姉妹の沈黙
辺りを沈黙が占領している。横に並んで二人、少女が机に向かって座っていた。
目の前には二つのティーカップ。
そして、向かい合うように一人の少女。
「あのー……飲んでもいいんだよ?」
二人を前にしてアルマが口を開く。
だが二人は、アルマの言葉を聞いても全く動かない。
「えーっと、その、」
「「…………」」
「あなたたちはどこから来たの?」
「「…………」」
「なんで、私の家の中にいたのかな?」
「「…………」」
「……あの、聞こえてる?」
「「…………」」
何を聞いても、二人の少女は微動だにしない。
(うーん、どうしよう)
アルマも困り果ててしまい、再び沈黙が漂う。
だが意外にも、最初に沈黙を破ったのは___
「……アルマさん、だっけ」
二人の少女の内の、一人だった。
「え、うん」
「フェリスさんと仲いいの?」
「ん、フェリスのこと知ってるの?」
アルマの問には答えず、話を続ける。
「フェリスさんのお父さんがどんな人か、知ってるの?」
「え、街の偉い人だって聞いたことあるけど……」
「そんなことは___」
そこまで言いかけた時だった。
『ガタン!』という音を立て、椅子が倒れる。もう一人の少女が席を立ったのだ。
「偉いわけない!!」
そしてアルマの元までズカズカ歩いていき、胸ぐらを掴み上げた。
「わっ!?」
「あいつの親が! あいつが! 許されていいと思ってるの!? 私達の未来を奪ったあいつを!?」
「__ヴェルニス、落ち着いて」
もう一人の少女も立ち上がり、ヴェルニスと呼んだ少女を引き剥がす。
何が起こったのか、何を言われたのか分からないアルマはポカンと立ち尽くす。
「ごめんなさい。この子ちょっと訳アリで。別に、特別アルマさんを恨んでるわけじゃないの」
「えっと、うん。大丈夫」
落ち着いた後、三人は再び椅子に腰掛ける。
その後の会話は意外とスムーズに進んだ。
「あなた、名前は?」
「私はニーミアで、こっちはヴェルニス。立場以外は、その変の子供と変わらないわ」
少女__ニーミアは、自分のもう一人の名前を伝える。
先程アルマへ掴みかかったヴェルニスは、肩までの茶髪に薄汚れた白の服、スカート。
ニーミアは逆に、整った白の服にスカート。髪色は同じく茶色。長さは、肩より少し長いくらいだった。
「立場……?」
「ええ。私達の兄が昔、『根絶対象血族』に選ばれたの」
「スクラ……何?」
聞き慣れない言葉に、アルマが聞き返す。
だがニーミアが始めたのは、恐ろしい解説だった。
「『根絶対象血族』、市民間で使われてる隠語よ。会長が血族を選択して押してくる烙印。この肩書がある限り、本人とその家族は人権を失う」
「え゛っ」
「まあ人権を失うっていうのは言いすぎかもしれないけど……つまり、社会的に死ぬってことね」
信じられない言葉を聞いた気がして、変な声を出したアルマ。
「そんなことされて生きてけるの?」
「生きれるわけ無いじゃない」
これまたサラリと、残酷なことを口にする。
「だから、直接その烙印を押された兄は死んだわ。両親も自殺。この子は隠れてて、私は地位を偽装して生きてるわ」
「死……!?」
言葉の大半は理解できなかったが、しかし衝撃の言葉に口を押さえる。
「まあ要は、私達は追われてる身なの。……笑えるわよね。お嬢様学校生徒から一転お尋ね者なんて。」
「なんで、そんなことに……」
「そこで、さっきの話が出てくるのよ」
「え?」
首を傾げるアルマに、ニーミアが訊く。
「アルマさん、あの子と仲がいいの?」
「え、うん」
「あの子のお父さんのことを知ってて?」
「それとこれとは関係が__」
アルマが言いかけた時だった。ニーミアとは別の方向から声がする。
「関係ある!!」
『ガタン!』と聞いたことのある音がした。
アルマの言葉を止めたのはヴェルニスだった。
「ヴェルニス、落ち着いて。ゆっくり話しましょう」
