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オン・ワンズ・ワァンダー・トリップ!!  作者: 羽田 智鷹
二章 交錯・倒錯する王都
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シス⑥

  「ホーム」に駆けつけてみると、俺たちの居場所は見るも無残に破壊されていた。

 俺が修理していた屋根は吹き飛び、壁もところどころ崩れかかっている。

 比較的年齢の若い子が主だった二階部分は吹きっ晒しだ。

 壁には血がついており、俺たち一同を戦慄させる。

 

 まだ所々火が燻っており、焦げ臭い匂いがあたりに充満していた。

 「おい、お前ら」

 リューゲルが真っ先に、なくなった戸口から中へ駆け込む。

 家の中の骨組みはまだしっかりしていたが、家具やら武器やらが中で散乱していた。

 血なまぐさかった。

 魔獣のものとは違って鮮血なはずなのに、赤黒かった。

 

 家具の下敷きになっていたり、魔法によって切り刻まれていたり武器が背中から刺さって倒れている家族がいた。

 

 「おいっ!!!!!お前たち何があったんだよ!!!!!!!」

 リューゲルが倒れている家族に駆け寄って抱き上げる。

 問い詰める口調だった。

 

 「団長、大き……な声は……やめてよ。体中……が痛い……よ」

 「もう、大丈夫だ。俺たち皆帰ってきた。ダンジョンを制覇してきたんだ。こんなめでたい日になんて顔してくれてるんだよ」

 リューゲルは、倒れている十四歳の少年ゴートを真っ直ぐ見つめる。

 小さくなりかけていた灯火に再び油を注がれたように目つきが変わったように見えた。

 「まだ、……あの人た……ちは近く……にいる。団長……気をつけて」

 ゴートの乾ききった口の中から掠れた声が出る。

 「ゴート、お前は自分の心配をしておけ」

 「大丈夫。今僕……とっても…………いい気分なんだ。今まで……ここで暮らした楽しい日々が……なんか、今……目の前に…、再生されているみたい……なんだ。ほら、そこの物陰からマリーが、こっちを伺ってるよ。団長、話しかけてあげて」

 ゴートの言う方を見るが、マリーはそこにはいない。

 ゴートがここで一番仲良くしてた子だ。

 

 ゴートにはマリーが見えているのだろうか。

 ゴートの目は段々虚ろになっていくが、顔は微笑みを返している。

 

 ゴートの存在を記すかのようにゴートの体が輝き始める。 

 「おいっ、待てよゴート。スタンはどこだよ。それに、他のみんなも。スタンがここの仕切ってたんじゃないのかよ」

 俺も思わぬうちに勝手に、ゴートの肩に手をおいて、ゴートを現実に引き戻すかのように荒く揺さぶり、そして叫んでいた。

 「シスさん……まで…………いるんだね。スタンさ……ん……なら、たしか……上にいるはずで……す」

 ゴートの虚ろだった目が確かに俺に焦点を合わせていた。

 

 それだけ聞くと俺は階段目指して走っていた。

 「マギサ、ゴートに早く回復魔法をかけろ」

 「……。でも、リューゲルはあたしらはもう」

 「うるさい。早くやってくれよ……」

 リューゲルの目から涙溢れる。

 

 マギサに変わってミレアがゴートに回復魔法をかけた。

 

 皆それぞれ、息のあるものを必死に探した。

 

 俺は二階に上がると、この惨劇が今しがた起こったことだと悟った。

 無残に何者かに攻撃され、既に命尽きようとしている子たちが、光り輝きはじめている。

 

 人が、こうやって死ぬんだ……。

 俺はこの空間に踏み入れるのが怖くなった。

 

 バーーーン。

 

 すぐ近くで爆音が聞こえる。

 何処かでこれと同じことをやっているのかもしれない。

 

 大人数が共同で住めるような大きなこの場所を破壊するのにも大層時間がかかったと思う。

 

 俺の後ろに、今しがた登ってきたヴェイルとマギサ、それにラルトスの息を呑む音が聞こえた。

 

