シス⑩
「おっさんたち起きるのおせーな」
ヴェイルが呟く。
俺たちは成り行きでここに来てしまったものの、これからどうすべきか悩んでいた。
「この人が私達の国の王だったんすか? 領主よりも偉いやつってやっぱり悪モンなのが定石っすかね?」
ミレアが王の寝顔を遠目に見ながら言う。
王はなぜか寝袋を使わず、木にもたれかかって、肘をつくようにして寝ている。
例によっては赤い騎士も今は鎧を脱いでいた。
すぐそばには赤い斧らしい武器が手に取れる位置に寝転がってある。
いくらまだ日の出前だからって、この大人たちよりも俺たちの方が人数が多いわけであって、少々不用心過ぎではないか。
こんな見知らぬ大人たちと一夜を過ごした俺達であったが、この大人たちも大概である。
「とっととずらかろうぜ。夜じゃなければ俺たち、自分たちの力で隣町だって目指せるって。その人たちは俺たちのことなんてどうも思ってないかもしれないし。俺たちをこき使おうとするだけかもしれないぞ。」
ビュートも言う。
多分彼らは、他人に関わりたくないのだろう。
こちらが関わろうとしなければ、結局相手も何か目的がない限りは、無理にでも仲良くしようとは、しないはずだ。
お互いの気持ちが噛み合わないと、成立しないことがこの世の中には多すぎる。
そんな中、無理やり力で押し切ろうとする輩がいるから、こうやって俺たちみたいに恵まれない人が生まれる。
俺たちに道徳、人情言ってくる大人が、一番できてないじゃないか。
こうなってしまった以上、俺たちは普通の人と見ている世界が違うのだ。
厳しい現実に俺たちはもう正常でいられてはいないのかもしれない。
しかし俺たちにはならなければならないことがある。
もう誰も失ってはいけない。
俺たちがちゃんと生きていないと、誰が生まれ変わったであろうスタンや、その他の皆との再会が果たせるのだろうか。
こんなところで、この見知らぬ大人たちと関わるべきいけない。
そもそも、俺たちの世界に大人なんていなかった。
しかしそれでいいじゃないか。
全てが皆とともにあった。
今の俺たちに逃げるという選択肢があるのなら、それが正解なのかもしれない。
結果なんて誰にも分からないのだ。
この新たな関係が時に今の現状を崩壊させるかもしれない。
昨日の王の力を見てきた俺としては、そもそもその選択肢すら何のかもしれないと思えた。
俺はそこまで悲観主義者ではなかったはずなのに、と半ば自分に嘲笑する。
善人であろうと悪人であろうと、この人ーー、王には力がある。
この王が何の目的で俺たちを助けたのか分からない。
そもそも、困っている国民を守るためならば、既に時は遅すぎた。
ヴェイルが恐る恐る王が作った即席の結界から足を踏み出す。
しかし、何も起こらなかった。
ただ薄っすらと、近くにいた赤鎧の騎士が目を開ける。
「貴様ら、そんな行動して利益なんてないぞ。シェレンベルクはそこらへん、計算高い」
そう言って、目を覚ますために、腕をグウォーって伸ばし、そのまま片手で髪をかき上げる。
「じゃあ、俺たちをどうしたいんだよ?」
ヴェイルが声を荒らげる。
「どうもしないが………………」
騎士の視線が俺たち全員に回る前にリューゲルで止まり、と同時に言葉も切る。
「そこの貴様、暇そうにしておるな。我が手合わせしてやろう」
寝起きではあるが、キリッと、鋭い視線をリューゲルに向け、問いかけた。
「嫌だ。俺はもう、剣は握らない」
きっぱりと言い放つ。
ただヴェイルの行動に従おうとしていたリューゲルが、赤色の騎士に睨み返す。
「我にはそう言う理由が分からんな。本当は貴様はそう思ってはいないのではないのか」
リューゲルが視線を赤色の騎士から外して、何もなかったかのようにヴェイルについていこうとした。
その時だった。
「ほぎゃあっ!!」
