不敵な対話
フェリスと話している内に、様々なことに気付いた。
例えば、手の届かない場所の果物を摂る時。
果物を潰さず手元まで持っていくのに、実は力加減が必要であること。
加減をしなければ……果物に念動力をかけた瞬間、粉々に飛び散ってしまうのだ。
例えば、服の収納スペース。
まるで四次元ポケットのように物を詰め込める服だが、思いもよらぬ特性があった。
『着用者の許可がなければ、収納や取り出しができない』という特性。
つまりアルマが寝ていた間にフェリスが懐から魔導書を盗む……といったことはできない。
本人の意識に直接関与するような構造、これは魔法以外に考えられない。フェリスのそんな主張により、これも魔法だと気付く。
いつの間にやら、アルマはすっかり魔法の使い方をマスターしていた。
本人は全く気付いていないが、おそらく賢者並には実力がついているだろう。
「……私って、そんな凄いの?」
「うん!もう凄すぎて__」
以下略。
そうして二人が仲良く話している時、ソレは起こる。
コン、コン。
扉から、ノックがしたのだ。
「「わっ!?」」
二人が小さな悲鳴を上げる。
次に聞こえてきたのは、やや低く男らしい__
「__あら、驚かせちゃったかしら?」
やや低く男らしい、女性語だった。それはフェリスのよく知る声。
アルマは知らない声。
「ルディーノさんか。いーよ」
「ちょ、フェリス!?」
入室を承諾したフェリスに驚く間もなく、扉が開け放たれる。
そこで待っていたもの、それは。
アルマにとって、なんとも形容し難い人間だった。
長く黒い髪、紫色の瞳、野太い声をわざわざ高くしているような声。
その体は筋肉質で……否、筋肉質なんてものじゃない。
確かに見た目は普通、あるいはやや筋肉質に見えるかもしれない。
だが上着の隙間から見えるピチピチの袖、そこから透けて見えるゴツゴツムキムキした腕。
加えて上着で誤魔化しているものの、アルマより二周り以上大きな肩幅……
アルマは驚き、戦慄する。この人は……男だ。
髪は長い。着ているものの半分は女性物。口から出るのは女性特有の語尾。
だが男だ。
体躯がそれを裏付けている。
少なくともあんな女性を、アルマは見たことがない__
断言しよう。
万が一アルマが丸腰で戦えば、間違いなく負ける。
タックルで吹き飛ばされる。
そのまま星になる。
不敵かつ危険物そのものが、アルマ達の目の前に立ち塞がる。しかもフェリスは、それを承諾してる。
仲良さそうに話している。
意味が分からない。
意味が分からない。
大事なことなので二度、いや、そんなこと言ってる場合では__
「それに、ほら。アルマが怖がってるじゃん」
「アルマ? あぁ、あの子なのね」
フェリスが指差すと、異形が……ルディーノと呼ばれたナニカが、クルッとアルマの方を見る。
目が合い、アルマはガタガタと……
それはもう、まるで産まれたての子ヤギのように震える。
「そんなに怖いのかしら?」
「そんなに怖いんだよルディーノさんが」
「変ねぇ、私そんなに怖がられることしたかしら……?」
「…………」
見た目だよ、とは言わないフェリス。
そんなフェリスの気配りに気付かず、ルディーノはアルマへ近付く。
「貴方がアルマちゃんね? 私はルディーノ、ルディーノちゃんって……」
「……っ!! ……っ!?」
物凄く驚いた顔でルディーノを指差し、ルディーノとフェリスを交互に見るアルマ。完全にパニックに陥っている。
「……アルマ、大丈夫だよ。その人、怖くないから」
「……こわく、ない?」
「うん、怖くない怖くない。ほら、手出してみて?」
「……て?」
涙目でフェリスを見つめるアルマ。
その様子はさながら、パニックというよりは幼児退行のようだ。
