シス⑪
「シス、どうした?」
固まったままの俺に気づいて、マギサが声をかける。
「しすーー、どーしたの?」
「ぜんしん。さあさあしすも。せんりのみちも、たたいてわたれ!!だよ」
ダリアとロベリアが、俺の周りをかけながら言う。
というか、それって本家の"石橋を叩いて渡れ"よりも用心深くないか……。
千里まで到達するのに一体どれだけかかるのやら。
多分、意味を捉え違えている。
彼女たちは手を叩いて、俺を通り越し、進んでいく。
先程の男たちの話は聞いていたが、確かにリューゲルが自警団や魔術学会の連中らを始末したはずだ。
もし彼らの言うとおり俺たちが勘違いしているだけだったら……。
「マギサに皆、すまん俺、行きたいところができた」
「じゃあ、わたしもいくーー」
ネモネが真っ先に言う。
「シス、あたしたちと離れて行動しないほうがいい」
「そうだぜ、どこ行こうってんだ?」
マギサ、それにヴェイルが言う。
「いや、お前たちまで行く必要はない。俺のことは気にするな、お前たちはさきに戻っててくれ」
こんな人気の少ない通りを、ネモネたちと一緒に行く訳にはいかない。
「シスっち、ホントにわかってないっすね。行く場所も言わずに自分だけ行くとか、自己中すぎっすよ? これでいいと思ってるかもしれないっすけど、こっちは別行動している間にも、心配事を抱えないといけなくなるッスよ?」
ミレアがニヤリとしながら、言う。
「そんな大勢で行くところじゃないから、いいって言ってんだよ。分かったら先に帰ってろ。すぐ終わる」
「そんなわけないじゃ……」
そう言うと、俺はマギサの言葉を聞き終わる前に、入り組んだ路地に入り込んだ。
「えっ!!」
彼らは気づいた頃には、シスを追えなくなっていた。
「しょうがねえ。まあ、気にする必要ねえって言ってんだし、戻るか」
ヴェイルが呟いて、足を前に出して進んだ。
俺は我が『家』に向かうことにした。
昨夜の大火はすでに消えているはずだ。
これで俺がそこを訪れるのが最後な気がしたから。
人は皆、祭りに参加している分、この服装を怪しむようなやつはいない。
俺は走って、中心街と外を隔てる象徴門へと急いだ。
しかしついてみると扉はしまっている。
これでは壁と扉が邪魔で、向こう側へはいけない。
衛兵もおらず、ただ放置されているように見えるこの門は、多分何らかの魔法によって、閉ざされている。
俺は例のダンジョンで見つけた杖を、背中に担いでいることに気づき、適当に振ってみる。
何も起こらない。
しょうがなく、昔の記憶を掘り起こす。
母親から、魔法についての基礎は教わっていた。
まあ、知識としては、だけど。
脳裏に浮かぶ呪文をしどろもどろに呟く。
しかし、何も起こらない。
俺は杖を地面に叩きつけたい気持ちを抑えて、再び門に向きあう。
ほんと、俺はことごとく魔法というものの存在で人生をメチャクチャにされた。
魔法がなくたって、現に今俺は生きている。
だから、この世界から魔法なんて消えてしまえばいい、と心底思ってる。
俺は仕方なく、門の奥が見えるような場所を門から遠ざかりつつ街の中で探した。
門の向こう側、俺たちの我が家へ帰るのは無理だった。
なら、せめて今の光景を。
やっと、見つけた人気のない場所から奥を見渡すと。
瓦礫のように散乱し、全てが壊されたようなその場所ーー、俺たちのいた位置に、何か淡い空色のものが光を反射して建っている。
しかしここからでは細部までは読み取れない。
俺にはそれが大きさ的にも、形的にも雰囲気的にも、今までと変わらない"それ"のように見えた。
俺たちの『家』は消えてはいなかった。
ただそれだけの事実に、俺はもうそこを訪れる必要がないように感じた。
再び、中心街ーー、祭りの只中に戻る。
「少年、気は済んだか?」
ヴェイルたちを探していた俺が、中心街の中でも、人が少ないような路地を走っていたとき、王と出くわした。
「あんたは、なんでここにいるんだよ?」