リューゲルが仰け反って額を抑える。
ヴェイルが驚き、リューゲルとぶつかったであろう何かがあった場所に手を伸ばすが、そこには何もない。
リューゲルが涙になって赤色の騎士を向かっている。
空中には、顕現した剣が刃先を騎士の方を向けて、ギラギラしている。
「そっちがその気なら、ぶっ殺してやる」
やはり、リューゲルは今までの自分を押し殺していたらしい。
その抑えていた本性をこの騎士の狙い通りに、表に現れ、すぐに今まで通りの彼になった。
自分の考えに沿って、自分の気持ちに従って即座に選んだ選択肢を信じ、そして力強く行動する彼が。
騎士がニヤリと笑う。
リューゲルは、宙に浮いているのとは別にもう一本、自らの手で剣を握っている。
「やはり、貴様は気迫が違うな」
俺にはただ、騎士がリューゲルを怒らせたからだと思うのだが、実際それ以外にも何かあるらしい。
リューゲルは二刀流のようにして、その赤色の騎士に向かっていく。
何度も互いの剣がぶつかり合い、押し合いへし合いして、鋭い金属音が響く。
二人は相手の動きを事細かに見ようと気を張り、間合いを保つように動き合いながら、互いの出方を伺い合う。
だんだんと、王についてきた人たちがギャラリーとして集まり始める。
「ギルさん。負けたら王都のリオルんとこで奢ってくれよ」
「若造、ギルさんは虫には弱いぞ。特に蜘蛛とかな。前、俺が鎧に蜘蛛を仕込んだときなんてな……」
「それ以上言ったら、お前の給料減らす」
赤色の騎士が一瞬、その人物に顔を向け、冷たく言い放つ。
「そりゃあないぜ」
「そこの少年、俺たちはお前に賭けたから、こんな赤いだけの模範正義主義者なんてぶっ倒せ」
いつの間にか、皆それぞれの行動を中断して集まっている。
これでは隠密に脱走どころではなくなった。
二人とも決定的な一撃を相手に与えられず、時間ばかりが過ぎてゆく。
そうこうしているうちに、王が起きた。
「朝から煩いわ」
そう言って、未だ決着の付かない二人に向かって、開いた手を突き出す。
その瞬間、彼らに向かって風が狙いを定めるかのように一直線に吹き抜ける。
「『万象よ、われの盾となりて、その憂いを断たん』」
赤の騎士が、すぐさま呪文を唱える。
しかし、ただ呆気にとられたままだったリューゲルは……。
「ぎゃああああぁぁぁ」
風に逆らうことなく、されるがままに飛ばされていった。
「ぐはっ!」
そのまま、草木の方へ消える。
そして、何かに衝突したであろう声だけがここまで届いた。
「ギルバート、終わったか? さて、〜の街へゆこうと思うぞ」
「貴殿が終わらせたのではないか。我はまだおわっていなかったのだが」
「それは、すまぬ。ところで、少年らよ。余はこれから、少年らがもといた街へ赴こうと思うておる。そなたらはどうする?」
どうするも、こうするも。
「他にどんな選択肢があるんだよ?」
俺が投げやりに言う。
「その街を通らないだけだ」
王が、簡潔に言う。
「俺たちをどうするつもりだ? なぜ俺たちにそこまで構う?」
「余は少年らに何かしら感じるものがある。だから、王都まで来うてもらう。ならば、道中ともに行けばよかろう」
この王から、悪いものは感じない。
と、何かが俺の服の裾を引っ張っているよう感じる。
"彼女たちの中"では年長者である、ネモネとダリアだった。
その様子を見て、王は頬を緩ませて口を開く。
「そういえば、街は余のために祭りを催すそうだが」
「ねえ、しすーー。わたしはいきたい」
「しすももちろん、いっしょにいくよね?」
彼女たちの無邪気な笑顔に、俺もガードが緩む。
「しかし、こんな俺たちが、街の中にいても、俺たちの家を燃やそうとしたやつらが俺たちに黙っているとは思わねえ」
出来れば、俺はもうこの街に帰りたくなかった。
「そこんとこは、心配なく」
パチンッ!!