ニーミアが宥めると、ヴェルニスは椅子に座り……しかし、興奮気味に話す。
「__あの子とあの子のお父さんは、切っても切れない関係よ」
「どういうこと?」
今度はヴェルニスが話し始める。ニーミアと違って細目の彼女は、アルマを睨んでいるように見えた。
「あの子と関わると皆、酷い目に遭う。スクラップにされて殺される!!」
「そんなこと__!?」
「……そんなことあるから、困ってるのよ」
ヴェルニスとは反対に、ニーミアが落ち着いて説明する。
「会長、ずっとあの子のこと気にしてるのよ。あと思い込みが激しいの。あの子に近寄る輩、みんな邪魔だと思ってるのよ。」
その説明にアルマが絶句してしまう。
「だから別に、あの子は悪くないわ。結果的に恨んでるだけ」
「で、でも。そんなの__」
「ふふ、それこそ笑っちゃうわよね。罪のない子を恨ませてるのが、あろうことかその子の親だなんて」
「それは……」
「会長にとって、一番大事なのは自分の地位だもの。あの子がどう思われたって、きっと気にしないわ」
何か言い返そうとするが、言葉が出ない。そのままアルマは黙ってしまう。
「……ねえ、アルマだっけ」
次に口を開いたのは、ヴェルニスだった。
「なんで庇うの?」
「え……か、庇う?」
アルマの方へ視線を向ける。
ただ目を向けただけだろうが、細目のせいで常に睨んでいるように見えた。
「会長がどれだけ最低なのか知ってるでしょ?」
「そ、そんなこと……!」
「ほら、またそうやって庇うっ!」
鋭い目つきでアルマを見る。今度はしっかりと睨んでいた。
「あんなやつ庇う必要ないよ。皆あいつのこと恨んでるんだよ? それなのに、アルマはあいつの味方するの?」
「み、味方って。私は別にそんなこと……」
「じゃあ、庇う必要ないよね? あんなやつ死ねばいいよね?」
「それはない! 死ねばいいなんて言っちゃ駄目!」
「意味わかんない! あいつなんて死ぬべきだ!」
「それは駄目!」
「あいつなんて……エグッ、死んじゃえば……グスッ、うう……」
感情が高ぶりすぎて、ヴェルニスが泣き出してしまう。
「……そんなに酷いの?」
ヴェルニスが落ち着くまで、ニーミアと話を続けることにする。
「酷いなんてもんじゃない。私達にとって、会長は悪魔みたいなものよ」
「ズビッ……っていうかさ、アルマ?」
鼻水をすすりながらだが、ヴェルニスがアルマへ問いかける。
「アルマ、なんで会長知らないの?」
「えっ……」
「この街の人ならさ、会長のこと、みんな知ってるはずだよ? なんで知らないの?」
「え、えーっと」
これは困った。
相手はフェリスではない。というかフェリスであっても、『魔女だから』なんて言えない。
あくまでフェリスには、『科学者』だと伝えているのだ。
もしフェリスが魔女を赦してたとしても……万が一、ということがあるかもしれない。
そんなアルマに、妙案が思い浮かぶ。
「……私も昔、その『根絶対象血族』ってやつにされたの。」
「えっ……?」
大きく頷いて、アルマは続ける。
「ちょっぴり危ない研究をしててね。ほら、この山奥なら誰にも迷惑かけず、研究に打ち込めるでしょ?」
よし、うまく話がついた。
心の中で、アルマはガッツポーズする。
「それで長い間研究してたら、その人のこと忘れちゃってた。そんな人もいたなーアハハー__」
後はなんとか惚けたふりをして誤魔化す。
完璧だ。
「……アルマって、変だね」
「ええっ!?」
話を聞いたヴェルニスは笑い出す。
「アイツのこと忘れるなんて、そんなに大事な研究なの? こんな山奥で? アルマって凄いなぁ」
「凄い、のかな。あはは」
褒められ(?)、アルマは少しだけ笑う。
「……ねえ、何の研究をしてるの?」
ニーミアが話に入る。その瞳の奥には、鈍い光を秘めているように見える。
「そんなに没頭できる研究。私、知りたいわ」
