アルマの本音
…………
……
私は笑っていた。
沢山の人と、友達と、笑い合っていた。
ずっとこの時を待っていた。魔女と人の壁が取り除かれ、平和に過ごすことができる日を__
否、それは幻想だった。
ある人が、アルマが魔女だと知った。その人はアルマから離れていった。
一人、また一人とアルマの元から離れていく。
アルマはそんな人々を止めることもできず__
そして、最後の一人でさえも。
「う、ん……?」
__嫌な夢を見た。
改めて自分は魔女なのだと、独りなのだと再確認させられるような。
目を覚ますと同時に、アルマは違和感を覚える。
寝心地がいつもと違う。ここはアルマの家の図書室でも、自分の部屋でもない__
「……ここ何処!?」
それをはっきり認識して、アルマは跳ね起きる。丁寧に布団が掛けられていたが、それもいつもの……アルマ家のものではなかった。
アルマが寝ていた部屋は、一畳半程度の狭い部屋だった。ベッド、クローゼット、机がギュウギュウに詰め込まれた上に、アルマが放り込まれた感じだ。
まず咄嗟に、アルマは魔法陣を描く。
(……よし、これでいつでも魔法を使える)
武器を得て安心したところで、現在の情報を整理する。確か自分は、熊さんを助けたはず。
だがその後、疲労で倒れてしまったのだ。
魔法というのは使い勝手のいい技術だが、代償として使用者の体力を奪う。日常生活に取り入れるだけなら少し疲れるだけで済むが、重傷の治癒ともなれば非常に多くの体力を使う。
例えるなら、十八時間ほどのフルマラソンを完走するくらいだ。
間違いなくぶっ倒れる。
つまり自分は、フェリスとシエラの前で倒れたことになる。
アルマは二人が見ている中、魔法で熊の傷を治したのだ。魔法を、目撃されたのだ__
(もしかして、私が魔女だってバレた?)
だとしたら、自分は現在捕まっていることになる。
それはマズい。アルマは魔女なのだ、このままでは殺されてしまう。
ベッドから降り、部屋を調べる。
クローゼットには何も入っておらず、机の上も手鏡以外は何も置いていない。
他には……ベッドのすぐ近くに、木製の扉がある。
(……出口?)
いや、アルマは監禁されているのだ。警備がここまで緩い訳がない。
緩い、訳が__
ガチャッ!
扉を睨んでいると突然、その扉が開かれる。
そして、アルマは不幸だった。
すぐ近くで扉を観察していたため……アルマの額目掛けて、扉が開け放たれたのだ。
ゴンッ!
「痛___っ!!」
「わ、ちょ、アルマ!?」
扉を開けたのは……フェリスだった。
アルマの声に驚き、すぐに側へ駆け寄る。
「アルマごめん! 怪我してない!?」
「うん、これくらいだったら__」
そう言いながら額に手を当て、魔法を使おうとした所で……体が止まる。
いくらフェリスとはいえ、相手は人間。目の前で魔法を使えば、何を言われるか、
「アルマ、大丈夫だよ」
「……え?」
その言葉に、アルマは大きく目を見開く。
大丈夫……それは、どういう意味なのか。
小さく息を吸い込んで、フェリスが話す。その言葉は確信に近かった。
「……アルマはさ、魔女でしょ」
「それは!」
「私、前にも言ったよ。アルマが魔女でも大丈夫だって」
「そうだけど……」
その言葉に、アルマが言葉を詰まらせてしまう。
確かに、フェリスは言ってくれた。
例えアルマが魔女でも、アルマとは友達であり続けると。
アルマのことが__好きだと。
だが、アルマはまだ疑っていた。ひょっとすると、万が一ということがあるんじゃないか。
そして、アルマが魔女だということを隠し続ければ、その万が一も心配しなくていいんじゃないか。
アルマは__フェリスを疑ったが故に、未だ嘘を吐こうとしていた。
フェリスが続ける。
「私、アルマが魔女でも友達でいるって……アルマが好きだって言ったよね」
「…………」
「大丈夫。怖いかもしれないけど、私は信じる。もう疑いたくない」
「疑う……?」
「うん。私はアルマが魔女でも、そうじゃなくても、友達であり続ける。だから……『アルマが魔女かもしれない』って、疑いたくない」
「でも」