 「おせーじゃねーか」

 俺たちの物音を聞きつけてか、何かが反応を示した。

 それは俺の後ろからではなく、物が散乱している前の方からだった。

 

 近づいてみると、まだしっかりと存在感を残したスタンがいた。 

 地面に団の字に手を足を広げて寝転がっている。

 

 腹には太刀を食らったような斜めに伸びる傷があり、血が滴っている。

 

 「おい、何があったんだよ」

 「すまねー、シス、座ってくれ。遠くて焦点が合わねーや」

 まだ、しっかりとした口調だった。

 

 俺はその声を聞いて少し安心した。

 「で、何があったんだよ」

 「全員やられちまった。多分この街の魔術学会だ」

 スタンの深い後悔の混ざった自嘲気味な声がそう言う。

 

 「スタンが無事なだけでも俺は嬉しい。ほら、これ。スタン杖ほしいだろ。ダンジョンで激レアっぽいやつ拾ってきたぞ」

 俺はそう言うとスタンに例の杖を手渡す。

 「ははっ、すげーや。この杖手に持っただけですごいやつだって分かるや」

 「スタン、立てるか?」

 俺はスタンに手を伸ばしたが、スタンは俺の手を握らない。

 「どうやら、俺も駄目みたいだ。あいつら、剣に毒塗ってやがった。直に毒が俺の体を回る」

 それを聞いた瞬間、俺の目の前が真っ暗になった。

 意識が一瞬抜けて、地面に激闘しそうになるのをなんとか、腕をついて回避する。

 「そこまで動揺するなよ。なんなら、お前がこの杖で俺に回復魔法かけてくれよ」

 俺は、目に涙を浮かべてスタンに向き合う。

 「おで、がいふぐまほお、つがえない」

 俺はこの時、今までで一番自分の境遇を呪った。

 この不可能を可能に変える力を秘めていそうな杖でさえ、俺の言うとおりにはならなかった。

 それは、ダンジョン最深層で一人のときに何度も試したからだ。 

 

 「はは、シスらしいや。戦闘や魔法面ではてんでいいところ見せてくれないところとか……」

 「いや、今日はダンジョン攻略したんだぞ。しかも俺も途中から一人になっちゃったけど、それでもなんとか俺も最深層まで行けたんだからな!!」

 

 「マジかよ……」

 一瞬驚いたような顔をするもすぐに笑顔に変わる。

 「まあ、この杖を見れば納得だよ。家事がうまいとか、小さい子に好かれるとか、家の管理が上手いとか…………、それに俺たちの助けもいらなくなるほど戦えるようになったとか…………この際いっそのこと俺の嫁さんになってくれよ」

 スタンは、言葉を切るに連れて段々感傷的な言い方だった。

 「…………」

 俺は褒められていたからなのか、スタンの言葉を今、こんなにもたくさん聞けたからなのか、目から涙が溢れて視界がかすみ、何も言葉を発することができない。

 「ちょっ、そこ黙らないでよ。冗談だよ、俺男性趣味なんてねーよ。まじで勘違いするなよ」

 

 「それで、他の子たちはどうなったんだい?」

 マギサがこの空気に耐えられなくなったのか、会話に入ってくる。

 「おっとそうだった。おいシス、聞いてるか。こんな俺だけど一つ守れたものがある。それはお前にとってもすごく大事なものだぜ」

 スタンは顔をしかめながらも右手を天に伸ばして、親指を上に突き立てる。

 「隣の空き家だ。幸いあいつらは隣は攻撃していかなかったようだ。どうにか裏口から避難させれたんだ。早く向かいに行ってやってくれ」

 「他の子たちはどうなったんだい? まだこの家にはたくさんの子が……」

 「いっつも、クールぶってるマギサがそんな凍りついた顔をするなんてな。いいもの見れたな。……、もしかしたら逃げられた子もいるかもしれないし、俺と同じ状況かもしれない」

 

