シス⑤
「ではまず始めに。この部屋には下へ続く階段が存在していない。そしてこの場の雰囲気は今までのどこにもいていない。荘厳な感じである。……端的に言うと、ここが「最下層」だと思われる。そうだよな、ラルトス」
「ああ。今までのマッピング上、どんどん下へと進むごとに階層が小さくなっていていた。そしておそらく、ここ二十五階層より下は構造上不可能だ」
「よく二十五階層までこれたぜ。途中、魔獣と遭遇しなくなったのも奇跡だってんだ。皆お疲れだーー」
エルモートの一声を聞き終えると、一同歓声が上がった。
まさかのダンジョン攻略を果たすとは……。
俺はいつの間にか二十五階層まで来ていたようだった。
だんだん下に行くにつれて、狭くなるとは言え、ここはダンジョンだ。
規模が違う。
この階だって町一つ分くらいは余裕で入る。
しかし、長年マッピングしてきたラルトスが言うのだから、そうらしい。
「少し経ったら、地上へ帰還する。それまで各々好きなようにしていてほしい」
リューゲルはそれだけいうと満足そうに微笑んだ。
「よく、シス一人でここまで来れたよな」
ヴェイルが改めて言う。
見ると俺の周りに人を見ると小規模の集団が出来ていた。
「シスも隠し技を持っていたのか。やっぱり家のメンバーは凄いな」
ビュートも言う。
「おやおや、俺も混ぜてくれよ」
ラルトスとエルモートを残して、リューゲルがここの話し合いに加わってきた。
「正直、あの半山羊人間がけっこうやばかったね。陣形も崩れかけたし」
リューゲルとは同じ年だ。
やはり集団に向かって喋るときと個人とではまるで違う。
「そうだぜ、シスなんで一人で行くんだよ」
「シスを追おうかと思ったけど、早すぎワロタ」
それぞれがあの時思った感想を述べる。
「シスっちが言っちゃったあと、シスっちが一体倒してくれたのは分かるけど、それでも五体はあれから増えたかんね」
ミレアがクレームをつけるようなきざな口調で言う。
「まあミレア、そうは言うな。シスのあの行動で皆の指揮が上がったも事実だ」
俺が知り得なかった情報を伝えてくれる。
「まあ、シスには何か考えがあるって思ってたからな」
「それはみんなだがな」
ヴェイルの言葉に、ビュートが補足する。
「俺もそうは思った。だから、今ここであの瞬間に君が何を思っていたのか聞こうかと思って」
集団行動が肝心となるダンジョン攻略を仕切る者として、やはり俺を訊ねるのは妥当の判断だろう。
いつまでも隠しておくのは同じ「家」に住む者としてはいけないことだろう。
これを気に全部話そうと思う。
「実は俺にはある能力がある。まあ、その能力のせいで家族から追い出されたわけだけど…………」
魔法が使えないことは面子に関わるので言わなかったが……。
俺がここに来たるに至った理由。
初めてここに来たときに思っていたこと。
集団を避けていたことを包み隠さず話した。
「能力……。有能そうに見えて、不便な点も多々あるね。でも、それって自分が思ったときに発動できるとかだったら、すごく使えると思うぞ」
リューゲルはそう言っているが、一番の欠点は魔法が使えないことだと思う。
「あんたのそれは、今日六年ぶりに起こったんでしょ? なら、なんか前と比べて変わったところとかあってもおかしくないと思うけど」
言われてみれば、効果を受けた対象が光って宙に浮く、というのは前はなかった気がする。
「あんとき、シスは自分のことじゃなくて俺達のことを思って走っていったのか。まさかのシスの内情に俺氏びっくり」
ヴェイルが胸に手を当てて言う。
「あのシスをここまで戦闘スキルをあげるなんてやっぱりその能力、只者じゃないと俺は思うぞ」
戦術の多いビュートからすればそう見えるのだろう。
