フェリスでもわかる魔法解析
魔女。
絶対に、人間と和解することのない存在。
人間にとっての害悪。
害虫。
外道。
ほとんどの童話で、魔女は悪である。
悪の象徴であり、倒すべき存在であり、倒されるべき存在であり__魔女とは所詮そんなものである。
だから、そんな魔女と手を組むような存在も……同じように、悪か倒されるべき存在である。
__では、ここで一つ質問をしよう。
魔女と親しげに話す、一人の女の子。
彼女は悪だと言い切れるのか?
「__それじゃあ、やっぱりあの服も魔法なの!?」
小さな部屋で、意気揚々と質問する一人の女の子。
その瞳は明るく、目の前の存在と話すことを最大限に楽しんでいるように見える。
「うん。だから素材について聞かれたとき、凄く焦って……」
彼女の問に答えたのは魔女。人間の間で、絶対悪と称される存在。
しかし彼女が浮かべる無垢な微笑みは、とても悪意があるとは思えなかった。
アルマが自分の存在をバラした後、二人は会話に花を咲かせていた。
フェリスは、こんなに楽しげに話すのは久しぶりで。
アルマは、魔法について誰か人間に告げるのは初めてで。
口を開き出すと、言葉と笑顔が止まらなかった。
「そういえばさ、魔法って……その、具体的にどんな力なの?」
不意にフェリスが、確信を突くような質問をする。
「具体的?」
「ほら、さっきアルマは魔法で炎を出したでしょ? でもこの服も魔法だし、怪我だって治せるし……」
そう言って、アルマの頭へ視線を向ける。
先程フェリスが扉をぶつけてしまった部分が既に治りきっていた。最初はたんこぶまで付いていたのに、フッと手をかざしただけで消えてしまったのだ。
まるで手品か何かだった。
だが、フェリスの質問はとても難しいものでもあった。
「うーん……魔法かぁ……」
「え? 自分で使ってるんだから知ってるんじゃないの?」
回答に悩むアルマを見て、不思議に思うフェリス。
無理もない。魔女とは魔法を使いこなす存在だと、多くの童話では語られているからだ。
「……なんか、自然に使ってるから分かんないや」
「ええー!」
「で、でも! 簡単な説明ならできる……かも?」
落胆しかけるフェリスを励ますように、魔法の説明を始める。
「魔法はね、本能なの」
「本能?」
首を傾げるフェリスに対し、アルマが頷く。
「私達にとって魔法っていうのは、歩いたり呼吸をしたりするのと同じなの。フェリスは歩くとき、『右足を前に出して__』とかって考えてる?」
「ぜんぜん」
「それと同じ。意識して魔法を使うこともできるけど、普段は意識してない。さっきも無意識に、手で魔法を使ってたし」
そう言って、先程までたんこぶがあった部分を擦る。
「意識して魔法を使うと、どうなるの?」
フェリスが前のめりに訊く。
「ど、どうって···」
「ほら。私は足を早く動かそうと思えば走れるし、大きく息を吸い込もうとしたら深呼吸ができる。魔法にも、そうやって意識してできることってあるの?」
「意識……こういうこと、かな。」
そう言って悩みながら、アルマは手を広げ__手のひらの真ん中あたりで魔法を起こした。
ポッ、と。
小さな炎が手の上に灯る。
「わあ、さっきの!」
アルコールランプのような小さな火を見て、フェリスが感嘆の声を上げる。
「こういう魔法は、意識しないと使えない。他にも水を出したり、ビリビリしてみたり」
そう言いながら、手のひらから水やプラズマを生み出して見せる。何もない空間から出現するそれらは、まるで手品か何かのようだ。
そのどれもが非現実的で、奇跡のような光景だった。
「…………」
「……フェリス?」
「……あっ、ごめん! 見惚れちゃってた!」
声をかけられ、フェリスは少し顔を赤らめる。
しかし手からは目を離さない。ずっと、どこから炎や水がでて来ているのか探しているようだった。
「力の元はまだ分からないの」
アルマが話を続ける。
「どこから炎が出るのか、水が出るのか、私自身は分からない。でも魔法っていうのは__フェリス達が考えていたような、悪いものじゃないの」