 部屋中をヴェイルが必死に駆け回っては倒れている子に応答を求めているが、どうやら駄目みたいだった。

 

 「不意打ちだった。まさかこの結界の中で魔法を使ってくるなんてな。条例かなんかで禁止されてたはずだろ。それから俺達はみんなで戦ったさ。でも、結果はこのざま。あんなに俺を慕ってくれてたクラネルがよぉー。ありがどうって、光になっで……、消えちまっでよぉ……」

 クールだったスタンがいきなり、顔を歪めて大泣きし始める。

 

 そして、少しして一つ、大きく深呼吸した。

 「俺、実はさ。ここに来るまで何のために生きてるのか分かんなかったんだ」

 それは、ここにいるみんなもだよ。

 「俺はシスみたいに自分から行動したわけじゃないんだ。家族が早く死んじゃって、それで血のつながりの薄い親戚が勝手に押し寄せてきて金も何もないしさ。多分俺の周りにいた人たちが優しすぎたんだと思う。その日から俺の時間は止まったままだったし、見知らぬ人に話しかけれなかった」

 スタンの目はいつしか俺を通り越し、開けた天井にぽつりぽつりと輝きだして夕焼けがかった星空を見つめる。

 「でも、ある時俺はリューゲルに出会ったんだ。それも、屋台でさ、体の二倍くらいもある大きな袋……、多分いろんな食べもんが入ってたんだと思う。店主の怒声も気にせず走っててさ。それが早いのなんのって。俺はただ見ていただけのはずだった。でも、リューゲルが俺の前を通り過ぎた時に言ったんだ「そんな顔で俺を見るな」ってさ。意味が分からなかったよ。でも気づいたらリューゲルに腕を掴まれてて、一緒に走ってたんだ」

 スタンは、懐かしそうにそのことを語った。

 

 「でさ、俺思ったんだ。お前と初めて会った時、俺と距離を取ってるなって。俺はここに来て、人付き合いってものを学んだ気がするんだ。一瞬でも気になったら自分から行動して手を出せ、相手の気持ちはそれからじっくり時間をかけて分かればいい、と。待ってるだけじゃあ、駄目なんだって。俺がシスを見たとき、今俺がお前の時間を動かさなきゃって。勝手なおせっかいだって分かってたけど、俺はそのお節介に救われた人だから」

 そんなことはない!!

 そう言いたかった。

 しかし、ここでスタンの話を止めてはいけないような気がした。

 「あの頃の俺に、今の俺は想像できないと思う。そのぐらい、俺はお前に会って変われた気がする。………………、お前がこの場にいなくてほんとに良かった」

 そんなこと言わないでほしかった。

 それだと、まるでもう……。

 

 「シス。最後に一つ俺の願いを聞いてくれないか」

 「…………」

 最後じゃないって言いたかった。

 

 辺りが静まり返る。

 幾つかの星は瞬きを繰り返しているが、今この瞬間にもたくさんの星が空に顕現する。

 

 「そこに折れた俺の剣があるだと、それで一想いにやってくれないか」

 「ちょっ、スタン。シスに何させようとしてんの?」

 マギサが憤慨する。

 「マギサが怒るのは納得だよ。でも、必ず毒は体を蝕む。それから俺を救ってくれると思ってくれていい。俺のために。なあ、シス」

 俺は自分の手のひらを見る。

 既に服は魔獣の血で汚れているが、さらに手のひらはスタンの血がついていた。

 俺の理性はそれを拒み、何も言えない。

 「なんなら、あたしがやってあげる」

 「やだなあ。だってマギサ普段はがさつだろ。シス、俺今なんか死ぬのが怖くないんだ。うんうん、死ぬんじゃない俺は生まれ変わるんだと今この瞬間になってやっと分かった気がする。シス、なるべく早く頼むよ。そうした方が次の出会いが早くなるから」

 

 次の出会い。

 その言葉の俺の中の何かに響いた。

 

 俺は手を伸ばしてスタンの言っていた剣をつかむ。

 

