シス⑧
威勢のよかった者たちがいなくなり、俺たちは手持ち無沙汰となった。
沈黙が容赦なく訪れる。
「なあ、ここからいつでも出発できるように準備しとかないか?」
俺は先程のリューゲルの行動に未だ立ち尽くしている者たちに声をかけた。
途端に糸が切れたように動き始める。
「何かリューゲル、変わっちまったな」
ダンジョン攻略で副隊長を務めていたエルモートが言う。
昨日の奇襲からどうにか生き残ったガンマ、ベート、シーナは部屋の隅で三人縮こまって、昨夜から言葉の出ない状況だった。
その目にはまだ恐怖の色が残っている。
もう奴らをリューゲルが倒したと伝えても、回復には少し時間がかかりそうだった。
「ちょっと、あたしも出かけてくるわ」
「どこへ?」
「散歩だ!」
マギサは相変わらずのいつもの調子に戻っていた。
リューゲルたちがいなくなると途端に空気が重くなっていた。
正直オレも少し居づらく感じてはいた
何かあったときはラルトスやエルモートたちがなんとかしてくれるだろうと思い、俺もマギサについていくことにした。
「お前が一番立ち直りが早いんだな」
とっとと、先へ行くマギサにどうにか追いついて話す。
「そりゃあ、あたしはまだ大切なものを失っていないからね」
マギサが空を見上げると、廃墟の合間から蒼天が顔を覗かす。
「昨日、あんたの魔法だけじゃ奴らは死んでなかった」
唐突な言葉一瞬怯む。
多分、魔術学会のことだろう。
「もしさ、あそこでリューゲルが動かなかったらさ、あんたはどうしてた?」
生きていく中で、もしという選択肢はあり得ない。
しかし、今回のは検討すべきだと俺にも分かった。
そうすることで見えてくるものもある。
「実際あの時、あたしにはリューゲルが狂気にも見えた。でもさ、あいつが引き受けてくれたことで皆穢れもしなかったし、守られたじゃん」
マギサが状況を思い出すかのように語る。
「ああ、リューゲルは凄いと思う」
俺がここに来たときからリューゲルは凄いやつだと思っていた。
いつまでたってもそれは揺らがない。
「だけどさ、もしあんたがあそこでほんの少しでも魔法の威力を強めてたらさ、壁に当たった衝撃で奴らは死んでたんじゃないのかなって」
そもそも俺はなんであの状況で魔法が使えたのか自分でも分からない。
威力を強めるとか弱めるとか、俺の意識の中にはなかった。
しかし、そう言われてみると心理的何らかの要因が関与しているのかもしれない。
「結果的にリューゲルが行動することになっちゃったけどさ、あたしあんたのこと凄いと思った。リューゲルは殺気がかっていたけど、あたしはあんたに恐怖を感じなかった。何かがあんたを変えたようには見えなかった。あんた、そんな短絡的な思考じゃないから、当たり前って言ったら当たり前かもだけどね、……あの状態でもあんたはあんたらしかった。だから、あたしにはカッコよく見えた」
「そうかい、ありがとな」
自分のことを良く言われてるとなると、途端に気恥ずかしい。
マギサの真っ直ぐな目線に俺は思わず目を逸らす。
「だからあたしは……あんたが無理してリューゲルみたいにならなくていいと思う。むしろ、無理して危険に突っ込もうとしないでほしい。これはあたしの勝手な考えだけどさ、あんたの変わらない優しさも大きな力を持ってると思うんだ」
「マギサっていい性格してるな」
ふとそう思った。
というか、思ってしまった。
「なっ?! あんたは今まであたしをどんなふうだと思ってたのさあ」
マギサが笑う。
俺も笑えた。
心の底から。
家に戻ると、皆自分の用意をまとめていた。
リューゲルも戻っている。
「俺がここ汚しちまったものあるし、皆で最後の掃除でもしないか?」
ヴェイルたちが戻ってくるまで掃除をすることにした。
昼を少し過ぎた頃ヴェイルたちが急いだ様子で戻ってきた。
「リューゲル、大変だ。街へ入るすべての門が閉じてやがる。今日は通り抜けさせないらしい」
「どうするよ?」
リューゲルはしばしの間考え込んでいた。
「心配するな。少し出かけてくる」
そういうと戸口から出ていった。
「本当に大丈夫か?」