ははは、と王は軽く笑う。
「少年よ、何にでも理由があるっておもってんなら、傲慢ってもんだ。余の行動に理由なんてない。ただの予感がしただけだ」
「あんたの目的はなんだ?」
俺は王を睨む。
まだ、信用に足る人物として俺は認定していない。
「少年よ、余は先程もその類の質問に応えた気がするのだが。……君たちを王都へ連れて帰ることだ」
「俺たちの家を氷漬けにしたのはあんただろ?」
俺は今さっき見てきた行動と、その王の言動が何故か結びつく。
「なぜあんなことをした?」
「『保管』」
この路地を、祭りのおこぼれを貰えると、興奮して走っているネズミに向かって手を伸ばし、呪文を唱える。
すると、忽ちにネズミが氷漬けになる。
「氷というものは凄い。対象物を外界と隔絶して、何万年もの間を何も変えることなく保管ができる」
ネズミの入っても正方形が、宙に浮いて、王の開いた手の上でゆっくりと回転する。
「『解除』」
そう唱えた瞬間、氷が割れ、ネズミが手のひらからピョンと飛び出る。
そして、地面に足がつくやいなや、辺りを不思議そうにキョロキョロに、先程と変わらない光景を理解すると、目的の方へ走り出して消えた。
「君たちのあの場所を、壊してほしくないように見えたのでね」
そう言うと、王はネズミが消えた方角の反対のーーーー、街の外れの方へ歩き出す。
「少年、そろそろ出発する。そう皆に伝えてきてくれ」
住人たちが祭りの中馬鹿騒ぎをしていた。
こんな街に王が訪れるということが珍しいのであろう。
と思っていたのだが、近づいてみると、どうやら理由は違うようだった。
その街の酒に酔っている領主に話しかけられたであろう、ヴェイルがその握りしめた拳で領主の頬にクリティカルに炸裂し、領主が気絶して大の字に倒れているところだった。
この街に入る前に、王からくれぐれも事件は起こさないようにと言われていたのだが、領主がヴェイルに何か気に触ることでも言ったのであろう。
多分今の俺たちを領主がこの街のゴロツキだった俺たちであるとは知らずに、今までの出来事でも話したんだと思う。
ヴェイルの震える拳を見て、流石に怒りを抑えきれなかったのだと思う。
しかし俺はヴェイルの行動が間違っているとは思わない。
たとえ後から後悔したとしても、その瞬間に正しいと思ったのなら、それは自分に正直なのであり、正しいことは揺るぎないのだ。
むしろ後からウジウジ考えるほうが、真実やその瞬間の自分の気持ちから遠ざかる。
捏造された自分の記憶によってだ。
俺はこの街から切り上げると、ヴェイルたちに言う必要はなくなった。
ただ、この場にはビュートと童女四人組がいない。
「マギサにヴェイル。北の門に向かえ。そこで王が待ってる」
「悪いな、こんなことしちまって」
「いや、気にすんな。王がそろそろ引き上げると言っていた」
「あ、なら、あたしはビュートたち呼んでくるよ。場所も分かるし、女の子であるあたしなら、この事件の共犯だって思われないでしょ」
そう言うと、マギサは商店街に消えた。
「せっかく夜の分も準備してくれてたのに、なんでもう行くんだよ?」
ビュートが不平を漏らしながら、横目でヴェイルを見る。
「仕方なかっただろ。あいつが武勇伝みたいに俺たちの家を襲撃したことを語ってきたからよ』
今や後方に遠く離れて見える、〜の街をビュートは名残惜しそうに言う。
「まあ、でもマギサの言う通り。綺麗に拳が入ったなら、いいか」
「でもホントに夜まで街にいなくても良かったっすか? 夜もまた違う雰囲気の祭りを楽しめたかもしれないのにっすよ」
ミレアが王に訊ねる。
「余の目的は、この街に訪れることではない」
「なら、何なんだよ」
祭りであれほどはしゃいでいたため、今は疲れて眠っている、童女四人は、王シェレンベルクの浮遊魔法によって、快適な空の旅している。
そんな彼女たちを恨めしそうな目で見ながら、自分の足をゆっくりと動かしているヴェイルが訊ねる。