「でも、じゃない。私のために……魔法を、見せて?」
フェリスのため。
前に、フェリスは言っていた。
『魔女かどうかなんて関係ない』
そして今、こう言った。
『アルマが魔女かもしれないって、疑いたくない』
フェリスは、アルマが魔女だということを気にしない。
ただ、アルマが魔女だという確信が欲しいだけ。
フェリスの疑念を晴らすため、その疑念を確信に変える……アルマは困惑する。
今ここでフェリスに魔法を見せたら。
実はフェリスは、アルマのことを普通の人間だと信じていたら。
ここで魔女だということを露見して、フェリスを裏切られたような気持ちにでもしたら__
そうしたら、今度こそアルマは独りになる。
だけど。
フェリスは、アルマを信じると言ってくれた。
例え魔女だったとしても……友達でいてくれると、言ってくれたじゃないか。
だから、だから私は__
私もフェリスを信じて、魔法を見せる。
魔女だということを、ここで証明する。
ボッ、と。
ガスコンロに火を点けるような音が、部屋に響く。
「わ……!」
それを見守っていたフェリスも、驚きの声を上げる。
アルマの掌には、小さな炎が灯っていた。
手品だと言われれば、そう見えるかもしれない。
だが種も仕掛けも無い。アルマが使っているのは、間違いなく魔法なのだから。
「……その炎、アルマがやってるの?」
確認として、フェリスが訊く。
コクリと頷くアルマ。
「もう少し大きくできたりするの、その炎?」
コクリ、と再び頷くアルマ。
その直後……ゴオッ、と炎の勢いが瞬く間に強くなる。
「わっ、ちょ、抑えて抑えて!!」
フェリスに慌てて静止され、アルマは咄嗟に炎を止めてしまう。
「あ……」
「ふぅ。危うく火事になるところだった……」
そう言って、フェリスが上の方を指差す。
アルマは上を見上げ、そして納得した。天井が溶けかかっていたのだ。
アルマが起こした炎はあまりに大きすぎて天井に達した。フェリスが止めていなかったら、プラスチックの天井が溶け落ちてきただろう。
「……やっぱり、魔女だったんだね」
その一言で、アルマは我に返る。
そうだ。フェリスは……確かに、アルマの魔法を見たはずだった。
「私、ずっと疑ってたの。アルマが魔女かもしれないって。もし魔女でも、友達であり続けれるかな、って」
その言葉で、アルマはつい身構えてしまう。
やっぱり、駄目だったのかも。
『魔女かもしれない』と『魔女である』は全くの別物だ。危険視していた事態が事実になった今……フェリスは、まだ友達でいてくれるのか。
まだ、アルマのことを好きでいてくれるのか……
当然、そんな心配は要るはずもなく。
「やっぱり凄いよ、アルマ!」
突然声のトーンを変え、明るい表情でフェリスが言う。
「……え」
「やっぱりアルマは魔女だったんだ……うん、素敵。ハッキリしなかったから私、不安で不安で。実はアルマが魔女じゃなかったら……なんて思っちゃってた!」
「ふぇ、フェリス?私は本当に魔女なんだよ?それでも、私と__」
「そんなの関係ないよ!!」
その一言。
たった一言でアルマの人生観が__良い意味で__打ち壊された気がして、固まってしまう。
「そんなの関係ない。大丈夫」
少し落ち着いて、フェリスが言う。
「アルマが魔女でも、そうじゃなくても関係ない」
少し照れくさそうに……だがアルマの目をしっかり見て、フェリスが言い切った。
「だって私は……『アルマ』が好きなんだよ」
嘘なんかでは無かった。
例えアルマが魔女でも、友だちであり続ける……あの時のフェリスの言葉は、嘘ではなかった。
それなのに……今までそれを疑って、魔女であることを言えないでいた。
フェリスがアルマを疑っていたように__私も、アルマもフェリスを疑っていたのだ。
「ごめん」
出てきたのは、謝罪だった。
「ありがと」
次に出てきたのは、感謝だった。
こうして、二人の仲は確かなものとなる。
独りでいることをやめた魔女は__親友と隣合わせに立ち、もう迷うことはない。
「……やっぱり、あの子が」
扉の前に人影が一人。
二人の会話を、静かに聞いていた。