「えっと、過去に関する研究」
これまた、用意しておいた返答をする。
「過去? 歴史とかかしら?」
「ううん。タイムトラベルとか、そんな話」
「あぁ、なるほど……」
頷き、ニーミアが考え込む。
その表情は真剣そのもの……というより、無感情に近い。
「ニーミア?」
「……もし私が過去に行ったら。きっと兄を止めるわ」
その言葉に、隣のヴェルニスがピクリと反応する。
「もし出来るならもっと過去に行って、今の会長をなんとかするかも。そうすれば今こんなことにはならないし」
笑顔で、ニーミアが語り出す。
何かおかしい。それに気付いたアルマは話を止め、観察に徹する。
「お、お姉ちゃん……止めて。そんな風に言わないで」
「みんな幸せになれるわ。私も、ヴェルニスも、お母さんもお父さんもお兄ちゃんも……皆、幸せになれればいいのに」
幸せに、幸せに、幸せに。
何度も同じ言葉を繰り返し、笑い出すニーミア。見た目こそ変わらないが、一種のタガが外れているように、アルマの目には写った。
「……ヴェルニス、これって?」
横の__何故か怯えきった様子のヴェルニスに訊く。
「ニーミア、だっけ? どうしたの、様子が変だけど……」
「……たまに、こうなるの」
絞り出すように、喉から声を発する。。
「たまにこうなるの。お兄ちゃん、お父さん、お母さん、幸せって……いつも、しばらくしたら戻るんだけど……」
そこまで言って、ニーミアを見ないように目を逸らす。
一人で喋り、笑い続けるニーミア。
その様子はまるで、腫れ物を覆っているような。なにかを忘れたくて、そうしているような__
(あ、そっか)
アルマは思う。
フェリスから言われた、独り言が口から出ないように。
(この子は傷ついてるんだ。壊れそうなくらい)
よく考えてみたら分かることだった。
フェリスと同じくらいの歳の子が、兄と両親を失って平気なわけがない。平静を偽ってたんだ。
唯一残った妹から心配されないように。
周りから『根絶対象血族』だと疑われないために。
少しの間、考える。
アルマが彼女にできることは。
ずっと、孤独だった少女にできることは__
「ハハ、ハハハ……?」
壊れたように笑っていた、ニーミアの声が途切れた。
そして、目に光が灯る。
鈍い光ではない。先程までの落ち着いた瞳。
「大丈夫」
アルマの腕の中で、ニーミアは首を傾げる。
いつの間にか、アルマの胸の中にいた。
「お疲れ様。これまで、大変だったよね」
そっと、ニーミアの頭を撫でる。
「大丈夫。あなたは一人じゃないよ」
フェリスがそうしてくれたように。
「……私でよければ、いつでも相手になる。ここにも、好きなときに来たらいい」
フェリスから、一人じゃないと言われた瞬間__
アルマは嬉しかった。
初めて孤独から開放された気がした。
孤独者の気持ちは、少しなら分かっているつもりだった。自分がそうだから。
だから、孤独者が求める物も理解していた。
だから少しでも孤独者の、ニーミアの心の支えになれたら__
優しすぎる魔女は、そう考えた。
ニーミアから、言葉は出てこなかった。
代わりに出てきたのは嗚咽だった。
やっぱり本人にも涙の理由は分からないようで、しかし、止められなかった。
そんな彼女を支えるよう、アルマはより一層強く抱きしめる。
アルマには分からない。
ニーミアが、今までどれだけ酷い目に遭ってきたか。
どれだけ辛い思いをしてきたのか。想像することもできない。
だが、涙の意味だけは分かった。
それだけは、アルマにも共通するものがあったから。
※原因不明のエラーが発生※
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※無数のアノマリーを観測※
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