「ひとまず隣の国との国境まで行く」
「今からやばいことしますよって空気がビンビン感じるのだが」
ビュートが投げやりに言う。
「何。ただの偵察だけだ」
俺はリューゲルの書いた地図を広げてみてみるが、このような場所は記載されていなかった。
「そんな固有名詞言われても、俺たちここから出て、違う街に行ったことないんで……」
「ほう、そうだったか。まあすぐつく。今日はここらで休むとしよう」
辺りは木々が生い茂げはじめ、ちょうどよく、遠くから目立たないような場所だった。
王はそう言うと、辺りに結界を張る。
「はっ、だったらあそこで宿取ればよかったじゃねーかよ」
ビュートが木々の隙間から薄っすらと見える〜を指差して、叫ぶ。
「ビューっち、うるさいっす。ネモっちたちが起きたらどう責任取るんすか?」
ミレアがビュートを諭すように言う。
「何も落ち込むことはないぞ、少年。余の仲間も、十分料理は上手いからな」
早速、夕飯の支度を始めている騎士たちの手つきを見ていると、王の言ったとおりだと分かる。
「おお、ちょうどいいところに間に合ったわ」
声の方を向くと、茂みの奥から、赤の騎士が出て来る。
その後ろから、疲れの色が濃厚な三人がついで現れる。
「ゲルっち、大丈夫っすか?」
流石に見かねたのか、ミレアがリューゲルに肩を貸す。
「いやあ、我が見込んだ通りこの少年たちはなかなか骨がある。成長も早そうだ」
赤の騎士が笑いながら、王に向かって言う。
「もう、俺はやりたくねえ」
エルモートが呻く。
「ギルバード、やっぱり訓練でもしてたのか。お前の夢は叶えられそうか」
「ふふっ、そこは我にもなんとも……」
「ギルバートさんの夢ってなんですか?」
マギサが王に訊ねる。
「えっと、こいつの夢はな」
「貴殿、待たれよ。ここは我が自分で話す。人に自分の夢を話すときが一番爽快だぞ。では……、端的に言って、我が面倒を見た若者に、我を超えていってほしい。それだけだ」
「そいつ、口で簡単に言うが、余から見ても相当強いぞ。どうだ、少年、いけそうか?」
王はリューゲルたちに問う。
「はっ、冗談じゃねえ。人の夢のために俺たちは行動なんてしねーよ」
リューゲルが疲れからか、呟くように言う。
「王都には五大明騎士と呼ばれる、代々王都を守っている五人の騎士がいてな。今、ちょうど欠員がいるのだ。我を超えようと思わなくても、強くなればそんな名誉な地位だって得ることができる。力なんて持っていて損はないと我は思うぞ」
騎士たちが着々と夕飯の準備を進める。
「なんなら、一人じゃなくたっていい。少年らで一つの集団としてその座を入ることだってできる。少しは強くなろうと思ったか」
王が続きを引き継ぐ。
「もう少し、あんたを通して考えてみる」
リューゲルがそう言うと、エルモートとラルトスが驚く。
「おい、まだこれやろーと思うのかよ」
「今日一日だけで相当疲れたぞ、俺」
「心配するに足らぬ。まだ君たちの体が慣れていないだけだ。すぐに体を使いこなせるようになる」
赤の騎士、ギルバードさんがそう言うと、他の騎士から手渡された、カレーライスの載った皿を受け取る。
ある出来事をきっかけに、世界がガラリと変わることがある。
今の俺を、少し前の俺が予想することなんてまず無理だろうな、と思った。
「右脇が甘い。それでは、動作に遅れが出るぞ。間合いの反応もまだ感覚がつかめていない。しっかり我の動きを見て、予測しろ」
金属音のぶつかり合う音で、俺は翌日目が覚めた。
少し離れた、開けた場所で、ギルバードさんとリューゲルが特訓しているらしい。
まったく、お疲れ様である。
しかしこの王は朝には弱いらしく、雑音も気にしない様子で安眠を続けている。
その日は王が、ここまで来るのに使っていただろう竜車に、皆も乗って移動した。
昨日、この王はすぐ目的の場所につくとか言ってたくせに今日一日は移動、+剣術の特訓、+適当な鉱山でのアイテム散策で終わってしまった。