「うん、知ってる」
ゆっくりと、フェリスが頷く。
「ありがと。だから暇な時、私は魔法の研究をしたりしてる」
「……魔法に対する、偏見を無くすために?」
フェリスが確認するように訊く__が、アルマは苦笑いで答える。
「ちょっと違うかな。ただの好奇心とか、もっと魔法を便利にするために……とか。今更、魔法の偏見を直そうとは思わないかな」
「アルマ……」
俯いて、アルマは語る。
魔法に対する偏見は、今更変えられない。
それは、アルマの本音でもあった。童話や逸話で語られた魔女のイメージを、今から直せるとは思えなかった。
「友達とも話してみたんだけど、やっぱり無理だって。人は頑固な生き物だから……って」
「……そういえばアルマ、私以外に友達がいるの?」
妙なことを訊かれる。アルマと友達が共にいるところを、フェリスは何回も見たはずだからだ。
「うん。熊さんとか、狼さんとか、鳥さんとか__」
「そ、それってアルマの想像じゃないの?」
そんな訊かれ方をされて、余計に疑問を覚える。
「想像……って、何のこと?」
「いや、その、悪い意味じゃないんだけど……アルマは山の動物と、想像で喋っているんじゃないかなって……」
「……??」
「ええっとー……」
全く意味が分からず首を傾げるアルマ。それを見て、頭を抱えるフェリス……
ある例え話を思い付き、フェリスは顔を上げる。
「……人形遊びって、あるじゃない?」
「え、うん」
その突然の話題に、なんとか付いていくアルマ。
「あれって、人形と自分でお喋りしたりするじゃない?」
「うん」
「その時、人形の台詞は自分が考えるじゃない?」
「うん」
「えっと、それで……アルマが動物と話してる時って、そんな感じなのかなって。」
「……ん?」
「だから……アルマの中で動物の台詞を考えて、妄想で喋っているのかなって……」
「……んんん!?」
そこまで言われてようやく、アルマは目を見開く。
妄想癖のある子だね……フェリスからそう言われた気がして、やっと焦りだしたのだ。
「ち、違うよ! 私はちゃんと熊さんと話して、小鳥さんと話して、狼さんとも__」
「いや、私も違うの! それは分かってるの!!」
弁解を始めようとしたアルマを、咄嗟にフェリスが止める。
フェリス自身も分かっていた。自分が失礼な物言いをしていることを。
「でも不思議だったの。アルマが動物と話してるように見えて、しかもちゃんと話も進行して……本当に、会話できてるみたいだなって」
「本当も何も、私は__」
そう言いかけ、アルマは口を噤む。
思い当たる節があったのだ。フェリスも頷き、訊ねる。
「……アルマ、それって魔法じゃない?」
「魔法、かも」
そう、魔法。
当たり前だが、動物には言葉が存在しない。様々な号令、サイン、ジェスチャーこそあるだろうが、言葉は存在しないのだ。
だがアルマは、動物と話す。動物と、まるで人間同士のように話し合える。
言葉を持たぬ動物と、そんなことが出来る方法。
テレパシー。
超能力の一種だ。五感に頼らずとも、相手と意思疎通ができる能力。
そして、アルマは魔女。私生活の中で、無意識の内に魔法を使用している。
それらのことを合わせると、ある一つの事実が浮かび上がるのだ。
アルマは動物と対面する際、魔法を使っている。
無意識に……というより、無自覚に魔法を使っていたのだ。
「凄い! やっぱりアルマは凄い!」
「えぇ!?」
突如として興奮気味にフェリスが言うので、驚いて身を引くアルマ。
「なんかもう、凄すぎて……凄いしか言えないよ!」
「フェリス、落ち着いて__」
「あ……ごめん。でも、それくらいアルマは凄い。素敵。最高」
フェリスは落ち着きを取り戻してもなお、キラキラとした視線をアルマへ向け続ける。
褒められることなんて初めてだったので、アルマも顔を紅くして、けれど嬉しそうに俯くのだった。
アルマが魔法を知ってから、どれだけの年月が経っただろうか。
数十年の中で今、ようやくアルマは魔法の一端を知った。