というか、実際俺が制御できないほど只者ではない能力なのだけれど。
「でもシスっち、よく一人でここまでこれたね」
「ああ、魔獣に遭わないようにずっと走ってたからな」
「それでも傷跡が増えているのを見ると、そううまくも行かなかったようだね」
リューゲルはよく人を見ている。
「あんたたちの方はどうだったんだよ?」
俺が逆に聞いてみる。
「確か実を言うと十九階層が一番危なかった。確か敵を「射神眼の毒蛇」だったかな。あそこで撤退も考えたな」
撤退と聞いて、俺はびっくりした。
もしそうなっていたら、俺はここでずっと待ちぼうけていたわけだ。
「そうそう、武器は全然効かないわ。皮膚から毒出してくるわ」
ヴェイルが思い出したかのようにブルっと震える。
「それに、あの眼光と二枚舌を見ていると、理性では戦おうとしてるのに本能が逃げろっていっていて、体が思うように動かなくなるやつ」
聞いているだけで、もし俺があの時出会っていたらと思うと、そんな大物級のやつに遭遇しなくてよかったと心の底から思う。
「そいつをどうやって倒したんだ?」
そこが一番気になるところだ。
「何かの衝撃波が来てばあっと斬った」
「ヴェイル、意味分からんぞ」
突っ込んで欲しいのかと思ったから突っ込んでおいた。
「シス。ヴェイルの言った感じだよ。俺たちもあの時何が起こったのか分からん。でも気づいたときにはやつは光り始めだんだんと消えていった」
リューゲルがそういうのならそうらしい。
「ちゃんと戦わなかったのが悪いのかもしれないけど、ドロップアイテムがなかったね。あんな大物だったから、ドロップアイテムはどんなのだろうって、少し期待してたのになんか裏切られた気分だった」
ミレアが言う。
「はあ、お前そんなこと考えてたのか」
「流石に俺もそんなこと考える余裕はなかったな」
明るみになったミレアの心情に現場にいた者たちから驚きの声が上がる。
「実を言うと、それからここまで。十九階層から二十五階層まで魔獣と一切遭遇しなかったんだ。シスはどうだったんだ?」
「いや、普通にうじゃうじゃいたぞ。特に鉄騎士龍はやばかったかも」
「やはり何かおかしいですね。もしかしたらあの衝撃波がここの魔獣すべてを倒したのかと思ったのですが……」
リューゲルが考え込むように言う。
「よく分からんけど、俺はその衝撃波には出くわしてないな」
「まあ、早いとこ、ダンジョン(ここ)から出たほうがいい気がする。……皆、地上へ帰ろう。編成は来たときと同じで」
リューゲルが休んでいる皆に聞こえる声で途中から話した。
「俺はどうする?」
一応聞いてみた。
俺の能力については知っていることはすべて話したし、その欠点も言った。
だから、別行動してくれ、と言われても別に動揺せず、言われたとおりにしようと思った。
だって、そうすれば仲間が助かる可能性が上がるのだから。
「シス、何言ってんの」
マギサがやや怖い口調でいってくる。
「はは、冗談キツイぜ。俺たちのことそんなふうに見ていたのか」
ヴェイルが作り笑いをしている気がする。
「俺たちをもっと頼ってくれよ」
ビュートが武器を振りかざす。
「勿論、隊の中心にいろ」
リューゲルが笑って答えた。
皆が言っていた十九階層を通り過ぎ、十六階層まで登ってきた。
しかし言っていたとおり、魔獣にまるで出会わない。
何処かに隠れているのか、それとも何処かへ行ってしまったのか。
「でもあの時の「射神眼の毒蛇は確かに死んだよな。だって光って消えたから」
人間も他の種族も、死ぬ直前には皆、光り輝き、それからだんだんと薄れて消える。
これは、その体から魂が抜けたためにその世界に体が現存できないからだと言われている。
そして、魂は帰るべきところへ戻りそして、新たに生まれる体に入って再びこの世界に現存できると言われている。