 「ありがとな」

 そういうと、スタンは上半身を起こした。

 

 「次会うときは、シスは俺にとってはだいぶお兄さんだから俺に優しく接してくれよ。まあ、そんな心配せずとも俺も、あの子たちみたいにお前に呪いをかけられたようになるんだろうけど」

 俺はスタンと向き合った。

 「スタン、思い残したことはないのか?」

 「シス、一旦の別れに酷なこと聞いてくるね。あるよ。すんごいある。もっと皆とこの楽しい時間を過ごしたかった。どんだけ年齢を重ねても……。まあ、俺は一からになるのが悔しいかな」

 スタンが名残惜しそうに言った。

 「スタン、お前に会えてよかった。おかげで俺はここに来れた」

 「それはどういたしまして」

 「それに、俺にとってはお前の方が兄貴に思えたぞ」

 「辞めろよ俺たち、同い年だろ」

 その頃には、二人の頬を涙が静かに伝っていた。

 

 「シス、お前がこのことで悩む必要はないからな。俺が望んだことだから」

 「そんなこと知るか。俺を汚して……」

 俺たちは、笑ってお互いの顔を見た。

 「そうだ、マギサ。あの歌歌ってくれよ。歌ってモンは変わったチカラがあるらしいぞ」

 スタンは顔をマギサに向ける。

 

 いつの間にかヴェイルがいなくなっていた。

 

 ラルトスは、スタンのことを見ることができないらしく、後ろを向いて壁にもたれかかっている。

 彼なりの涙のこらえ方なのかもしれない。


 マギサは一瞬戸惑ったような表情を見せるが、静かに頷く。

 

 「私たちは何をするためにここにいる? きっと何か意味があるのだろう。しかしそれがなんだか分からない。だからこそ明日を探す。周りを見てご覧。たとえ目には見えなくても、出会った多くの人たちはそこにいる。蒼空の彼方にきっと届く。私たちはどこかで繋がっている…………」

 それは明らかに短調の曲調であった。

 明らかにアップテンポではなかったが、それでもそこまで沈んでいない郷愁さがあり、どこか俺たちに力を与えるようだった。

 

 マギサは、思いのままに歌詞に気持ちを乗せている。

 マギサの透き通るような歌声がホームに響き渡る。

 

 空気の溶け込むかのように違和感なく耳に届く彼女の歌は、どこか聞いているものに落ち着きを与えるものだった。

 

 すると、今まで何もなかったところから無数の光が現れ始める。

 多分それは俺たちがここに来る前にすでに旅立った仲間たちだろう。

 

 歌に合わせて光を強弱させながら、幻想的な空間を作り上げる。

 

 「そろそろ限界だ。まあ、しばしの別れだ。先にクラネルに会っておかないとな……。ではまたすぐに、どこかで!!」

 そういうとスタンは静かに目を瞑った。

 

 マギサの歌に埋もれることなく、俺にははっきりと聞こえた。

 「二人ともありがと」

 それが合図だと分かった。

 

 俺は彼の心臓を一貫に刺した。 

 

 俺は涙を拭いて視界を正す。

 スタンはとても幸せそうな表情をしていた。

 

 俺は目を閉じなかった。

 スタンの血が俺にかかる。

 手に伝わる感触も気持ち悪いとは思わなかった。

 

 彼の体が次第に輝き始め、段々と薄れていく。

 

 見るとマギサも泣いていた。

 

 俺はスタンのいなくなった床に手をついて泣いた。

 涙は重力に従って元の軌道から途中で外れる。

 

 マギサは、まだ歌い続ける。

 光も段々とスタンに合わせて消えていく。

 

 マギサは歌いながら俺のもとに来ると、そんな俺の背中をさすってくれていた。

 別にそれが嫌だとは思わなかった。

 

 また、どこかで会おう。

 

 スタンのその言葉が俺の中で繰り返し復唱される。

 

 突然ドタドタと、階段を駆け上ってくる複数の足音が聞こえた。


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