リューゲルの態度を見て、ラルトスが不安そうに呟く。
俺たちは掃除を続けた。
今までの生活の中で、俺が毎日気を使って素材にボロが出ていないかチェックしていた。
しかし、そんな心配もせず、無邪気に今は亡き、少年少女が初歩的な魔法で戦いごっこをしていて、すりきれたり、焼け焦げた跡が目につく。
すっかり変わってしまった天井や屋根から昔のものを思い浮かべる。
と、俺はふと誰かに肩を叩かれているのを感じた。
見るとミレアだった。
「ちょっと、シスっちと喋りたいことあるから付き合って」
そう言うやいなや、ミレアは俺の手を引いて外へ連れ出す。
いつも何かとお世話になっている小川の近くまで来ると、ミレアは河川沿いの大きな石に腰掛ける。
俺も隣に座るよう促された。
「私って女の子らしいっすか?」
ミレアは水面に映る自分に見ながらポツリと呟く。
「どういうことだ?」
俺は彼女の真意を掴み損ねて聞きかえる。
「だーかーら、私より女子力の高いシスっちから見て、私って女子なのかなーって」
「なぜそんなこと思うんだ?」
ミレアの顔や肌を見るも、いつも通り、隈や陰りも無く、程よく日焼けした健康そのものの雰囲気がある。
ボーイッシュな感じであることを、自分でも気にしているのだろうか?
「昨日みたいにっすね、突然今までの生活がなくなっちゃうかもしれないって考えたら、私って何なんだろうって思っちゃったんすね。今までこんな男女仲良く暮らしてるのに、私にもマギサにもその他の子たちだって、一切ドロドロなもんが無いんすよ。それってつまりあれっすよ?」
「急にあれとか言われても意味わからんぞ。あと、俺女装する趣味とかないし、女子力なんて高くないぞ」
「そこは、それじゃなくてスキルの問題っすよ。あー、もうわかんないっかなーー。ぶっちゃけ男子陣の方々は私の事どう見てるんすかーー?」
「そりゃ、エネルギッシュで太陽みたいなポジティブっすよガール」
途端にミレアに変な顔で見られた。
「それ、今シスっちが即興で考えたんっすよね?」
バレてた。
「まあ、つまりだな。どう見てるとかじゃないと俺は思う。お前に何かに例えるとかじゃなくてただありのままのお前を見てると思うぞ」
途端にふくれっ面になる。
お望みの回答ではなかったようだ。
「それなら、ドロドロしない理由がわかんないっすけど」
「そんなもん当たり前じゃねえか。誰もそんな目でここにいるやつを見てねえよ。仲間なんだから。俺はそっちの方が愛や恋とかよりずっと強い絆だと思うぞ。まあ愛とか知らないけど」
というか、ここにいる人は皆、誰からも社会からも愛されなかったからここにいるようなもんだ。
似た境遇の者たちとの絆のほうが俺にとっては心地よい。
「私って自分の魅力を武器にできてるっすかね? これからのことを考えてですね、今の状況を知っておきたいわけっすよ。皆さん使えないっすね〜」
水面は下流に向けて幾つかの筋ができている。
覗き込む顔をやや歪ませて映しながらもその表情に曇りはない。
「俺はミレアがその気になればすぐにできると思うぞ」
「ちょっ……?!」
「あ、俺は例外だからな。お前にお前として接せられる」
俺は堂々と言った。
「はあー。意味わかんないっすけど……。なら早速シスっちを……。は辞めとこ。……。今ここでした話マギサっちにはしない方がいいっすよ。絶対に」
「分かったよ。用事は済んだか?」
「ああ、おかげ様っす」
俺の中でももしかしたら今日で最後になるかもしれないという思いはある。
だから誰に悩みを打ち明けたくなるのかもしれない。
「その語尾はいつからなんだ?」
「これは私のアイデンティティなんす」
「それがボーイッシュの原因なんじゃないか?」
「なっ!? 言ってくれるっすね」
家まで来ると、なぜか皆外に出ていた。
マギサが俺たちを見つけて駆け寄ってくる。
「もう、どこいってたんだ?」
「へへーー。秘密っす」
ミレアがマギサに抱きつく。
「どうしたんだ?」
事の発端であろうラルトスとエルモートに聞いてみた。
「リューゲルを探しに行こうかと。彼に全てを任していたら、何かあったときに崩壊する」