王は指を鳴らすと、俺たち皆の服装が変わっていた。
いかにも、王族であるような派手さであり、かつカッコ可愛い。
俺たちの普段来ていたものとは、そもそもの機能が違っていそうだ。
「わーー、すごいよすごいよ」
モクレンがクルクルと回っている。
「余の勝手なイメージによる産物だ。しかし、まる一日しか持たないので、心得ておくように」
見ると、俺たちは皆、基調は揃っているものの、細かいところはそれぞれ異なっていることが分かった。
有無を言わせず、俺たちは着替えさせられている。
「俺は死んでも、行かねーーぞ」
体がボロボロになっているリューゲルがいつの間にか戻ってきていた。
「俺も遠慮したい」
エルモートとラルトスだった。
「では別行動ということだ。ギルバード、お前は街を迂回して先へいけ」
「目の前で歓迎されるところを我は、迂回して街に入るなだと。ならば、例の目的地に……?」
「いや、予定が変わった。○○との国境に行くぞ」
「あんた、何勝手に変えてるんだ? まあ、察してたがな。ガハハハハ。あの少年たちが一緒なら、しょうがなく引き下がるからな」
俺たちよりも年上であろう赤鎧の騎士がやや残念そうながらも、力強く言う。
リューゲルの服は立派で華々しくあるが、それでもって、可哀想になりそうな、ボロボロな雰囲気とは違って、リューゲルと戦っていた騎士は、赤髪をオールバックにして勇ましい雰囲気があり、旺旺にしてエネルギッシュだ。
所々はねている髪の毛がその印象を弱めつつあるのは触れないでおくが……。
「私も行くっすよ。こんな格好でパーティなんて、人生は初っすもん」
ミレアが言う。
結局、リューゲル、ラルトス、エルモートに加え、三人だけ街には訪れないことになった。
「夕方までには、街を出る。それまではなるべく、この集団の中にいろ」
王が俺たちにそう言うと、俺たちが、昨日までいた街に向かう。
家出としては、短すぎる日数だ。
「ようこそ、我が〜へ」
流石に三週間ほどかけて、準備していただけある。
華やかな街中の飾り。
美味しそうな料理。
どこもかしこも、豊満な芳しき香りに包まれ、音楽家や踊り子たちが街中で、楽しげな雰囲気を醸し出している。
「おい、その帽子取るなよ」
ネモネたちに注意しておく。
「なんか、あたしたちがいたときと全然違うね」
マギサが疑いの目を街中に向けながらも、王の使いの者だと思われて、渡される料理を積極的に受け取って、この状況を楽しんでいるように思える。
普段はそれぞれな住民も、皆自分のやることを中断して、それぞれでこの祭りを楽しんでいる。
しかし、見たところ明らかに、今までいたような路上荒らしやホームレスのような者たちが見当たらない。
多分、俺たちと同じようにこの街から消されたのだろう。
「お前ら、よくこんな非道な街でワイワイできるな」
ネモネたちが、俺から少し離れて、彼らだけでおしゃべりしながら、店を巡っているのを、横目に見ながらヴェイルたちに言った。
「そりゃあ、この領主が俺たちを殺そうとしたことは分かってる。でもな、シス。もう、俺たちはここに来ることはないかもしれない。ここには、それでも、今はここにいない仲間たちとの思い出が詰まってるんだ。こういうふうに、雰囲気がガラリと変わっても、何気なく歩いているだけで、あいつらとの思い出が脳裏に蘇ってくるんだ」
「それに、あれだろ。この街があったから、俺たち皆が出逢えた。そんな街を憎しみだけで心にしまい込むのは、行けないと思うんだ。先にいったやつらもそれを望んでいない」
「そうだよ、シス。今日ぐらい気分を軽くしてもいいとあたしは思ってる。あたしの中の、今までのあんたならそうしていたと思う」
ビュートとマギサがそう言った。
それもそうだな。
みると王はこの街の領主と何やら話をしている。
俺はこの領主の顔を見ただけで、気分を害したが、それでも負の感情を押し殺し、純粋に楽しむことにした。
多分、この王の強さを見たから、気を抜いて行動できるのだと思う。
俺はネモネたちが、何やら事件に巻き込まれないように横に添いながらも、マギサやヴェイルたちとこの祭りムードを楽しんでいた。
気づくと、祭り衣装を着させてもらえなかったのであろう、いつもの廃れたような通りに来ていた。
人数も極端に少なく、この日常感が戻ってくる。
しかしここからなら祭りの騒がしい音は聞こえてくるので、簡単に引き返すことができるだろう。
「ネモネにモクレン、道は外れないように歩かないと」
俺はそういって、皆とともに王たちの場所へ引き返そうと振り返り、足を一歩踏み出そうとする。
「なあ、聞いたか? 自警団の団長と魔術学会の役人さんたちがこの前、街の外に急に現れた魔獣の群れを退治したそうだぞ。お前も知ってる通り、この街が近々、この中心街の外の寂れた場所を一新して、中心街を広げるだろ? だから、念のため周囲に他の魔獣がいないか、今必死に捜索しているんだってな。まったく、大変だよな。だけど、彼らのお陰で俺たちは更に広い街でのびのび暮らせるもんな。なッハハハ」
このさびれた街の酒屋からの男たちの戯言だろう。
だか俺は振り上げた足を前に下ろすことはできなかった。