「フェリスちゃん?私はどうしたら」
「ルディーノさんも手出して。早く」
「もう。今日はフェリスちゃん、なんだか冷たいわねぇ」
ぶっきらぼうに言われ、ルディーノも手を差し出す。
そして、互いに手を差し出し合った二人は__
握手を、した。
いや劇的には言ってみたが所詮握手である。何も不思議なことは起こってない。
しかしそれをキッカケに、アルマの震えが少しずつ治まっていく。
「……こわいこと、しない?」
「しないわよ。あなたみたいな可愛い子には、ね♪」
「__ふぅー、ビッックリ、したぁ……」
ついでに幼児退行も治る。
「あ。それで、ちょっといいかしら?」
「え、うん」
閑話休題と言わんばかりに話すルディーノに、フェリスが頷く。
「フェリスちゃん、今何時か分かる?」
「何時……ううん?」
「実はね、もう夜なのよ」
「夜かぁ…………」
「え?」
頷きかけて、フェリスは目を見開く。
「嘘!? 夜? え、夜!?」
「ええ。外に出て見たら分かるわ」
それを聞くなり、フェリスは飛び出し部屋の外に出る__
「うわーーーっ!?」
廊下にフェリスの大声が響くのは、そう遅くなかった。
ダダダダダ、と足音を立てて帰ってくるフェリス。
「なんで!? 私が来たときはまだ明るかったじゃん!?」
「フェリスちゃん、よっぽど会話に夢中だったのね♪」
「わーっ!! 帰る! 私急いで帰る!!」
「ふぇ、フェリス……?」
突然焦り始めるフェリスを見て、ポカンとするアルマ。
先程まで落ち着き払って……はいなかったかもしれないが、パニックを起こしていなかったフェリスが、これだけ焦るのが不思議だった。
「どうしたの?」
「あ……アルマ。私のお父さんの話、したよね?」
訊かれて、アルマは思い出す。フェリスの父は、街では偉い人だということ。
その人は少々横暴だということを、ニーミア達二人から聞いたのも同時に思い出す。
「私のお父さん、門限に厳しいの。日が沈んでも帰らなかったら、総出で探しにくるの。」
「それは……優しいんだね」
「道行く人を『フェリスの拉致容疑』とか言って牢屋に入れてても?」
「それは……」
「この前も家で怒鳴り散らしてさ。もう近所迷惑……って、話してる場合じゃなかった!」
話を終えるなり、フェリスは部屋を飛び出そうと__
「その必要はないわ。今日は帰らなくても大丈夫よ、フェリスちゃん♪」
その言葉を聞き、立ち止まる。
「……帰らなくて、いい?」
「ええ。むしろ今出てかれると、私が困るというか……」
フェリスとは反対に、不気味なほどの笑顔で言い放つ。
「なんで!? このままじゃ街がパニックになっちゃうじゃない! そうなる前に私が__」
「フェリスちゃん。街、パニックだった?」
「何言ってるの! 勿論……」
そう言って振り返り、窓を覗く。今すぐ帰ったとしても街は大騒ぎだ。
父が騒ぎ倒し、各場所で騒ぎが……
そこまで考えて、初めて気付いた。
静かなのだ。
既に日は落ちており、門限を過ぎている。父が勝手に決めた門限は、日が暮れるまで。
もしフェリスが帰ってなければ、街は大変なことになっているはずだ。
なっている、はずなのだ。
街はいつもと変わらず静かだった。
あまりにも静かすぎる気がして、フェリスの額から冷や汗がにじみ出る。
その後ろ姿を、笑みを浮かべて見守る人物が一人。
「クク、ねえフェリスちゃん……いいえ、アナタ」
ルディーノが面白そうに、可笑しそうに言う。
「幸が不幸か知らないけど……アナタは今日、この街に存在していないことになったわ」
感情を読み取れない、ルディーノの不敵な笑み。
その表情からは、得体の知れない__魔女のような狂気が、浮かんでいるようにも見えた。