これは親から伝えられたもので、皆の常識になっている。
「もし、あいつが再び「射神眼の毒蛇としてここに現れたら、さっきよりも強くなってるかな」
ヴェイルはその状況が退屈に思えたのか、急にそのようなことを言い出す。
「ちょっと、ヴェイル。そういうこと思ったとしても、口から出さないでよ。口から発することで何か作用が起こることもあるんだぞ」
マギサの態度からももうあいつとは戦いたくないと言っているようだった。
「魔獣に遭遇しないからって、気を抜くなよ」
前方にいるリューゲルから声が聞こえる。
そんなにここの声が大きかったのか。
「お前がもし死んだら、次は「射神眼の毒蛇に生まれ変わりそうな気がする」
俺はふと思ったことを口に出す。
「もう、シスまで……」
「えっ、マジで!! 強そうじゃん」
ヴェイルのテンションが上がる。
「ヴェイル。そこは悲しむところだぞ。今回俺たちが自分の手で倒せなかった屈辱を全てお前にぶつけるんだからな」
ビュートは、敵がヴェイルの魂であっても魔獣であったら容赦しないらしい。
魂は次何に生まれ変わるのかは分からないし、教えられていない。
だから、今が人間であっても次は家畜ということもあり得るわけだ。
だから、人の中には魔獣が完全に息絶える直前に祈りを捧げるものもいるらしい。
最後は自分のためでもあるけど。
ついに俺たちは地上に帰ってこれた。
多分ラルトスが今まで通った通路をマッピングしておいてくれたからだろう。
帰りのほうがスムーズだった。
しかし一番大きな要因は良くも悪くも、魔獣と出会わなかったことだ。
「これならもっと、行きで貴重品を集めておくべきだったな」
普段なら、帰りも行きと同じくらいのドロップアイテムが手に入っていたらしいが、こればっかりは仕方がない。
今から再びダンジョンに入るにも、もう夕暮れ近くだった。
「あの子たちが腹を好かせて待ってるかもね」
「料理好きのリーンがいるから大丈夫だろ」
俺が一番料理が上手いわけではない。
三人でローテーションしている中では圧倒的にリーンが上手いのだ。
彼女は将来、料理人になりたいといっているくらい料理への情熱があるのだ。
俺たちもそこまでではないが、食べる人を喜ばせたいという情熱は持っている。
だから、三人で料理について夜通し語り合ったこともあるくらいだ。
今回は俺たちがダンジョン攻略に行っているということもあって、リーンがとびきりの夕飯を用意してくれている気がする。
ダンジョンから街の道中はいつも通り魔獣に遭遇した。
皆、帰りの分で温存し消化しきれなかった体力をここで思い切り使い切るかのような派手な戦いをしていた。
それを見ている俺としては、逆に魔獣が可愛そうになるくらい。
街に近づくに連れて、黒煙が立ち上っているのが見えた。
しかも、ひょろひょろではなく大きく規模が広そうな感じの。
俺は少し心配になっていたが、皆は気にしていないのか、今日の武勇伝を語り合っている。
森を抜けて街が見え始めると、俺達は凍りついた。
荒らされたかのように空き家が多い街が無残に破壊されている。
所々に火が放たれ、焦げ臭い匂いと黒い煙が街中に充満している。
もともと街の外周部に位置するこの場所は荒れ果てていて、ほとんどの人が結界の濃い内部へと移り住んでいる。
だから、ここ周辺には俺たちぐらいしか住んでいなかったはずだ。
だんだん焦りが現実味を帯び始める。
皆、目の色を変え始める。
「「家」の皆が心配だ。シス、警備団は明日のはずではなかったのか」
「そう言っていたはずだけど」
「やはり、俺たちを騙すためだったか。皆、武器をしっかり構えておけ」
俺たちは、俺たち自身である「家」へ急いだ。




