようにも見えた。
アルマの耳元まで顔を持っていき、口を開く。
「ヒソヒソ……(ねえ、あれ私の偽物だよ!)」
それに倣い、アルマも小さな声で話す。
「ゴニョゴニョ……(どういうこと?)」
「ヒソヒソ……(当たり前じゃん! 私はここに居るんだよ?)」
「ゴニョゴニョ……(まあ、確かに怪しいとは思ってたけど……)」
二人はフェリスαへ目を向ける。相変わらずフェリスαは、二人を無視して椅子に座り続けていた。
「……よし」
意を決したのはフェリスだった。
フェリスαの元までツカツカと寄り、声をかける。
「ねえ、あなた」
「…………」
「あなたは誰? まさかフェリスなんて言わないでしょうね」
(フルフル)
「···何?自分はフェリスだって言いたいの?」
(コクリ。)
「そんなわけないでしょ! フェリスは私なんだから!」
「…………」
あくまで、フェリスの考え方は否定しない。
だが、自分こそがフェリスだとも主張するフェリスα。
埒が明かない。二人が同時にそう思った所で……
突然、その声はした。
「あら〜♪ その子はフェリスちゃんよ♪」
「わあああああぁぁぁぁぁっ!?」
後ろから声がして、アルマは叫ぶ。さけんで飛び退く。飛び退いてやっと後ろを見る。
いつの間にか、そこにはルディーノが立っていた。
「酷いわね、アルマちゃん。人をお化けみたいに……♪」
「なんで? なんでこの人が……」
「鍵空いてたわよ? まあ、そんなことより__」
アルマを置き去りにし、ズカズカと歩みを進めるルディーノ。
アルマの家なのに。
「フェリスちゃん、その子は間違いなく『フェリス』よ♪」
「はぁ!?」
ルディーノからそう告げられ、昨日のように戸惑う。『存在していない』と告げられたあの時のように。
「でも、私はここに居るわ! フェリス・エティールノは私よ!」
「ええ、あなたはフェリスちゃん。間違いないわ♪」
「じゃあそこに居るのは私じゃないわよね!?」
「いいえ、その後もフェリスちゃんよ♪」
「はっ……はぁぁ??」
自分を証明しようとすればしようとするほど、話が複雑になっていく。
フェリスαと同じく、ルディーノも否定しない。フェリスが自分のことを、フェリスだと言い張るのを。
だが、フェリスαもフェリスだと言う。話は段々、先程の会話のループへと取り込まれていった__
頭が回りきらず音を上げるフェリス。それをひとしきり愉しんだ後、ルディーノは話を続けた。
「……うん、まあ種を明かしましょう。極端に言えばそうよ、その子はフェリスちゃんの偽物なの♪」
「……偽物?」
その話に食いついたのはアルマだった。
「偽物なんて、そんな……大体、なんで言い切れるの? そこのフェリスが偽物だって__」
「ちょっとアルマ!! 私が偽物だって言うの!?」
「ちちち、違うよ! ただ確認してみてるだけで……」
故意にではないがフェリスの怒りを買ってしまい、慌てて弁明する。
そんな二人の対話も、愉しそうにルディーノは眺めていた。
「……ただし、昨日その子は紛れもなく『フェリス』ちゃんだったわ。フェリスちゃんの存在が無い間はね♪」
しばらくして、再びルディーノが口を開く。
「それって、昨日から言ってるやつ?」
「あら、覚えてるのね♪ そう。フェリスちゃんが存在していない間、その子がフェリスちゃんだったのよ♪」
「うーん……?」
意味が分からないというように首を捻るフェリス。ルディーノは続ける。
「逆かもしれないわね。その子が前に出ていたからこそ、あなたの存在が無くなったというか……」
フェリスαの元まで歩き、頭を撫でながら言う。
「この子を用意したのは私。だから結果的に、私がフェリスちゃんの存在を消していたことになったのね♪」
「……うーん、つまりこういうこと?」
先程までの情報を元に、アルマが整理する。
ルディーノは、フェリスの偽物を用意した。
この偽物は、ルディーノの思いのままに操ることができる。
そして昨日フェリスが街へ出られない事態に陥った。
そこで本物のフェリスと偽物を入れ替えることで、昨日だけは事なきを得た__
そして現在、本物と偽物が対面している。
「うん、95点ってところかしら……流石はアルマちゃんね♪」
「そ、そうかな···」
「ええ♪ これが魔女の思考能力ってやつなのかしら?」
「そう……えっ」
「おっと口が滑った。そんなことより__」
話を無理やり戻すようにルディーノが言う。さらっととんでもないことを口にした気がするが、きっと気のせいだろう。
ルディーノはフェリスα……もとい偽物の頭をクシャクシャと撫で、続ける。
「そう。この子は私が操ってるから、私はいつでもフェリスちゃんを送り出せる……というより、フェリスちゃんに関する情報をかく乱できるのよ♪」
「それは……厄介というか……」
「まあ、説明はこの辺かしらね♪」
話を斬り上げ、ルディーノはフェリスαから手を離す。
そして、懐から小瓶のような何かを取り出した。
見る人が見れば···いや、見るだけでは分からないか。それはメイク落としの類だった。
「さて、それじゃあ第二の種明かしと行こうかしら♪」
ルディーノはそれを手につけ、すっとフェリスαの髪を撫でる__
その光景に、フェリスとアルマは目を疑う。
優しく撫でた箇所から髪の色が変わる。
美しい白銀から、やや黒い染みのついた茶色へと。
そうして全ての髪を茶色にすると、次にルディーノは顔面へ手をかざす。
かざすと言っても、少しだけ長い時間だった。それでも十数秒ほどして、手を退かし……
そして、フェリスαは完全にフェリスでなくなった。
代わりにその顔は、アルマのよく知る顔になった。
「ヴェルニス?」
「っ……覚えてて、くれたの?」
驚いた顔で、彼女は応える。
フェリスαの正体は、先日この家に来たヴェルニスだったのだ。