ラルトスが片手にノートを抱えてきっぱりという。
しかし数分もしないうちに、リューゲルは一枚の紙切れを持って帰ってきた。
それを目の前に突っ立っているラルトスに渡す。
俺たちも覗き込んで見てみると、それは地図のようだった。
街の中や外、そして近隣の街へ続く道が拙い文字とともに記されている。
「あれ、ゲルっちほかの街に行ったことあるの?」
ミレアが興味津々に覗き込む。
「いやない」
「しっかり書かれてる。一体これをどこで?」
ラルトスがペンをくるくる回して、細部まで確認しながら訊ねる。
「昨日の魔術学会の奴らの持ち物からさらってきた」
しかし、それはきれいな紙に記されている。
折り目のまだついていない。
不思議に思っていると、
「ああ、それならお前らが汚れたものを触りたくないだろうと思ってな。俺が写しを取ってきた。これがな、やつら、皆持ってる地図の書き込んである内容が若干違っててな、俺が色々と見比べてきた。リューゲル流だ」
ラルトスがびっくりした顔をする。
俺が不覚にも「リューゲル流」って言いにくそうなのにサラッと言えてて凄いなあ、と思ったのは話の腰をおることになるので言わないでおいた。
「凄いな。この正確な情報量に見やすさにも配慮してあるとか。やっぱ俺がついてきた男は凄いよ」
ラルトスは途端にリューゲルへの信頼を戻したようだった。
人が書いた文字は裏切らない、とか前にラルトスが言ってたっけな。
文字には自然とその時の気持ちが現れるらしい。
多分そういうところを読み取ってのラルトスの言葉だろう。
「皆、出発する準備ができているならなるべく早く出発した方がいい。昨日みたいに聞いていたことと違う、なんてこともあるかもしれないだろ」
リューゲルは一同を見回す。
「幸い、俺が選んだ道は魔獣が比較的少ないらしい。もう誰も死ぬなよ。これは俺からの命令だ。ガンマたちはしっかり皆に守ってもらえ。エルモートたちはしっかり周りを見ろよ」
「リューゲルはこれからどうするんだよ?」
名前を呼ばれたエルモートが心配そうに訊ねる。
「俺はもう少しここでやりたいことがある。そこの地図の、街のハズレの小高い丘に立つぶなの木、というところで待ち合わせでどうだ?」
「俺たちは、待つぞ」
ビュートが言う。
「先に言ってた方がいい。俺は少し休憩が欲しい」
確かにリューゲルは今日必死に頑張ってくれていたと思う。
彼の思いを無駄にはしたくない。
「行こう。この地図通りに行けばいいんだな?」
「ああ。頼む」
リューゲルが笑いながら言った。
しかし、その笑いに俺はどこか違和感を覚えた。
「ではまた後で」
「おうよ」
そう言って俺たちは出発した。
リューゲルの地図はとても正確だった。
茨に注意。食人植物に注意。甘い芳香に注意。
俺たちはゆっくりではあったが道に迷うことなく目的の場所に辿り着いた。
途中上り坂があったが、ここまで来てみると、俺たちが住んでいた場所と街の一部が見渡せた。
俺たちは周囲に警戒しながらも暖を取った。
十分。
二十分。
一時間。
二時間。
日が暮れ始めるもリューゲルは現れない。
俺たちは段々と心配になってくる。
リューゲル程の実力なら、魔獣にも苦戦することなくここまで来られるはずだ。
街の方ではすでに光が灯り始める。
「俺、見てくる」
「待って」
すぐさま俺の手をマギサが掴んで止める。
「本当に行く必要あるの?」
「それは行ってみないとわからない」
ちょうどその時、赤色の線が街の中心から空めがけて真っ直ぐな登る。
その綺麗な色や動きに一同の目は釘付けになる。
そしてそれは、頂点まで来ると大きな円をこちらに見せて、バーーン、という音とともに弾けた。
とてもキレイだと思った。
しかし気づいたときには、分裂したそれが俺たちの住んでいた街のハズレに降り注いでいる。
それが当たった場所からは火が盛んに燃え盛る。
それを見た瞬間、俺は家に向かって駆け出した。
「行っちゃだめーー」
「おい、シス辞めとけ」
「どこへ行く?」
皆の声が聞こえた気がしたが、俺は立ち止まらなかった。
リューゲルはきっとあの場所に居る。
俺にはそう思えた。




